第70話 ビューロウ隊の実力 ※ 後半 ヘルムート視点
「なるほど、これが刀という武器か。斬ることにすさまじい性能を発揮する武器とは・・・。丈夫さはこの魔字で補っているというわけだな」
「これ、ロレーヌ家のエレオノーラ様が広めた武器よね? 冒険者が使ってるのを見たことある。なるほどなるほど。結構いい道具みたいね」
私が刀を差しだすと、ギオマー様が受け取ってくれた。ギオマー様なんか、重さを確かめたり定規で長さを測ったりしている。刀身だけでなく、鍔や鞘に至るまで細かく確認していた。メリッサ様は興味深そうにその様子を見つめている。
「ギオマー君。それにメリッサさんも。駄目ですよ。それはアメリーさんの魂というべき武器なのですから。2人も、普段使っている工具を無作法に扱われたら嫌でしょう?」
「おお! アメリー。すまんな。東の新しい武器と聞いて少し興奮してしまった。いやこれは面白いな。丈夫で、しかも切れ味がいいとはな」
ハンネス先生の注意に、ギオマー様はあわてて刀を返してくれた。メリッサ様が名残惜しそうに刀を覗き込んでいる。
「あ、そうだアメリー。これを使ってみてほしいの」
そう言ってメリッサ様が手渡してくれたのは、赤い宝石の付いたネックレスだった。宝石も豪華だし、ネックレス自体もなんか高級そうだ。
これ、学生の私が使ってもいいものなの?
「え? い、いえ! こんな高級そうなものいただけませんよ!」
「まあまあ。これはあくまで試作品だから。戦闘経験が多いアメリーに使ってほしいのよ。アメリーって火の星持ちだけあって、火魔法をよく使うでしょう? それは火の被害を防いでくれる効果があるものなんだけど、効果が正確には分からないのよね。だからモニターってことで」
笑顔で渡してきたメリッサ様に押され、私は受け取ってしまう。そしてメリッサ様に促されるようにネックレスをつけた。
ネックレスは服の上からもマッチするくらい立派なものだった。これ、買ったらいくらくらいするんだろう・・・。
「皆さん。そろそろ行きますよ。魔物の数はかなりいるみたいですから、十分に注意してくださいね」
ハンネス先生にたしなめられて、ギオマー様は頭を下げて馬車に乗っていった。メリッサ様も手を振ってギオマー様に続いていった。
「あ! ギオマー様! 私も行きます! 何、今回の目的地はそこまで遠いところにあるわけではありませぬ。すぐにつくでしょうや」
「ええ。メリッサ様もどうぞこちらへ! 妹様も指揮のほうはお願いいたします。戦闘となるとやはり妹様たちにはかないませんからね。気にせず、遠慮なくいってくださいね」
「うん。お願い」
ギオマー様たちのパーティーメンバーの3人が声をかけてきた。えっと、戦士風の男性がヴィリ様で、それに続いた女生徒がカチヤ様とミーケ様だ。みんな南の生徒で、当然のことながらラーレお姉様の熱心なファンだ。
「ええ。皆様の火力は信頼できるものと聞いております。ヴィリ様は万が一の時のためにお願いしますね」
私が答えると、3人とも勇ましく返事をしてくれた。このメンバーはギオマー様に率いられているし、メリッサ様と同じだから私にも好意的に接してくれるのだけど・・・。
「先生! 早くいきましょう! 私たちだって暇じゃないんですから」
「そうよ! 討伐任務なんてさっさと終わらせたいわ。こんな泥まみれになることなんて、野蛮な東の貴族に任せておいたほうがいいのよ」
「ああ。ニナも休んだらどうだい? 戦闘のことはビューロウやカーキーに任せたらいいのさ。彼らにはそれくらいしか能がないからね」
「ふむ。西からはフォルカーもいるしな。泥臭いことはあいつらに任せておけばいい。いつもは苦戦するが、今回は野蛮人どものおかげで何とかなりそうだ」
次々と文句を言ってきたのはヘルムート様のパーティーメンバーたちだ。彼らは西の貴族だけあっていつもこんな感じなのよね。というか、私たちにも愛想がいいニナ様やフォルカー様が例外なのかもしれない。
「こらー! 討伐任務なんだから真面目にやんないとだめでしょ!」
「まったく、ニナもまじめだな。こんなのは適当にやればいいのに」
ニナ様が反論するが、4人は取り合う気もないようだった。フォルカー様も困ったような顔をしていた。
「やめろお前ら」
鋭い声を上げたのはヘルムート様だった。彼らに同調すると予測していたのに、鋭い目で4人を睨んでいた。
「お前らも何度も討伐に出たならわかんだろう。討伐任務は命がけなんだよ。浮ついた気持でいるんじゃねえ。魔物には、西だの東だのってのは関係ないんだからな」
ヘルムート様はこちらを静かな目で見つめてきた。その目には、以前のような敵愾心みたいなものはあまり見られなかった。
「今日はお前らから学ばせてもらうぜ。学園が精鋭と認めるビューロウ隊の力がどれほどのものか、この目に焼き付けさせてもらう」
やけに真剣な目でこちらをみてきたヘルムート様に、誰かがごくりと喉を鳴らしたのだった。
※ ヘルムート視点
「フォルカー! 右だ」
「は、はい! くおっ!」
奇襲してきたコボルトの一撃を、フォルカーがなんとか止めた。そしてそのまま盾で押し返すと、コボルトは体勢を崩して数歩下がった。
「レイ」
戦場に響く、アメリーの冷徹な声。
右手から放たれた熱線はコボルトの頭を直撃し、その命を容易く奪い去った。
「くそっ! もう仕留めたのかよ!」
俺は近寄ってくるコボルトを何とか止めながら、横目でビューロウ隊の戦果を確認していた。
前までは自分のことで精いっぱいだが、今なら少しは戦場全体の動きが見えている。そして気づく。あいつらの、異常なまでの連携の良さが!
アメリーたちのそばにはいくつもの死骸が転がっていた。魔物が集中する場所に素早く布陣した成果だった。襲われても即座に反撃する、その迅速な対応で、コボルトたちを返り討ちにしていったのだ。
「こっちより何倍もの魔物と戦っているのに、まるで動揺はない。着実に魔物を仕留めて、さらにこちらに向かってくる魔物を調整してるってか!?」
俺は焦りを募らせた。
こっちの足止めは、うまくいっていると思う。うちの後衛にもギオマーたちの隊のところにも魔物を向かわせることはない。悔しいが、兄貴の指導通りに動いたおかげで何とか役割を果たすことができたのだが・・・。
「!! メリッサ様! 今だ!」
「はい! 行きますよ! フレアボム!」
「ファイア・ストーム!」
アーダの掛け声に合わせて放たれた、メリッサたちの火魔法。それは狙いたがわずコボルトの群れを蹂躙し、そこに屍の山を築いていった。
「くっ! さすが高位貴族といったところか! インゲニアー隊の奴ら、得意げに魔法を放ちやがって!」
うちの隊のユップから悔し気な声が漏れた。こいつも頑張って魔法を放つが、魔物を倒すまでには至らない。メリッサたちはもちろん、アメリーのような活躍には程遠いのだ。
でも、今ならわかる。メリッサたちの魔法が敵を蹂躙したのは、あいつらが強いからというわけじゃない。すべては指揮を執るビューロウ隊の・・・。アーダの力だった。
「であああああああ!」
セブリアンの刺突剣が一閃すると、コボルトから血が噴き出した。光の魔力で身体強化したおかげだろうか。コボルトどもをあっさりと倒していく。あいつはこの学園に来て一年余りが経過したが、その間にずいぶんと光魔法の扱いがうまくなったものだと思う。
「よし! いいぞ! この調子ならコボルトどもも殲滅できるものよな! 最初見たときはどうしようかと思ったが、意外と簡単に戦えたものよ!」
ギオマーの言葉にうなずくしかなかった。
多分、指揮官の腕の違いじゃないだろうか。アーダの指揮によって、俺たちは効率的に戦えているんだと思う。俺も、こんなに戦いやすかったのは久しぶりだった。
「くっ! そこか!」
アーダが火魔法を放つと、その先にいたコボルトが燃え出し、力尽きたように膝をついた。アーダが放ったのは下位魔法のはずなのに、魔物を一撃で簡単に仕留めたのだ。
「くそっ! わけわかんねえ! ただの、下位魔法のはずなのに! レベルだって低い! なのに、なんで障壁持ちの魔物を一撃で殺せんだよ!」
「え?」
俺のボヤキに、セブリアンの奴が動揺したような気がしたが、そんなことはどうでもいい。魔物を何とか足止めしながら、悔しさに歯をかみしめた。
アーダの奴を、エリザベートとアメリーが高く評価している理由が今更になって実感できたぜ。俺も、あのままこいつの指揮に従っていれば、セブリアンたちのようにもっと強くなれたのじゃないだろうか。
「!! 右だ! 増援が出たぞ! フォルカー! 頼む!」
「は、はい!」
言われて気づいた。ビューロウ隊の右手から昆虫のような外見をした魔物が、コボルトたちを率いて突進してきた。
どうやって確認してんだよ! 言われるまで全然気づかなかったぞ!
「くっ! うわっ!」
フォルカーは短杖で水魔法を放つと、盾を構えてそのまま魔物を迎え撃つ。魔物の攻撃を防ぎ、そして反撃で魔物を突き飛ばす。敵を仕留めるには至らない。でも、守り手としてはそれで十分なのは、今なら十分に理解できた。
「く! フォルカーの奴! 対して爵位も高くないのに、いい腕しているじゃない! 転向したてとは思えない!」
同じ隊のロニがぼやくが、俺はそうは思わない。
確かにフォルカーは腕を上げている。同じ守り手だからわかる。敵を引き付け、足止めする役目は十分に果たしていると言えるだろう。だけど、立ち位置や奇襲への対応はまだまだだ。
あいつはそう、アーダの指示通りに動いているにすぎないんだ。
「ぐおおおおおお!」
「う、うわっ」
昆虫のような魔物の一撃に、フォルカーはこらえきれずに吹き飛ばされた。倒れ込みはしなかったものの、態勢を崩した。その隙を逃さず、あの昆虫のような魔物がフォルカーに飛び掛かっていく。
しかし、次の瞬間だった。
きいいいいいいん!
金属同士を打ち合わせたような音が響いた。
「くっ! 硬い!」
フォルカーを守るように立っていたのはアメリーだった。その後ろには、首を斬られて倒れた2体のコボルト。アメリーは、フォルカーの危機に気づいて魔物たちをなぎ倒し、素早くアイツをかばったのだ。
「!!! 一瞬でフォルカーと入れ替わったのかよ!」
あまりの素早い動きに、俺は思わず圧倒されてしまう。いつの間にコボルトを倒したのか、そしてフォルカーをかばうように前に出たのか、全然察知できなかったのだ!
アメリーは火の星持ちだったはずだ。でも、今の動きは火魔法を使ったそれではない。水なのか土なのか、おそらく身体強化を駆使してフォルカーと入れ替わったのだろう。
「くそっ! あれがうわさの内部強化ってやつかよ! 全然察知できなかったぞ! それに属性も火じゃない! 話には聞いていたが、なんつー練度だよ!」
アメリーが強いのは星持ちだからじゃない。火以外の属性も、信じられないくらい使いこなしている。魔法使いとして研鑽を積み続けた成果が、魔物討伐に表れているのだ。
俺は、昆虫の魔物と対峙するアメリーを睨みながら、押しよるコボルトをさばき続けるのだった。




