第7話 ビッグバイパー
誰かがごくりと喉を鳴らした。みんな気づいているのだ。アーダ様が指した方向に、新たな敵が迫ってきていることを。
耳を凝らす。前方から砂をこするような音が聞こえてきた。何かが土の中を高速で移動しているのだ!
「そこか!」
アーダ様が前方の土めがけて土魔法を放った。土礫が地面に当たると、土が柱のようにすさまじい勢いで噴出した!
「しゅおおおおおおおおおおおおおおお!」
空気を裂くような叫び声とともに、地面から細長いなにかが天へと延びていった。それは体をくねらせると、鎌首をもたげて舌を出しながら私たちを睨んできた。
「ビッグ、バイパー! それも、20歩級の大物だよ!」
パウラ様が魔物を指さして叫んだ。
「くそっ! でかい!」
オーラフ様が私たちの前に移動しながら叫んだ。盾を構え、私たちを守ろうとしてくれているが、その額には汗が流れていた。
「くっ! させない!」
アーダ様が土礫を放つが、大きなダメージは与えられない。すべてうろこに阻まれてしまっているのだ。
「これなら!」
私も火を放つが、ビッグバイパーは身をくねらせて躱していく。アーダ様の魔法は気にしていないのに、私の魔法はあっさりと躱しているのだ。かなりの数の魔法を打ったのに一発たりともかすりもしない。
「くっ! あいつ! 気づいているのか! 自分にダメージを与えられる魔法ってやつを!」
オーラフ様が眼鏡の位置を戻しながら叫んだ。相手の魔力を迅速に見破る狡猾な魔物――。アーダ様の魔法はまるで気にしないのに、私の魔法に的を絞って回避しているのだ!
「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」
蛇が大口を開けて突進してきた。狙いはやはり、私か!
「させるわけがないだろう!」
盾を構えたオーラフ様が横から体当たりした。体を張ってくれたおかげでビッグバイパーとの間に距離ができ、私は横に飛んで蛇の突進を躱すことができた。
「くっ! この!」
私は追撃とばかりに火魔法を放つが、蛇はまたもや身をくねらせて直撃を避けてしまう。
「あの体勢からでも避けるというの!」
私は歯を食いしばるけど、蛇は再び鎌首を上げて私たちを睨んできた。
「アメリー! 私たちが隙を作る! お前はでかい魔法でとどめを!」
そういって、アーダ様は地面に両手をついた。彼女の両手から黄色い魔力が流れ込んでいるのが分かる。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」
蛇は私たちを威嚇すると、大口を開けて再び私に狙いをつけた。オーラフ様とパウラ様がすぐに前に出ようとするが・・・。
「違う! 二人は衝撃を!」
アーダ様が叫ぶと、2人はぎょっとして顔を見合わせたようだが、それでも足を止めて一歩下がり、すぐに動けるように構え直した。
「シャアアアアアアアアア!」
蛇が私を飲み込まんばかりに突撃してくる。私は魔法を構築しながらすぐに動けるように筋肉を緩めた。このままだと、あの大きな口の飲み込まれるかもしれないけど・・・。
「今! アウフヘーベン!」
アーダ様の魔法で蛇の真下から土壁が勢いよく飛び出し、その顎を打ち付けた!
おそらく、あらかじめ魔方陣を敷くことで強固な土壁を勢いよく出せるようにしたんだろうけど・・・。直撃させられたのはたぐいまれなる観察力があったからか。あの蛇の動きを予測し、その進路上にあらかじめ魔方陣を設置するなんて、尋常な腕ではない!
顎を打ち抜かれた蛇は、体を一瞬ぐらつかせた。正直、ダメージはあまりないかもしれない。でも、頭を強烈にゆすったことで、一瞬だけだが蛇の意識を途切れさせることができたのかもしれない!
「パウラ!」
オーラフ様が盾を構えると、パウラ様が素早く駆け寄っていく。そして盾に飛び乗ると、それを蹴って勢いよく飛び出した!
「これで!」
パウラ様は蛇に飛びつくと、こぶしを突き出して蛇の頭に強烈な一撃を与えた! あれは、ビューロウの内部強化! 一瞬だけ拳を強化して硬いうろこ越しに頭を揺らしたのだ!
「もう一発!」
オーラフ様が新たな短杖で蛇の顎を打ちつけた! あれは、ロックブラストの短杖! 岩の塊を作り出し、ビッグバイパーにさらなる衝撃を与えたのだ!
ビッグバイパーの頭が吹き飛ばされる。土の魔法による連撃で、あの蛇の意識をすこしだけ飛ばすことに成功したのだ! うろこを打ち抜いてダメージを与えたわけではない。すぐに意識を取り戻して反撃してくるかもしれない。でも、この一瞬だけはビッグバイパーは身動きできないはずだ。今なら、私の魔法を避けることができない!
「アメリー!」
アーダ様がこちらを振り返った。私はにやりと笑って、貯めていた魔法を解き放った!
「フランベルジュ!」
現れたのは、巨大な炎の剣。
炎の剣は燃え盛りながら輝くと、蛇の頭めがけて突き進んでいく!
どおおおおおおおおおん!
宙に浮いた蛇に、私の魔法が直撃した、炎の剣は蛇の頭を貫き、頭部を瞬く間に焼き尽くしていく!
「!!!!!」
蛇の声にならない断末魔が聞こえたような気がした。私は油断なくその光景を見つめていた。
「や、やったの?」
パウラ様が呆然とこちらを振り返ろうとした、その時だった。
「!!!!!!」
蛇の胴体が激しくうねりだし、こっちに向かって転がってくる。最後の力を振り絞ったのか、私たちを押しつぶそうとしてきたのだ!
「まずい! このままじゃあ、避けられない!」
アーダ様が悲鳴のような声を上げた。勝っていたはずの私たちは、あっという間に追い詰められてしまったのだ。あの巨体がぶつかってきたのなら、私たちは簡単に押しつぶされてしまうかもしれない。
「やれやれ。星持ちとは言えまだまだですね。まあ、1年生がここまでできたのなら上出来なのかもしれませんね」
上品な声が聞こえてきた。慌てて振り向こうとしたとき、何かが蛇のほうに飛んでいくのが見えた。
あれは、石? あの蛇に石を投げたの? でもあんな小さな石ころで、ビッグバイパーを倒せるとは思えないんだけど・・・。
だけど次の瞬間だった。石と入れ替わるように突如として人影が出現した。
「え? マヌエラ先生!?」
いきなり現れたその影は、マヌエラ先生だった。
先生は空中でメイスを振りかぶると、蛇の体めがけて勢いよく振り下ろした!
どおおおおおおおおおん!
蛇の体が勢いよく地面にたたきつけられると、爆音とともに大量の土煙が舞い上がった。
「何!? 何が起きたの!?」
パウラ様が手で顔を守りながら状況を把握しようとした。
土煙が晴れると、蛇の体が土に埋まっているのが見えた。マヌエラ先生の一撃で、どうやらビッグバイパーは完全に息の根を止められたようだ。
マヌエラ先生は私たちの前に着地すると、いつものようにたおやかに微笑みながら私たちに声をかけてきた。
「皆さん。途中までは良かったけど、最後まで油断してはなりませんよ。ビッグバイパーは、頭をつぶしても生きていることがあるんですからね。必ず、息の根を止めるまで油断しないこと。今回のように、最後に反撃してくることもありますから」
マヌエラ先生の叱責に、私たちは力なくうなずくのだった。