第69話 討伐任務とヘルムートの事情
学園長室に入ると、機嫌が悪そうなバルバラ学園長に迎えられた。彼女はビューロウのお土産に持って行った温泉まんじゅうをつまんでいるようだけど、その目は冷たく私たちを見ている。
「え、ええと・・・。アメリー・ビューロウ、参りました」
「ずるい」
私の挨拶を遮るかのように、バルバラ学園長がぴしゃりと言った。まんじゅうをほおばりながら半眼になって私を見つめている。
「あの・・・。それ、うちで出しているお饅頭ですよね? お口に合いませんでしたか?」
「いいえ。結構なお点前でした。お土産のお菓子ですらもこんなにおいしいなんて。どうやら、私を置いて存分に帰郷を楽しんだようね」
そういえば、引率したがる学園長を置いて帰郷しちゃったのよね。どうやら、メラニー先生が渡してくれたお土産だけでは、彼女の機嫌を取ることはできなかったようだ。
「私も行きたかったのに。メラニーなんてここに帰ってきたらふっくらしてるんだから。どうせおいしいものをたくさん食べたんでしょ?」
学園長は頬を膨らませた。
「学園長。私も婦女子ですので、あまりふっくらしたとか言われると。撃ちますよ」
メラニー先生の眼光にも学園長はひるまない。冷たい目で私を見続けている。
「温泉に、おいしい山の幸に、しかも甘~いお菓子だってあったんでしょ? 大叔父様が自慢するの、いつも恨めし気に聞いてたんだから」
子供のように頬を膨らませる学園長に、私はたじたじになった。エリザベート様たちクラスメイトも、何を言っていいのかわからない顔をしていた。
学園長は溜息を吐いた。
「まあ、言葉でいじるのは後にするとしますか。みんなも予想できていると思うけど、今回呼んだのは魔物の集団が発見されたからよ。学園の西に、かなりの数の魔物が集まっているそうよ。これをせん滅するのが、今回の任務です」
私たちはうなずいた。想像通り、私たちが呼ばれたのは討伐任務だった。
「この春はそこのエイス君が頑張ってくれたおかげで多くの魔物を倒せたわ。でも、まだまだ危機は続いている。今回は、他の二人も魔物退治に協力してほしいのよ」
私たちが討伐任務に就くのは問題ない。もう、新年度が始まっている。休息も十分だし、私たちも喜んで参加するのだけれど・・・。
「今回の討伐戦はかなり大規模になる。あなたたちには自分の隊以外にも部隊を率いてほしいのよ。エイス君は経験があるだろうけど、ヴァッサー隊とビューロウ隊は他の部隊を率いるのは初めてでしょう? でも、これまでの討伐歴を鑑みるに、あなたたち2人でも十分にできると思う」
緊張してしまう。
組まされるのはクラスメイトたちと経験豊富な部隊だと思うけど、同じクラスにはドミニクもいる。彼とはさっきもめたばかりだから少し気まずいのだけれど・・・。
「まずは、ヴァッサー隊ね。あなたたちにはポリツァイ隊とランツァウ隊を率いてもらうわ。コルネウス君は精強だし、オーラフ君も経験豊富よ。問題はないでしょう」
「ええ。大丈夫です。うちは隊員が優秀ですから。カトリン以外の2人も、この春は力をつけてくれたみたいですし」
エリザベート様が組むのはコルネリウス様とオーラフ様らしい。コルネリウス様はあれだけどハイリー様がいるし、随行するのはオーラフ様だ。おそらく、エリザベート様も問題ないんじゃないかな。
「うちの部隊はエーファがいてくれますからね。他の部隊の指示も安心して任せられますし、おそらくは問題がないでしょう」
「他の2人の力も見たいし、ちょうどいい機会ですね。どうやら私たちがいない間も頑張っていたようだし。ちょっと力を見てくれってうるさかったのよね」
エリザベート様の言葉にエーファが同意した。
ヴァッサー隊の指揮を執るのはエーファらしい。エーファ以外は西出身で反発もあっただろうに、いつの間にか彼女が副官みたいな立場になっている。なんか、残りの2人からはエリザベート様と同じくらい慕われているみたいなのよね。2人は西の貴族というのに、さすがはエーファということか。
「そして、ビューロウ隊と組むのはインゲニアー隊とノード隊よ。できるわね」
私は茫然としてしまう。隣のアーダ様も青い顔をしている。うちの部隊の指揮を執るのはアーダ様だから、彼女が顔色をなくすのも当然かもしれない。
インゲニアー隊というのはギオマー様の部隊で安心だが、ノード隊はあのヘルムート様がいる。私とヘルムート様はあまりうまくいっているとは言えない。そのことは学園も把握しているはずだけど。
「エイス隊は、残りの部隊もいるけど問題はないでしょう。他の2つより大部隊で、平民クラスの子もいるけど、いけるわね?」
「は、はい。それは問題がないのですけど・・・」
ロータル様が歯切れ悪く返事をした。ちらりと私を盗み見た。私とヘルムート様のことは彼も知っているのだろう。でも、学園長はそのことを気にしていない様子だった。
「学園長。お言葉ですが、それはどうかと。インゲニアー隊はともかく、ノード隊はまだビューロウ隊に合わせられるとは思いません」
「これは決定事項よ。あなたたちがいない間、ノード隊は腕を上げた。決して、ビューロウ隊の足を引っ張ることはないでしょう」
エリザベート様の冷静な言葉を、学園長はあっさりと退けた。
そして学園長は、いつものように私を見てきた。面白がるような顔をしていたが、あんまり悪意があるようには見えない。
「あの子もこの春で成長したのよ。アメリーちゃんと組んでも大丈夫と判断するくらいにね。 アメリーちゃんたちは実際に彼らと一緒に戦って、そのことを確認してほしいのよ。優秀な部隊になるために、あの子たちも努力していることを見てあげて」
優しい顔でいつになく厳しい命令をした学園長に、私たちは圧倒されるかのように頷いたのだった。
◆◆◆◆
「アメリー!」
教室に戻った私に、さっそくメリッサ様が声をかけてきた。
「聞いたわ! 私たち、あなたの隊に加わるのよね。あのヘルムートと一緒で! もうもうもう! 学園長は何を考えているのよ! よりにもよってアメリーとヘルムートを引き合わせるだなんて!」
「メリッサ! 落ち着け!」
いつものようにギオマー様がメリッサ様を抑え、私に向きなおった。
「アメリー。他の連中はともかく、ヘルムートのことは何とかなると思うぞ。俺たちがいればアイツも迂闊な行動はしないだろう。それに、あの魔石を今は使っていないようだからな」
私は驚いてギオマー様を見返した。
ヘルムート様が使っていた黒い魔石は強力だけど、中毒性があるということだったはずだ。ヘルムート様の父君からいただいたそれは、ヘルムート様の特別なものになったと思う。たとえインゲニアー家のギオマー様に言われたからといって、それを手放すとは思えない。
「ヘルムートの奴、私たちが出かけている間に学園の教師からも諭されたらしいのよ。あいつ、意外なことに真面目な顔で教師に相談に行ったそうなんだけど・・・。ジョアンナ先生って知ってる?」
「ええ。確か南出身の、魔道具作りを専門にしている教師の方でしたよね?」
メリッサ様はうなずくと、忌々し気な目をしていた。
「そう。私たち魔法技師にとっては尊敬すべき先生よ! 私とギオマーも、卒業したら先生に師事することが決まっている。今北で出回っている黒の短杖づくりにも一役も二役も貢献したらしいけど、ジョアンナ先生に諭されてヘルムートは黒い魔石を手放したそうなのよ」
ちょっと意外だった。有名な先生に説得されたとは言え、まさかあのヘルムート様が、自分の力を強化してくれる家宝を手放すだなんて!
「俺たちもあいつがエリザベートに報告したのを聞いていたが、ヘルムートがあの魔石が危険なものだと実感したのは本当らしいぞ。ジョアンナ先生が分かりやすく教えてくれたのも大きかったが、どうやらあいつの兄がうまく諭してくれたらしくてな。まあ、あの魔石は他の魔道具と合わせると本当に危険らしいから、奴はおとなしくジョアンナ先生に預けていたよ」
私はほっとした。メリッサ様だけではなくギオマー様も言っていたのなら、あの魔石は本当に危険な代物だったんだろう。それを手放したと聞いて、他人事ながら肩の力が抜けた感じがした。
「まあ、お前たちにとっても久しぶりの討伐だが、問題はないのだろう? 俺たちも頼りにさせてもらうさ。討伐でお前たちがどう戦うのかは興味があるからな」
そう言って、ギオマー様はにやりと笑ったのだった。




