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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第3章 星持ち少女の帰郷
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第64話 学園への帰路 ※ 後半 シクスト視点

 残り2日目は、それまでとは違って穏やかに過ぎていった。


 クラスメイトの過ごし方はいろいろだった。図書室に行ったり道場に行ったり街に行ったりで、みんな思い思いに過ごしたようだった。さすがに警備は厳重になったようで、私たちが戦闘に駆り出されることはなかった。


「この食事も明日の朝で最後になっちゃうんですね。あっという間だった気がします」

「ハイリンはここが結構気に入ってたみたいだからね。私も楽しかったし。あ~あ。明日には学園への帰路についちゃうんだよね。学園生活が再開するだなんておっくうなんですけど」


 ハイリー様とニナ様が同時に溜息を吐いた。


「そっか。春休み、終わっちゃうんですよね。学園に戻ったら授業が始まっちゃうんですよね。なんか残念な気持ちになります」


 私もつられて溜息を吐いた。


 なんだかんだで休みを満喫してしまった。そっとクラスメイト達の様子を見ると全員が楽しんだようで、新学期が始まることを残念に感じているようだった。


 新しい季節の訪れを、まさかこんなに残念に感じるとは。


「そうね。温泉に料理に、充実した休日だったわ。私の修行は終わらなかったけどね」


 ため息を吐いたのはエリザベート様だった。隣のカトリンは気づかわし気な目でエリザベート様を見つめている。


 魔力板を使った修行の甲斐あって、エリザベート様の魔力構築はかなり早くなったらしい。だけど、まだ彼女が望む水準までは到達していない。やはり、6日間の修行だけでは成果を上げることはできないようだった。


「そうですよね。魔力制御の技術は一日にしてならず、ですから。ダクマーお姉さまもラーレお姉様も、それこそ年単位で修行していましたし」


 私は肩を落としてしまう。私の魔力板がエリザベート様に使えればいいのだけど、やはり属性が違えば勝手が違う。私が持っている魔力板は、火と土。水が得意なエリザベート様にあった板は、予備しか持ち合わせがないのだ。


「ああ。そうだった。エリザベート。これを受け取ってくれ」


 思い出したように声を上げたのはギオマー様だった。彼は風呂敷包みをエリザベート様に渡した。エリザベート様は怪訝な顔でそれを受け取ると、包みを開けて絶句した。


 ギオマー様が渡したのは、魔力板だった。


「ギ、ギオマー! こ、これ!」

「それはこの屋敷で作った魔力板と同じ物さ。バルトルド先生の指南書を見てやってみたくてな。色の濃さを微調整するのは難しかったが、玉の動きなんかはかなり再現できたと思う」


 エリザベート様はギオマー様の魔力板を見続けている。


「正直バルトルド先生ほどのものはできなかったが、これで帰ってからもお前の修行になると思うぞ。作り方は覚えたから、学園に戻ってからも製作しようと思う。レベルも玉の動きも、いろいろ試してみたいからな」


 すごいなぁ、と思った。


 属性を絞り、中の玉の動きを調整した魔力板は、うちではおじい様しか作れない。作り方を学んだとはいえ、わずかな期間でこれを作れるようになるなんて、さすが魔道具作りで著名なインゲニアー家の後継だ。


 クラスメイトは一様にうらやましそうにエリザベート様を見ている。メリッサ様もなんだか嬉しそうだ。


「あ・・・。もしかしたら・・・」


 アーダ様が思わずといった感じでつぶやいた。


「なんだ、アーダ。何かあったか?」

「い、いや・・・。その・・・」


 怪訝な顔で尋ねたギオマー様に、アーダ様はうつむいてしまう。でも意を決したように、アーダ様は顔を上げた。


「これは、あくまで予想なんだが、インゲニアー家の秘術とは、まさにギオマー様が身に着けていた知識と技術、そのものを言うんじゃないか? 他の技術系の貴族・・・、というか、他の誰であれそんな魔力板を作り出すことはできない。だから、ギオマー様が培ってきた知識と技術こそが、秘術その者なんじゃないかと思ったんだ」


 アーダ様は自信なさげに答えた。ギオマー様は、そっと手を見続けている。


「俺の知識と技術こそが、秘術・・・? 確かに、それならば父の言葉とも合致するが・・・」

「ギオマーの技術は他の貴族と一線を画するからね。私は装飾品の専門家だけど、私から見てもすごいもん。だって、ギオマーはおじさまから、次々と新しい技を習っていたからね」


 メリッサ様は笑っていた。


「他の土地にきたらわかったでしょう? ギオマーが当たり前だと思ってる技術や知識が、とてつもないということが。まあ、バルトルド様は別格として、それ以外には及びもつかないんだから。というか、バルトルド様の考えをちゃんと理解できるのはギオマーくらいだと思うわよ」


 ギオマー様は茫然として、手のひらを見つめ続けたのだった。



◆◆◆◆


 中央から馬車が来ると、フェリシアーノを連れて戻っていくようだった。フェリシアーノは何やらわめいていたが、第3騎士団の面々は慣れたもので、速やかに護送していった。


 そして、放心したように歩いてくる一人の魔法使い。


 あの召喚門を呼び出した魔法使いは、何とかとらえることができたそうだ。なんでもフラウボベと言う魔道具で行動を縛られていたようだが、メリッサ様の秘術で無効化することに成功したらしい。あの杖も破壊し、召喚門への魔力供給を断ったのもメリッサ様の秘術らしいから、あの魔法は魔道具に絶大な効果があるようだった。


 フェリシアーノたちを護送した馬車を見送ると、その次は私たちの番だった。私たちは、彼らを見送ったあと、すぐに学園に向かって出発することになる。


「うう・・・。また・・・。また・・・。また絶対来ますから!」

「ええ。私共従業員一同も、ハイリ―様が来られる日を楽しみにしております」


 従業員のネネさんに、ハイリ―様が泣きついている。


 ハイリ―様、最初はこの度にあんまり積極的じゃなかったのに、気づいたら一番旅行を楽しんでいるようだった。まあ、ハイリ―様は仲の良いクラスメイトなので、また遊びに来てくれるのなら拒否する理由はない。


「ああ! 6日間というのは短すぎるぞ! もっとバルトルド先生の著書を見たかったのに!」

「私は巫女様の足跡を辿れてうれしかったわ! それにほら! こんなお土産までもらえたもの! うふふふ! こんなの持っている人、私以外にはいないはずよ! お兄さまやお姉さまだって、持っていないだろうし!」


 ギオマー様も嘆いているし、メリッサ様は終始大興奮だった。


 魔道具作りに集中していたギオマー様と同様に、メリッサ様もこの休日を楽しく過ごしていた。この領の有力者を集めて研修会みたいなこともやってくれた。母なんか、持っているトパーズのメンテナンス方法を知って結構ためになったらしい。彼女は私の両親から何かをもらったらしく、すごくハイテンションで話しかけられたんだ。


「やっぱり、西以外の土地に行くといろいろ勉強になるよね! 来年の夏もまた来たいなぁ」

「ええ。いろいろ勉強になりましたよね。これだけいろいろ知られるのは、武の三大貴族ならではと言う気もしますが」


 ニナ様とフォルカー様は感慨深げだった。2人にとっても、この土地で過ごした6日間はいい経験になったようだ。


「あのフェリシアーノを捕らえられたのはよかったな。これで、ポリツァイ家の力を見せつけられた。お前らにとってもいろいろ勉強になったのではないか?」

「ええ。私にとっても、ね。中央の貴族は周りの貴族とはあまり仲良くなれないと思っていましたが、そんなことはないと実感できましたよ」


 コルネリウス様は、珍しいことにデメトリオ様と話している。デメトリオ様はセブリアン様と、コルネリウス様は一人で過ごすことが多かったのに、まさかこの2人が親し気に話しているのを見る機会があるとは思わなかった。


「セブ。私、必ずシグのことを助けて見せるわ。何があったかわからないけど、きっと取り戻して見せる!」

「エリ。僕のほうでも探ってみます。だから、君はあんまり深入りしないほうがいい。僕のほうで手をまわしてみますから」


 エリザベート様とセブリアン様が深刻な顔で話し合っている。やはり、セブリアン様とあの男、シクストは何か関係があるようだった。いつかは、もっと詳しい話をしてくれる日がくるのかな。私がむやみに聞いていいことではないようだけど。


「最初はどうなることかと思ったけど、何とかなったわね」

「ああ。まあ、僕らだけで旅に出るより楽しかったけどね。みんなのこと、いろいろ知れてよかったよ」


 カトリンとエーファが感慨深げに語り合っている。


 最初は、彼女たちとアーダ様の4人でだけ旅行するはずだったのよね。それがこんなに大勢で過ごすことになるなんて。まあ、楽しい休日を過ごせたのは良かったかもしれない。


 そして、アーダ様だった。


「アーダ殿。これからよろしくお願い申す。私にとっても、学園で学ぶことには意味がありますから」

「いや・・・。うん。先生方が許可をしてくれたから、さ。それに、許可をくれたのも費用を出してくれたのも学園長だから。大したことがない主人ですまないな」


 そう。シンザンはアーダ様の専任武官になった。そして使用人はマユさんだ。どうやら学園長が後ろ盾になってくれたらしく、2人とも学園でアーダ様を支えてくれることになったのだ。


 本来なら、専任武官は自領の戦士から選ばれるものだけど、アーダ様の実家は問題があり、いまだにアーダ様を守る護衛を用意していない。そのこともあって、特別にシンザンとマユがアーダ様の護衛をすることになったのだ。まあ、それが許可されたのは、メラニー先生とゲラルト先生の尽力があったんだけど。


「お前たち! 学園に戻ったら2年生だからな! 他領いたとはいえ、気を抜くんじゃないぞ!」

「わからないことや不都合なことがあればすぐに言うんだぞ! これでもしっかり相談に乗ってやるからな」


 メラニー先生とゲラルト先生がそんなことを言った。


 この旅行は、教師陣の有能さを確かめる機会になった。やっぱり教師陣は頼りになる。フェリシアーノも捕まったことだし、新学期からはリラックスして過ごせるかもしれない。


 まあ、ウェンデルやシクストの動きは気になるところではあるけれども。


「なんとか、怪我人もなく、他領ともめることもなく過ごせましたよね。この調子で、新学期もトラブルなく過ごせればいいんですけどね」


 私はゆっくりと背伸びをした。この春は何かと忙しかったし、新学期は少し落ち着いて過ごせればいいんじゃないかな。


 この時、私は知らなかった。


 お姉さまがまた一人、闇魔の四天王を倒したことも、学園に戻ったら王族に呼ばれることも。


 そして呼ばれた先で闇魔と戦う羽目になることも。


 この時は、予想だにしなかったのだった。



※ シクスト視点


 何かが背を通り過ぎる気配がした。


 私もウェンデルも、何も言えなかった。


「さて、シクストよ。言い訳はあるか?」


 あの方が、そっと問いかけてきた。


 私は何も言えなかった。私と同行したウェンデルも、何も言わずに押し黙ってしまった。


「黙っていては何もわからぬ。あの小娘はまだ生きていて、しかもあのフェリシアーノは無様にとらえられてしまった。奴の口を封じることもできぬ。なあ、シクストよ」


 あの方がこちらを覗き込んできたようだった。


「い、いえ・・。その・・・。申し訳ございませぬ。奴らの抵抗が思いのほか強く・・・。ヴァッサーの不満をうまくつついたつもりでしたが・・・」

「言い訳は聞きたくない」


 あの方の叱責を聞いて口を閉ざしてしまう。


 ここにいるわけでもないのに、すさまじいプレッシャーだった。


「なあ、シクストよ。お前が自信たっぷりに言うから任せたのになんというざまだ。かなりの力を持っている手下をつけたのに、全滅の憂き目にあうとは・・・。それも。半数以上は貴族でもない戦士に殺されたというではないか」


 決して声を荒げたわけではない。あの方は何かを確認するように静かに話していた。だが、私もウェンデルも、口答えなどできそうもなかった。


「はっ! 半端者はそんなもんだろう。正規の騎士というわけじゃねえんだから、失敗することもあろうってさ。てか、こいつらに任せっきりにしたお前の責任じゃねえか」


 声が響いた。ぎょっとしてそちらを振り向くと、青の巫女服を着た若い女が、馬鹿にするような目でこちらを見下していた。服装はきちんとしていたのに、剣呑な表情が台無しにしていた。


 青い髪と水色の瞳。目は釣り目だが、その顔は美人と言うにふさわしいくらい整っていた。だがその口持ちは歪んだ笑みが刻まれていた。


「まあ、わかるぜ。お前が選んだ奴らを信じたかったんだよな? だけどこいつらは、本部の選考にも漏れた半端もんさ。簡単な任務もこなせないのは仕方ないって話さ」 

「アルセラ様」


 なおも文句を言おうとした女を、あの方が遮った。あの女——巫女候補のアルセラは、面白がるような顔であの方を見つめ返した。


「お前程度がこの私を止めようってのかい! 半端もののくせに、正式に神殿に所属する私に、逆らおうって?」


 剣を構えたのはアルセラの隣にいる2人の男。


 一人は左目に眼帯をした壮年の男で、猛禽のような鋭い目であの方を睨んでいた。そしてもう一人は青い髪をした長身の優男で、水色の瞳を輝かせてこちらを見下していた。


 あの方の言葉にもまるで動揺する気配は見せない。アルセラは心底楽しそうにあの方を睨んだ。


 しばらく、にらみ合う空気だけが流れた。


 私もウェンデルも他の側近も。口をはさむことができずただ時間だけが過ぎていった。


 先に構えを解いたのはアルセラだった。


「まあいい。あたしは伝言を伝えに来たんだ。まったく。指定の場所にしか飛ばせないなんて、お前のそれも不便だよな」


 アルセラは、ため息交じりに言葉を続けた。


「いいさ。お前たちにはまだやってもらうことがある。なにせ、チャンスなんだからな。あの王国が、闇魔とかいうやつらに手いっぱいになっているという、またとない機会なんだから」


 興味を失ったのか、アルセラはめんどくさそうに頭を搔いた。


「お前らとフェリシアーノの奴にもう一仕事してもらおうと思ってな。こっちが指示したタイミングで暴れまわれとさ」


 私はぎょっとしてしまう。まさか、この方にはフェリシアーノが捕らえられたという情報が知らされていないのか?


「ああ。フェリシアーノの奴が捕らえられたのは知ってるさ。だけど、まだ命が失われたわけじゃねえ。今なら、もう一度あいつを活用することだってできる。そのための舞台を、こっちで整えてやろうってことさ」


 アルセラは一瞬足元を見ると、不機嫌そうな顔で話してくれた。


「本国からあいつが・・・。今代の水の巫女が来ている。あいつ自らが計画を練ろうってさ。まあ成功するかは見ものだが、うまくいけば王国の奴らに一泡吹かせてやれるかもしれねぇ」


 私たちに緊張感が走った。まさか、王国を打倒するための計画に、私たちが参加させられることになるとは!


「機会はすぐに訪れる。それまで、せいぜいしっかりと準備しておくんだな」


 手を振りながら去っていくアルセラたちを、私たちは眺めることしかできなかった。

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