第60話 VS ヴァルティガー
「ぐおおおおおおおおおお!」
ヴァルティガーが叫び声を上げていた。
私はあの虎と対峙していた。
おそらく、この個体は通常のヴァルティガーよりも大きいのではないだろうか。大きさは5歩ほど。大きさ自体は依然倒したビッグバイパーよりは小さいものの、討伐難易度は格段に上のはずだ。
あの蛇以上の難敵。強固な水の魔力が厄介なうえ、俊敏な動きは攻撃を当てることすら難しい。
「アメリー! おそらく奴は魔力障壁の扱いに慣れている! 単純に魔法を当てるだけではいなされてしまう!」
アーダ様が叫んだ。
そうか。先ほどのフランベルジュが大したダメージを与えられなかったのはそういうことか。魔力障壁を巧みに操って、強力だけど単純な動きしかできないフランベルジュを躱して見せたのだ。
「さすが、アーダ様。見ただけで簡単に奴の特性を見抜くなんて」
私はヴァルティガーを睨んだ。
「アメリー! 大物は任せましたよ!」
ハイリ―様の声が響いた。
彼女の奮闘のおかげで、リザードマンは私に近づくことができない。こっちに向かうリザードマンに静かに近づき、短剣で急所を一突き。土の魔力を駆使して隠蔽するその姿は、まだ昼間なのに油断すると見失いそうになる。私がヴァルティガーと1対1で戦えるのは、彼女がいてくれたからこそだ。
「がああああああああああ!」
ヴァルティガーが巨体に似合わぬスピードで近づき、腕を振り上げた!
「くっ!!」
私は足に魔力を込めてその場から飛びのいた。
一撃でも貰えば私の体など容易く吹き飛ばされてしまうだろう。奴を仕留めるには、攻撃を避け続けるしかない。
「ごあああああああ!」
叫び声とともに腕を振り回した。その猛攻を何とか躱し、噛みつこうとした大口を大きく飛びのいていなしていく。
おそらくだけど、私の刀だけではあいつを傷つけられない。強固な水の魔力と分厚い毛皮に妨げられ、斬撃を急所まで届かせることができないのだ。
フランベルジュのような魔法も通用しない。魔力障壁を巧みに操られ、あいつに届く前に消されてしまうだろう。
「ダクマーお姉さまのような剣技も、ラーレお姉様のような魔法も、私にはない。だったら!」
悔しいけど、私の戦力はお姉さまたちに大きく劣る。2人のように、華麗に魔物を倒すことなどできない。でも、星持ちと言われた私が、このまま下がるなんてできるわけないじゃない!!
「はああああああああ」
避けながら、魔法陣を構築した。狙うのは、あの魔法だ。
威力はフランベルジュほどではない。でも、構築後も細やかな操作ができるあの魔法なら!
「正直、この魔法にいいイメージはないのだけど・・・」
私はつぶやくが、どう考えてもあいつを倒せる可能性があるのはこれしかない。フランベルジュに次いで威力の高いこの魔法なら!
私は右手をヴァルタイガーにかざした。
「ドリッテ・スピール!」
現れたのは、炎でできた三又の槍。
炎を槍の形して相手を焼くための魔法。フランベルジュより威力は低いものの、ある程度方向を変えることができる。おじい様らしい、技巧派のための魔法だ。
前に、上位闇魔には通じなかった魔法だけど、これならあのヴァルティガーだって!
「いけええええええ!」
魔力障壁を操るのなら、それに合わせて魔法を動かせばいい! この魔法なら!
三又の炎の槍が、ヴァルタイガーめがけて伸びていく。
ヴァルティガーは魔力障壁を展開した。そこに見える、わずかなゆらぎ。アーダ様が言った通り、あいつは魔力障壁をこまめに操ることで防御力を高めているのだ!
「障壁を動かすことで、防御力を高めているのね! だったら!」
私は右手から魔力を伸ばしていく。相手が魔力障壁を動かしているのなら、こちらも炎の槍を動かして弱いところから叩く! レベル4は威力だけではない。鍛えれば制御だって段違いだ。おじいさまから教わったこの魔法なら、展開した後も軌道を操作できるのだ!
私だって、だてに魔力制御を鍛えてきたわけじゃない!
「ぐおおおおおおおおおおお!」
ヴァルティガーが叫ぶと同時に、衝突音が響いた。ヴァルティガーの障壁と、私の炎の槍。2つが激突したことで轟音が起きて土煙が舞い上がったのだ!
直撃!
私が喜んだのと同時だった。
「ぐおおおおおおおおおおおおお!」
雄たけびが、あたりに響いた。私もアーダ様もハイリ―様も、ぎょっとした顔で土煙から現れた大きな影を見つめてしまった。
「くっ! バカな!? いかに強力な魔物とは言え、星持ちの火力だぞ! 水属性とはいえ、それを防いだとでもいうのか!」
アーダ様が驚きの声を上げた。
「いえ。無傷というわけではないわ。障壁がはがれてしまっている。今なら!」
思わず放心した私とは対照的に、母が魔法陣を次々と展開した。
「!! そうか! ここはビューロウの地! だったら!」
そうか! 母は、地脈から魔力を吸い上げて強力な魔法を展開しようというのね! 母は、土魔法の使い手として有名だった。地脈の魔力を展開したのなら、あの魔法だって使えるはず!
魔力が高まっていくのを感じた。大きくて複雑な、黄色い魔法陣が母を中心に展開されていった。
「で、でた! あれは、土の最上位魔法の!」
ニナ様が歓喜の声を上げた。
母が展開しようとしているのは王国では有名な魔法だ。昔、祖父が使ったのを見たことがある。祖父はあれで、水の闇魔を屠ってみせたのだ。
「これでおしまいよ! アレス・スタッブ!」
母の左から展開された、黄色い波動。
それはあっさりとヴァルティガーに直撃した。あの虎は一瞬にして泥だらけになると、怒りに満ちた顔で大口を開けた。
「ごあああああああああああああああああ!」
怒りのままに母に飛び掛かろうとするが、
「散!」
母が言うと、ヴァルタイガーに付着した泥が黄色に光り出す。そして、次の瞬間に泥は消えていった。付着した部分の、皮膚と肉ともに・・・。
一瞬にしてヴァルティガーは血まみれと化した。あの獣は、自分に何が起きたかわからないのだろうか。呆然とした様子になりよろよろと歩き出すが、数歩歩いただけで立ち止まった。流れる血とともに力を失ったのか、歩き出そうとして、そのまま音を立てて倒れ込んでいく。
母の魔法はヴァルティガーを穴だらけにしてあっさりと仕留めてしまったのだ。
「奥様!」
護衛の言葉が響いた。驚いて振り向くと、母が青い顔をして膝をついていた。
そうか。母は土魔法の名手とはいえ、伯爵家から嫁入りしたんだった。地脈の力を漬かったとはいえ、土の最上位魔法を操ったことで魔力の大半を持っていかれたのだ。
「お母様!」
「ア、アメリー・・・。ま、まだよ! まだ敵の目論見を打ち破ったわけではない!」
駆け寄ろうとした私を母が慌てて止めた。
そうだった! フェリシアーノが言っていたではないか! 相手の目的は、ビューロウと他の貴族のつながりを断つことだって!
アーダ様とメリッサ様のおかげで、インゲニアーとの間に亀裂が走るのを防ぐことができた。でも、このままではビューロウとヴァッサーの間に埋めがたい溝ができてしまうのだ!
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
リザードマンたちの出現は続いている。あの魔法使いが呼び出した門から、いまだに魔物たちが出現し続けているのだ。
「アメリー!!」
驚いて振り向くと、あのボートに乗ったハイリ―様がこちらに向かって手を伸ばしていた。
「ハイリ―様!」
私は彼女の手をつかんでボートに飛び乗った。
勢いで飛び乗ったけど、私は思わず振り返った。母は倒れ、クラスメイト達の戦闘は続いている。エリザベート様の救援に行かなきゃいけないのは分かるけど、こちらをそのままにしてよいのだろうか。召喚門も、いまだに健在なのだし・・・。
「妹様! いえ、アメリー! 行ってください! こちらは私たちが何とかします!」
声をしたほうを見ると、メリッサ様が余裕の表情で召喚門を眺めていた。
「ふふふ。巫女様の故郷で乱を起こそうなどとはいい度胸です。じっくりと、話を聞かせてもらいます。時間をかけすぎましたね。これだけ時間があれば、新型の魔道具だって分析できるんですよ」
「アメリー! もっとしっかり掴まって! 少しスピードを出しますよ!」
スピードが上がり、体を引き締めるなかでクラスメイトを見かけた気がした。コルネリウス様もフォルカー様も、メリッサ様もニナ様も。アーダ様だって戦い続けていた。
あっという間に速度を上げ、慌ててボートにしがみつく私の耳に、鈴の音が聞こえた気がした。




