第6話 アーダと討伐任務
「えっと、この場に集合のはずですよね?」
「う、うん。ここで間違いないと思うのだが・・・」
私が思わず尋ねると、アーダ様が自信なさげに答えてくれた。
授業のあとでまた討伐任務が告げられた。週に2回ほどはこうして呼び出される。遅れを取り戻すために補修がたびたび行われるけど、休みがつぶされて呆然としてしまう。午後からの専門の授業もお休みが続いてしまうし。
今日は、中位クラスから2人が来る予定になっている。アーダ様と2人、集合場所で待つことにしたのだけど、正直早く来すぎたのかもしれない。
「ええと。今回の討伐任務はどんな相手でした?」
「お、おそらくリザードマンだったはず。10体ほどの群れを見かけたという報告があって・・・」
私の問いに答えると、アーダ様は視線を外して沈黙してしまう。
会話が続かない・・・。
戦闘ではあんなに頼りになるのに、アーダ様とコミュニケーションは相変わらず取れない。これまでの討伐任務でもいつも助けてくれはするのだけど・・・。
気まずい沈黙が続く中、私たちに一人の少年が現れた。私たちに気が付くと慌てて小走りで近寄ってきた。
「お待たせして申し訳ない。討伐にご一緒する上位クラスの人ですよね?」
眼鏡をくいと上げながら少年が声をかけてきた。茶色の短髪に緑の目。おそらく北の貴族だろう。盾と片手剣を持っていることから、ヘルムート様と同じクルーゲ流の戦士ではないだろうか。神経質そうな印象で細いけど身長は高く、油断なくこちらの顔を伺っている。
「ああ。私はアーダ・カーキ。この学園の1年の上位クラスに属している。今日はよろしく頼む」
私をかばうように前に出たアーダ様が素早く挨拶を返した。
「これは失礼を。名乗りが遅れてしまいましたね。私はオーラフ・ランツァウと申します。もう一人は少し遅れているようで・・・。上位クラスの方々をお任せして申し訳ありません」
そういって丁寧に頭を下げるオーラフ様。何かこの人、執事の服が似合いそうな人だと思った。貴族の人をそう評価するのは失礼かもしれないけれど。
「これはご丁寧に。私は・・・」
「ああ! オーラフ! やっと追いついた! まだ時間には早いはずだよね? 先に行くなんてひどいじゃない!」
私の言葉にかぶせるように女子生徒が声をかけてきた。思わずそちらを振り返ると、黒い髪と茶色の瞳をした少女が息を切らして近づいてきた。
「パウラ! 失礼だろう! 上位クラスの方々はもう来ているんだぞ! きちんとした挨拶もせず! 何を考えてるんだ!」
「だって! オーラフが先に行くのが悪いんだよ! 準備してる間にすぐ先に行っちゃうんだから!」
私たちのことはそっちのけでけんかを始めそうになったが、パウラと呼ばれた女性は私たちに気づいて慌てて頭を下げた。
「ああ! 待たせてしまってごめんなさい! あたしはパウラ。パウラ・ヴェルザーです! 中位クラスの1年生に属しています! 討伐経験はそこそこありますので、遅れた分は仕事で返させてもらいます!」
黒い髪を振って勢い良く頭を下げる姿に、懐かしい思いがした。ダクマーお姉さまも、こんなふうに元気に挨拶していたのを思い出したのだ。
「初めまして。私はアメリー・ビューロウと申します。今日はよろしくお願いしますね」
私は笑顔で挨拶を返したけれど、2人は急に固まってしまった。
「ア、アメリー・ビューロウ様!? まさか! あの星持ちで英雄の妹の!?」
「え、ええー! あの有名な!? こんなにかわいい娘が? ち、ちょっと信じられないんだけど!」
2人はオーバーリアクション気味に体をのけぞらせると、慌てて深くお辞儀をした。
「申し訳ございません! 星持ちの方をお待たせしてしまいました! どうか! お許しを!」
「ほ、本当にごめんなさい! まさか星持ちの方とご一緒できるとは思わなかったの! この無礼は任務で返すからどうか許して!」
いえ、そんなふうに頭を下げられるといたたまれないんですけど! パウラ様なんか、瞳に涙をためているようですし! なんかアーダ様も当たり前といった感じで頷いているし!
「気にしてませんから! どうか頭を上げてください!」
私は必死で彼らを止めるが、「どうかお許しください!」「家族の命だけはどうか!」とか必死で謝ってきた。なんか悪いことをしたみたいでいたたまれなくなるんですけど!
「皆さん。お待たせしましたね。挨拶はそのくらいにして、ちょっと先へ向かいましょうか」
おっとりと言う引率のマヌエラ先生の声が救世主に思えたのだった。
◆◆◆◆
行きの馬車では何となく雑談に興じてしまう。オーラフ様とパウラ様な何度も一緒に討伐任務に当たっているそうで、お互いのやり方をきちんと把握しているようだった。2人ともなぜか緊張しているらしく、あまり私たちに質問が飛んでこなかったのだけど。
馬車が目的地に着いて馬車を降りると、マヌエラ先生がもう一度任務について説明してくれた。
「今回の任務は、北の森に現れたリザードマンを討伐することになります。未確認ですが、ビッグバイパーの姿を見たとの報告もあります。探索をしながら、注意しながら進みましょうね」
マヌエラ先生がそう言ってたおやかに微笑んだ。何でも無属性魔法を担当しているらしいけど、穏やかなご年配の淑女って雰囲気がある。
アーダ様はうなずくと、パウラ様たちのほうを振り返った。
「では探索は私と君たちが交代でやるということでいいか? まずは私がやる。アメリーの魔法は温存してほしいし」
「それで行きましょう。こっちは私がやります。こう見えても風魔法は得意なんだ。まあ、上位クラスの人の前であんまり偉そうなことは言えないけどね」
パウラ様がおどけて言うと、なぜかアーダ様は困ったような顔をした。取り繕うように咳払いすると、右手を上に掲げて緑の魔力をまとわらせた。
「で、では行くぞ。フィーデン!」
アーダ様が魔法を唱えると、その右手から緑の魔力が放たれ、波紋のように広がっていく。そして四方に飛び散った魔力は、数秒後にアーダ様の手に戻ってきた。アーダ様は魔力を手に握りしめると、ささやくようにつぶやいた。
「うん。半径300歩の位置には敵はいない。このまま進もう」
そういうと、アーダ様はすたすたと歩いていく。私はあわてて彼女の後へと続いた。
「あ、待ってください。前衛は私たちがやります!」
そういって中位クラスの2人は私たちの前へと進んでいった。私はアーダ様と顔を合わせると、頷いてそのあとに続くのだった。
そして200歩ほど歩いたころだろうか。パウラ様がこちらを振り返った。
「じゃあ、このあたりで今度は私が探索します。まあ私は、アーダ様みたいにうまく探査できないと思うけど」
パウラ様は頬を掻くと、手を前に出して目を閉じて集中した。そしておもむろに目を開けると、勢いよく叫び出した。
「行くよ! フィーデン!」
さっきと同じように、緑の波動が周りに広がっていく。気のせいだろうか、アーダ様がやった時よりもだいぶ色が濃い。これは、使い手の力量を表していることではないだろうか。
数秒後、戻ってきた波動を読み取ったパウラ様は、焦ったような顔でこちらを振り返った。
「ほ、北東に140歩ほどの位置に、リザードマンらしき魔物がいたよ! しかもあいつら、こっちに向かってくる! わ、私の魔法で刺激しちゃたのかもしれない!」
泣きそうになるパウラ様に、私は冷静に言葉を告げた。
「落ち着いてください。来るのが分かったらどうとでもできるはずです。オーラフ様とパウラ様は戦闘準備を。私が魔法を打ちますのでそのあとに攻撃してください」
私が冷静に言うと、2人は喉を鳴らしながらそれぞれの武器を構えた。オーラフ様はクルーゲ流らしく剣と盾を構え、パメラ様は両手に手甲を装着して体をこまめに揺らしている。
しばらく、時間だけが過ぎていった。
「き、来た!」
パウラ様の震えた声が響くと同時に、魔物たちの叫び声が聞こえてきた。
「きゃっきゃっぎゃ!」
「ぎゃおおおおおお! ぎゃおおおおお!」
リザードマンの声には喜色が漏れていた。私たちを威嚇し、槍を構えながら走りこんでくる姿に、2人は緊張感を隠せないようだった。
私は冷静に右手を前に突き出した。
「正面から向かってくるなんて、少し迂闊ですよ。悪いけど、行かせてもらいます!」
赤い魔法陣が私の前に発現した。私はそれに魔力を送ると、力いっぱい叫んだ。
「グローヴ・フレイ!」
私の言葉とともに、魔法陣から大きな火の玉が出現した。そして、火の玉は勢いよくリザードマンへと向かっていく!
どおおおおおおおおん!
飛び出してきた火の玉を、リザードマンたちは避けることができない。慌てて魔力障壁を展開したようだが、それを貫いてあっさりと魔物を炎上させていく。そればかりか、炎は周りに飛び火して、魔物の群れを蹂躙していった。
「す、すごいな! 相手は水の魔物なのに、それでも火で焼き尽くすのか!」
オーラフ様の言葉に私は苦笑した。
私は知っている。この炎は決して最強というわけではないことを。この炎を超える火をあっさりと繰り出す人もいるということを。
「土よ!」
私の隣でアーダ様が魔法を放った。土礫は狙いたがわず逃げようとしたリザードマンを貫いた。やはり、彼女は状況がよく見えている。私の火に惑わされず、倒し漏らした魔物を冷静に仕留めているのだから。
「まだ敵を完全に仕留めたわけじゃない! 追撃するぞ! 私が魔法を放った場所に、魔法を浴びせるんだ!」
アーダ様の言葉に、前衛の2人はあわてて短杖を抜いた。そして短杖に黄色の魔力を込めると、土礫をリザードマンへと浴びせていく!
「炎よ!」
私も、リザードマンの方向に魔法を放った。土礫と火の玉はリザードマンたちを貫き、次々と死体を生み出していった。
そして2分ほど過ぎたころには、前方に魔物の死体がいくつも転がっていた。
「え? お、終わったの? こんなに早く?」
パウラ様は茫然とつぶやくが、アーダ様は鋭い目を崩さない。そして緑の魔法陣を展開すると、頭上へとあの魔法を放ちだした。
「フィーデン!」
緑の波動があたりに響いていく。そして戻ってきた魔力を読み取ると、素早く北西の方角を指さした。
「!!! パウラ!」
「う、うん!」
アーダ様が指をさした方向を睨みながら、前衛の2人がアーダ様が指した方向へと武器を構えた。