第59話 ゲラルト先生とコルネリウスの秘術
「ゲラルト先生!」
私は思わず叫んだ。
あの強いゲラルト先生が、私をかばうためにフェリシアーノの水牢に囚われてしまったのだ。
フェリシアーノの水牢はかなり厄介な魔法だった。水牢の内側からは決して破れない。まるでゴムのように衝撃を吸収してしまい、どんな攻撃も吸収してしまう。それでいて、外側からの攻撃は通してしまうことがあるという、相当に高度な牢獄だ。
「ゲ、ゲラルト!?」
「ふっ。お前がそんな声を上げるとはな! しかし、その下級貴族はもう終わりだ! 奴の水牢に囚われたからにはな! あの水牢は、内側からはどんなに色の濃い魔法であろうと破れない! たとえ星持ちと言えど、あれの前には無力なものだ!」
動揺したメラニー先生に、黒いコートの男が嘲笑した。
「やはり学園と言うのはコネだけがものをいうのだな! 私が選ばれず、下級貴族のその男が教師に任命されるとは! はっ! クルーゲの当主に気に入られただけの男が! 大方、レオンハルトにも取り入ったのだろうさ!」
「くっ! ゲラルトはそんな男ではないのです! あいつは精神も実力も素晴らしい! 今だって、生徒を守るためにあのフェリシアーノを止めようとした! その心意気が、教師には何よりも大切だと、今だにわからないのですか!」
メラニー先生が叫ぶが、男たちはどこ吹く風だ。何とかゲラルト先生に近づこうとするメラニー先生を、無慈悲に足止めしている。
「いいのかな? 下級貴族を助けられずもたもたしていて! ほら! あの虎が獲物を見つけたように舌なめずりしているぞ!」
ウェンデルの言うとおりだった。
ゲラルト先生に足蹴にされたヴァルティガーは、怒りをにじませた目でゲラルト先生を睨んだ。ゲラルト先生はただ静かに、水牢の中に佇んでいた。
「くっ! レイ!」
私は右手をかざしてヴァルティガーに魔法を放った。ヴァルティガーは避けるそぶりすら見せない。そしてあいつの予想通り、私の魔法はヴァルティガーの魔力障壁に打ち消されてしまう。
「ぐるるるるるる!」
ヴァルティガーはめんどくさそうな顔で私を一瞥した。私はしつこく魔法を放ち続けたけど、ダメージを与えることはできない。でも、虎は本気でうっとおしそうだった。私を標的として認めたのか、姿勢を低くして威嚇してきた。
私の魔法はヴァルティガーに届かなかったものの、相手を私に再び引き付けることに成功したのだ。
「ふううううう」
私は深呼吸をして刀を鞘にしまって体をひねった。
私の魔法ではダメージをアが得られなかった。それなら、私の剣技で相手を仕留めるしかない!
「ぐおおおおおおおおおおお!」
ヴァルティガーは一吠えすると、私に飛び掛かってきた!
全身にみなぎらせたのは、色の薄い黄色の魔力。土属性の魔力で全身を内部強化した私は、ヴァルティガーの攻撃を大きく飛びのいて回避した。
そして虎の背を追いかけると・・・。
「はあああああああああああああ!!」
駆け抜けていくヴァルティガーの首筋に向かって一閃! 素早く刀を鞘走らせた!
「!!」
タイミングも、威力も、申し分ない一撃だったと思う。事実、ヴァルティガーは私の斬撃で吹き飛んでいく。でも、私の刀はヴァルティガーを切り裂くことはなかった。毛皮で防がれて、奴の肉まで刃を届かせることができなかったのだ。
「そ、そんな・・・!」
動揺する私に、ヴァルティガーは素早く近づいて爪の一撃を浴びせてきた。私は魔力で足を内部強化していたが、避けることしかできない。何とか直撃こそ防いだものの、反撃などできようはずもなかった。
「くっ。ふははははは! 星持ちとは言え、その程度か! 貴様ごときにヴァルティガーを仕留めることなどできん!」
黒コートが嘲笑してきた。私は動揺を治められないまま、虎の猛攻を避け続けることしかできなかった。私の居合抜きでは、威力がまるで足りなかったのだ!
まずい! 本格的にまずい!
虎の脅威からは逃れられたものの、水牢に捕らえられたゲラルト先生は動くことはできない。いかに先生とは言え、呼吸ができない状態でどれだけ持たせることができるのか・・・。
私の顔に、一滴の汗が流れたのだった。
※ コルネリウス視点
「くっ! させるかよ!」
「ぼ、僕だって! 先生を助けてみせる!」
俺の攻撃に、フォルカーが続いてくれた。まだ未熟とはいえ、フォルカーと2人がかりならあのフェリシアーノでも耐えられまい!
しかしフェリシアーノは余裕の表情を崩さない。素早く斬撃を浴びせてくると、俺の槍が真っ二つになった。そしてその勢いのまま、奴の蹴りが俺のみぞおちに刺さった。続く連撃で剣が肩口に落とされていく。斬撃を折れた槍で何とか防ぐが、威力を殺しきれずに前につんのめり、横薙ぎの一撃で吹き飛ばされてしまう。そしてその後に、フォルカーが俺を追うように吹き飛ばされた。
「はっ! ガキどもが! お前らごときが、この俺の前に立てるわけがないだろう!」
あっという間に俺たちを叩きのめしたフェリシアーノは、そのままゲラルトの水牢に向かって歩いていく。その顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。
ゲラルトが息を吐くと、泡が口からごぼりと吐き出された。
「ははははは! もう終わりか!? 残念だったな! まあ、水死が最後とは、醜い下級貴族にはぴったりだな!」
嘲笑するフェリシアーノだったが、俺はゲラルトの様子に違和感があった。ゲラルトを捕らえていた水牢が、細かく振動したように見えたのだ。
「なんだ?」
俺が声を漏らした瞬間だった。
水牢が細かく振動すると、水牢が音を立てて砕けた。
絶句するフェリシアーノに、ずぶぬれになって咳き込むゲラルト。何が起こったのかすぐには判断できないが、ゲラルトが水牢を見事に脱出したことだけは分かった。
「げほっ! げほっ!」
「ば、馬鹿な! 俺の水牢を打ち破ったとでもいうのか!」
焦るフェリシアーノは、ゲラルトを睨みながら斬りかかっていった。ゲラルトは荒い息を吐きながらもフェリシアーノの攻撃を盾で受け止め、剣の一撃を浴びせていく。
さっきまで囚われていたとは思えないほどの鋭い一撃だった。フェリシアーノは何とか受け止めたもおの、耐えきれずに数歩下がってしまう。
「さ、さすがは、世紀の犯罪者だな」
ごくりと喉を鳴らした。ゲラルトは息を整えながらフェリシアーノを上目づかいで睨んだ。
「今度は、こちらの番だ! 貴様は危険だ! この場で倒させてもらうぞ!」
気を吐くゲラルトに、動揺を治められないフェリシアーノ。必殺のはずの魔法を打ち破られたのだから、気を静められないのは仕方のないのかもしれない。
けれど、ゲラルトを前に、その動揺は命とりだ。
「くっ! バカな! 下級貴族のくせに!」
ゲラルトの、盾と剣を使いこなした猛攻。新たな魔鉄の武具を、見事に使いこなしている。
「ぐおっ!」
ゲラルトの蹴りが、フェリシアーノのみぞおちに食い込んだ。フェリシアーノは何とか斬撃でゲラルトを下がらせるが、腹を抑えてうずくまってしまう。悔しげな顔でゲラルトを見上げていた。
「ちっ! 手のかかる!」
押されるフェリシアーノを、ウェンデルが何とか援護しようとした。
だが・・・。
「ヴァル・ファレン!」
メラニー先生が放った水の糸が、ウェンデルを狙った。あいつはとっさに杖で防ごうとしたが、その杖に水の糸が絡みつく。そしてメラニー先生が素早く糸を引くと、杖がバラバラになっていった。
ゲラルトを苦しめた黒コートは、一瞬にして丸腰になった。
「なっ! 旦那! まさか!」
「ここで終わりだな」
近づいていくゲラルトを、フェリシアーノが悔しそうに見上げていた。
「くそが! やっていられるかよ!」
フェリシアーノは吐き捨てると、急に身をひるがえした。いきなりの方向転換に、さすがのゲラルトも対応することができない。かろうじて打った剣戟も、フェリシアーノにあっさりと躱されてしまった。
だが、俺に背中を見せたのは失策だったな!
「逃がすか! フェストザイル!」
俺が左手を突き出すと、その手に黄色い魔法陣が発生した。魔法陣の中心から放たれた魔法は、フェリシアーノに向かって飛び出していく!
魔力で編んだ縄が、フェリシアーノを捕らえようとうごめいたのだ!
「ガキが!! こんなもの! お前の同族なら、もっと立派な縄を投げつけただろうぜ!」
フェリシアーノが振り向きざまに魔法を切り払う。縄はいくつもに切断され、地面に落ちていく。
「じゃあな! また来るぜ!」
フェリシアーノが笑いながら逃げ出そうとした。
「はっ! この程度で防いだつもりかよ! 逃げられると思うなよ!」
フェリシアーノが転倒した。ぎょっとしてアイツを見ると、ちぎれた縄がフェリシアーノの足に、そして全身へと絡みついていた。
「なっ! ばかな! こ、この!」
フェリシアーノが必死で身をよじるが、絡みついた縄から逃れることはできない。俺の縄が、一瞬にして修復してフェリシアーノを捕らえたのだ!
「くそ! こんな縄ごときに!」
「なめるなよ! これまでの縄とは一種にしてもらっては困る! これは、ポリツァイ家の本家に伝わる秘術だ! 数々の犯罪者を捕らえたザイル、貴様ごときが逃げられるわけがないだろう!」
思いっきり笑ってやった。
これは相手を倒すのではなく、捕らえることに特化した魔法だ。この縄は斬られただけでは消えることはない。すぐに自動修復して、相手を捕らえるために絡みつくのだ!
あれを何とかするには、無属性魔法とやらで魔法構築を破壊するしかないだろう。
というか、そういうことか! ゲラルトは、無属性魔法を使って水牢を破壊したんだな。無属性魔法の特性は浸透。水牢の内部に入り込み、そのつながりを破壊したということか!
「ちっ! バカめ! これで!」
ウェンデルが、あろうことかフェリシアーノに水弾を放った。口封じをするための魔法に、俺たちは一瞬立ち止まってしまう。
絶望に染まるフェリシアーノだったが、水弾が当たることはなかった。水弾はフェリシアーノに当たる直前で煙のように消えてしまったのだ。
「ウェンデル先輩・・・」
メラニー先生がつぶやいた。
そうか。メラニー先輩が間一髪でフェリシアーノを助けたというのか。フェリシアーノからはちゃんと情報を取らなければならないので、この処置は俺も納得だった。
だけどこの隙に、あのウェンデルは一目散に逃げていく。そして意外なことに、残りの黒ずくめは私たちの足止めするために進路を防いできた。
「はっ! 仲間に殺されそうになるとは無様だな」
見捨てられた形のフェリシアーノは一瞬呆けたが、次の瞬間には不適な顔でこちらをあざ笑った。
「今のうちに勝ち誇っておくといい! この国の貴族は東と西で仲が悪い! 西の後継候補がこの地でくたばったらどうなるかな?」
思わず舌打ちした。
この場所にはフェリシアーノやウェンデルなど、強敵が集っていた。てっきり敵の主力が襲ってきたのかと思ったけど、それが陽動だとしたら?
本命が、別の・・・。エリザベートを害し、ビューロウ家と他の貴族の仲を裂くことが目的だとしたら!
「まさか、お前たちの狙いは!」
「くっくっく! 今頃道場はどうなっているかな? なあ! 間抜けなポリツァイのガキと、武の三大貴族さんよぉ!」
フェリシアーノの言葉に俺は歯をかみしめた。
確かにそうだった。エリザベート様は西の後継候補に任ぜられるくらい溺愛されていると聞いている。もし、この地でその命が奪われたなら、ヴァッサー家は決してビューロウを許すことはないだろう。
「今、あいつを守っているのはカトリンだけか!!」
俺はあわてて増援に行けそうな面子を探った。しかし、気づく。あの召喚門から出てくるリザードマンが、予想以上に多いことに!
ビューロウの剣士たちが必死で戦っているが、リザードマンたちの数は多い。しかも、黒づくめたちも執拗に抵抗し続けており、ビューロウの戦士も夫人も対処するので手いっぱいになっていた。
ゲラルト先生やメラニー先生たちも、リザードマンたちの対処に追われていた。あの2人はかなりの実力者だが、なんにせよ数が多い。あいつらをさばいて増援に向かうのは難しそうだった。
「げええええええええええええ!」
襲い掛かってくるリザードマンの攻撃を、予備の剣で何とかしのいだ。俺もクラスメイトも黒づくめの相手で必死になっている。なんとかしのごうとするが、エリザベートの増援には迎えそうになかった。
「くっ! ええい! わずらわしい!」
「くっ! や、やあ!」
召喚門から、魔物が次々と合われ続けていた。俺もフォルカーも、リザードマンと戦うので精一杯になっていた。
「くそっ! 増援は難しいのか!」
俺は思わず召喚門を睨みつけた。召喚主はまだ健在で、青い顔をして赤の魔力を注ぎ続けていた。何かの術を使っているのだろうか。リザードマンもヴァルティガーも、召喚主を攻撃するそぶりすら見せない。
「こっちは難しいか! くそっ! あいつらの援護もせんわけにはいかんのに!」
俺は襲い掛かってくるリザードマンを斬りつけながら、アメリーたちのほうを一瞥した。
アメリーの前に立ちふさがる巨大な影。あのヴァルティガーは、相性のいいアメリーに狙いを定め、今にも飛び掛からんとうなり声を上げていた。




