第58話 2の矢
「さて。これで仕舞です。仲間のこと、隠れ家のこと、そして襲撃を仕掛けた理由など、吐いてもらいますよ」
私は黒コートの男に宣言した。男は焦ったように後ろを見た。後ろの黒づくめは悲壮な顔をして頷くと、素早く後ろに下がってしまう。
フェリシアーノは、ゲラルト先生の相手に手いっぱいだし、黒づくめたちも我が領の戦士たちが抑えている。援軍は、誰もいないのだ。
「くそっ! だが、この程度で!」
ウェンデルは地面に水弾を叩きつけた。次の瞬間、あたりに霧が立ち込めた。そしてあたりに充満し、私たちの視界を塞いでゆく。
「ふっ! この程度の霧ごとき! ヒゼッド!」
私は右手を天にかざして魔法を展開した。右手を中心に展開された火の魔力は、隅々へと広がっていく。そして日の魔力によって、霧が一瞬にして晴れていく。
「なっ!? バカな! 私の魔法をかき消しただと!?」
「おじいさまが私のために開発してくれた魔法です! あなたの霧ごとき、無効化するなんて簡単なこと!」
私は胸を張った。霧はすっかり晴れ、あたりの視界が明瞭になっていった。そればかりか、あたりに熱波が充満して、霧なんか展開できそうもなかった。
「あなたの魔法は封じさせてもらったわ。簡単に逃げられるとは思わないことです!」
私が右手から火球を解き放った。ウェンデルを狙った火球は、しかしアイツの魔法でかき消された。彼は魔力障壁で、私の火球を防いだのだ!
「くっ! 相性が悪いからって、こんなにあっさりと!」
私のレベル4の火魔法が、こんなに簡単に相殺されるとは! やはり、あの男は星持ちと言うことか! 確かにレベル4の水の防壁なら、赤の星持ちの火魔法を防ぐことも不可能ではない。
「くそっ! おい! 早くしろ!」
吐き捨てたのはフェリシアーノだった。ゲラルト先生と激しく剣を打ち合わせながら唾を飛ばした。
フェリシアーノの視線の先にいたのは、先ほど下がった黒づくめたちの一人。足元には青い魔法陣が敷かれ、珍しい形の大杖を地面に突きさして祈るように目を閉ざしていた。
「!! まさか! あの魔法陣は!?」
母が焦ったように声を張り上げた。
「くはははは! 我らが魔道具の力があれば! ある程度は地脈を操れるとは言え、所詮貴様らは代理ということよ!」
「ああああああああああ!」
黒コートの男のあざけりに、黒づくめの声が重なった。そして、杖の前方の魔法陣から、何かがすさまじい勢いでせりあがってきた。
あれは、門!? 黒づくめが、魔法で門を呼び出したということ! しかも、あの門の形状、見覚えがあるんだけど!
「ま、まさか! 召喚門だとでもいうの!?」
そう! よく似ているのだ! 第一王子が起こした反乱の際、あの青い髪の闇魔が召喚した召喚門と!
黒づくめが召喚したのは、青く輝く大きな門だ。あれは、どこかから魔物を呼び出す召喚門に違いないのだ。
「う、うそでしょう!? あの門を呼び出すには相当な魔力が必要なはず! それができる魔法使いなんて!」
通常、召喚門は地脈のそばで呼び出される。それ以外の場所だと、魔力が足りなくて門を呼び出すことができないのだ。あの高位の闇魔ですらも、呼び出したのは学園の地脈を制してからだった。貴族でもないあの男が、簡単に呼び出せるはずがない!
「待って。今、この地を治めているのは当主の、バルトルド様じゃないのよね? 正式な後継ではないから、地脈を外から操る術があるということ!? あの魔法使いを補助するための魔道具が、あの杖なのだとしたら!」
メリッサ様が、魔法使いを指さした。
私は再びあの魔法使いを見た。あいつが持っていた大杖は、先端に赤と黄色の宝石が組み込まれていて、地面にめり込むように埋まっている。
「そうか! あの魔道具は、地脈から魔力を引き出すためにあるのね! 赤の魔石で魔道具を動かし黄色の魔力で地脈から魔力を引き出して召喚門を呼び出すという! でも、それを起動させるのには相当な魔力が必要なはず!」
メリッサ様の言葉に、私は思わず黒づくめの魔法使いを見つめた。
顔色は、かなり悪い。そうか、あの魔道具を使うためには、相当量の赤い魔力が必要なのね! 利用者から強制的に魔力を搾り取っているということ? でも魔力が足りなくて利用者にかなりの負担がかかっているようだ。
「くっ! これだから連邦の粗悪品は! 使用者のことを何も考えていない! あれじゃあ、あの魔道具の使い手は!」
メリッサ様の言葉に私は顔を青くした。
使い捨ての、駒なのか。召喚魔法を使っているあの魔法使いは!
聞いたことがある。連邦では、水の資質の持ち主が優遇される一方で、それ以外の資質の持ち主は冷遇されてしまうと。見た感じ、あの魔法使いは私と同じで赤の資質が高いように思う。でも、青の資質がそれほどでもないのなら、もしかしたら!
あの魔法使いを止めたいけど、近づくことができない。黒づくめに遮られて、攻撃することができないのだ。
「ああああああああ!」
男が苦しそうな声を上げる中、召喚門が静かに開かれた。
「くそっ! やはり魔物が呼び出されるというのか!?」
コルネリウス様が吐き捨てた。
彼の言うとおりだった。門が開くと、大量のリザードマンが飛び出してきたのだ。
おどろいたことに、リザードマンは黒づくめに槍を突き出した。あっけにとられたように倒れだす黒づくめを気にも止めず、そのまま猛攻を続けていく。魔物たちは人間の区別をつけないようで、そこにいる人間の区別なく襲い掛かっていく。何かに追い立てられるように見えるのは、気のせいだろうか。
「仲間割れ? そうか・・・。闇魔のように、魔物を支配しているわけではないのだから、人間はみんな敵ってこと? でも、何かから逃げてきている?」
リザードマンの首を切り裂きながら、ハイリ―様が疑問を口にした。
ハイリ―様もそう思ったのか。たしかにリザードマンたちはどこか必死なように見える。
「くはははは! あたりだ! そうか! あの魔物を呼び出せたのか!」
黒コートが叫び出した。私は怪訝な顔になりながら、再び召喚門を振り返った。
「ごおおおおおおおおおおお!」
叫び声が響き渡った。
リザードマンたちはもちろん、黒づくめたちが怯えたように首をすくめた。
召喚門から現れたのは、一匹の巨大な獣だった。
四足歩行の大きな獣だった。姿は猫のようにずんぐりしていたが、顔には何本もの青い線が走っている。
「あれは、虎? それに、濃い水をまとっている。もしかして、あの魔物は!?」
白い毛皮に、隈取のような青い文様。4本の足を悠然と動かすその姿は、まるで王者のような風格を醸し出している。
「ヴァルティガーだと!?」
アーダ様の叫びに、私は顔を青ざめさせた。
連邦を恐怖に陥れた恐るべき魔物が、召喚門から悠然と現れたのだ。
◆◆◆◆
「ごおおおおおおおおおおお!」
ヴァルティガーは叫び声をあげると、その場にいた黒づくめに爪を繰り出した。男は馬車にひかれたように吹き飛んでいき、木に叩きつけられるとそのまま動かなくなった。
地面に血だまりが広がっていく。ヴァルティガーの攻撃は、一撃で黒づくめの命を奪ったのだ。
「くっ! これなら!」
母が土礫を放つが、ヴァルティガーには当たらない。巨体に似合わぬ鋭い身のこなしで、母の土魔法を次々と躱していく。
恐ろしいまでの剛力と、魔法を簡単に避けるほどの素早い動き。それを目の当たりにして、母は焦りを隠せない。
「それならこれで!」
私は右手をかざして魔法を連発した。だけど、ヴァルティガーは障壁を展開してあっさりと魔法を受け止めた。やはり、連邦で恐れられた水の魔物だけあって、魔力障壁は闇魔と見まごうばかりに強力だった。
「なっ! 星持ちのくせに、なんて命中率だ!」
黒コートの男が驚愕するが、お姉さまと比べたらたかが知れている。素早いとはいえ、ただの魔物だ。当てるだけなら何とでもなる。
でも、当たってもまるでダメージがないなんて! ラーレお姉様なら完全に仕留めて見せただろうけど、私では色の濃さが足りないとでもいうの!?
「私では、資質が足りないということ? ラーレお姉様みたいに、炎を扱えないから・・・」
「アメリー!」
アーダ様の声にはっとして飛びのく。次の瞬間には、私が立っていた場所に水弾がさく裂した。アーダ様の声がなかったら危なかったかもしれない。
「ちっ! さすがはヴァルティガー! 連邦最恐の魔物は伊達ではないということか! まさか、星持ちの魔法を防ぐとはな!」
コルネリウス様が、押し入るリザードマンをさばきながら吐き捨てた。
私もショックだった。いくら相性が悪いとはいえ、私の火魔法を簡単に防いでしまうとは! やはり、水と相性のいい土魔法しか効かないってこと? そういえば、あの魔物はいつかのビッグバイパーのように、土が得意の母の土魔法を重点的に避けている気がする。
「私だって! 私だってぇ!」
私は赤い魔法陣を展開していく。展開するのは、あのビッグバイパーの頭を吹き飛ばしたあの魔法だ!
今度こそ! 今度こそ、私の火魔法であいつを仕留めて見せる!
「行け! フランベルジュ!」
私の魔方陣から飛び出したのは、巨大な炎の大剣! これならば、いくら強固な障壁を持っていたって!
大剣が、水の虎に向かってすさまじい速さで進んでいく。
「だめだ! アメリー! それではあいつに通用しない!」
アーダ様の声が聞こえた気がしたけど、この一撃なら!
すさまじい土煙が巻き起こった。私は確信していた。この一撃なら、あの強固なヴァルティガーだって!
だけど次の瞬間だった。土煙に大きな影が現れ、私に向かって飛び掛かってきた!
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!」
水の虎が、大口を開けて飛び掛かってきた!
耐えた!? 私の炎の大剣を、耐え抜いたとでもいうの!?
ヴァルティガーの噛みつきが届くかと思ったその時、私は横からすさまじい勢いで吹き飛ばされた。私はしりもちをつきながら、それまで立っていたほうを確認した。
そこには、ゲラルト先生が魔鉄の盾でヴァルティガーの行く手を遮っていた。そしてヴァルティガーの顎が突き上げられ、あの巨体が転がりながら吹き飛んでいく。驚いたことに、先生の蹴りがあのヴァルティガーを吹き飛ばしたのだ!
「せ、先生・・・」
「アメリー君! 構えろ! まだ脅威が去ったわけではないのだぞ!」
しばし呆然とした私は、慌てて立ち上がって刀を構えた。
そうだ! まだ終わったわけじゃない。確かに私の火魔法が防がれたのはショックだけど、まだ勝負がついたわけじゃ、ないのだから!
「くっくっく! やっと隙を見せたな!」
ゲラルト先生に襲い掛かったのはフェリシアーノだ。あいつは双剣での連撃で、ゲラルト先生を追いつめていく。さすがはゲラルト先生、後ずさりながら、剣と盾を巧みに使って凌いで見せるが・・・。
「これで終わりだ!」
フェリシアーノの突きが、ゲラルト先生の手前で止められた。怪訝な顔をしたのは一瞬。剣の先から青い魔法陣が現れ、次の瞬間には水の球体がゲラルト先生を包み込んでいく!
「え・・・ま、まさか! フェリシアーノの水牢!」
フェリシアーノの固有魔法が、ゲラルト先生を飲み込んでしまったのだ!




