第56話 再会したべリアン
※ ギオマー視点
「べリアン! どこにいたんだ! 心配したんだぞ」
べリアンに近づこうとする俺を、アーダが手で制した。怪訝な顔でアーダを見ると、彼女はやけに真剣な顔でべリアンを睨んでいる。
「ギオマー様の護衛の方ですね? 今まで、何をしていたのですか?」
緊張したような顔で尋ねるアーダだが、べリアンは答えない。まるで夢遊病に出のなったように、ふらつきながらこちらに向かって歩いてきた。
「バウ! バウ!」
威嚇する犬を気にも止めず、べリアンがゆっくりと歩いてくる。
「アーダ! やめろ! 犬もだ! べリアンは、家族みたいなもんなんだから! なあ!」
「あ・・・あああ・・・」
べリアンはふらつきながら歩いて、前の倒れ込みそうになった。俺はあわてて助け起こそうとしたが、いきなり背中を引っ張られた。その瞬間、何かが俺の前を通り過ぎるのを感じた。
「な・・・。なにを!」
俺の顔をかすめたのは、べリアンの大剣だった。ぎょっとしてべリアンの顔を見ようとすると、後ろから声をかけられた。俺のシャツをつかんだのはコルネリウスで、厳しい顔でべリアンを睨んでいた。
さらに追撃しようとするべリアンに、犬が体当たりをして突き放した。噛みつかなかったのは俺を気にしたせいか。あの犬、コルネリウスについているだけあってこちらの事情を察してくれたのかもしれない。
しかし、べリアンがなぜ!
べリアンは焦点の合わない顔で、しかし俺のほうを見ていた。そしてゆらりと前に踏み出すと、俺を睨みながら突撃してきた!
「風よ!」
放たれた風魔法に、べリアンが吹き飛ばされた。隣を見ると、アーダが真剣な顔でべリアンを睨んでいた。
「気をつけろ! なにかに、操られているかもしれない! 闇魔法の気配がする!」
「ああ。俺の相棒も気配を感じている。油断するなよ!」
再びべリアンを見た。立ち上がったべリアンはどこかうつろで、目の焦点が合っていない。闇魔法で操られていると言われてまさかと思ったが、確かにそう言われるとそんな気もしてくる。
「ちっ! しくじるとはな! 簡単にやれるんじゃなかったのかよ!」
「私に言われても困るな。予想以上に奴らが警戒していたということだろう。忌々しいことに、ポリツァイ家の子供は鼻が利くらしい」
気が付くと、大量の黒ずくめたちに包囲されていた。中心になっているのは黒いコートを着て大杖を持った男と双剣を構えた男か。コートの男は初めて見るが、双剣使いのほうは知っている。
双剣使いの犯罪者、100人切りのフェリシアーノ!
「このビューロウ領に、こんな大勢の賊を呼び出すとは! たいした隠蔽技術だな! 伊達に水で鳴らしたわけではないということか! 見直したぞ! まあ俺がいるならそれまでだがな!」
「はっ! 武の三大貴族もこんなものかよ! 旦那の隠蔽技術で簡単に突破で来たぞ! まあいい。死ねや!」
フェリシアーノがすさまじい勢で俺に向かって突進してきた。コルネリウスとアーダがとっさに構えたが、俺は・・・。驚いて動くことができない。
「はっ! 未熟者が!」
フェリシアーノが双剣を振りかぶった。アーダとコルネリウスが緊張感に満ちた顔で構えている。
しかし、フェリシアーノの攻撃がこちらに届くことはなかった。
「ぐおっ!」
フェリシアーノが切りかかる直前だった。黒い影が通り過ぎてフェリシアーノが吹き飛ばしたのだ。コルネリウスたちも俺も、黒いコートの男も驚いて一瞬止まってしまう。
「すまない。遅れてしまった。まさかこの屋敷まで侵入されるとはな」
その男は、こちらを振り向きもせずに剣を突き付けた。フェリシアーノが悔しそうに歯をかみしめていた。
山賊のような容貌に、魔鉄製の黒く輝く剣と盾。我らが学園が誇る教師のゲラルト師が、俺たちをかばうように立っていたのだ。
「下級貴族ごときが! 俺の邪魔をするなど!」
フェリシアーノが吐き捨てるが、ゲラルト師は取り合わない。俺たちをそっと眺め、傷がないことを確認したようだった。
「くっ! 邪魔をするか!」
黒いコートを着た男が、水弾を放った。大きく、鋭い魔法の一撃は、しかしゲラルト師に当たる直前に霧散した。ゲラルト師に張られた障壁が、あいつの魔法と相殺したのだ。
「ウェンデル先輩・・・」
メラニー先生は、まるで悔やむかのようだった。この先生も来てくれたのか。だが、メラニー先生は黒いコートの男を見てさらに何か言おうとし、しかし何も言わずに口を閉ざした。
メラニー先生の、知り合いか? だがこいつらは・・・。
「お前が、まさか下級貴族をかばうとはな。しかも、こいつは・・・」
「あなたが・・・なぜこんなところに? しかも、その水の魔力が、あの頃よりも明らかに強い。まるで星持ちのような・・・!」
メラニー先生は戸惑ながらもしっかりと右手を前にかざした。
「さすがに、学園も護衛なしとはいかないみたいだな。教師が2人も護衛に出てくるとは。まあ、下級貴族がいるようだし、資質がないやつに雑用をやらせてんのかもしんねえけどな」
フェリシアーノが吐き捨てると、少しだけアーダが動揺したようだった。
黒づくめたちの数は多い。これだけの数の武装者が、この屋敷の入り口付近にまでたどり着いたとは・・・。
「精鋭ぞろいのビューロウの屋敷に押し入るとはな。見事な隠ぺい魔法、と言っておこうか。なかなかやる。貴様・・・星持ちに近い魔法の使い手がということか」
コルネリウスが舌なめずりをした。さすがのこいつも、思わぬ強敵に緊張感を高めたようだった。
「コルネリウス! すまん! べリアンは俺の護衛なんだ! なんとか、助けてやりたい!」
「ああ。わかっている。べリアンという護衛には見たこと聞いたことをいろいろ話してもらわなければならんからな」
コルネリウスがにやりと笑うのと同時だった。子爵夫人がビューロウの戦士たちとともに飛び出してきた。そしてクラスメイト達もそれに続いている。客分と言うのに、全員が臨戦態勢だ。子爵夫人が臨戦態勢のクラスメイトたちを見て眉をひそめたが、振り払うかのように首を振った。
「ギオマー! 大丈夫!?」
「コルりん! そんな! ここまで侵入されるだなんて!」
メリッサとニナが叫んだ。そのそばにはデメトリオに守られたセブリアンもいて、俺をかばうように前に出てきた。
「ちっ! ガキどもがわらわらと! まとめて血祭りにあげてやるよ!」
「はっ! 貴族の子を前に何を悠長な! 俺たちを子供とあなどったこと、後悔させてやる!」
フェリシアーノの言葉に、コルネリウスが嘲笑を持って応えた。
こうして俺たちとフェリシアーノとの戦の幕が、切って落とされたのだった。




