第55話 ギオマーとアーダと
「お待たせしました」
「いえ。ご両親とはお話しできました? せっかく帰ったのに、私たちのお世話ばかりさせてしまったのですから」
ハイリー様と笑顔で会話しながら雑談に興じた。
「大丈夫ですよ。手紙でもやり取りしていますし、明日はゆっくり話せますから。それで、今日図書室にいるクラスメイトは・・・」
そのときだった。
うおおおおおおおおおおおおおん。
屋敷の廊下に遠吠えが響いた。
「な!! 今のは!?」
「コルネリウスの猟犬ですね。何かを見つけたということ?」
ハイリ―様と頷き合うと、私たちは駆け出した。
「どこから!」
「屋敷の外です! そこで何かを見つけたんだと思うわ!」
走りながら、ハイリー様と目を合わせた。彼女はコルネリウス様のことや彼の犬のことを知っている。吠えた場所もその理由もよくわかっていたのだ。
「クラスメイトを傷つけさせるわけにはいかない! 急ぎましょう!」
私たちはうなずきながら駆け続けたのだった。
※ ギオマー視点
「あああっ、と。ふう。根を詰めすぎたかな」
背伸びをして、溜息を吐いた。コルネリウスの言葉に従ってバルトルド先生の書を確認していたが、あまりい集中できなかった。気分転換もかねて屋敷の外に出たが、気分は晴れなかった。
「ギオマー様」
声が聞こえた。振り向くと、そこにはアーダが困ったような顔で佇んでいた。
「あまり、一人になるのはよくない。その、べリアンという護衛のこともあるし」
「ああ。すまないな。ちょっと外の空気を吸いたくなって」
俺は顔を上げて彼女を見返した。
「それにしてもさすがだな。声を掛けられるまで近づいてきたのがわからなかったぞ」
「いや。他にも外にているし、あの人たちに比べれば全然大したことないさ」
驚いて周りを見渡したが、人のいる気配など微塵も感じられなかった。アーダの他には誰もいないように思えるのだが。
「他にも誰かいるのか? すごいな。俺にはいるのかどうかなど分からん」
「まあ、その辺りは、な。私も、出ていくのを見なければわからかったかもしれない」
アーダは謙遜するが、おそらく見ていなくても彼女なら気が付いたのではないだろうか。
何しろ彼女は、俺たちのクラスで一番優れた魔法使いなのだから。
「ああ、そうか。すまんな。俺を守るために出てきてくれたんだろう?」
「いや・・・。うん」
そう言って黙り込む。恥じ入る必要なんてないと思うんだけどなぁ。
アーダ・カーキーというクラスメイトは、その自信になさそうな顔に似合わず、相当な魔法使いだと思っている。討伐経験を積んで、なおの事そう感じるようになった。正直、戦闘になれば勝つことなどできそうにない。本当の強さの前には素質など関係ないのだと実感させられるのだ。
俺は、背伸びをしながら屋敷の入口のほうに歩きだした。
「そうだな。そろそろ戻るか。あんまりメリッサを心配させるわけにはいかんからな」
「あの・・・。ちょっといいか?」
ためらうようにアーダが声をかけてきたのは。普段はあまり会話したことがない相手だけに怪訝な表情になっていたと思う。
「べリアンという護衛は平民、なんだよな? それなのに、お前と家族同然に過ごしているのか?」
言われて、口ごもった。
アーダが貴族だの平民だのを気にしない人間なのは分かっている。彼女はかつては平民の冒険者に交じって魔物と戦っていたと聞く。そんな彼女が、今更平民の護衛を拒むとは思えない。
とすると、やはり家族の問題か。平民と貴族ではなく、血がつながった家族と、そうではない者との。
彼女は、家族とあまりうまくいっていないといううわさがある。双子の兄と、彼女では明らかに待遇が違うそうなのだ。兄のアルバンは中位クラスながらも東の貴族寮で暮らしているが、アーダは最近まで一般寮だった。上位クラスに属しているのに、その待遇はちょっと考えられない。
「まあ、うちは貴族だの平民だのと、そんなことは関係がないからな。そいつが信頼できて、腕があるなら取り立てる。うちは祖父の代からそういう方針だから、平民で俺たちの家族と親しくしているやつは多いのさ」
アーダがちらりとこちらを見た。
「べリアンは、父親がうちで働く兵士でな。俺と年が近いこともあって、よく俺やメリッサの面倒を見てくれたんだ。クルーゲ流の剣術をかなり使ってな。俺の入学の際に専任武官として一緒についてきてくれたんだ。それが、こんなことになるとはな」
アーダは黙って俺のことがを聞いてくれた。そして静かに、言葉を紡ぎ出した。
「私は、知っての通りあまり魔法の資質に恵まれているわけではない。兄は土魔法でかなり優秀な資質を持っているのにな。それもあって、あんまり家族に期待されていない。領地でも、必死で魔物討伐を手伝ったけど、扱いは悪いままだった。兄とはずいぶん差がつけられていたよ・・・」
声がだんだんと小さくなった。アーダは何かをこらえるように下を向いている。
中位クラスでは、アーダがひいきされて上位クラスに入っているとまことしやかに騒がれているという。アルバンには土のレベル3に相当する資質があるらしい。それなのに、奴を差し置いてアーダが上位クラスに属しているのは、何か裏取引があるのではないかと。
「ふっ。とるに足らんうわさだよな。少なくともここに来たメンバーでそんなものを信じる奴なんておらんさ。俺だってそうだ。お前がアルバンとやらよりも下だとは思えん。何しろお前は、あの難しいパヒューゼ・ギフトをあっさりと発動させたんだからな」
アーダは自信なさそうな顔で上目遣いになったが、俺は構わず言葉を続けた。
「なあ、アーダ。あんまり下らんうわさなど気にするな。お前が優れた魔法使いで、目標に向かってずっと努力し続けられる奴だということはみんなわかってる。お前の努力を認めないやつらなんか相手にする必要はない。なんせ、お前にはもういるんだ。お前の頑張りを認める奴が、何人もな」
俺はアーダに微笑みかけた。
だが、その時だった。
「」「!!!」
アーダが一瞬にして戦闘態勢になって俺の後ろに手をかざした。俺も一呼吸遅れて振り返った。
「なんだ!?」
「わからない! でも、何かいる!」
がさり。
音がすると同時に、小さな影が茂みから飛び出してきた。そのなにかは私たちの直前で振り返ると、奥の森に向かって声を上げた。
うおおおおおおおおおおおん。
遠吠えが響いた。飛び出してきた影——コルネリウスの猟犬の一匹は一吠えすると、俺たちをかばうように足を止めた。そして姿勢を低くしてうなり声を上げたのだ!
「ばう! ばう!」
吠え出す猟犬を呆然と見る俺に、アーダの声が響いた。
「ギオマー様! 警戒を! なにかいる!」
ごくりと喉を鳴らした。
コルネリウスの猟犬は、前方の茂みに向かって吠え続けている。もしかしたら、あの方向から何かが俺たちを襲ってきているのかもしれない。
ざっ ざっ ざっ
草を踏み鳴らしながら誰かが近づいてきた。
俺はその方向を睨んだ。大柄で、浅黒い肌をした男が、一歩一歩、こちらに近づいてきた。その人影が明確になるにつれ、俺はあっけにとられていく。その人物は、俺の良く知る男だったのだから。
「べリアン!」
茂みから近づいてきたのは、俺の専任武官のべリアンだった。




