第53話 ビューロウの魔力制御と懲りない2人 ※ 後半 アーダ視点
そしてまた来た夕食の時間だった。みんな、いつも以上に会話が弾んでいた。
「きれいな場所だったね! 川もよかった! フォルカーなんて落ちちゃうんだから!」
「あれはニナがはしゃぐから! きれいな水だけど結構冷たかったんですからね!」
相変わらずニナ様とフォルカー様は相変わらず楽しそうだった。
「魔道具、結構種類がありましたね。東ではあれだけのものが出回っているんですか?」
「うちの領は南寄りだけどあれほどの魔道具は売ってないわ。置いてあった魔道具はインゲニアー産みたいだし、やっぱりビューロウってインゲニアーと相当親しいみたいね」
ハイリ―様がエーファと話し込んでいる。
「しかし皆さんは本当に見事ですね。獣にはすぐに反応していたし。私は全然気づかなかったですよ。僕は守り手もこなしているのに、とっさに反応できなかった。カトリン様も、きちんと臨戦態勢になってましたし」
「この辺りは経験かなぁ。異変に気付かないまでも、構えを取るくらいはしたほうがいい。まあ、慣れたらそれくらいできるようになるよ」
落ち込むセブリアン様をカトリンが慰めていて、
「ふっ。お前が屋敷でまごまごしている間に裏山での戦いを聞いたぞ。魔物を一掃した話もな!」
「ぐぐぐ! おのれ北のやせ犬が! 私たちに先んじようなど! こっちは巫女様の手書きの本を何冊も見たんですからね! 私のほうが、あの方のことを知ってるんだから!」
コルネリウス様がメリッサ様をからかっている。
一方で、ギオマー様は沈んだ様子で考え込んでいる。
「ギオマー様。大丈夫ですか? あまり食事が進んでいないようですが・・・。食事が合いませんでしたか? それとも、祖父の手記に不備とかでも?」
「い、いや。食事はうまいし、バルトルド先生の解説書も興味深いものばかりだった。ここにいる間も試したいし、帰ってからも作ってみたいものが多かった。だが、うちの護衛のべリアンがまだ帰っていなくてな」
そうなのか。それはちょっと気になるわね。いくら何でもこの時間まで戻ってこないなんて。何かあったとしか思えない。
「少し心配ですわね。うちの人員にも手伝わせていますが、まだ見つかったという報告はありません。かなりの人数に捜索させているんですけれど」
母が心配そうだった。私がフェリシアーノに狙われているという件もある。もしかしたら、べリアンという護衛は、何か厄介なことに巻き込まれたのかもしれない。
「いきなり押しかけて、こういった事態になって申し訳ない。ですが、べリアンは小さなころから一緒にいてくれた、いわば家族みたいなものなんです。土地勘さえあれば俺も探しに行きたいくらいなんですが」
「大事な人の行方が分からないのは心配ですわよね。ええ。私たちも全力を尽くさせていただきます。ギオマー様が修行に集中できるように手を尽くしますから。学業もありますし、あまりここにいられる時間も長くはないわけですしね」
母の言葉に、ギオマー様が深くうなずいた。
「そうなんですよね。バルトルド先生の解説書はここでしか見られないものですし。つくづく、ここに来てよかったと思います。魔法技師として、この屋敷の図書室は宝の山ですよ」
「そうだな。ここにはバルトルド様の解説書がたくさんあるし、イーダ様の闇魔法の本もある。さすがにあんな本は学園にもなかったからな」
意外なことに、同意したのはアーダ様だった。いつも私についてきてくれるアーダ様だけど、ここに来てからは屋敷の図書室でイーダ叔母さんの著書を読みふけっている。
闇魔法は使い手がかなり少ない。さらに、王国でも昔は闇魔法が厭われていて、闇魔法に関連する書籍はかなり限られているのだ。この屋敷みたいに初心者から上級者まで使える本があるのは相当に珍しいのだろう。
母も興味を惹かれたようで、アーダ様に質問した。
「アーダ様は、その、学園で闇魔法を学ばれていらっしゃるのね?」
「え、ええ。でも学園の教師に、闇魔法が得意な教師は少ないんですよ。次期教師と目されていたランケル家のご子息も、あんなことになっちゃいましたし・・・」
私はちょっと納得した。教師になりそうだったウルリヒ・ランケルは前回のクーデター騒ぎの中で教師への道を断たれてしまった。命こそ取られなかったものの、再び教師になるのは無理があるだろう。
今は闇魔法の資質がある別の教師が教えているらしいが、専門の教師が教える他の属性の魔法に比べると物足りないものもあったかもしれない。
「そっか。闇属性はバル家もなくなってしまったし、新興のランケル家では結局教師を輩出できなかったのね。イーダさんの妹たちは闇の素質が遺伝しなかったそうだし、闇ってなかなか難しいのよね」
「そうですよね。うちもあたしが光の素質が分かるまでは結構大変立ったみたいですし。光の素質を持つ魔法使いが現れてやっとへリング家とのつてができたって言われたなぁ」
ニナ様の言葉を聞いて思い出したことがあった。光と闇の魔法家は、それぞれの素質を持つ者じゃないと当主になれないって。どんなに他の魔法に優れてもだめらしい。それでもいないときはその素質を持つ者を伴侶に迎えるとかしなければならないと。
「上下二属性の魔法家って、色々あるんですね。私の国でも水の素質によって扱いが変わりますが、上下二属性は資質が全くない人がほとんどだから大変だ」
「魔法家ならではの問題ですね。優遇されている分、その属性に関してはプロフェッショナルにならなければならない。でも、秘術の問題もあるからどこでもある問題なんですよ。うちもそうでした。身体強化があまり得意でない私や弟は、いろいろ言われました。領地開発で結果を出している父がことあるごとにかばってくれたんですけどね」
父の言葉に、私はうなずいた。両親や叔父夫婦は、それほど身体強化が得意ではない。叔父は炎の魔法こそうまいけれど、水や土の資質が高いらしく、お姉さまの内部強化は実現できないのだ。父に至っては戦闘技術そのものが優れているとは言えないだろう。身体強化の宗家たるビューロウ家がこれだから、いろんな人からいろいろ言われたらしい。
まあ祖父は地域をきちんと発展させることでそうした意見を黙らせたんだけど。
「でも、アーダさんは本当に魔法の使い方がうまいわよね。少しだけお義父様を髣髴とさせられたわ。あの方も、本当に魔法の扱いが上手だったから」
母が言うと、アーダ様は恐縮したように手を振った。
「いえ。私なんてまだまだです。その、私は四大属性の資質も、大したことはないですし」
「そんなことないわ。これはお義父様が言ってたことだけど、魔法を扱う腕は素質だけでは決まらないのよ。素質と同じくらい、魔法を扱う腕も大事なんだから」
母が言うと、アーダ様が面食らったような顔になった。メラニー先生とエリザベート様の目が光ったような気がした。
「これはお義父様の受け売りですけど、確かに魔力制御を鍛えてもある程度までしか威力は高まらない。でも、魔法の腕を上げるには魔力制御を鍛えなければ、ちゃんと狙った効果を上げることはできないと。軌道を変えたり、魔法の速さに緩急をつけたりするには魔力制御の腕が必要だというのがお義父さまの持論です。だから、優れた魔法使いになるには、魔力制御をかなりの水準まで上げる必要があるとのことです」
母は勢いよくそう言うと、でもすぐに消沈したように頭を下げた。
「まあ、そのある程度まで魔力制御を上げるというのが難しいんですけどね。私も修行はしているのですが、どうしても、ね。少しずつ、うまくなっているのは分かるんですけど、ラーレちゃんに比べたらまだまだで」
ため息を吐く母に、少しだけ同情してしまう。
「でも、現代は短杖があって、複雑な魔法陣を覚えなくても攻撃魔法を扱えたりします。ビューロウでは短杖を使った訓練を行っていないのですか?」
「いえ。短杖が魔法陣を覚えるのに有効なのはお義父様も認めるところですわ。でも、私たち貴族は魔法を扱う専門家ですから、その先を見据えなければなりません。そして先を目指すうえで絶対に必要になるのが、魔力制御なのです」
そうなのよね。短杖の使い方を練習すれば、魔法陣の描き方や魔力制御の技術をある程度まで自然と身に着けることができる。小さいころ、両親からしつこく短杖の使い方を学ぶように言われたのはこのためだ。あれがあればレベル4でも魔法を使えるから。でも当時の私はそれに反発していたけど、みんなその先を見据えていた。短杖を使って魔法の使い方を学ぶのは、基礎固めに過ぎなかったのだ。
「昔、魔法の腕を祖父に見せるのに短杖を使ったことがありましたが、今思うと恥ずかしいですね。あれはたぶん、魔法陣の構築や魔力制御の腕を見せるべきだったのに、得意げにその前段階を披露してしまったのですから。祖父があきれるのも、しょうがなかったと思います」
祖父には実戦的ではないって叱られたっけ。まあ、私たちがあの時古式魔法を使えなかったのはしょうがない気もするけど。それだけ祖父の期待値が高かったということだろう。
「せっかく来てくれたのに、あまり手本になるようなことができなくて申し訳ないわ。うちで一番制御技術があるのはお義父様だし、それに次ぐラーレちゃんやダクマーはいないの。みんな、北に行ってしまったから。あの子、はしゃぎすぎてラーレちゃんやエレオノーラ様に迷惑をかけていないか心配なのよね。お義父様がうまく指導してくれていることを祈るわ」
母の疑念はもっともだと思った。お姉さま、少し調子に乗りすぎるきらいがあるからなぁ。
「やっぱり! 巫女様は素晴らしい魔力制御の腕をお持ちなのですね! 昔の巫女様はどんな様子だったんです? 小さなころからお美しかったのですか? 絵画とか残っていませんか? どんな些細なことでもいいですから!」
「ふん! これだから南の金満は! 礼儀知らずにもほどがある! 夫人! この女のことは放っておいて構いません! ですがラーレ嬢のことを教えてくれたら幸いです! この女ではなく、私にどうかラーレ嬢のことを教えてください!」
メリッサ様とコルネリウス様が競うように言いだした。
「こ、こらメリッサ! 迷惑をかけない約束だろう! 少し落ち着け!」
「コルネリウス! やめなさい! 私たちは無理やりついてきただけなんだから! 夫人が困っているでしょう!」
騒ぎ出す人に、それを止める人——。両親は、戸惑ったような顔で苦笑いしている。
こうして、夕食の時間はにわかに騒がしくなったのだった。
※ アーダ視点
部屋に戻ると、部屋付きのメイドが話しかけてくれた。
「アーダ様。今日はどのようなことをされたのですか?」
「う、うん。今日は・・・」
私は今日の出来事を話していた。
この屋敷では、一部屋に一人ずつの使用人がついてくれて、私たちの要望に応えてくれる。貴族としては当たり前のことかもしれないが、私は慣れなくて最初は戸惑ってしまった。まあ、この部屋付きのマユさんのおかげで、楽しく会話することができるのだけど。
「そうですか。アーダ様もこの屋敷で快適に過ごされているようで、何よりです」
「う、うん。おかげさまで快適だよ。明日も、図書室で本を読む予定なんだ。この屋敷にある本は、学園にもないものばかりだからな」
マユさんは、話しやすくてついつい会話が弾んでしまう。私は口下手なほうなのに、気づいたら今日の出来事を詳しく語ってしまっていた。
「学園、ですか。確か中央にある都市でしたよね。いいですよね。私にとってもあこがれなんです」
「あ、そうなのか? マユさんは、中央に興味があるのか?」
私が聞くと、マユさんは上目遣いで私を見てきた。
「はい。恥ずかしながら。私はコリンナ様付きのメイドなんですけど、昔は中央に行こうとしたことがあるんです。その、いろいろあってこの地で働かせていただくことになったんですけど」
マユさんは遠くを見ながら説明してくれた。
「実は私、東のカステル領の出身だったんです。そこの領主はあんまりいい人じゃなくて、私の両親が騙されて、私は売り飛ばされるところだったんですよ。逃げる途中でこの地に来て、奥様に救われてこの地で働かせてもらうことになったんです」
マユさんは優し気な容貌に似合わず、結構な来歴があるようだった。
「えっと・・・。私なんかにそんなことを言っていいのか?」
「ええ。これって仕事仲間にはよく知られたことですから。逃げた私を救いに兄が追ってきてくれて。それでここに居つくことになったんです。兄はシンザンっていうんですけどね」
そういえば、アメリーが言っていたな。マユさんの兄はこの地で有力な戦士の一人だと。子爵代理の護衛をしていたのを見たが、確かにあのシンザンにはマユさんの面影がある。緑の髪と黄色い目は、マユさんとシンザンに共通するものだった。まあ、悪人顔のシンザンと癒し系のマユさんとでは似ても似つかぬ容貌なんだけど。
「この仕事に満足はしていますが、やっぱり中央のことには興味があるんですよね。もしよかったら、中央のこと、色々聞かせていただけるとありがたいです」




