第52話 クラスメイトと石碑と
小さな川に、水がゆったりと流れていた。相変わらずこの場所はのどかで、時間がゆっくりと流れているのを感じる。
「これが、ビューロウの石碑! なんだか拝みたくなるような空気を感じますね」
「ね! 周りの景色もいいし、結構映えスポットだよね! ここで絵を描いてもらうといいんじゃない? そういえば学園で景色を切り取る魔道具があるらしいけど、それを持ってきたかったなぁ」
フォルカー様とニナ様がしゃいでいる。
「これはいい景色だね。空気もおいしい。アメリーがいつも自慢していたのもわかる気がするよ」
「そうね。ビューロウは結構近いけど、こんなにいい場所だったとはね。たまに訪ねるのもいいかもしれない。ゆったり過ごせそうだしね」
カトリンとエーファもそんな感想を漏らしていた。特にエーファは同じ東領だし、領地がそこまで離れた場所にあるわけでもないからね。西に領地があるカトリンは本気で悔しそうな顔をしていた。
私たちが襲われた後にこの場所は定期的に清掃されるようになった。それは私やおじいさまがいなくなった後も続けられて、前に来た時以上にきれいになっている。
「ここからならビューロウの街が一望できるんですね。エリザベートも、この景色を眺めればよかったのに。あの娘、ここに来てから肩に力が入りすぎていて、ちょっと心配なんです」
「ええ。同じく屋敷に残ったギオマー様たちとは対照的ですよね。彼らはなんだか楽しそうでしたし。その、護衛の件は心配していたようですが」
ハイリ―様が心配しているようだが、私はデメトリオ様の言葉を聞いて顔を曇らせた。
ギオマー様の専任武官が昨夜から姿が見えないらしい。休養日とはいえ、何も言わずに出かけることはなかった人らしく、ギオマー様やメリッサ様は心配しているようなのだ。
「心配なのはわかりますが、護衛たちにとっても半分任務で半分休暇みたいなところはありますからね。僕らの護衛や使用人たちも、休みの日はいろいろ見回っているようですし」
セブリアン様の言う通りだった。私たちの護衛は意外と数が多かったので、それぞれ自由行動の時間が与えられている。みんな、休日は温泉に浸かりに行ったり観光をしたり川に釣りに行ったりと、思い思いに楽しんでいるようなのだ。
「護衛と言えば、アーダの奴がこっちに来なかったのは意外だったな。昨日も図書室に籠っているみたいだし、今日はアメリーについてくると思ったのに」
「まあ、この地なら護衛は多いですからね。それにここは、学園みたいに常に警戒しなきゃいけないってことはないですから。図書室には学園にもない書物があるようですし、それに興味を惹かれたようなのです」
その時だった。
がさり。
木陰の茂みから音がした。
「お嬢様!」
グレーテが静かに私をかばって前に出た。彼女は剣の柄をもち、鋭い目で茂みを睨んでいた。他の人の護衛たちも素早く武器を構えていた。
「!!!!」
茂みから飛び出したのは一匹のウサギだった。素早く逃げていくウサギを見ながら、一向にどこか弛緩した空気他生まれた。コルネリウス様の犬たちが、もったいなさそうな目でウサギの後ろ姿を見ていた。
「野生のウサギか? 驚かせてくれる」
コルネリウス様が溜息を吐きながら、それでも気を緩めることはなかった。この辺りはさすがよね。気を抜きそうな場面なのに、全く警戒心を解いていない。護衛としての意識が高く、常に周囲に気を巡らせているのだ。
まあ、それは私も同じなのだけど。
「ここでは魔犬に襲われたり去年は闇魔と戦いになったりで結構いろいろあったんですけどね」
「おお! 去年の夏の話だね! 待ってました! 確か、へリング家のマリウス様やロレーヌ家のエレオノーラ様が大活躍したんだよね!」
ワクワクして聞いてきたニナ様に笑って答えた。あれからもう1年以上経つのか。状況は、本当に目まぐるしく変わってしまった。
「ええ。あの時は私も参加したのですけど、おじいさまが・・・」
そして当時の出来事を丁寧に説明したのだった――。
◆◆◆◆
「という感じだったんです」
いつの間にか、私の説明にみんなが聞き入っていた。ニナ様やフォルカー様だけでなく、セブリアン様たちやコルネリウス様まで真剣な顔をしているのには驚いた。
「すごい! やっぱり白の剣姫はそこでも大活躍だったんだね! マリウス様も! この場所でそんなことがあったなんて信じられないんですけど!」
「ええ! それに指揮を執ったバルトルド様も! この場所でそんな戦いがあったんですね!」
2人は大はしゃぎだった。ニナ様やフォルカー様が喜んでくれる姿を見て、私もうれしくなってしまった。
「いいねえ! いいねえ! やっぱり戦いに参加した本人の口から聞くと違うものがあるね!」
「カトリンの言うとおりね。激闘だったみたい。ここから北までは、かなり距離があるのに」
同じように興奮しているカトリンだが、エーファは心配そうだった。
「ふっ。魔犬どもを一掃とは・・・。さすが。こちらに来たのは正解だった。あの女に、先んじることができたぞ」
コルネリウス様は下を向いていたけど、かなりうれしそうだった。いつもはしかめっ面なのに、頬が緩んでいる。
「やはり、王国の貴族というのはすさまじいな。本国で胡坐をかいているやつらにも見習わせたいよ」
「いえ、これはあくまで特殊な例ですからね! 他の貴族がビューロウのように戦えるとは思えません! ここは、あくまで武の三大貴族の家だからです!」
納得しそうになるセブリアン様を、デメトリオ様が必死に言い訳している。ちょっと熱が入って大げさに伝えたかもしれない。私は照れてしまって、思わず頭を掻いた。
でも、その時だった。
「!! フィーデン!」
エーファが突如として風魔法を放った。緑の魔力はあっという間に四方に広がっていき、戻ってきた魔力を素早くエーファが確認していた。
「!! 気のせい? 確かに気配がした気がしたけど?」
エーファがいぶかし気な顔で考え込むと、カトリンがほっとしたような顔でエーファに笑いかけた。
「エーファ。珍しいね。君がミスするなんてさ」
「確かに気配があった気がしたんだけどね。でも、私の探索魔法では感知できなかった。気のせい、なのかな?」
エーファが疑問を口にした。カトリンも剣を握ったままだった。
首をかしげるエーファにアドバイスを送ったのはメラニー先生だった。
「今のフィーデンは見事な出来だったと思うぞ。それで何も見つからなかったのなら何かの間違いということだろう。確かに気配があったが、大方敵意のない獣だったのだろう。さっきのウサギみたいにな。なあ、ゲラルト・・・・?」
メラニー先生が言葉を止めたのはゲラルト先生の表情を見たからだった。ゲラルト先生は、鋭い視線で茂みの奥を見ている。
「何かいるような気がしたが・・・。フィーデンでも見つからないのは気のせいということか? あの狩猟犬たちも、反応していないというのは。いや、しかし・・・?」
ゲラルト先生はいぶかし気だ。対して、コルネリウス様の犬たちも何の反応も示さない。何事のないような顔で、その場に佇んでいる。ただハイリー様の狸だけは、ゲラルト先生の睨んだほうを見て戸惑ったように首を傾けている。
「えっと。時間も限られていますから、そろそろ他の場所に行ってみましょうか。一応、この川の下流には流れも穏やかで水練にはうってつけの場所もあるんですよ」
私が言うと、ゲラルト先生は納得していない顔ながらも、おとなしくその場を後にした。
◆◆◆◆
その後も楽しかった。川を案内したときは犬たちが飛び込んで、しかもフォルカー様が落ちたりして大変だった。魔道具のお店に行った時も大興奮で、ハイリ―様は店員にいろいろ聞いていたし、セブリアン様達は初めて触れる領地の暮らしに興味津々の様子だった。あのコルネリウス様すらも、興味深そうに魔道具を眺めていた。
こうして3日目のお出かけは、大盛況のままに終わったのだった。




