第51話 ハイリ―とデメトリオ ※ 後半 セブリアン視点
夕食の時間になった。食堂ではみんなが集まって料理を楽しんでいる。そのほとんどがお姉さまが考案した料理だけど、貴族のみんなの舌を十分に満足させているようだった。
「はぁ。お料理がおいしい。こんなにゆったりできるとは思いませんでした」
「ええ。こうしていると意外と疲労がたまっていたのを感じますよね。いえ、あの方からあまり離れるのはよくはないんですけれど」
食事中、しみじみと語っていたのはハイリー様とデメトリオ様だ。あそこは特にのんびりとした空気が流れているように感じる。
「ハイリー様。そちらのご飯が気に入られたようですね。おかわりはいかがですか?」
「え・・・。あ、お願いします」
彼女付きのネネさんの問い掛けに、ハイリー様は丁寧に頭を下げながら答えていた。デメトリオ様も、彼に着いた接客係に恐縮しながらおかわりを受け取っていた。
「珍しいな。ハイリーはいつも眉間にしわを寄せていたのに。ここに来てからリラックスしているというか、そんな感じだな」
「ええ。デメトリオ様も。普段はセブリオン様としか会話していないようだったのに、こっちに来てからいろんな人に話すようになったよう。特にハイリー様とお話が合うようですね」
アーダ様の言葉にうなずくと同時に、私はちらりとクラスメイト達の様子をうかがった。
セブリアン様はどこかほほえまし気にデメトリオ様を見ているけど、コルネリウス様は何かを悔やむような顔で黙ってご飯をかき込んでいた。
ちょっと意外な気分でコルネリウス様を見ていたら、向こうが私の視線に気が付いた。
「ん? 俺の顔に何かついているか?」
「い、いえ。コルネリウス様はこちらで楽しんでいるかなと思って」
取り繕うように言うと、コルネリウス様はいつものように皮肉気な笑みを浮かべた。
「ふっ。なんだかんだで結構楽しんでいるぞ。今日の道場での立会はなかなか面白かった。あいにくと、お前が立ち去った後のことだがな」
「あれはすごかったね。まさか君が、危うく一本取られそうになるなんてさ。まあ僕らとしては負けるわけにはいかなかったけど、あわやという場面は結構あったなぁ」
カトリンが私たちの会話に割り込んできた。当のコルネリウス様はというと、意外にも楽し気な笑みを浮かべていた。
「あれは本当に見事でしたね。魔力なしだと僕じゃあコルネリウス様に手も足も出ないと痛感しました」
「フォルカーはまだ近接になりたてだからな。でも、お前がそれを自覚しているのはいいことだと思うぞ。無理に攻めず、魔力を使って守りに徹するのなら、俺たちとは言えそう簡単には倒すことはできんさ。隙が見えたとしても攻撃に転じるなよ。たいていの場合、それは誘いだからな」
フォルカー様までが会話に参加してきた。そして意外なことに、コルネリウス様がフォルカー様にアドバイスしていた。
察するに、おそらくカトリンたちは私が去った後で練習生との立ち合いを行ったのだろう。そこでカトリンやコルネリウス様は、負けはしなかったものの思わぬ苦戦を強いられた、と。
「しかし、少し意外だったな。練習生はもっと俺たちに突っかかるかと思っていたが、俺に負けても納得の表情だった。平民は、貴族でも魔力なしなら勝てるというヤツがいると思っていたが」
「ああ。それはお姉さまの影響ですよ。学園に行く一年ほど前から練習生とも戦うようになって負けなしだったんです。本当に強い貴族は魔力なしでも手に負えないことを証明していたんです。ここでお姉さまから一本取れるのは、グスタフとグレーテくらいですかね。まだ戦ったことはないですが、おそらくシンザンも。お姉さまの専任武官のコルドゥラだって、一本どころか攻撃を当てることすらできていないようですし」
私が言うと、コルネリウス様が顔をひきつらせた。
「さすが、身体強化のビューロウだな。あのダクマー・ビューロウを止められる人材が、今聞いただけで3人もいるとはな」
「お姉さまの本領は魔力を使っての戦いですからね。魔力を使わない戦いなら勝ち目があるって人は、うちの道場にもいるんです」
まあ、グスタフ以外はうちの領出身というわけではないのだけど。グレーテもシンザンも、他の領地からうちに来てくれた人材だし。とはいえ2人とも信頼できる人材なのだけど。
「シンザン、というとあの男だな。俺の護衛をしてくれた、目つきの鋭いやせた男だろう? うちの護衛が面白い男だと評価していたよ」
「ええ。シンザンは剣の腕だけならグレーテに次いで強いですからね。風魔法に対する造形も深くて。今はグスタフが出かけていますが、シンザンはそれに代わる人材だと目されているんです」
シンザンって、初めて会う人からは悪人顔って言われるのよね。実際に話をすると誠実さが伝わってくるんだけども。剣術のスタイルもお姉さまに近い一撃必殺を本領としているし、そういう面でも誤解されがちなのだ。
「そうね。これは私の勘だけど、あの人なら私たちをちゃんと守ってくれる気がするわ。剣術のことはよく分からないけどね」
メリッサ様が笑顔でそんなことを漏らした。うちの剣士を評価してくれているみたいでちょっとうれしい。メリッサ様は、ロジーネちゃんに次ぐくらい、勘がいい人なのでなおさらだ。私は嬉しくなって、アーダ様に話しかけた。
「そういえば、アーダ様の部屋を担当するのは、シンザンの妹なんですよ。彼女が来てくれてからしばらくして、シンザンもこっちに越してきてくれたんです。結構気が利いていて、お客様にも好評なんです。彼女、腕も立つから護衛としても優秀なんです」
「そ、そうなのか? 私なんかについてもらうのは申し訳ない気がするが・・・。でも、ありがたいな」
アーダ様がはにかみながら言った。アーダ様って、貴族には珍しく、接待慣れしていないのよね。今回来てくれたメンバーには平民だからと無体なことをする人はいないけど、反対にここまで恐縮されると戸惑ってしまう。
まあ、そのあたりのことはマユが何とかしてくれると思いたい。
「そういえば、皆さんはこの領でしたいことはありますか? 一応道場や図書室は案内したし、希望があれば案内しますよ。まあ、裏山とか川くらいしか観光地みたいのはないんですけどね」
「いえ。私は時間が惜しい。少しでも長くあの魔力板を使った訓練がしたいわ。本当は今も訓練を続けたいのだけど」
即座に答えたのはエリザベート様だった。この人、道場にかじりついて魔力板を使った訓練をしていたのよね。休憩も修行の一部たというとしぶしぶ食事に来てくれたのだけど。
「ああ。俺もちょっとこの屋敷でやりたいことができた。バルトルド先生が書いてくださった資料は膨大だからな。一冊でも多く確認して検証したいんだ」
意外なことを言ったのはギオマー様だった。この人ならみんなのためについてきてくれるかと思ったのに、どうやら祖父の資料に興味津々のようだった。今にも魔道具を作ろうとそわそわしている。
「じゃあ私もこっちに残ろうかな。巫女様の著書を見るのも楽しいですから。それに、ビューロウの地で新規顧客を開拓するのも悪くないです。宝石、買ってくれそうな方も多いようですから」
予想通りというか、メリッサ様がそんなことを言った。
メリッサ様の家、ラッセ家は宝石を扱うことで財を成した貴族家だ。この土地の有力者にも彼女の話に興味を持つ人は多い気がする。母なんか、アクセサリーのことを興味深そうに聞いていたし。
「はーい! 私、裏山の石碑に行ってみたいです! 街にも興味あるなぁ。聞くところによると、ここにはインゲニアー領にも負けないくらい、いろんな魔道具があるらしいじゃない。病院も見学してみたい!」
「僕もちょっと石碑に興味があります。何でもビューロウの戦士たちをたたえているとか。道場には明後日以降通うとして、行けるときに見てみたいですね」
ニナ様とフォルカー様がそう言ってくれた。
「じゃあ明日は裏山に行ってみましょうか。街が一望できるくらい、眺めが最高なんですよ。時間があれば街に行ってみるということで。魔道具のお店を見ることくらいできそうですし」
私が言うと、みんなはうれしそうに笑ったのだった。
※ セブリアン視点
夕食後にベランダに出ると、先着者がいた。コルネリウスが、何かを飲みながら遠くを見つめていたのだ。
「奇遇ですね。夕涼みですか?」
「ああ。お前か。少し、風に当たりたくてな」
なんともなしに彼の隣に行くと、彼は溜息を吐いて話しかけてきた。
「お前の相棒と俺の連れ、気づいたら仲良くなってるな」
「ええ。なんだか彼も、ここではリラックスしているようで。うれしいような、寂しいような気分なんですけどね」
私がそう言うと、コルネリウスは静かな目で見つめ返してきた。
「彼は、私がこの国に来た時からいろいろサポートしてくれているんです。この国に慣れない私にとっては本当に助かっているんですけど、自分を犠牲にして私を助けてくれているんで、少し申し訳なく思っていたんです。今日は久々に、彼の心からの笑顔を見た気がします」
私がほっと一息つきながら言うと、コルネリウスが疲れたような顔で言葉を紡いだ。
「そうだな。俺も、あいつがあんなふうに笑うのを久しぶりに見た気がする。学園に来てから、あいつはいつも眉間にしわを作っていたからな」
私はそっとうなずいた。
確かにそうだった。ハイリーという女生徒は、北を代表する生徒としていつも気を張っていた気がする。曲者ぞろいの北の生徒が大きなトラブルもなくまとまってみえるのは彼女の努力が大きいのだろうけど、その分反発する生徒も少なくないように思えた。
「『鉄の女』なんて言われるような奴じゃないのにな。だが、乱暴者の北をまとめるためにあいつはいつも無理をしていたように思う。デトキウ家は、そこまで力のある伯爵家ではないからな」
コルネリウスは悔いるように空を見上げていた。
「俺にはあいつが責任感が強すぎてやらなくてもいいことをやっている気がしていた。だが、それは間違いだったのかもしれん。エリザベートやアメリーに頼りすぎだと言われたことが、今になって気になってきた」
私はそっとうなずいた。
確かにハイリ―は頑張りすぎな気がしていたが、コルネリウスが動かなすぎなことも確かだろう。彼は、自分が強くなることに一直線だ。まるで誰かに追いつこうとするかのように自分を鍛え続けているように思う。だけど、その分だけ周りを気にしていない。それをなんとかフォローしようとあがいているのが、ハイリーのような気がする。
「もう戻るといい。俺はもう少し風に当たろうと思う。お前も明日はアメリーについていくんだろう? 体を休めないと身が持たんかもしれんぞ」
「ええ。今日は温泉に浸かって早めに寝ようとと思います。コルネリウス様も、護衛として向かうんでしょうから、ほどほどにして休んだほうがいいですよ」
私が言うと、コルネリウスは苦笑しながら手を振ったのだった。




