第50話 ギオマー様とギュンター様
図書室に入ると、何人もの生徒が椅子に座って本を読んでいた。まあ、祖父はかなりの本の収集家だし、それぞれの本には解説書までついている。上位クラスの生徒が興味を惹かれるのもわかる気がするけど・・・。
何気なく図書室を移動すると、アーダ様を見つけた。彼女は私が入ってきたことにも気づかないくらい、集中して本を読んでいるようだった。
「いろんな本があるでしょう? 祖父は魔法関連の本なら手当たり次第に集めているようで、学園の図書館にも負けないくらいの蔵書数になっていると思います」
アーダ様は声をかけられて驚いた様子だったが、私だと気づくとほっとしていた。
「ああ、アメリーか。うん。まさかこんな本があるなんてな。これ、闇魔法について詳しく書かれているんだ。闇魔法に関する書籍は限られていて、ここまで詳しく書かれているのは学園にもないのに」
のぞき込んで納得した。その本はおそらく学園にはないものだったから。
それは、叔母のイーダがホルストお兄さまやその護衛のヤンに、闇魔法を教えるために作ったものだ。
「それ、叔母が闇魔法をホルストお兄さまたちに教えるときに言ったことをまとめたものなんです。叔母のイーダはかつての闇の魔法家であるバル家出身ですから、おじいさますらも知らないこともいろいろあったみたいで」
「そ、そうか。あのバル家の・・・。バル家は私たちが生まれる前に没落したから、魔法も秘術も失われてしまったかと思ってたよ」
まあ、その気持ちもわかる。闇の魔法家の座は、西のランケル家が中央のバル家にとってかわったのは、私たちが生まれるよりも前のことだ。
「訓練の様子を見た祖父が興味を惹かれて、叔母に闇魔法のことを書き記すように依頼したんでしたよね。叔母のほうもバル家の秘術がなくなるのを惜しんでいたので、その話に喜んでいたのを覚えています。本人は使うのに拒否感があったようだけど、やっぱり秘術が失われるのには抵抗があったみたいで」
小さいころのことを思い出して懐かしくなった。外に出せないような魔法は別にまとめているらしいけど、公表できる魔法で有用なのも結構あって、それはこの図書室に本になって納められているのよね。
「うん。私は闇魔法については素人同然だからな。この本はそのあたりが分かりやすくて助かってる。まあ後半はかなり難しいようだけど」
「後天的に闇魔法に目覚めた子にもわかりやすいように書かれているらしいですよ。後半になると、かなり複雑な魔法陣を使うみたいですが」
闇魔法は人の精神に影響すると言われているから疎まれがちなよね。叔母も昔は闇魔法が使えることをあんまり言っていなかったから結構難しい問題なのかもしれないけど。
「でも、この本を読むと見えてくるんだ。闇魔法は、人を害するだけではなく、人を癒すためにも使われるのだと。確かに、光や水のように体を癒すことはできないが、人の心を癒せるのは闇魔法ならではの特徴だということが」
アーダ様は本から目を離さずに話し続けた。
「確かに、闇魔法には支配やセインハーベンやレーンウォッシュのように、相手を支配したり行動を縛る魔法も存在する。あの帝国は、闇魔法を使って魔物を使役していたようだからな。でも、この魔法書を読めばわかるんだ。バル家が、どのようにして闇魔法の研鑽を積んでいたかが」
アーダ様は静かに本を読み続けていた。
私が何か言おうとしたその時だった。
「妹様! どうしよう! ギオマーが行っちゃった!」
私たちのそばに駆け込んできたのはメリッサ様だった。後ろにはメラニー先生もいて、困ったように頭をかいている。
「私が本に感動しているうちにギオマーがどこかに行っちゃって! だってこの図書室、巫女様が書いた解説書がたくさんあるんだもの!」
「す、すまん。あまりに珍しい本を見つけて、つい・・・。この屋敷で危ないことはないと思うが」
メリッサ様はともかく、メラニー先生までがそんなこと言った。2人はバツの悪そうな顔をして、私に尋ねてきたのだ。
「多分ですけど、ギオマー様を案内したのは父じゃないかと思います。ギオマー様のお父上と知り合いみたいなこと言ってましたし。とすると、ギオマー様たちが行ったのはあそこかな? この屋敷には、魔道具を作るための部屋がいくつもあるんです」
◆◆◆◆
私は先頭に立って屋敷を案内していた。3人以外のクラスメイトは私を気にせず読書を続けていた。ほとんどの本にはおじいさまやラーレお姉様が書いた解説本もついていて、みんな興味深そうに読みふけっていた。彼らのことは屋敷の使用人に任せて、メリッサ様たちをギオマー様のもとへと案内することにしたのだけれど・・・。
道具作成室の前には人相の悪いやせた男と、浅黒い肌の男がこちらを一瞥した。人相が悪いのは我が領が誇る剣豪のシンザンで、もう一人はギオマー様の護衛だろうか。2人は丁寧に一礼して説明してくれた。
「お嬢様。ブルーノ様とギオマー様はこの部屋の中におられます。何やら集中して作業しているようです」
「そう。やはりここにいるのね。入っても?」
私が尋ねると、シンザンは小さくお辞儀して部屋の扉を開いた。
部屋に入ると、2人が同時に私に顔を向けた。魔道具を作っているギオマー様に、それを見守る父といったところか。ギオマー様の手にあるのはお姉さまが「竹刀」と言っていた魔道具で、剣術の訓練をするときに使う見慣れた道具だった。
「おお。お前たちか! ああ、俺を探してくれたのか。すまんな。つい集中してしまった。バルトルド先生の解説書にある通りに作るのが意外と面白くてな。単純な魔道具なのに、作り方ひとつで面白いものができる」
ギオマー様の視線の先には一冊の解説書があった。おそらくあれは、祖父が記したものではないだろうか。
「さすが、インゲニアー家の魔法技師ですな。これほど見事に魔道具を作り出せるのは、我が寮では父以外におりませぬ。ギオマー様が、技術を余すことなく身に着けさせたのが察せられます。何しろ道具を作る姿がギュンター様にそっくりでしたからね」
父が言うと、ギオマー様は戸惑ったような顔になった。
「ふふ。おじさまの友人ならきっとわかると思っていたわ。家族だから見えていないのかもしれないけど、人から見れば一目瞭然なのよ。おじさまが、ギオマーのことを大事に育てたってことが」
あれ? メリッサ様に父とギオマー様のお父様が友人だって言ってたかな? まあ、メリッサ様ならそのことを知っていても納得できるか。
メリッサ様はおっとりした外見に似合わず、カトリンに負けないくらい情報通なのだ。
「これくらいなら魔法技師を目指す者ならだれでもできることさ。子爵代理もあまりおだてないでください。本気にしてしまいますから」
ギオマー様は苦笑するが、父はお世辞を言ったわけではないと思うけどなぁ。幼いころから魔道具に囲まれたギオマー様にとって、魔道具を作れるのは当たり前のことかもしれない。
ギオマー様には必要なのかもしれない。自分の技術が、他の魔法技師とは比べられないほど高水準にあるという自信が。
「そういえば、知っていますか? うちの領地には祖父しか作れない魔道具があるんですよ」
私が言うと、ギオマー様は興味を惹かれたようだった。
「ほう。まあ、複雑な魔道具になれば簡単には作れないからな。ここにはうちから卸した魔道具もかなりあるみたいだし、最新なものになるとバルトルド先生以外には作れんかもしれん」
さっきも気になったけど、いつの間にか祖父への呼び方が変わっているし。いえ、まあこれはよくあることなのだけど。
「それが複雑なものではなくて、道場で使っている魔力板なんです。私も持っているけど、水属性の高レベルのものはストックがなくて」
「魔力板? あれは別に魔法技師じゃなくても作れるものだろう? 庶民にも行き渡っているような魔道具だからな。あれも、何か工夫したということか?」
ギオマー様はどこか楽しそうだった。
「はい。普通の魔力板はどの属性の魔力でも動かせますが、祖父お手製の者は特定の属性に特定の色の濃さ、それにかなりの制御技術がなければ動かせないようになっていて・・・。エリザベート様が欲しがっていたのですが、上げられるものがなくて」
私が説明するとギオマー様はますます興味を惹かれたようだった。
「ギオマー様。よかったらこちらで作ってみたらどうでしょう? あれは父が量産してくれたおかげでうちの道場にはあるのですが、水魔法でレベルが高いものは甥や息子が持って行ってしまっていてほとんどないのです。うちの領の魔法技師では作れないものですし」
そして父は部屋の棚を探り出した。そこから取り出したのは一冊の本だった。父は思い至ることがあるのだろうか。何かを探すようにページをめくりだした。
「えっと・・・・。これですね。このページに製法が書かれています」
父が本を机に置くと、ギオマー様だけでなくメリッサ様やメラニー先生まで本を覗き込んだ。アーダ様も興味深そうに背伸びして見ている。
「これは・・・。材料は特別なものが少ないのに、製法がかなり複雑ですね。ああ。こうやって、特定の魔力でないと動かせないようにしているのか」
「あ、ああ! そういうこと! こうやって属性を絞っているのね! これは盲点だったなぁ」
「いや全然分からん。この辺は専門家にしかわからないことだな。大体のことしか察することができん」
納得した様子のギオマー様とメリッサ様に首を振るメラニー先生。私もメラニー先生と同じで、本に書いてあることがよくわからなかった。
「えっと・・・。あれがこうなって、これがこうかな?」
「妹様、少し違いますね。これがああなってこうですよ」
私のつぶやきに、メリッサ様が優しく説明してくれた。でも残念なことに全然わからなかった。
「ごめんなさい。私にはわからないです。メリッサ様もギオマー様もさすがですね。私たちにはこの本に書いたことが全然わかりません。それを、見事に読み解いてしまうのですから」
「ふふ。慣れですよ。妹様も私たちくらい魔道具に接すると分かるようになりますって」
メリッサ様はどこか自信あり気に答えてくれた。
この辺りは専門家の仕事よね。私たちのような戦闘系の魔法使いには、ここに書いてあることが全然理解できない。
「単純な魔道具だと思っていたが、どうにも奥が深そうだな。よし、ちょっとばかりやってみようか。メリッサ。悪いがこれからいう本を持ってきてくれないか。確かこの屋敷の図書室にあったはず・・・」
ギオマー様はそのページを見ながらメリッサ様に話しかけた。メリッサ様はうれしそうにギオマー様の言うことをメモしている。
「アメリー。ここからは専門家の仕事だ。私たちはおいとましよう。メラニー先生も」
「あ、ああ。私たちは外そう」
こうして、私たちは部屋の外へと出たのだった。
◆◆◆◆
「しかし意外だな。アメリーは自分の魔力板を持っているのか? もしかして、土属性の魔力板?」
「それもありますが、私がよく使っているのは火属性のそれなんです。ラーレお姉様ほどの制御は身についていなくて」
アーダ様は驚いた顔をした。
「アメリーが火魔法を使うのを見たことがあるが、今以上に魔力制御を鍛えなきゃいけないのか?」
私は思わず口ごもった。一応、これは私の秘密にも関することなんだけど・・・。
まあ、アーダ様とメラニー先生ならいいか。
「実は、私は土属性で身体強化しながら火魔法を使えるんです。でも、あんまり複雑な魔法は使えなくて・・・。近接で戦いながら高度な魔法を使うには、今以上に制御能力を鍛えなければならないんです」
アーダ様ははっとして口を抑えた。メラニー先生の目がきらりと光ったのが見えた。
おそらく、今ので気づいたのだろう。この答えが、私の切り札につながってしまうことを。
「いや・・・。そ、その、すまない。そんなつもりはなかったのだ」
「いえ。アーダ様や先生方にはいつか見せなければならない技ですから。でも、内緒ですよ。他の人には言わないでくださいね」
私が片目をつむりながら言うと、アーダ様はコクコクと頷いた。
「驚いたな。アメリーが、自分の切り札について話すとは」
「ええ。アーダ様は私の大事な相棒ですから。こんな技の一つや二つ、明らかにしても問題はないのです」
父の言葉に、私は自信をもって答えた。
アーダ様はおろおろしているけど、こんなのは当たり前だ。だってアーダ様は、私にとって誰よりも頼れる相棒なのだから。この修業は私の秘密にかかわるけれど、アーダ様なら明かしても何の問題もないのだ。




