第49話 図書室と父とギオマー様と ※ 後半 ギオマー視点
私はエリザベート様達と別れて屋敷へと戻った。カトリンとコルネリウス様たちも道場で何かするらしく、残ったようだった。まあ、ゲラルト先生が付き添っているから問題ないと思う。
「そういえば、他の人はお父様が案内しているのよね? そちらには誰かついてるの?」
「ええ。皆様の護衛もいますし、シンザンが目を光らせています。この領で万が一の事態は起こらないかと」
グレーテの答えに、私はほっとした。
シンザンはグレーテと同じ流れ者の剣士で、士官先探しと修行を兼ねてうちの領に居ついた人物だ。おじいさまの教えで風属性による身体強化を成し遂げた剣士で、グレーテに次ぐ実力者となっている。
「シンザンがいてくれるなら安心ね。でもちょっと気になるから図書室へ急ぎましょう。お父様がうまくやってくれていると思うけど」
シンザンは頼りになるけど、万が一ということもある。私は急いで図書室へと向かうのだった――。
※ ギオマー視点
「こ、これはエミリア・ナッサウの魔道書! 現代語の翻訳本まである! 150年以上前の本だからもうないと思ってました!」
「これはもしかして、アントン・ ホルシュタインの本でなくて? 一時焚書になったそうだから、これももう読めないと思ってたわ!」
「すごい! この解説書を掻いたのって、巫女様ですよね? この文字に見覚えがあります! ここは宝の山なの!?」
クラスメイト達の驚きの声が響いていた。
ビューロウの図書室には、数えきれないほどの本がある。一面にある本に歓声を上げてしまうのもわかる気がする。希少な本がいくつも見られ、それにお手製の解説書が添えられている。みんな大興奮で、騒ぎながら本を読んでいた。
「お、おい! お前たち! あまり勝手なことは・・・」
「いいのですよ。父上から、お客様ならどの本を読んでもいいと許可は得ております。本は誰かに読まれるために存在するものです。皆様なら破損の心配はないでしょうし、手に取ってもらって構いませんよ」
ビューロウ子爵代理は微笑ましそうにクラスメイト達を見ていた。ハイリーもエーファもデメトリオも、あのニナですらも楽しそうに本棚を眺めている。驚いたことに、あのメラニー先生までもが本にかじりつき、立ったまま読みだしていた。
「ビューロウ子爵代理。本当に申し訳ない。みんな、珍しい本を見つけて興奮しているんです。ですが、みんな心得たもので、本を破損させることはないはずです。あったとしても必ず弁償しますから」
俺が頭を下げると、なぜかビューロウ子爵代理は少しだけ噴出した。
「いや申し訳ない。お父様にそっくりだと思ってしまったのでね。ギュンター様がクラスメイトと王城の図書室に連れて行ってくれたことがあって、そこであの方も同じように司書に謝っていたのです」
俺は驚いて、子爵代理の顔をまじまじと眺めてしまった。
「ギュンター様も、私のように爵位が低い家の者をいつも気にかけてくださいました。私は個人戦闘がそれほど得意ではないのですが、それでもギュンター様は私をかばってくれましてね。あのクラスで何とか卒業できたのはギュンター様が気にかけてくれていたおかげなんです」
まぶしそうな顔になった子爵代理に、俺は思わず目をそらした。おそらく嘘ではないのだろうが、あの父にそんな過去があったとは信じられない。
父は俺の前では無口で、何か話そうとしても会話が続けられなかったのだから。
言葉に詰まったのをごまかすように、俺は1冊の本を取った。タイトルは、「魔道具大全」——。当時現存した魔道具の紹介とその作り方を示した本で、俺たち魔法技師にとってバイブルともいえるものだった。その隣には解説書があって、それはラーレ嬢ではなくバルトルド様自身が書いたもののようだった。
「やはり、その本に興味を持たれたのですね。その書は父がラーレちゃんに任せずに自分で解説書を記したものです。ギュンター様があなたのことを大事に育てているのが目に浮かぶようです」
ごまかすように解説書のページをめくると、バルトルド様独自の見解が記されていて興味をひかれた。そうか。あの人はそういう視点でこの書を読んでいたのか。
「あなたは確かに父と友人だったようだ。ですが、父が私のことを思っているのはどうでしょう。恥ずかしながら、私はいまだに我が家の秘術を与えられていません。クラスメイトはおろか、中位クラスでも秘術を使いこなしている生徒がいるというのに・・・」
俺の言葉に、子爵代理は苦笑した様子だった。しばらく沈黙が続くと、子爵代理は何かを思いついたように顔を上げた。
「ギオマー様。少し時間がありますか。その本はお持ちになって構いません。見ていただきたい場所があるのです」
◆◆◆◆
「こ、これは・・・!」
俺が子爵代理に案内された場所は、どうやら魔道具を作成するための部屋のようだった。作成のための道具はもちろん、各種の材料まできれいに分類されていて、その几帳面さに驚いてしまう。
「この部屋は、父が魔道具を作成しているものの一つで、魔法技師を呼んでここで作業してもらうこともあります。清掃はこまめにしているようですし、ここなら多少の作業はできるのでは?」
子爵代理は多少というが、この部屋は学園のそれよりもかなり整っていた。この部屋でならかなりの作業が行えそうだった。
「秘術というのは貴族家にとって様々です。その家にしか備わっていない特別な魔法もありますが、誰にでも使える魔法や技術がその家にとって特別な場合もある。当家の秘術はご存じの通り身体強化でしたが、娘のダクマーが復活させるまでは、単に他家よりも身体強化に詳しいだけと思っておりました」
言いながら、子爵代理は部屋の中を簡単に片づけた。
「ギュンター様も、私やあなたと同じでした。学生時代は秘術が備わっていないことを悩んでいた。だからこそ、秘術が使えない私と親しく過ごされていたという面もある。あの方が、秘術を身につけられたのは卒業間近の日のことだったと思います。『秘術は、もう私に備わっていた!』とね」
驚いた。まさか父上も、学生時代は秘術のことで悩んでいたとは。そうならば、同じ悩みを持つ俺に、一言くらい助言してくれてもよかったろうに。
「私が父上に言われていたのは、ひたすら魔法技師としての基本を繰り返し練習するようにと言うだけでした。特別な訓練も、家ならではの魔法陣も、なにもないのです!」
俺は思わず叫んでいた。はっとして子爵代理を見ると、彼は静かに微笑んでいた。
「これは経験則ですが、お父上が基本を繰り返せと言われたのには意味があると思います。私もそうでした。父からはしつこいくらいに魔力制御の訓練をするように言われていました。ですが当時は短杖が出回ったこともあり、魔力制御の訓練はほどほどでいいのではと、勝手にやらなくなってしまったのです」
驚いた。子爵代理も、あのバルトルド様からそんなことを言われていたなんて・・・。
「私は魔力で戦うことはあまり得意ではなかったこともあって、指揮や地脈制御などばかりを勉強するようになりました。うまくできた時、父はほめてくれましたが、どこか悔しそうな顔をしていました」
子爵代理は悔やむような顔でそっと上を向いた。
「その理由が分かったのはずいぶん経った頃でした。娘のダクマーが、領内で力をつけていたグスタフを打ち破ったときです。娘は私と違い、飽きることなく魔力制御の訓練を繰り返していた。姪の、ラーレちゃんもそうです。結果は、皆さんのご存じのとおりです。2人は、王国の魔法使いの誰もが成しえなかった快挙を、成し遂げてみせた」
俺はそっとうなずいた。確かに、アメリーの姉のダクマーは我らが大敵たる闇魔の四天王を2体も葬っている。炎の巫女も上位の闇魔を倒し、その実力を示した。今では南の誰もが認める存在になった。それが、彼女らがあきらめずにバルトルド様の教えを守った成果だとしたら・・・。
先達の・・・。父の言うことは、俺が思っている以上に意味のあることかもしれない。
「一度、基礎に戻ってみるのもいいかもしれません。こちらには、あなたの部屋ほどではないかもしれませんが、魔法技師として作業するための設備が揃っている。基礎に立ち返って振り返ってみると、何かわかるかもしれませんよ」




