第47話 1日目の夜 ※ 後半 エリザベート視点
「なんか久しぶりにゆっくりした気がします。いえ、ここに来る前の宿もよかったですけどね。あれはやっぱり道中だから気は抜けませんでした。学園では授業や任務、図書館の仕事に追われていた気がしますから」
ハイリ―様が一息つきながら話してくれた。ここは屋敷のリビングで、夕食とお風呂を終えた私たち女子組は大きなソファーに座ってゆったりと過ごしていた。私たち生徒だけでなく、あのメラニー先生までもがくつろいでいる様子だった。
「ええ。今日くらいはのんびり過ごすのもいいものよね。ご飯もおいしかったし、その、温泉というのも悪くなかったわ」
あのエリザベート様すらもそんな声をもらした。クラスメイトはみんな貴族で上品なものを食べなれてるから不安だったけど、口に合ったようで何よりだ。
「これが、あの巫女様が育ったビューロウ! ああ! 巫女様の生活を追体験できるなんて! こんなに幸せなことはありません!」
メリッサ様は相変わらずメリッサ様だった。エーファやカトリンもなんかリラックスしているように思う。アーダ様なんか、夢見心地な様子でぼうっとしている。
アーダ様を担当しているのは、あの子か。まだ経験は浅いけど、想像通りしっかり案内してくれたみたいだ。
「・・・。そういえば、ここに来た理由って旅行とかじゃなかったわね。ビューロウの修行を見せてもらわないといけないから」
「うふふふ。エリタンはこんなときでも真面目だなぁ。あたしは、あと6日、このままのんびり過ごしたっていいんだけど」
気づいたように言葉を落とすエリザベート様に、ニナ様が笑って応えていた。ニナ様はもうすっかりリラックスモードだ。対してエリザベート様は思い出したように緩みかけた顔を引き締めていた。
「そうですね。明日は皆さんに道場や図書室を見学していただこうかと。まあ何もないとは思いますが、祖父はひそかに有名な魔法使いですし、我が家は一応武門ですからね。もちろん他に見たいところがあれば父に許可を取りますからね」
私の言葉に、エリザベート様とカトリンが視線を交わしていた。
「それはぜひお願いしたいわ。あなたの訓練にも興味があるけど、とりあえずあのダクマー・ビューロウを育てた修行がどんなものかは知っておきたい」
「僕もさ。今道場を使っているのは平民がほとんどだろうけど、この前すれ違ったあのグスタフを育てたというシステムには興味がある。確か、ビューロウは他の領に人材を派遣したりしているんだよね? そこでもかなり評価が高いみたいだけど」
私はエーファと顔を見合わせた。さすがカトリン。西にはあまり知られていないはずの派兵にまで詳しいとは。
「そうですね。この間も話しましたが、この領では魔物災害が発生することはあまり多くありません。ですが、うちは一応武の三大貴族ですから、周りの領で魔物災害が発生したときに援軍を依頼されることがあるのです。援軍を出すことで依頼主は被害を少なくすることができますし、うちにとっても実践訓練を積むまたとない機会になりますから」
「私の領もお願いしたことがあるけど、ビューロウの戦士はすごかったって聞いてるわ。みんなうちの兵士たちを見事に支援してくれたって。ゴブリンやコボルトみたいな亜人種だけじゃなく、ビッグバイパーやライノセラスなんかも討伐したことがあるそうよ。ロレーヌやウィントと並ぶ武力の要なのよね」
ウィント家というのは東唯一の魔法家で風魔法を得意としている。探索技術に優れており、魔物がどこに潜んでいてもたちどころに見つけてくれると言われている。そのウィントと並び称賛されるのは本当に誇らしい。
まあ、それもこれも全部お姉さまのおかげなんだけど。
「ビッグバイパーとかライノセラスかぁ。この国でも厄介な魔物とされているんだよね。じゃあ、オーガとかも?」
「ええ。さすがに北のブラッドボーンや西のヴァルティガーとかとの交戦経験はないようですけどね。でも、グスタフがオーガを一騎打ちで倒したことがあるって話もあるんですよ」
ニーナ様に思わず答えてしまったが、ちょっと自慢気味だったかもしれない。みんな、感心したような顔をしてくれているんだけどね。
私は取り繕うように説明を続けることにした。
「道場で詳しく説明しますが、ビューロウでは戦士一人ひとりの力を見定めてそれぞれに合った指導を行っているのが特徴ですかね? 突きが得意な人とか、踏み込みが鋭い人とか、近接とはいえいろいろありますから」
私がうちの育成システムについて説明しようとしたその時、部屋の前が何やら騒がしくなった。リビングの扉が開かれると、ゲラルト先生を先頭に、ギオマー様たち男性陣が笑いながら入ってきた。
「おお! お前たちはここにいたんだな。俺たちは温泉に浸かってこっちに戻ってきたんだ。いやぁ。温泉ってやつはいいものだな」
「ええ。王国にまさかこんなものがあるとは! 私も堪能しました! 明日は薬草湯にもチャレンジしてみます! いやあ、食事もおいしいし、こんなに堪能できるとは思いませんでしたよ!」
興奮気味に話すデメトリオ様にちょっと気圧されてしまう。この人、いつもセブリアン様といて口数が少ないイメージがあったんだけど、饒舌に話す姿は正直に意外だった。隣のセブリアン様が珍しいものを見るかのように、でもどこか嬉しそうに彼を眺めていた。
「ふん。まあ悪くはなかったが、お前たち、ここに来た目的を忘れていないだろうな。俺はグスタフを見てここの道場に興味を持ったぞ」
「ええ。ちょうどその話をしていたところなんです。明日は、希望者を募って道場を見ていただこうかと。まあ、おじいさまの道場は閉められているので、普通の訓練施設しかないんですけどね」
私が何とか答えると、コルネリウス様がふんと息を漏らした。私の隣でハイリー様がコルネリウス様を睨んだ気がしたけど、気づかないふりをしてギオマー様に話しかけた。
「そういえば、知ってましたか? ギオマー様のお父上と、私の父って同級生だったんですって。同じ上位クラスで、3年間一緒に過ごしたそうですよ。なんでも、私の叔母も世話になっていたと聞きました」
ギオマー様の顔が少しこわばったような気がした。
「・・・そうか。あの父上と同級生だったとは、ビューロウ子爵代理も随分と苦労しただろう」
「いえ、父も伯母も本当に色々助けられたそうなんですよ。今でも交流は続いているらしく、ギオマー様をよろしくと伝えられたそうです」
ギオマー様が心底驚いた顔をした。
「父上が、俺のことを?」
「はい。今でも手紙のやり取りをしているらしいですよ。父もギオマー様のことを知ってたようですし。うちの領って結構魔道具がありますけど、その流通に手を貸してくださったのがギオマー様のお父上だったそうなんです」
ギオマー様は立ち尽くしていた。
「ほら、ギオマー! 言ったでしょう? おじ様はあなたのことをちゃんと気にかけているって! あなたの行動に何も言わないのはやっぱり信頼の証しなのよ! 私なんて、お父様にいっつも過保護に扱われているんだから! 今回だって、ギオマーが来てくれなかったら絶対許可が下りなかったと思うわ」
メリッサ様が胸を張った。
「一度、うちの父と話してみるといいかもですね。向こうは忙しそうですけど、ギオマー様が望めば時間を取ってくれると思いますし。学生時代のお父上のこと、いろいろ話してくれると思いますよ」
私がそう提案すると、メラニー先生が同意するようにうなずいてくれた。
「そうだな。私達後衛の魔法使いには道場に行ってもあまり意味がないという者もいるだろし、明日は当主代理に頼んで図書室に行かせてもらうのもいいかもしれない。そこでいろいろ話を聞かせてもえるだろうし。わざわざスケジュールを開けてくれたと言っていたからな」
メラニー先生にまでそういわれて、ギオマー様は戸惑ったように頷いたのだった。
※ エリザベート視点
「お嬢様。そっちのお料理はいかがでした? 私たち使用人もお食事をいただいたんですけど、本当においしくて。館の広さとか調度品とかは、西のほうが立派ですけどね」
「そう。あなたも満足したみたいで安心したわ。お湯もいただいていいみたいだから、休憩の時は行ってみるといいわ。この屋敷の使用人も手伝ってくれるみたいだし、あなたもこの旅を満喫してほしい」
リタ達使用人にとっても、他領に行く機会なんてほどんどない。彼女たち用の休日もあることだし、ゆっくり過ごしてくれるといいと思う。
リタには、いつもお世話になっていることだしね。
「もう! 私はお嬢様専属の使用人なんですからね! お世話に手を抜くはずが、ないでしょう! いくらこの領地のメイドが優秀だからって、この役目を譲る気はないですから!」
リタは怒ったように言うが、私と目が合うとすぐに噴出した。
ひとしきり笑い合うと、リタはそっと尋ねてきた。
「お嬢様、明日はビューロウの道場を見学されるんですよね? この6日間で色々見て回るおつもりでしょうけど、あんまり無理しないでくださいね。声をかけられても簡単に気を許したりしないでくださいね。お嬢様はおきれいだから、よからぬことを考える輩もいるんですから」
心配そうにそんなことを言うリタに、再び笑いそうになる。リタはいつも、こうして私に気を配ってくれる。心配性だなと思う一方で、ちょっとこそばゆい思いがした。
思わず笑ってしまったが、ふと思いついて、真顔になった。
リタは、幼いころからずっとそばにいてくれた。そう、セブやシグと遊んでいたころからずっと・・・。
「お嬢様?」
リタがいぶかし気に聞いてきた。
「リタは覚えている? 昔、セブと一緒に小さな男の子がいたことを」
「え、ええ。よく、覚えていますよ。シクスト様のことですね。あれは、本当に痛ましい出来事でした。前日まで元気に過ごしていたのに、いきなり消息を絶ってしまったのですから」
リタが下を向いた。急にシグが消えてしまったあの出来事は、彼女にとっても悔恨の記憶なのかもしれない。
「あの方のお父上がお怒りになるのもわかる気がします。何しろ彼は、向こうで神殿騎士に任命されてもおかしくないくらい、素質にあふれた人材でしたから」
ビレイル連邦の、神殿騎士か・・・。
神殿騎士は、かのヨーク公国のテンプルナイトと並び称されるくらい精強だと聞く。全員が強固な水魔法の使い手で、身体強化を駆使しながら戦う様は、あの帝国の侵略を何度もはねのけたらしい。
「向こうは、男性は神殿騎士、女性は巫女になるのが最高の栄誉とされていますからね。そんな可能性を秘めた少年が行方不明になるなんて、我を忘れるのもわかる気がします」
私はリタの言葉にうなずきながらシグのことを思い浮かべた。
高い身体能力に、色の濃い水の資質。星持ちでこそなかったものの、その高い資質は将来有望と言ってもよかったと思う。そんな彼が行方不明になったのだから、向こうの親族が怒り狂うのもわかる気がする。
「あの出来事は本当に不可思議でしたね。今思い直しても、セブリアン様とシクスト様が屋敷に預けられた経緯もよくわからなかったですし、向こうの教会の動きもおかしかった。まるで、何か知っているとしか思えませんよ」
リタも、そう思ったのね。
連邦の教会は、トップに『水の巫女』を据えているが、もしかしたらシグが消えてしまったことに心当たりがあるのかもしれない。シグが行方をくらましたことに、気づいている様子だったから。
「そうね。あなたの言う通り、向こうの教会は信頼できない。お兄さまが調査しているとはいえ、私も備えておく必要があるわ。もしかしたら、『水の巫女』と戦わなければならないかもしれないから。ことが起こる前に、なんとしても力をつけないと」
私は宙を睨んだ。リタはそんな私を見て、ごくりと喉を鳴らした。
シグをずっと探している。おそらく、彼は生きている。あの子がいなくなった今、あの塔に行くことはできなくなったけど、彼が生きている予感は消えないのだ。
「影も形も見えないけど、しっぽは見え隠れする。あいつらは水の魔力を信望し、私たちヴァッサーに好意的な様子を見せているけど、信頼なんてできない。何しろあいつらは、私たち王国民を『敗残者の子孫』と見下しているんだからね」
お兄様はあんななりだけど優秀だ。明日にでも、何か手掛かりを見つけるかもしれない。でも私は――。どうだろうか。
資質はある。魔法だって使える。秘術だって、お父様から教わっている。
でも、結果を残せていない。星持ちのアメリーはおろか、カトリンやハイリ―や、アーダにさえ、私は肩を並べることができないのだ。
「いつまでも足踏みしているわけにはいかない。私だって、やれることを証明してみせる。そして、あの子を・・・。セブとシグを再会させられるだけの力を手にして見せる」
誰にともなくつぶやく私を、リタが心配そうに見つめたのだった。




