第4話 学園長のバルバラと侯爵令嬢のエリザベート ※ 後半 ヘルムート視点
学園長室に入ると、そこには私たち以外のクラスメイトが勢ぞろいしていた。
「まあ、アメリーちゃん! うん。怪我はないようね。学園が誇る星持ちに怪我がないようで安心したわ。報告に来るのが遅れていて心配してたのよ」
学園長――王妹のバルバラ様は私を見てほっとしたような顔になった。
「いえ。討伐任務を受けるのは私の義務ですから、それに応えないわけにはいきませんわ。星持ちとしての力を示さねばならないですし、私の実家はその、爵位も子爵位ですので」
私が答えると、バルバラ様は微妙な顔になった。
資質や魔力量に関しては爵位が高いほど、優れているとされている。爵位が高いものは資質や魔力量が優れており、しかも爵位が高いもの同士で結婚するため、優れた資質を持つ魔法使いが生まれることが多いのだ。なので、当然のことながら星持ちは高位貴族から出るのがほとんどだ。子爵家の出身に過ぎない私の魔力量が多いのはレアケースで、だからこそバルバラ様に心配をかけることになてしまったのだけど。
「ごめんなさいね。まだ仕事に慣れなくて。レオン君のようにうまくできればいいのだけれど。カールお兄様もひどいのよね。このあいだまでのんびり過ごしていたのに、いきなり貴族の子供たちの面倒を見ろだなんて」
ぷんすか起こるバルバラ様に、私たちはあわてて首を振った。
「私たちとしてはレオンハルト様の不在を、即座にバルバラ様が埋めえてくださって助かっているのです。王家が我々貴族のことを気にかけてくださる証にもなりますから」
「そうですわ。バルバラ様が来てくださって私たちは安心しているのです。いつもお手間をおかけして申し訳ありませんが、私たちを見守ってくださると助かります」
ロータル様とメリッサ様が慌てて伝えたのだった。
この国の貴族や王族は全員がこの学園に通うことになっている。この学園で貴族としての心構えや地脈の操作方法をみっちりと学び、3年後に卒業して初めて貴族として認められる。つまり、学園長はすべての貴族の子弟を預かることになることになり、そのことにバルバラ様が重圧を感じるのも無理はないのかもしれない。
前任のレオンハルト学園長は優秀な人だったが、地脈の制御装置を修復するために北に行ってしまった。地脈をコントロールするのは王家の秘伝で、光魔法の素質が高くないと制御装置を作れないらしい。なので、第3王子のレオンハルト先生が北に向かうのは仕方のないことだし、バルバラ様が急に学園長に就任したのはそのためなのだ。
バルバラ様は仕方ないといった具合に溜息を吐いた。
「まあ力不足を実感する日々だけどね。私にはレオン君ほどの頭脳や魔法の腕もないし。本当に血筋ぐらいしか誇れるものがないのよね。光魔法の素質もそれほど高いわけではないし」
バルバラ様はぼやくが、王族の中には中央以外の貴族をないがしろにする人もいる。のんびり屋ながらも一人一人を気にかけてくださる彼女が学園長に選ばれて安心しているのが正直なところだ。もっとも、「レオン君がどうやってこの仕事をさばいていたのか分かんない」と泣き言を言われても困ってしまうのだけれど。
「バルバラ様。ビューロウ隊は無事に討伐任務を果たしました。ただ、魔物の数は、想定よりかなり多く、魔物の中にオーガの姿も見受けられました。これは事前の報告にはなかったものですので、ちょっと気になりました」
「私の隊にもオーガが現れました。撃退こそできたものの、経験の浅い部隊では危うかったかもしれません。大至急、対処が必要な案件かと」
「こちらもです。経験豊富な貴族ならばなんとでも対処できますが、慣れていない者だと思わぬ怪我をしたかもしれません」
私の報告に、エリザベート様とロータル様が続いた。バルバラ様は神妙な顔で考え込み始めた。
「想定されたより多くの魔物が出るなんて、本当にまれにしかない出来事だと聞いているわ。いつも、魔物の数は最大限の予測を報告されるようになっているのだから。しかも今回は、討伐依頼が出された場所すべてで起こったということになります。まあ、全部怪我もなく討伐できたのはさすが上位クラスといったところかしら。今、斥候を行った冒険者に聞き取り調査を依頼したところです」
学園は今回の事態を受けて迅速に動いてくれたみたいだった。
王都に集まる冒険者は強者ぞろいだ。特に、学園への討伐依頼の斥候を担当しているのは相当な精鋭たちだと聞く。それがそろいもそろって敵を見逃すなど、何かあったとしか考えられない。
「そうですわね。やはり事前情報と現状に違いがあるとかなり困った事態になります。その、こちらは同行者がすべて経験豊富とはいかないですから」
エリザベート様が水色の髪をいじりながら答えてくれた。
「そうね。今はあの計画が進行中なので、あなたたちの負担も大きいわよね。ごめんなさいね。本来なら1年生には簡単な討伐任務しか与えられないはずなのに。自分のことだけでなく他の人のフォローまで行わなくちゃなんないなんて」
バルバラ様が困ったように眉を顰めると、エリザベート様はそっとうなずいた。
「詳しいことが分かったらすぐに報告します。申し訳ないけど、経験の浅い皆様が戦えるようになるまで、あなたたちには負担をかけるけど頑張ってほしいの。苦労を掛けてしまうけどよろしくね」
バルバラ様が頭を下げると、私たちは恐縮したように頭を下げたのだった。
◆◆◆◆
「まさか、すべての部隊に想定以上の魔物が現れたとは思わなかったわ。でも、今の学園長がバルバラ様で本当によかったわね。変な人だと、ろくな調査もせずに終わったかもしれないし」
教室に戻る途中で、エーファがそんな感想を漏らしてきた。その言葉にうなずいたのはカトリンだった。
「前任のレオンハルト学園長はかなり生徒のことを考えてくださる方だったらしいよね。彼の後任は人柄重視で選ばれたってうわさだ。まあ僕たちとしてはいいところを見せないとって気持ちになるけどね」
私たちがそんな話をしていると、後ろからため息が聞こえてきた。
「私たちが頑張りすぎるのも問題ではなくて? この任務はあくまでクラスメイトを戦力化することにある。私たちが活躍しすぎるのも反省すべきことなのよ」
厳しく指摘したのはエリザベート様だった。彼女の瞳は冷たく私を映していた。
「今回、出現したオーガをあなたが剣で倒したそうですけど、本来なら前衛の役目でしょう。あなたが出しゃばったせいで、セブリアン様やヘルムートの成長の機会が失われたという見方もできる。少しは私たちの任務を、チーム全体のことを考えたほうがいいのでは?」
エリザベート様の言葉を聞いて私はうつむいてしまう。昔、お姉さまが似たようなことをおじいさまに言われたのを思い出した。
「エリザベート。そのくらいで。アメリーは不測の事態を剣をもって切り抜けてくれたのでしょう? むしろここは、彼女の活躍をほめるべきではくて?」
エーファが私をかばってくれたけど、エリザベート様はくいっと顔を上げ、コツコツと足音を響かせながら私を追い抜いていった。ヘルムート様達ヴァッサー家ゆかりの生徒たちや同じ隊の人たちが慌てて彼女の後を追っていった。ドミニク様が追い抜きざまに鋭い目で私を睨んでいったのが印象的だった。
「アメリー。あまり気にする必要はない。話を聞いただけだが、あなたはよくやったと思うわ。オーガに襲われたのに、それを剣で切り抜けるなんてすごいじゃない!」
「そうですよ! 僕も感動したんです。王国の星持ちはここまで素晴らしい魔法使いになるなんて! あの場にアメリー様がいなければきっと大変なことになっていたと思います」
エーファだけでなくセブリアン様までが私を慰めるような言葉をかけてきた。相変わらず、左右で色の違う目が印象的だった。右側の目が金色で、左側が銀色。その幻想的な瞳の色に魅了される令嬢が多いという話も噂ではないと思う。
2人はかばってくれたけど、私はエリザベート様が言いたいことが分かったような気がしていた。
「もしあの場にいたのがデニスお兄様やラーレお姉様ならあんな事態にはならなかったでしょう。きっとヘルムート様やセブリアン様の力を計算して、自分のところに魔物が来ない位置取りをしていたと思います。エリザベート様の言う通り、後衛としての私の動きは失格だったんです」
私の立ち位置は中途半端だった。それがヘルムート様やセブリアン様の動きを混乱させた要因の一つになってしまったのではないだろうか。
「駄目ですね。討伐隊のリーダーを任されたからには、魔物をせん滅させるだけでなく一行のレベルアップも考えなきゃいけなかったのに。おじい様に知られるときっと叱られてしまうわ。次は、もっとちゃんとして見せます。今回は、セブリアン様の成長機会を奪ったみたいですみませんでした」
私は頭を下げると、カトリンが噴き出した。
「いやごめん。さすが武の3大貴族だと思ってね。ビューロウは魔窟と言われるだけはあるよね。自分に厳しすぎだろ」
そういって大声で笑いだした。私はカトリン様の笑い声を聞きながら、憮然としたまま教室へと戻るのだった。
※ ヘルムート視点
「エリザベート! ありがとな! いやすっとしたぜ! あのビューロウの小娘、ちょっと星持ちに認定されたからって調子に乗ってんだよ!」
かばうように発言してくれたエリザベートに感謝の言葉を伝えた。正直いたたまれなかった。あの子爵令嬢無勢の活躍で自分のミスを過剰に言われている気がして。エリザベートがアメリーを揶揄してくれたおかげで、そのミスが帳消しになった気がしていた。
しかしエリザベートは冷めた目で俺を見返してきた。
「ヘルムートはなぜここにいるの? 私の言葉を聞いていなかったの? 今、あなたには他にすべきことがあるのではなくて?」
彼女の言葉に息をのみ、たじろいでしまう。
「あなたが守り手だというのなら、絶対に後ろに魔物を侵入させてはいけなかった。アメリーとそりが合わないのかもしれないけど、それと前衛の仕事をしないのは別のことよ。それとも何? あなた、私と組んだ時に同じようなミスをして『仕方なかった』とでもいうつもり?」
深い青の目が冷たく俺を睨んできた。
「アメリーは確かにミスをしたけど、それでも最低限の仕事はしたわ。不測の事態にもきちんと対処して、部隊に怪我人が出るのを防いだのよ。守り手なのに敵を後衛まで寄せてしまったあなたと違ってね」
絶句した俺たちに向かってエリザベートは溜息を吐いた。
「ドミニクも魔物を自分の手で倒そうとするあまり勝手に動くだけだった。まさかあなたたち、自分たちがこの討伐で十分な働きができていたと思っているんじゃないでしょうね? 今回の討伐では、あなたたち新規加入組は反省点しかなかったと思うけど?」
姫はこちらの肝が冷えるような言葉を告げると、思案するように水色の髪をいじりだした。
「でも、エーファはやっぱり見事だったわね。経験の浅いメンバーを見事にフォローしてくれた。私の隊が怪我人なく任務を達成できたのは彼女の働きによるところが大きいわ。アメリーの隊もアーダが見事な働きをしたというし。やはり、討伐経験のあるなしで魔法使いとしての力量に大きな差があるということね」
エリザベートは呟きながら教室へとゆったりと歩いて行った。俺とドミニクは、その背中を見つめることしかできなかった。




