第38話 ヘルムートの秘密とさらなる討伐任務
討伐任務の次の日のことだった。
「これ、全部読んだから返すよ。ビューロウ領って色々見どころがあるんだな」
「さすが、早いわね。そうよ。温泉以外に山とか川もあって、行くのが結構楽しみなのよね。あ~。早く休みにならないかなぁ」
アーダ様がエーファに本を返しながら話している。本はビューロウ領について書かれたもので、アーダ様はさっそく読んでくれたらしい。
アーダ様の引っ越し以降、私たちは3人で登下校するようになっている。最初はぎこちなかったアーダ様も、今ではすっかり打ち解けている。エーファの社交性の高さには驚かされる。なんか、今ではもう古くからの友人って感じになっているし。
「えっと、春はニナさんも一緒に行きたいって言ってくれてるのよね。私は構わないわ。カトリンも人数が増えて喜ぶと思うし。あ、それならニナさんにこの本を貸したほうがいいかもね。でも、いつの間にか大人数になっちゃったね」
「ええ。最初は4人とその護衛だけの予定だったんですけどね。人数が増えたことを両親にも伝えないと。まあ、この前エレオノーラお姉さまたちを迎えたばかりだから大丈夫でしょう」
「う、うん。実は、私も楽しみなんだ。これまで自領と王都以外に行ったことなかったから」
私たちは姦しく話しながら歩いていると、すぐに教室に着いった。扉を開けて教室に入ろうとすると、私はいきなり声をかけられた。
「ビューロウ! またフェリシアーノが出たんだってな! これからは俺もお前の後についていくぞ! お前をおとりにすれば、あの野郎が出てくるのが分かったからな!」
ヘルムート様がすさまじい形相でこちらに詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい! 淑女にいきなり詰め寄るなんて何のつもり!」
「う、うん! ちょっと落ち着いて」
エーファとアーダ様が素早く私の前に立った。ありがたいことに、おそらく2人とも私を守ってくれているのだろう。
でも、ヘルムート様が止まったのは彼女たちの奮闘のおかげではなかった。
「ヘルムート。落ち着きなさい。あなた、何のつもりなの? いきなりアメリーに詰め寄るなんて。それでも西の貴族の一員なの」
決して大きな声ではなかった。でもクラスの主であるエリザベート様の言葉に、ヘルムート様はびくりと体を震わせた。
「い、いや・・・! でもこいつは! 昨日、フェリシアーノの奴と戦ったの、知ってんだよ!」
「だからと言ってクラスメイトに詰め寄っていいわけはないでしょう。あなたはまだ、学園に認められていない。フェリシアーノが現れたからって、アメリーと共闘できるほどの実力はないのよ」
冷たく言い放つエリザベート様を、驚いたことにヘルムート様はにらみつけた。それほど、フェリシアーノに対する憎悪は深いのだろうけど・・・。
「貴方の根拠は何? 今の貴方がフェリシアーノと戦っても勝てるとは思えないわ。それとも、星持ちの戦果をかすめ取ろうとでもいうの?」
「ンなわけあるかよ! 俺には父上からいただいた魔道具がある! これを使えば、どんな奴だって!」
冷静に問い詰めるエリザベート様にじれたのか、ヘルムート様が懐から何かを取り出した。
「これがあれば、俺だって星持ちみたいに!」
取り出したのは黒い魔石のような塊だった。手のひらサイズの石で、黒く怪しい光を放っている。
なぜだかわからないけど、それはとても不吉なものに思えた。
みんながヘルムート様に注目したその時だった。小さな影がヘルムート様に詰め寄った。
「なっ! お前!」
その影は、あろうことかヘルムート様から魔石をかすめ取ると、逃げるように後ろに下がった。その影――クラスメイトのメリッサ様は、奪い取った魔石を穴が開くように見つめている。
「貴様! 返せ!」
「ギオマー!」
ヘルムート様はかっとしてメリッサ様につかみかかろうとするが、メリッサ様は避けながら魔石をほおり投げた。ギオマー様は魔石を受け取ると、ヘルムート様をぎろりと睨んだ。
「くっ! お前ら! どういうつもりだ!」
ヘルムート様は叫ぶが、つかみかかろうとするような勢いはない。ギオマー様は身長2歩ほどで筋骨隆々としており、さすがのヘルムート様も体格のいい彼に挑むのは躊躇したようだった。
ギオマー様は溜息を吐くと、そっとヘルムート様に近づた。そしてその胸に、受け取ったばかりの魔石を突き付けた。ヘルムート様は面食らったようだが、ひったくるように魔石を取り返した。
「ギオマー!」
「メリッサ。いつも言っているだろう。魔道具の所有者は本人であって、いくら俺たちがメンテナンスするからと言って所有者が移るわけではない。それがどんなに危険なものであれ、な」
メリッサ様がギオマー様をにらみつけた。ギオマー様はその視線を気にすることなく、ヘルムート様に諭すように話しかけた。
「ヘルムート。うちのメリッサが失礼したな。だが、こいつも決して私利私欲でお前の魔道具をかすめ取ったわけじゃない。その魔石は危険なものだ。下手したら、お前の命を危うくしてしまうくらいのな」
絶句したヘルムート様に、ギオマー様は説明を続けた。
「その魔石は、約100年前に出回ったものを模したものだ。当時天才と呼ばれたアレクシス・タルボット。そいつしか作れない魔道具を、中途半端な技術で再現したものさ」
みんな、ギオマー様の説明に聞き入っている。
「その魔石は元になった魔物の魔力を扱えるようになるという画期的なものだ。そいつを使えば、普通の魔法使いでも星持ちにも匹敵する魔力を使えるという触れ込みだった。だが中毒性が強く、一度使えば何度でも使いたくなる。そして最後は、使い手自体の魔力をむしばむようになる。お前も、身に覚えがあるんじゃないか?」
ギオマー様の言葉に、ヘルムート様は口ごもった。
「俺の言葉が信じられないなら自分で調べてみるといい。魔力量を増やせるような魔道具は魅力的だが、使い手に害があるのなら無用だろう。魔法技師のはしくれとして言っておく。まずはそれがどんなものか、自分で調べろ。使うのはそれで遅くないはずだ」
ギオマー様の言葉に、ヘルムート様は押し黙った。
沈黙が、あたりに落ちた。だれも何も言えず、動こうともしなかった。まるで根が生えたように、私たちは一歩も動けなかった。
しかし、その直後だった。教室の扉が勢いよく開けられた。
息を切らして入ってきたのは、担任のハンネス先生だった。先生は私たち一人一人を見渡した。エリザベート様、エーフファ、アーダ様、そして、私。ハンネス先生は息を整えると、唾をのんで静かに話し出した。
「エリザベートさん。エーファさん。アーダさん。アメリーさん。コルネリウス君とハイリ―さんはまだ登校していないか。至急、1階の特別教室まで来てください。緊急の、討伐任務が寄せられました」
◆◆◆◆
特別室にはすでに何人もの生徒たちが待っていた。40人くらいだろうか。あまりの数にちょっと吞まれそうになってしまう。
「あ、アメリーさん!」
嬉しそうに手を振ったのは、幼馴染のマーヤ様だった。隣にはジーク様もいてこちを見て微笑んでいる。
私たちは彼らに近づくと、そっと話しかけた。
「マーヤ様達も呼ばれたんですね。ここにはかなりの数の生徒が集まったようですが」
「うん。三年生の姿もあるわ。もうすぐ卒業なのにこんなところに集められるとはね」
マーヤ様が声を潜めながら答えてくれた。
「集められたのは討伐経験が豊富な奴ばかりだな。見ろよ。結構特徴的だぜ。ほら。あそこにいるのはウィント家に近い家の3年生だ。こいつはたぶん・・・」
「んん!」
ジーク様の言葉を遮るように、咳払いが聞こえた。びくりとして振り返ると、エリザベート様が静かにたたずんでいた。
「あ。こちらは私のクラスのエリザベート様です」
「ああ。あのヴァッサー家の。俺はジーク・ブルノン。南の貴族だ。こっちはマーヤ・シュテルン。東の貴族で、探索魔法を得意としている」
自己紹介をする先輩を見て気づかされた。この部屋に、探索魔法が得意な生徒が集められていることに。
エリザベートとジーク様がお互いに自己紹介していると、奥の扉から学園長が入ってきた。
「皆さん、お待たせしました」
バルバラ様はそっと微笑むと、教壇に立った。私たちは彼女に従うように席に着いた。
「さて。集められたメンツから事情を察しているかもしれないけど、あなたたちにお願いしたいことがあるの」
私たちは襟を正した。
「ここ数か月、魔物の数が増えているのにはみんなも気づいていたよね? 原因は、あなたたちが予想した通りよ。召喚魔法を扱えるゴブリンシャーマンが暴れていたの。厄介なことに、ゴブリンだけじゃなくオーガやライノセラス、ビッグバイパーなんかを呼び出せるほどの使い手がね」
やっぱり、魔物を呼び出せるほどの魔物がいたということか。でも、それが判明したってことは?
「王都の冒険者がやってくれたわ。見事に、召喚魔法を使う魔物を突き止めてくれた。倒すことこそできなかったものの、相手に手傷を負わせ、その血を持ち帰ってくれた優秀な人たちがね」
やるなぁ。この辺りはさすが王都といったところか。冒険者のレベルが高い。倒せなくともちゃんと血を持ち帰るなんて。
「王都の冒険者って本当に優秀よね。血さえあれば、いくらでも相手を追いつめられるんだから。というわけで、任務です。あなたたちがすべきは、召喚魔法を使う魔物を一刻も早く倒すこと。そのために、迅速に魔物を倒せる人員を選びました」
私はクラスメイトを見回した。
おそらくエーファとアーダ様は、探索を得意とするから選ばれたのだろう。コルネリウス様とハイリー様のことは知らないけど、彼らが第3騎士団と近い関係にあるなら、きっと探索術にも優れているはずだ。私とエリザベート様は、迅速に敵を倒すための人員ということか。
「それぞれの担当場所は伝えます。一刻も早く、召喚魔法を使う愚かな魔物を仕留めなさい。この国を荒らしたこと、心の底から後悔させるのよ」
呪い殺すようなバルバラ様の言葉に、どこからともなく息をのむ音が聞こえたのだった。




