第37話 ニナとコルネリウス
帰りの馬車で、大きな溜息を吐いたのはニナ様だった。
「いやあ。大変だったね。まさかコルりんが来るとは。でも、アメリーっちもアーダっちも、あんまり驚いてないようだけど?」
私たちはそっと顔を見合わせた。
「前回の任務からですかね。何かが私たちをつけてくる気配がしていたんです。先生たちもその気配を気にしていないようだし、学園についてきてからすぐ消えたので、おそらく学園が見えないところに護衛を手配したんだろうと思って」
「私のほうもそんな感じだな。というか、フェリシアーノに襲われたアメリーをそのままにするとは思えなくて。学園はおそらく、見えないところで護衛をつけたと思ったんだよ」
私たちの言葉に、フォルカー様は感心したようだった。
「全然気づかなかった。いえ、何か変だなぁとは思ったんですよ。けどまさか、私たちの部隊をつけてくる人がいるなんて、思いもしませんでした」
「ああ。でも、何か変だと気づけたなら後は経験を積めばいいという気がするな。こういうのは分からない人は全然わからないものだから」
力なくうつむいたフォルカー様を、アーダ様が慌てて慰めた。私は思わず頬が緩むが、ニナ様は真剣な顔で考え込んだ。
「でもやっぱりおかしくない? 王都には強い光の結界があるのに、さすがに魔物が出すぎっしょ? それに今回は魔鉄の武具を装備していたなんて」
「ええ。解せないですよね。故郷では数年前に魔犬が出たきりだったのに。いくら地脈の魔力が豊富だからって、こんなに魔物が出てくるだなんて・・・」
私はニナ様に同意して考え込んだ。でも次の瞬間、私に周りの視線が集中しているのを感じた。
「? 何かありました?」
「い、いえ。さすがビューロウ領だと思って。僕の領だと数か月に一度は魔物が確認されるんですけどね。今の話しぶりなら、数年も魔物に襲われていないことになるのでは?」
「う、うん。あたしの領でもそんな感じだよ。魔物災害なんて、当たり前にあるものなのに・・・」
見ると、アーダ様もこくこくと頷いている。私に同意してくれたのはセブリアン様だけだった。
「いえ、さすが王国ですね。いたるところで魔物災害が起こっているのを実感します」
「この国で魔物災害が多いのは地脈の魔力が豊富だかららしいですけどね。都市どころか、街一つ一つに制御装置があります。余剰の魔力だけでも相当なものになるって話です」
みんなが悩まし気に話すけど、私はぴんと来ていなかった。近隣領で魔物が出たという話はよく聞いたが、自領で魔物が現れたって話はあまり聞かない。闇魔が出たり、小さいころに魔犬が出たりってのはあったのだけど。
「あのね。ビューロウは当主様とその周りが相当に有能なんだと思うよ。魔物が出ないように一個一個の制御装置に目を光らせてるんじゃない? 確かアメリーっちのお母さんって、有名な土魔法の使い手だったよね? だから、制御装置の使い方だって秘訣があるのかもしれないし」
静かに頷いた。
確かに私の母コリンナは、土魔法の名手で、いつも領内を走り回ってた気がする。父もなんだかんだでいつも走り回っていて、あんまり遊んでもらえなくてさみしかったっけ。
まあうちは、姉があんなだし、私にも母から土の素養は受け継がれなかった。唯一兄が土の資質が高いんだけど、あの人はもう北への婿入りが決まってしまったし・・・。
「そういえば、アメリー様の家の当主様は有名な魔法使いなんでしたよね? なんでも学園の教師にも熱烈なファンがいるくらいの」
「あのメラニー先生もアメリーっちんとこの当主に会いたいって言ってたっけ。まあ会えたら自慢できるんだろうけど、今は北に行ってしまったっていうしなぁ」
ニナ様は残念がるように背伸びをして寝ころんだ。
そうなのよね。うちはお姉さまたちだけでなく、おじいさまや叔父夫婦も北に行ってしまった。身内がみんないないから、両親から顔を見せろと言われるのも仕方のない気がする。
「うん。そうね。やっぱりこの春は一度両親に顔を見せたいな。学園を説得するのは骨が折れそうだけど。私も久しぶりに両親の元気な姿を見たいから」
私が決意すると、ニナ様が心底うれしそうに笑ったのだった。
◆◆◆◆
学園に着くなり、コルネリウス様に話しかけられた。
「今回はあいにく逃がしてしまったが、安心するといい。春のビューロウまでの道のりは私が護衛してやる。まあ、ビューロウくんだりまで行くのは骨が折れるが、これも王国のためだからな」
私は渋い顔になった。コルネリウス様は念を押しに来たようだけど、ちょっとしつこいのではないか。後ろのハイリー様も、なんだか冷たい目でコルネリウス様を睨んでいるようだし・・・。
「えー。来るのが億劫なら来なくてもいいんじゃない? 代わりの人ならあたしでも手配できるよ」
ニナ様がそう言って横目でコルネリウス様に笑いかけた。
「ビューロウってさ。温泉地だから行ってみたいって人は結構いるんだよね。あたしの知り合いでもそう言ってる人がいるし。だから、コルりんも無理してこなくてもいいんだよ? 代わりの護衛の人ならあたしが手配するからさぁ」
コルネリウス様がニナ様を睨むが、彼女はどこ吹く風だ。後ろでハイリー様がこらえられないように肩を震わせている。
「俺ほど頼りになる護衛はいないだろう! お前らと同じクラスだし、こう見えても第3騎士団の中でも指折りの実力者なのだからな!」
「え~。でもさ、コルりんってば、今回フェリシアーノを逃がしちゃってるしさぁ。せっかくアメリーっちが相手の隙を作ったのに、それも生かせなかったじゃない? 嫌々なら他の人に任せたほうがいいんじゃない」
ニナ様が腕を頭の後ろで組みながら言うと、コルネリウス様は悔しげに歯を食いしばった。後ろでハイリ―様がこらえきれずに噴き出している。
「コ、コルネリウス。うふっ。うふふふ! そうよね。あなたが乗り気じゃないのなら他の人に任せたら? フェリシアーノと相性がいいわけでもないのだし、他のベテランの人のほうがかえってうまくやれるんじゃない?」
ハイリ―様が笑いそうになりながら言った。コルネリウス様はまさか後ろから打たれるとは思っていなかったのか、すんごい形相でハイリー様を睨んでいる。
「だよね! さすがハイりん! 話が分かる! 私たちはどっちでもいいんだよね。多分護衛は付くことになるだろうけど、それがコルりんじゃなくてもいいんだし。私だって、第3騎士団につてくらいあるからさぁ」
コルネリウス様は耐えられずにニナ様を怒鳴りつけた。
「お前! 部外者が口出しするな!」
「残念! 私も春はビューロウ領に行くから当事者だよ! アメリーっちから、この件は任されてるんだからね」
言い合いを始めた2人を見て、ハイリー様が笑い転げている。
「うふっ。うふふふ! コルネリウス。どうする? 私はどっちでもいい。というか、こっちでのんびりできるならそのほうがいいんだけど。このままじゃあ、ビューロウに行くのは他の人になるかもよ」
「だよねー! 第3騎士団にはコルりんよりも頼りになる人がいくらでもいるんだからさー」
ニナ様は思わせぶりな顔で微笑んだ。
「まあコルりんがどうしてもっていうなら、あたしがアメリーっちに言ってあげてもいいよ。ただし、ちゃんとビューロウに行きたいって自分で言うこと。素直じゃない人まで連れてってあげるほど、こっちはお人よしじゃないからね!」
そう言って、ニナ様は笑いながら私たちの手を引いたのだった。
正直、ちょっと胸がすく思いがした。コルネリウス様って、恩着せがまくって嫌な気分になってたのよね。実力があるものだから、あまり文句も言えないし。
懊悩する彼の姿を見て、思わずクスリと笑ってしまったのだった。




