第36話 取り逃がした犯罪者
「おらぁ! くたばりなぁ!」
フェリシアーノの斬撃を私はかろうじて回避した。さすがは水の、おそらくはレベル3の強化といったところか。2本の剣を軽々と振り回すそのスタイルからは逃げ回ることしかできない。
「くっ! アメリーさん! 援護を!」
「駄目です! あなたたちは目の前の敵に集中して!」
フォルカー様が私を援護しようと近づこうとするが、私はあわてて彼を引き留めた。
この隙にも、黒ずくめたちは私の隊を襲っている。セブリアン様が奮闘していたが、ニナ様とアーダ様を襲う敵を止めるのに手いっぱいのようだった。
「くっ! 風よ!」
「私だって! 水よ!」
アーダ様とニナ様が魔法で援護しているが、黒ずくめたちの勢いは止まらない。後衛との距離は、徐々に縮められている気がする。
「フォルカー様はセブリアン様の援護を! 決して、ニナ様達に近づかせてはなりません!」
フォルカー様は私とニナ様達を交互に見て、歯を食いしばりながらセブリアン様の援護に向かう。あの2人が協力すれば、ニナ様達を襲う敵から守ることができるはずだ。
「くっくっく。見捨てられたなぁ! あの小僧がこっちに来れば、お前にも助かる道があったかもしれないのに!」
「はっ! お前ごときが何を言う! 現にいまだ私を斬ることができていないではないですか!」
カッとしたフェリシアーノがさらなる斬撃を放つが、私はそれも回避した。かなり鋭い一撃だけど、避けられないこともない。私は、これより鋭い攻撃を知っているのだから!
お姉さまの一撃と比べれば、フェリシアーノの一撃など、虫が止まるようなものだ。
「はぁ」
「な、なに溜息吐いてんだ! 戦闘中だぞ! それとも、勝ち目がないのを悟ったのか!?」
ニヤつくフェリシアーノを、私は冷めた目で見返した。
「こんなものかなと思って」
「な、なんだと!?」
思わず叫んだフェリシアーノに、私は静かに言い返した。
「確かにレベル3の水の身体強化は強力よ? あなたの多少の武術の腕と合わさると、並みの剣士では対処できないかもしれない」
フェリシアーノは調子に乗ったのか、更なる斬撃を繰り出した。
でも・・・。
その猛攻を躱すのに、大した労力は必要なかった。他人には目にもとまらぬ速さに見えるかもしれない。だけど私には・・・・。ビューロウの戦士にとって、それは恐るべきものでもなんでもなかった。
「ねえ。そんなものなの? 世紀の犯罪者、王国の騎士を100人も斬ったというフェリシアーノの実力とは、この程度? 確かに水を使った強化は大したものかもしれない。双剣を使った攻撃も、まあ見事といってもいいでしょう。でも、こんなもの? さっきから続けて攻撃しているけど、一撃たりとも当たらないじゃない」
「くっ! 貴様! まぐれで躱しているからといって調子に乗って! 貴様ごとき、すぐに切り捨ててくれるわ!」
フェリシアーノが連撃を放ってくるが、私は刀も抜かずにその攻撃を避け続けた。
剣と武術を使うスタイルは、双剣と大剣との違いはあれどもグスタフと似ているかもしれない。でも、あの人と比べると容易く避けることができた。
「100人切りと聞いて少しは期待したのだけど・・・。この程度なのね」
「があああ!? ふざけるな! まぐれで躱せたからといって!」
フェリシアーノは怒りに任せて攻撃し続けてきたが、当然のことながら私にはかすりもしない。
怒れ! 怒れ! 頭に血が上れば上るほど、フェリシアーノの動きは単調になる。いくら力が強くとも、単調な攻撃なら避けるなど造作もない!
「ビューロウの示巌流を甘く見ないことですね。お前がどんなに力を尽くそうとも、この程度の攻撃を避けることなど簡単なことなのです」
「ふざけるな! こんなもの認められるか! 俺はこの国最高の剣士だ! 貴様ごときに後れを取るはずがない!」
この程度で最強とは笑わせる。私は思わず笑みを浮かべていた。
「いいことを教えてあげましょう。ビューロウには私よりも強い剣術使いがいくらでもいる。私はかろうじて片手で数えられる範囲にしかいない。私ごときに苦戦するお前が、最強を名乗るなど片腹痛い。私を倒して初めて、あなたは勝負の土台に乗れたといえるというのに」
「黙れ! 黙れええ!」
単調になったフェリシアーノの攻撃など、避けるのもそう難しくはない。それに、待っていた増援も、やっと来てくれたことですし。
「おおおおおおおおお!」
鋭い槍の一撃が放たれた。フェリシアーノは驚いて、何とかその攻撃を回避したが、よけきれなかったのか、彼の右腕から血が流れていた。
「遅いですよ。もう来られないのかと思いました。それに、あのタイミングで外すなんて・・・」
「くっ。黙れ。こっちも敵に襲われたんだ。そんなにタイミングよく来られるか」
私の叱責に、コルネリウス様が憮然として答えた。
「くっ! ポリツァイ家の増援だと!? いつの間に!」
「最初からですよ。あなたが私を狙ってくることは分かってました。あなたを捕らえるために網を張るのは当然のことです」
私が嘲笑を浮かべながら言うと、フェリシアーノは悔しそうに睨みながら双剣を放ってくる。しかしその単調な攻撃も、簡単に避けることができた。
「ぐおっ!」
「うわぁ!」
後方で何者かが倒れる声があった。
「コルネリウス! くっ! 次は外さないで! この場でフェリシアーノを倒すのよ!」
あの声はハイリ―様か。どうやら彼女は、敵の増援と戦っているみたいだ。ちらりと見ると、彼女は血がついた短剣を持って黒づくめたちと対峙している。彼女の周りには、何人もの敵が荒い息を吐いてかがみこんでいた。やはり北の生徒たちを率いているのは彼女なのか。強いはずのコルネリウス様より、彼女のほうが頼りがいがある。
「さて。年貢の納め時、というやつですね。おとなしくお縄につきなさい」
私がフェリシアーノに向かって歩き出した時だった。
「ネヴィル」
低い男の声とともに、水弾が私に向かって放たれた。私は下がりながら水弾を切り払うが、破壊されたはずの水弾は霧散し、濃い霧があたりに広がっていった。
「くっ! これは水魔法! あたりが見えないほどの霧が立ち込めるなんて!」
私は霧を吸わないように口をふさぎながら飛びずさる。霧はあたりに一瞬で広がると、男たちの姿を覆い隠した。
「なに? この霧、前が全然見えない!」
ニナ様が手を振り回しながら叫んだ。
「がっ!」
「嘘だろう!」
「ち、違う! 俺たちは!」
悲鳴のような声と、何人もの男が攻撃されたような音がした。
「くっ!」
きぃぃぃぃぃん!
金属同士がぶつかる音がした。
「ハイリ―! くそっ! 見えなくとも!」
駆けだしたのは、コルネリウス様? ということは、ハイリ―様が襲われているってこと!?
「ちっ。子供のくせに。腐っても上位クラスということか!」
男の吐き捨てるような声が聞こえてきた。まるでこの世のすべてを恨んでいるような声に、私は危機感を募らせた。
「みんな! 身を守ることを第一に! 仲間と合流することだけ考えて!」
霧で視界が防がれる中、誰かが移動する音だけが響いた。私のそばに駆け寄ってきたのは、アーダ様とセブリアン様? 2人は静かに、だけど油断なくその場で身構えている。
そしてしばらくすると、霧は晴れていった。だけど黒ずくめたちがいたはずの場所にはフェリシアーノの姿も、他の男たちの姿も見えなかった。
「ハイリ―。無事か?」
「え、ええ。何とかね。ちょっと危なかったけど」
コルネリウス様たちの声が聞こえてきた。どうやらハイリ―様は敵の攻撃をなんとか防ぐことに成功したらしい。
「ちっ! 目的はこっちか!」
私が声に反応すると、黒ずくめたちの死体が目に入った。これはハイリー様たちにつけられた傷ではないだろう。やったのは、霧を使ったあの男か。おそらく、口封じの意味も込めて仲間たちの命を奪ったに違いない。
私たちはまんまと、フェリシアーノを取り逃がしてしまったのだ。
「逃走用の魔法? なんて見事な・・・」
「おい。そっちは怪我はないか?」
感心する私にコルネリウス様が声をかけてきた。どうやらハイリー様も、息は乱れていても怪我はないようだった。私と目が合うとそっと微笑んでくれた。
「私のほうは特には。あなたこそ、大丈夫?」
「こっちも無事だ。向こうもな。フォルカーの奴、いつの間にか守り手としての腕を上げたようだ。セブリアンもなかなかやる。突然の奇襲から、お前の相棒とニナの奴を守り切ったんだからな」
コルネリウス様はそう評価した。2人の成長ぶりに私はそっと目を細めた。
「そうですね。2人ともよくやってくれたと思います。フォルカー様は守り手として成長が著しいですし、セブリアン様の光魔法もかなり伸びてきていますね」
ちょっとだけ、コルネリウス様が私を助けに来たのが遅れた気がしたが、まあ仕方のないことか。彼の話によると、彼の部隊も奇襲を受けたようだから。私なら奇襲が来るのを予想して一部の部隊を先行させたけど、それができないくらい突然の出来事だったのかもしれない。
「アメリー。すみません。私がついていながら賊どもを取り逃がしてしまいました」
ハイリー様が祖っと駆け寄って謝罪してくれた。
「いえ。ハイリー様はうまくやってくれたと思います。敵の魔法使いが見事だったと思います。何しろ一瞬で私たちの目をくらまし、さらには倒れた仲間の口封じまでしてしまったのですから」
私の言葉に、ニナ様とフォルカー様が絶句したようだった。彼女たちも、倒れた黒づくめたちの命がもうないことに気づいたのだ。
「こんなことがないように私たちがついていたんですけどね。私では、相手の攻撃を止めるので精一杯でした。結局、相手を捕らえることもできなかったですし」
「ハイリ―様。逃がしてしまったのは私も同じです。今回のことは教訓にして、次こそはうまくやりましょう。ハイリ―様となら絶対次はやれると思うんです。私にできることはなんでも言ってくださいね」
私が微笑みながら言うと、ハイリ―様はまじまじと私を見て、そっとうなずいた。
「ちっ! まあ俺も次は外さんよ。ポリツァイ家の底力、次こそは見せてやるさ」
コルネリウス様も悔し気にそう吐き捨てた。
私たちがそんな話をしていると、前のほうから教師が急いで戻ってきた。どうやら向こうの戦闘も終わったらしい。
「さて。私たちも戻りましょうか。残念ながらフェリシアーノは逃がしてしまいましたし。これはちょっと、対策を練らなければならないかもしれませんね」
私がこぼすと、コルネリウス様たちは同意するようにうなずいた。
「さて。私たちも戻りましょうか。残念ながらフェリシアーノは逃がしてしまいましたし。これはちょっと、対策を練らなければならないかもしれませんね」
私はそうこぼして、思わず天を仰いだのだった。




