第35話 教師たちの討伐と、奇襲と。
「えっと、盗み聞きするつもりはなかったけど、アメリーっちって、春休みはビューロウに帰るんだよね? その時にエーファさんとカトリンさん、そしてアーダっちも同行するとか?」
「ニナ!」
南の森へと向かう馬車で、ニナ様がそう聞いてきた。フォルカー様が止めるも、彼女は構わず言葉を続けた。
「あのね! あたしって、近隣領にはいったことがあるけど、西以外の領にはいったことがないんだ。でね!」
ニナ様は上目づかいで私のことを見つめてきた。なんだかちょっとかわいらしい。ニナ様が男子に人気があるのもわかる気がする。
「よかったら、その旅行にあたしもついていけないかなぁ。いや、無理ならいいんだよ! アメリーっちの予定とかもあるし」
やっぱりそういうお願いか。私は構わないけど、他の人はどう思うか。まあニナ様だし大丈夫だとは思うけど、一応聞いてみよう。
「私は構わないですよ。エーファたちも問題ないと思いますが、一応聞いてみますね。ただ、学園長の許可が出るかはわかりません。それにコルネリウス様も、なんだかいろいろ言ってきてますから」
「ああ。それはいいんじゃない? あいつ、アメリーっちの帰郷にかこつけていろいろ言ってきてるだけだから。あたしに任せてくれたら、何とかして見せるからさ」
目を輝かせて胸を張った。
こうやって期待されたら応えたくなるのよね。
「すみません。ニナがわがまま言って。あの、ニナのこと、よろしくお願いします」
「何言ってんの? フォルカーも来るんだよ! 私だけで行くわけないじゃない!」
ニナ様の言葉にフォルカー様が目を向いた。
「い、いえ! 女子だけの旅行に男の僕が参加するなんて」
「あたしだけだと許可がおりるわけないじゃん! フォルカーがいないとうちの両親は不安だと思うし。ま、あきらめてきてよ。フォルカーだって、他領を見てみたいって言ってたじゃん!」
当然のように言うニナ様に、フィル化―様は顔を青くした。彼は助けを求めるように私を見るが、私はあいまいに笑ってみせた。ここで私が断るのはちょっと違うよね。フォルカー様には申し訳ないけど。
「いいですね。フォルカーがビューロウに行けるなんて。すこしうらやま」
「セブリアン様!」
フォルカー様はセブリアン様の言葉を遮るようにつかみかかった。
「セブリアン様も行きたいですよね? 行けますよね?」
「え? いや、僕はこの国の人間でもないですし」
フォルカー様の剣幕に、セブリアン様がたじたじになった。
この2人って結構仲が良いのよね。セブリアン様はうちのクラスのデメトリオ様とばかり話している印象だけど、一緒に討伐するようになってフォルカー様ともたびたび話すようになっている。教室の隅で笑い合っている姿もよく見かけるのだ。
「助けてください! こうなったらニナは止まらないんです! このままだと、女性の中に男は僕一人ってことになりかねないんです! セブリアン様はこの国の民の暮らしも見てみたいって言ってたからいい機会じゃないですか!」
「ええと。フォルカーを助けてあげたいし、ビューロウには興味があるけど・・・。困ったな」
言い争う2人を楽しそうに見ながら腕を組むニナ様。フォルカー様の立場は理解できるし、セブリアン様が気軽にいくと言えないのもわかるけど、私としてはみんなにうちの領に来てもらって楽しんでほしい気持ちもある。
「でも、この国の現状を見るためにビューロウを見学するのはありなんじゃない? 学園長に言えば許可をくれるんじゃないかなぁ。あの人、意外とそういうのに寛容だし」
「いやさすがにそれは・・・。アメリー様の都合もあるんですよ!」
「そ、そうですよ! 確かに、王都や西以外の領地の民がどのように生活しているか興味がありますが、さすがにそこまで手を煩わせるわけには・・・」
2人は断った様子だけど、まあ念のため聞いてみてあげてもいいと思う。
「じゃあ、私から学園長と両親に聞いてみますね。もし許可が下りたら、3人は参加してくださるということで」
私が言うと、ニナ様がしてやったりの表情で笑いだした。
「ごめんね! でも本当に楽しみにしてるから! いや前から他領に行くのは夢だったんだ! ありがとね! 本当にありがとね!」
ニナ様はテンション高くはしゃぎまわっていて、フォルカー様はそんなニナ様を必死でなだめている。セブリアン様も困ったように頬を掻いているが、なんだかうれしそうだ。
「なんか、気づいたら大ごとになってないか? まあ、ニナ様たちやセブリアン様なら問題ないと思うけど」
「ビューロウ領に帰るだけだったのに気づいたら大ごとになってますよね。私の隊のみんなが来るのは問題ないと思いますけど。エーファたちにはちょっと申し訳ないかもですが」
私はアーダ様に苦笑しながら答えた。
この時は気づきもしなかった。私たちのちょっとした計画が、あんなに大ごとになるだなんて。この時の私は想像だにしなかったのだ。
◆◆◆◆
ほどなく、馬車は目的地に到着した。先生たちは先に準備ができていたようで、私たちが来るのを落ち着いて待っていた様子だった。
「すみません。お待たせしました。こちらは準備できました」
私が挨拶すると、メラニー先生が落ち着いた声で返事をしてくれた。
「ああ。では行くか。 ん? お前たち、何かあったのか? ニナの様子が、いつもと違うようだが?」
「いえ! 大丈夫です! ニナ・シェリー! いつでも行けます!」
メラニー先生はいつもより高いテンションのニナ様をいぶかしげに見たが、あきらめたようにエドウィン先生のほうを振り返った。エドウィン先生はうなずくと、緑の魔力を展開した。
「サッチャー・ナッチ!」
頭上に掲げた手のひらから、緑の魔力が広がっていく。この魔法は私たちがよく目にするフィーデンよりも精度の高い探索魔法だ。細かい場所まで探索できるし、何よりも敵に気づかれにくいというメリットがある。まあ、その分だけ消費魔力も要求される技術も大きいんだけれども。
「いました。南に1500歩といったところですか。オークども群れがたむろしています。もしかしたらこっちに向かってくるつもりかもしれません」
「よし。ではこちらも向かうか。行くぞ。物音はあまり立てるなよ」
メラニー先生の最後の言葉は私たちに言ったのだろう。私たちは神妙な顔で頷くと、先生たちの部隊を追ったのだった。
◆◆◆◆
2時間ほど歩いただろうか。茂みの奥に、武装したオークたちが佇んでいた。魔物はみんな重装備で、こちらのほうを見ながら何やら話している。隠れているとはいえ、こちらを指さされるとちょっとどきりとしてしまう。
メラニー先生が何やら合図を送ったのが見えた。同時に、あの山賊のような先生とガスパー先生が、静かに、だけどものすごいスピードで進んでいく!
「うおおおおおお!」
「はああああああ!」
2人が掛け声とともに武器を振るった。山賊先生の剣がオークを切り裂き、ガスパー先生の槍がオークに風穴を開けた。
2人の攻撃は、それぞれの獲物をあっという間に仕留めてしまった。
「食らいなさい。ウォーターカッター!」
メラニー先生が放った水の刃が、2体のオークを切り裂いた。
「すごいな。みんな、鎧で守られていないところを正確に打ち抜いている! これじゃあ、どんなに強固な鎧を着ていても形無しじゃないか!」
セブリアン様が感嘆の声を漏らした。私も同感だった。奇襲を仕掛けたと思ったら、あっという間に重装備の魔物を4体も仕留めてしまった。これが、学園の教師を務める者の力とでもいうの!?
「グモオオオオオオオオ!」
生き残りのオークが仲間に警告を発したようだった。だが、教員陣に焦りは見られない。落ち着いて隊列を整え、魔物たちに相対していく。
そこからも、圧巻だった。ガスパー先生の槍はオークを完璧に仕留めていたし、メラニー先生の魔法も着実にオークを切り裂いていた。特にすさまじかったのがあの山賊みたいな先生で、後衛を狙うオークに立ちふさがり、反撃して自分に敵を寄せ付けていた。そうしてできた隙を、ガスパー先生たちは見逃さない。着実に敵を貫き、その数を減らしていった。
「すさまじいですね。この様子ならすぐでしょう。魔鉄の武具を装備したオークを、簡単に仕留めてしまうことだって」
セブリアン様が感嘆し、フォルカー様が頷いたその時だった。
「アメリー!!」
アーダ様の声が響いたのと同時に、私は後ろに飛びずさった。次の瞬間、それまで私がいた場所の土が、槍のように天へと伸びていた。あの場所で呆然としていたら、私はくし刺しになっていたかもしれない。
一歩遅れて、フォルカー様たちが臨戦態勢を取った。気づけば、そこには黒ずくめの男たちが武器を構えていた。
「ちっ! やるじゃねえか! 完全な奇襲だったのに、旦那の魔法を避けやがるとはな!」
「なめてもらっては困ります! この程度の奇襲、ビューロウ領にいた時から備えています。あんなに甘い技で攻撃しようだなんて、襲撃者としても3流ですね!」
私は減らず口を叩きながら襲撃者をねめつけた。
「まあいいさ。今は、あの厄介な護衛もいない。お前は大人しく、ここでくたばれ」
先頭に立つ男が、右手の剣を私に突き付けた。左手にも剣があって、こちらはだらりと下げられている。
「負けるのはそっちでしょう? 100人切りのフェリシアーノ! 今日があなたの命日です! 私を狙ったこと、後悔しながら逝きなさい」




