第31話 ヘルムートの活躍とアメリーの語り
久々の討伐任務から数日後のことだった。放課後に教室に戻ると、何やら騒がしかった。
クラスの中に人だかりができていた。中心にいるのは、あのヘルムート様? 彼がまた、何かしたというのだろうか。
「あ、妹様。戻ってきたのですね」
私に気づいて声をかけてくれたのはメリッサ様だった。
「あの、いつもと違って教室が騒がしいようですが、何かあったんです?」
「実はヘルムートが討伐から戻ってきたのですが、かなりの戦果を挙げたそうなんです。何でも引き付けた魔物を鋭い斬撃で片付けたとか。本人もどこか自慢げで、戦果を得意げに語っているんですよね。ちょっと前まであんなだったのに」
メリッサ様が納得していない表情で答えてくれた。ついこの間叱られたばかりなのに、いきなり戦果を挙げたことを不審に思っているようだった。同じように遠巻きに彼を見ているギオマー様もいぶかしげな顔で首を傾けていた。
「解せんよな。こんな短期間で腕を上げるなんてあり得るのか? 星持ちでもない限り、短い時間で急に強くなるなんぞ信じられぬ。ビューロウにだってそんな技術はないはずだろう?」
「ええ。姉のダクマーも私も、幼いころから修行してやっと強くなれたと思うんです。従姉のラーレだって。あの秘術を受け継ぐまで魔法なんてほどんど使えなかったですし」
私は言って、「しまった!」と思った。教室でラーレ姉さんの話題を出すなんて失策だ。
「巫女様は・・・」
「おお! そうだよな! 魔法使いとして強くなるには時間をかけて修行するしかないものな! 俺たち魔道技師も同じだ。質の良い魔道具を作れるようになるには時間がかかる。いろいろ失敗を繰り返して一人前になるんだ。だがヘルムートは・・・」
メリッサ様にかぶせるようにギオマー様が返事をした。メリッサ様は言い足りないような顔をしたものの、そのまま引き下がってくれた。
私は彼女を刺激しないようにしながらギオマー様に答えた。
「守り手としてかなり問題があったのに、休みが明けたらそれを全部解消できたとは考えられません。何か、コツのようなものでも聞いたのでしょうか。彼の兄は優秀な守り手と聞いています。でもそれにしろ・・・」
「なんでも守り手とは思えないほど魔物を倒したそうだぞ。襲い掛かる魔物を次々と返り討ちにしてな。まるで星持ちのように、濃い魔力で身体強化を実現したらしい」
ぎょっとして振り向くと、そこにはコルネリウス様が腕を組んでいた。メリッサ様が鋭い目で彼をにらみつけた。
「星持ちのような、身体強化ですか? 確か、彼は水の魔力で身体強化をしていましたよね? レベルは確かに高かったですけど、星持ちと言えるほどのことはなかったような・・・」
「ああ。あいつの水のレベルはおそらく3だ。かなり高いが、特質すべきほどではない。それなのに、守り手のアイツが魔物を簡単に斬ったなど、信じられんよ。武具を新調したのか? いや、奴は元から魔鉄制の武器を使ていたはずだ」
さすが傍若無人なコルネリウス様。クラスメイトの素質を話すのにもまるで気にすることはない。まあ、彼の予測は私と同じだったんだけど。
「レベル3、ですか。確かに高くはありますが、このクラスに在籍するのなら当然という気がしますね」
メリッサ様がそうつぶやいた。
レベル3という資質は、一昔前は最高級ともいえる素質だった。魔法使いとして申し分のない数値だが、レベル4が最高とされる現代では国を代表するとは言えないだろう。まあ、武術の腕前次第では国一になれるかもしれないのだけれど。
一緒に組んだこともあるが、ヘルムート様にそれほど武術の心得があるわけではない。魔法の素質もレベル3と高いが、それでも魔力障壁を持つ魔物を蹴散らせるほどではないと思う。
「まあヘルムートの資質はともかく、魔力量を増やす術があるのならあやかりたいという気がしますね。魔力量を増やせれば、それだけ全力で戦える時間が長くなるということですから」
ハイリ―様がそっとつぶやいた。
授業で見たことがあるが、ハイリ―様は決して魔法の素質に恵まれたほうではない。一応はレベル3程度の土の素質は持っているが、伯爵家としては中から下くらいの魔力量でしかない。素早い動きで相手を翻弄する戦い方で、私のように魔物をなぎ倒せるほどの魔力はないのだ。
私たちが考え込んだその時だった。
「ビューロウ! 活躍してやったぞ! これなら文句はないだろう! お前の部隊についていけるだけの成果を上げてやったぞ!」
ヘルムート様が私に話しかけてきた。フェリシアーノと戦う準備はできたということなのか。
「はっ! 1度成果を上げたからと言って何なのだ。それだけで貴様の実力が証明されたわけではないだろうに」
ヘルムート様の勢いを止めたのはコルネリウス様だった。
「どんな手品を使ったかは知らん。だが、貴様ごときではフェリシアーノを止めることなどできぬよ。学園が、貴様の力を認めることなどないだろうさ」
コルネリウス様のあざけりにヘルムート様は怒りを見せた。
「貴様! ちょっと魔力が高いからって調子に乗るなよ! 今の俺なら!」
「戦いが魔力だけで決まると思っているのが貴様が未熟な証しよ。その程度で近接としての腕を誇るとは笑わせる。貴様ごとき、俺の敵にはならぬ」
激高するヘルムート様にも、コルネリウス様の態度は変わらない。相変わらず見下したような目でヘルムート様をあざけっている。ハイリ―様が焦ったように2人の間に割って入った。
「ヘルムート。少し抑えなさい。クラスでもめ事を起こす気? むやみに争いを起こしたいわけではないでしょう」
「黙れよ! コルネリウスの腰巾着無勢が! 討伐数も大したことないくせに偉そうな口を効くんじゃねえ! 鉄の女だのなんだの言われて調子に乗ってんじゃねえぞ!」
ヘルムート様の言葉にカチンときた。ハイリ―様には確かに敵を一撃で倒すほどの火力はないかもしれない。でも、授業を見る限りきっちりと役目をこなしている。彼女の働きのおかげでコルネリウス様は高い結果を残せるといっても過言ではないのだ。
私が言い返そうと口を開きかけたその時、コルネリウス様が私の前に手をかざし、冷たい目でヘルムート様をにらみつけた。
「大きな口を効くのは結構だが、貴様にそれだけの力があると思っているのか? まさか俺に勝てるほどの力を持ってると思っているのではないだろうな」
「はっ! 偉そうに! お前の時代は終わったんだよ! 来いよ! ポリツァイ家の力とやらがどんなものか、照明してみせろ!」
ヘルムート様の挑発に、コルネリウス様は冷たい目を向けてそっと体の筋肉を緩めた。私には、どう猛な肉食獣が構えを作ったように見えた。
一触即発の空気を壊したのは、クラスの女王様の一言だった。
「ヘルムート。やめなさい。まさかあなた、このクラスでもめごとを起こそうというんじゃないでしょうね」
「止めるなエリザベート! こいつは俺を侮辱した! このままでいられるわけはねえだろうが!」
エリザベート様の言葉にもヘルムート様は止まらない。でもエリザベート様は冷静にヘルムート様を諭した。
「コルネリウスがどれだけの力を見せてきたと思っているの? それに対して、あなたは一度成果を上げただけに過ぎない。1度や2度功績を上げただけでは認められないのは、ビューロウを見ていればわかるでしょう」
いきなり私の家を揶揄されたのは気になるけど、エリザベート様の言わんとすることは分かる。お姉さまはあのナターナエルを2度も倒しているのに、それでもまぐれだという声が途切れなかった。成果を上げても実力を認められない人は、どこにでもいるのだ。
「貴方は、これからも討伐任務で力を見せなさい。そうすることで、あなたの力を認めざるを得なくなるでしょう。今回の成果がまぐれではないことを、あなたの手で証明するのよ」
ヘルムート様は歯をかみしめた。そして私をひと睨みすると、肩をいからせながらずんずんと立ち去っていく。
「ふっ。残念だな。私の力を見せるチャンスができたと思ったが」
「ふざけないで。ヘルムートの性格はあれだけど、今回の成果は本物よ。あなたが負ける可能性だってあるかもしれないじゃない」
エリザベート様はそういうけど・・・。私はそっと目をそらしてしまった。目ざとく私の反応を見たアーダ様が驚いた顔で私を見ている。
「何? 私、何か間違ったことを言ったかしら?」
私の反応が気になったのだろう。エリザベート様がそんな疑問を述べてきた。
「い、いえ・・・。あの、申し訳ないのですが、ヘルムート様がどんなに力を出しても、コルネリウス様を相手に勝利をつかめるとは思えないんです」
私は頬を掻きながら答えた。エリザベート様は戸惑っているようだし、当のコルネリウス様はどこか面白がるような目で私を見ている。
「私がダクマーお姉さまに傷を与えるくらいの可能性ですかね。ヘルムート様が、コルネリウス様に勝利するのは。たとえ私と同等の色の濃さがあったとしても、ヘルムート様が勝つことはできません。技術に、差がありすぎます」
コルネリウス様は吹き出すし、エリザベート様もギオマー様も押し黙ってしまった。
「私も一応は武の三大貴族ですから、どちらに軍配が上がるかは予想できます。近接戦闘というのは、魔力の大小以上に魔力以外の技術がものを言います。どんなに強力な攻撃も、当たらなければ意味はありません。失礼な話かもしれませんが、ヘルムート様はコルネリウス様に触れることすらできずに敗れるでしょう」
正直、あんまりクラスメイトを貶めるようなことを言うのは避けたいのだけど、こればかりはしょうがない。専門家として、意見をしっかり言わないといけないと思った。
もし本当に2人が戦ったら、勝負は一方的なものになってしまうだろうから。
「さすがはビューロウ。よく見ているな。まあそういうことだ。悪いが、ヘルムートの奴がどれだけ強い魔力を使おうとも、俺には勝てんよ。腕に差がありすぎる。近接は、魔力だけでは決まらぬ。魔力なしでどれだけ動けるかが重要になる。そのことすら理解していないやつに、私が負けるわけがないのだよ」
コルネリウス様の言葉にそっとうなずいた。
たとえるのなら祖父であろうか。彼は魔力量こそ少ないものの、水や土の資質が高く、魔力制御も優れている。一見して近接にも強いイメージがあるが、あれだけ修行しているのに剣の腕ではお姉さまにはかなわない。まあ祖父の場合は、魔法を使って戦えばお姉さまを簡単に倒してしまうのだけど。
「このクラスで俺と近接で戦えるのはそこの星持ちだけさ。こいつは腕がいいのに加えて魔力量もある。資質については、水がかなりのものだし、ビューロウにはあるのだろう? 資質が低いほうが強化できるという、魔法の常識を超えた秘術とやらがな」
「私はごめんですね。ポリツァイ家の秘術とやらもよくわからないですし、どんな手を使ってくるかは読めない。学園の授業だけでは見せていない技もあるでしょうし」
私が微笑みながら断ると、コルネリウス様は再び笑い出した。
「とまあ、こんな感じさ。優れた近接の者というヤツは、そう簡単に勝負に出てこない。相手の手の内もわからんのに戦うのは未熟な奴だけということさ。そのことをヘルムートは全然理解していない。どんなに魔力があろうと、どんなに技術があろうと、負けるときは負ける。それを理解しないうちは半人前ということよ」
剣呑な顔で微笑みだす私たちを、エリザベート様はあきれたように見つめていた。
「まあ、よくわかりませんが、ヘルムートがあなたたちと戦える土俵にすら立っていないことは理解しました。さらに研鑽を積まねば、あなたたちと戦う資格すらもないということですね」
「資格がどうこうというのは分からんが、今のままでは決着はすぐについてしまうということだな。フォルカーのように守りに徹するならばかなり厄介だが、ヘルムートは自分が自分がという気が強すぎる。その隙を突けば、倒すことなど造作もないさ」
3度笑い出すコルネリウス様に、エリザベート様は溜息を吐きながら首を振った。
「近接戦闘者にも、いろいろあるということか。後衛は魔力の色と、ある程度の術式を覚えれば、威力が決まるようなところがあるんだけど・・・」
エリザベート様がつぶやくと、アーダ様が下を向いてしまった。私はたまらなくなって、そんな彼女に反論してしまった。
「そんなことはないですよ。後衛も同じです。色の濃さだけで威力が決まるわけじゃない。ある程度まではそうですが、本当に魔法の技を極めたかったなら、魔力制御を鍛えるべきです」
私が断言すると、エリザベート様は驚いた顔になった。アーダ様も絶句した様子で私を見上げている。
「私は事情があって、火以外の属性も鍛えているんです。皆さんもそうだと思いますが、最初は短杖を使って術式を覚えるでしょう? あれって魔法の形を覚えるのに最適ですから」
「え?」
「え?」
同時に声が漏れた。アーダ様とエリザベート様が驚いたようだった。
「ごめんなさい。続けて」
私はいぶかし気な顔をしながら説明を続けた。
「ある程度術式を覚えると、その魔法を使えるようになりますし、そこからしばらくは操作技術を上げても威力は変わらなくなります。だからそこで、魔力制御をやめる人は多いんですけど」
エリザベート様が頷いた。
「そうよね。私もそうだった。ある程度術式を覚えれば、短杖を使っても使わなくても魔法を操れるようになる。現代の魔法使いの常識よね」
「そうですね。私もそうでした。魔力制御の訓練なんて、もう何年もやっていないですし」
ハイリ―様までもが同意している。私は調子に乗って、さらに説明を続けた。
「でも、魔力制御をさらに伸ばすことでいろんなメリットがあるんです。例えば狙い。下位魔法を狙った位置に正確に当てられるようになるので、鎧を着た相手でも倒すことができます。軌道を曲げたりと、変化もスムーズに行えますね」
「う、うん。そのことは『魔力構成の仕組み』に書いてあったな」
「ええ。確か、23ページでしたっけ? 最初の、魔法の成り立ちのところにそんな記述があったはず」
「私も覚えています。でも、制御技術を習得するにしろ、その手段がなくて絶望的な気分になったんですよね」
この人たち、なんでそんなに詳しいの? その本を書いたの、おじいさまだし。
「ええと、話を続けますね。実は威力に関しても、魔力制御が重要になったりします。魔法を構築した後、それを飛ばしたり振ったりすると思いますが、その軌道を変えたりするのは、どうやら魔力制御がかかわってくるんです。魔法の圧縮とかもそうです。大雑把に帰るのはある程度の技術でもできますが、細かく変えるとなると、かなり綿密に操作する必要があるんです」
気持ちよく説明している私に水を差す人がいた。
「はっ! まあ俺にはあまり関係がなさそうだな。身体強化なら魔力量がものをいうし、な。貴族ならではの大量の魔力があれば、まあ事足りる」
「でも私の姉はその技術を使って闇魔の四天王を倒しましたよ?」
コルネリウス様の表情が変わった。
「いいですか。身体強化というのは・・・」
◆◆◆◆
気づいたら、あたりは暗くなっていた。どうやら熱心に話しすぎてしまったようだ。クラスメイトのほとんどが帰宅していて、私の周りに数人が残っているだけだった。
「なるほど。ビューロウでは魔力制御に力を置いている、と。火以外の属性でも、訓練できる可能性はあるのね」
「ええ。さすがは現代魔法の極みとされるバルトルド・ビューロウ様ですね。本人が北へ行ってしまったのはつくづく惜しい」
「う、うん。素質の低い私でも、強くなれる可能性があるのだな」
「ああ! さすが巫女様のご実家! 魔法に対する造形がこんなに深いだなんて!」
気づいたら伯爵以上の家の出の4人が、正座して私の話を聞いているんですけど!
「お前ら・・・。飽きないな。もう暗くなってしまったぞ」
コルネリウス様があくび混じりに言った。
いや申し訳ない。話し込むつもりはなかったのに、つい熱中してしまった。
「そうね! ビューロウに行けば、私でも強くなれるということね!」
身を乗り出して聞いてくるエリザベート様にどぎまぎしていると・・・。
「君たち。そろそろ消灯時間ですよ。もう帰りなさい。校門が閉まっちゃいますからね」
ハンネス先生の言葉に、私たちはあわてて学校を後にするのだった。




