第30話 巫女と南領と
「アメリー様! アメリー様は、その、ビューロウ家の方だそうですね。あの、巫女様と同じ!」
帰り道、私は先輩のエルケ様に質問攻めにあっていた。
「ええ。私は両親と暮らしていましたが、姉のダクマーと従姉のラーレは、祖父のそばで育ったんです。姉たちとは別に暮らしていたのでちょっと寂しかったんですけどね」
しどろもどろになって答えると。エルケ様は感動したように手を握り締めていた。
「エルケ。それくらいにしとけ。ダクマー妹、すまねえな。こいつは例の変事のあとにうちのクラスに合流したんだが、万事この調子でな。普段はおとなしいけど、ビューロウのことになるとこうなんだ」
なんでもエルケさんはジークさんとは別の中位クラスに在籍していたけど、元第一王子が起こしたあの乱のせいで、夏休み以降ジークさんのクラスに合流してきたらしい。
あの乱のあと、上級生は退学者が出たり北への出征組が出たりでかなり生徒数が減ってしまった。それまで2クラスあった中位クラスは1クラスに統合されるようになったらしいのだ。その影響で、エルケさんはジークさんのクラスに移ってきたらしいんだけど・・・。
「私が移ったとたんにダクマー様がいなくなるなんてひどいです! 巫女様のこと、もっと聞きたかったのに! でも、妹様のアメリー様とご一緒できるなんてついてますよね! ああ! 巫女様を少し身近に感じられて幸せです!」
手を握り締めながら身を乗り出すエルケさんにちょっと引いてしまう。
南の生徒ってこういうところがあるのよね。従姉のラーレお姉様をあがめているというか、全肯定するというか・・・。うちのクラスにもそんな生徒がいるから、ちょっとおののいてしまうのだけど。
「ほら! エルケさん! それくらいで! アメリーさん、ごめんなさいね。この子、あの人のこととなると見境なくて・・・。さあ、報告に行きましょうね」
マーヤ様に引きずられるようにエルケさんが去っていく。マーヤ様の護衛獣が申し訳なさそうにこっちに一礼してくれて、それがちょっとかわいかった。
「ああ。エルケ先輩もそういうタイプなのか。アメリーっちも大変だよね。南の人ってあんな感じの人が多いけど、一応そうでない人もいるんだよね。ギオマーなんかは比較的冷静だしさぁ」
ガスパー先生に叱られているエルケ先輩を見ながら、ニナ様がどこか他人事のように笑っている。
「結構大変なのですけどね。私も、領地対抗戦以降は南の生徒からよく声をかけられますし。まあすぐに落ち着いてくれましたけどね」
領地対抗戦の後は大変だった。南と戦った私が責められると思いきや、従姉のラーレお姉様について質問攻めにあったのだ。
「いやぁ。巫女という存在はどこでも大変ですね」
「へ? セブっちのところもそうなの?えっと、セブっちの実家のほうだと『水の巫女』がいるんだっけ?」
ニナ様が訪ねるとセブリアン様がため息交じりに答えてくれた。
「ええ。実家のほうには『水の巫女』がいて結構幅を利かせているんです。水の資質の高い、こっちでいうレベル3以上の人は神殿に引き取られて特殊な暮らしをするらしいんです。そこで認められた人を『水の巫女』と呼んでいるんですよね」
なるほど。私たち東の貴族にはビレイル連邦の情報までは入ってこないから、結構興味深いのよね。
「こちらではレベル4以上の人は修行によって魔法を使えるようになるみたいですが、故郷では神殿にある魔道具を使って魔力過多を癒すと言われています。まあその魔道具は水の資質にしか使えないらしいんですけどね。水は結構安定しやすいらしく、神殿には何人もの水の巫女が暮らしているって話です」
水の資質が高い星持ちが何人もいるのかぁ。
4大属性の中で水ってかなり便利な属性だからね。身体強化にも使えるし、回復魔法だってある。あの属性の資質が高いと、武にも魔にも強くなれるのだ。
「連邦では水の資質が高い人ほど天に愛されていると言われています。私は水の資質が低いので、向こうでは期待されていないというか・・・」
「ああ。そういえばそう言ってましたね。向こうでは光の素質の持ち主が疎まれちゃうって。こっちではかなり優遇されるんですけどね。白の属性が強ければ婿入り嫁入りには困りませんし」
フォルカー様の言う通りなのよね。
こっちでは白の資質の持ち主は引っ張りだこだ。回復魔法も水以上に使いこなせるし、何より地脈の制御装置を作るのに光の素質は不可欠だ。あの素質の持ち主は、うまくいけば光の魔法家たるへリング家や王家に取り入れる可能性があるのだ。
「こっちに来て一番驚いたのがそれです。向こうでは疎まれていた光の素質が、こちらではうらやましがられるんですからね。使い方もよく研究されていて、こっちでは学ぶことばかりですよ」
「じゃあさ。卒業後はセブっちもこっちで暮らすといいんじゃない? エリタンも歓迎してくれると思うよ?」
力なく笑うセブリアン様にニナ様が笑いかけた。ちょっと踏み込みすぎなセリフに、私は当事者でもないのにドキドキしてしまった。
「・・・そうですね。それも考えてみたほうがいいかもしれません。光の素質がある私は、弟と違って向こうに居場所なんてないかもしれませんし」
思わぬ肯定的な意見に、私たちはみんな押し黙ってしまった。みんな話をしずらくなって、私たちは沈黙したまま、学園長室へと向かうのだった。
◆◆◆◆
その日の授業が終わり、私とアーダ様は連れ立って寮へと向かっていた。
「素質、か。やっぱりどの国でもいろいろあるんだな」
アーダ様がそっとつぶやいた。
そういえばアーダ様って、闇属性の素質もあるのよね。今でこそ闇属性を疎む風潮は少なくなったけど、昔はいろいろあったようだ。イーダ叔母さんなんか、かなりの間、闇魔法を使うのに抵抗があったみたいだし。
「今後は、どの属性の資質の持ち主でもそれに合った指導がされると思いますよ。何の素質もなく、加護なしと言われた私の姉が、闇魔の四天王を倒してくれたんですから。無属性魔法の研究も、結構進んでいるみたいですし」
学園では素質が低くないと使えない無属性魔法の研究も進められている。思い出すのは前に引率してくれたマヌエラ先生で、一瞬にしてビッグバイパーを仕留めたあの技は無属性魔法を扱ったものらしい。
魔法の資質のない者は力がない、というのは、今はもう昔の話になっている。低い人は低い人なりの戦い方というのが研究されているのだ。それは、魔法の素質が全くない姉がいる私たちビューロウ家の人間にとって誇らしく思えることだ。
「そうだな。私も上位クラスに選ばれたのは闇の素質があるからだろうし、少し真剣に闇の魔法の使い方を研究してみるかな。私だって、もっとみんなの役に立ちたいという思いはあるからな」
私は微笑んだ。
正直、アーダ様が上位クラスに入れたのは闇魔法とは関係がないような気もするけど、本人がやる気になっているみたいだし、指摘することでもないかな。
でも、私はこの機会にアーダ様に聞いてみたいことがあったんだ。
「アーダ様はどう思われます? 学園で討伐任務に就く人が増えたはずなのに、魔物の数は一向に減らない。なにかあるとしか思えないのですが」
アーダ様は驚いたような顔をしたけど、クラスで一二を争うほどの魔法の使い手の彼女なら、このことにも何か意見があるかもしれないと思ったのだ。
「え? ああ。 うーん。そうだな。おそらくだが、召喚魔法が使える魔物がいるのではないかと思う。でも、召喚魔法が扱える魔物が、自然に発生したとは思えない。何しろ魔物が魔法を使うことはほとんどないんだからな」
私はうなずいた。
通常の魔物は身体強化を使うくらいで、私たちが扱うような魔法は使えない。複雑な魔法陣が必要な魔法は、知能が低い魔物には操れないはずなのだ。
「魔物が召喚魔法を扱えるのは本当にレアケースですよね。比較的、知能の高いゴブリンシャーマンなどが、人間が使うのを見て単純な魔法陣を使いこなすケースが少ないけどあったはずです。でも、召喚魔法は・・・」
「ああ。あれほど複雑な魔方陣を使用する召喚魔法が、魔物に開発できるとは思えない。帝国と違ってこの国では召喚魔法はあまり一般的ではない。人間が使うのを見て覚えたにしろ、誰が手本を見せるんだということだな」
そうなのよね。王国では召喚魔法で大量の魔物を呼び出すような使い手なんて一握りしかいない。召喚魔法を使いこなした教師も亡くなってしまったし、この国で召喚魔法を覚えるのは無理があると思う。
「となると、やっぱり他国の・・・」
「おそらくそうだろうな。西の、ビレイル連邦には帝国の魔法使いがたくさん亡命したらしいからな。召喚魔法が使える魔物があの国から来たと考えるのが普通だろう。自然発生したか、意図的かはわからんがな」
ビレイル連邦か・・・。
私はセブリアン様の顔を思い出した。連邦と聞いて真っ先に思い出すのは彼だが、さすがにこんな工作をしたとは思えない。この件でつらい思いをしなければいいんだけど。
「これだけの魔物が出現した理由を教師が調べているらしい。イナグーシャの件も、な。私たちにできるのは、一体でも多くの魔物を倒すことだけだろうさ」
アーダ様にうなずきながら、私たちは連れ立って東の寮へと戻るのだった。




