第3話 アーダと星持ち
「なあ。討伐任務っていつもあんなにきついのか? 教師も戦ってたし、最初の報告とはずいぶん魔物の数が違ったみたいだが」
ヘルムート様がそんなことを尋ねてきた。さっきの失敗で落ち込んでいるかと思いきや、帰りの馬車に揺られている今はもうけろりとしている。この立ち直りの速さは見習いたいとは思うけど・・・。
「いえ。普段は報告と数が食い違うことはあまりないんです。王都の冒険者は優秀ですからね。今回のように、現場に行ったら大量の魔物に襲われるなんてことはないはずです」
ヘルムート様は安心したように顔を上げた。
「よかったぜ。いつもあんな感じなら討伐経験を積んだお前らとは相当な差があることになるからな。俺もしっかりこれで経験を積んで、アーダの奴にうるさく言われないようにしてやるぜ」
そして意味ありげな目でアーダ様を睨んだ。アーダ様は焦ったように慌てて視線を反らした。
この二人、どちらも伯爵家の出身なんだけど、普段はあまり接点はない。ヘルムート様はクラスの女王であるエリザベート様に近いし、アーダ様はどちらかというとクラスでポツンと佇んでいる。彼女は同じ東の貴族だから仲良くしたいと思ったのだが、なぜか私は警戒されているらしく、あまり彼女とコミュニケーションをとることができなかった。
「でもアメリー様には感服しました! オーガを一撃で仕留めた剣技はすごかったですし、その後の火魔法はすさまじいの一言でした。あれだけの魔法を扱える人は僕の国でも一握りですよ!」
「そうなのだ!」
場の空気を換えるように言うセブリアン様に答えたのはアーダ様だった。
「なにしろ、アメリーはこの王国が誇る星持ちだからな! それも、育成が難しいとされる火の星持ち。あの程度の魔物ごときにやられるわけはない!」
なぜか大声で説明するアーダ様にポカンとしてしまう。セブリアン様もヘルムート様も面食らったような顔をしていた。
「レベル4の素質の持ち主というと他国では魔力過多として扱われるが、絶えぬ魔力制御の訓練と地道な修行によってそれを乗り越えることができる。それを成し遂げた者を星持ちと言う。ヨルン・ロレーヌやラルス・フランメが小さい頃はほとんど魔法を使えなかったのは周知の事実だろう。だが彼らは、魔力制御の腕を磨くことで王国の歴史に名を残すまでになった。彼らのように高い資質を持つ貴族を、30年ほど前から星持ちと呼ぶようになったのだ!」
急に早口で話し出したアーダ様に、その場の全員が押し黙ってしまった。
「そう。30年前だ! 当時水のレベル4と診断され、青の魔力が使えないとされた西の貴族のアロイジア・ザイン。彼女は魔法が使えない者と言われ蔑まれていたが、過去の文献を読み漁り、ヨルン・ロレーヌたちの軌跡を辿ることで見事にそれを克服し、すさまじい魔法で魔物を葬るようになった。ある日、夜会で魔力過多を揶揄されたときにこう言って言い返した。『我々は星をも掴める魔法使いだ。魔法が使えなくとも絶えず前に進む我々の努力を、天から星が見て力を授けてくださったのだ。魔力過多は我々にとっての誇り。星を持つ我らこそが、真に祝福された魔法使いなのだ』と。その日から、レベル4の資質の持ち主の扱いは変わったのだ!」
アーダ様の迫力に、馬車の中のみんなが圧倒されてしまう。
「アロイジア・ザインは自身がどのような訓練で魔法を使えるに至ったかを公表した。その方法はかなりの魔力量がないと実現できないようなものだったが、王国内で彼女の言葉に従って活躍するレベル4の魔法使いがぽつりぽつりと現れだした。次第にレベル4こそが王国で最大の資質の持ち主とされるようになり、アロイジアの言葉から、魔法が使えるようになったレベル4の者を”星持ち”と呼ぶようになったのだ!」
ちなみに、レベル4だからと言ってすべての者が魔法を使えるようになるわけではない。魔力量が少なければ修行を進められず、魔法を使えるようになるまで時間がかかるケースもあるのだ。中には30代になるまで魔法が使えなかった人間もいたらしい。私の場合は、両親やおじい様のおかげで比較的早く魔法を使えるようになったのだけど。
「く、詳しいじゃねえか。普段、教室の隅で一人で過ごしているやつとは思えないくらいの饒舌ぶりだぜ」
ヘルムート様が顔をゆがませながら言い捨てた。
申し訳ないけど、私も同感だった。まさか彼女の口から私を擁護するような言葉が聞けるとは思わなかった。
「すばらしい! アーダ様は王国の歴史をかなり深く学ばれている様子ですね。留学生のセブリアン様に詳しくご説明いただいて助かりました」
ハンネス先生がその場を取り繕うようにアーダ様を評価した。アーダ様はみんなの視線に気づいたのか、その場できょろきょろ周りを見ると、顔を赤くして座り込んだ。
「まあ星持ちはともかく、斥候の報告と実際の魔物の数が違ったのは気になります。王都でこういう事態を報告してくれる冒険者ってかなり優秀なのに。平民とは言え彼らは非常に優秀な戦士です。オーガを見落とすなんてことありえないと思いますが・・・」
ハンネス先生の言葉に、私はエーファたちのことを頭に浮かべるのだった――。
◆◆◆◆
「アメリー! 無事? 怪我はない?」
馬車が着くなり、エーファが駆け寄ってきた。彼女は私に傷一つないことを確認すると、ほっとしたように溜息を吐いた。
「こっちは大丈夫。エーファこそ大丈夫? 想定外の魔物とか出なかった?」
エーファはこちらが無事だと確認すると、安心したように、でも困ったように顔をゆがませた。
「ゴブリンの数が想定より多くて、しかもオーガまで出たの。まあ、こっちにはエリザベートがいてすぐに足止めしてくれて倒せたんだけどね。ドミニクの奴が暴走しそうになって大変だったけど」
友人の無事が確認できてそっと息を漏らした。
でもドミニク・ヘッセンが暴走しそうになったのか。彼は北の貴族で東の私たちとは仲が悪くないはずなのに、なぜか私への当たりが強い。私のような子爵令嬢ごときが上位クラスにいるのは気に入らないのかもしれないけど。
「エリザベートがご立腹でね。ドミニクのやつ、叱られてしゅんとしていたわ。でもちょっと憂鬱。しばらくは、魔物討伐はこのメンバーで行くことになりそうなのよ」
ああ。やっぱりそうなのか。確かに討伐のたびにメンバーが変わるようでは、慣れていない人は大変だと思う。エーファたちと組めないのは残念だけど、私と相性が悪そうなドミニク様と別の組になったのはちょっとほっとしてしまう。
「エーファさん。アメリーさん。まだ討伐任務は終わってませんよ。学園長に無事を伝えるまでが任務ですからね」
ハンネス先生の言葉に、私たちは同時に首をすくめたのだった。