第27話 ヘルムートの事情
あれから数日が過ぎ、ついに3学期が始まった。生徒たちは続々と学園に帰ってきているのだけれど・・・。
「アーダ様。こっちの寮での生活は慣れましたか? 今日からまた学校が始まりますが」
「いや大丈夫。むしろあんまりにも快適でびっくりした。あんなに歓迎されるとは思わなかったよ。いろいろ気を使ってくれてありがとう」
笑顔を見せる彼女に、私もうれしくなった。
「そうね。アーダとはあんまり話したことはなかったけど、これからはそうはいかないんだから。エレオノーラ様が作った東寮の結束、甘く見ないことね」
不敵に笑うエーファに、アーダ様がちょっと身を引いてしまっていた。
私たち3人が姦しく話しながら教室に入ったときだった。教室の中で一人の生徒に鋭く呼び止められた。
「ビューロウ!!」
教室の中からヘルムート様がものすごい形相で私を睨んでいた。
ちょっと引き気味の私を気にすることなく、ヘルムート様がずんずんと詰め寄ってきた。
「お前! フェリシアーノに会ったんだってな! あの野郎はどんな面してやがった!? どんな様子だったんだよ!」
激高するヘルムート様に両肩をつかみかかられそうになった。アーダ様が慌てて間に入ってくれたけど、あまりの勢いに私は驚いてしまった。後ろでクラスメイトが戸惑っていて、あのドミニクがニヤニヤと笑っていたのが目に入った。
「根暗が! 邪魔をするな! 俺ん家の重要事項なんだよ!」
「おっと、そこまでだ。一度離れろ。ここをどこだと思ってるんだ」
彼の勢いに押されそうになった私を助けてくれたのは、あのコルネリウス様だった。ヘルムート様はぎろりと睨むが、コルネリウス様に手をつかまれて動くことができない。
「放せよ! 俺はこいつに聞かなきゃなんないことが!」
「どんな事情かは、まあ察しは付くが、もうすぐ始業式が始まるぞ。いいのか? 栄えあるノード家の男ともあろう者が、学園の行事から逃げるなんぞ、家の名に傷がつくのではないか?」
すさまじい形相のヘルムート様にもコルネリウス様は涼しい顔だ。ヘルムート様は振り払おうとするが、捕まれた腕はびくともしない。やはりコルネリウス様とヘルムート様の間には相当な実力差があるようだった。
「ヘルムート。下がりなさい。あなたの気持ちもわからないではないけれど、クラスメイトにしていいことではないでしょう」
静かな声が響き渡った。このクラスの主ともいえるエリザベート様が仲裁するように話しかけてきたのだ。
「そうね。詳しい話は始業式が終わったあとにしましょうか。あなたも、家の事情をクラスメイトの前で話すのは本意ではないでしょう。式が終わった後に部屋を用意します。そこで改めて話すのはどうでしょうか。申し訳ないけど、ビューロウにも事情を聞いてもらおうと思うのですけど」
クラスの中心人物にそう言われたら従わざるを得ないかもしれない。正直、ヘルムート様がここまで激高する事情というのも何となく察せる。私は不承不承頷くのだった。
◆◆◆◆
始業式が終わると、私たちは学園の会議室へと向かった。エリザベート様が手配してくれたらしく、スムーズに部屋に入ることができた。
「まずはこちらの事情を話すのが筋というものでしょう。ヘルムート、いいですね。あなたの家の事情を話すことになるけど、そうしなければ詳しい事情を聞くことはできないでしょう。私たち西と東、さらには北ともめるきっかけにもなりかねないのですから」
エリザベート様が言うと、ヘルムート様は悔しげな表情で口を結び、周りの参加者達を見回した。
この会議に参加したのは、朝の教室でもめたクラスメイトだ。ヘルムート様と、彼を止めたコルネリウス様。ハイリー様も不承不承といった感じでついてきている。そしてこの場を取り仕切っているエリザベート様に、彼女を守るようにカトリンがいた。私の味方として、エーファとアーダ様がついてきてくれた。
「そうね。事情も知らないのに情報だけ渡せと言われても納得はできないわ。ビューロウは東にとって戦闘の要。東の貴族として軽んじられるのを黙ってみているわけにはいかない。エレオノーラ様の、ロレーヌ家にとってもメンツをつぶされてしまうことになるのだから」
エーファがしっかりと宣言してくれた。エーファが参加してくれて私を援護してくれるのは正直助かる。エーファのウォルキン家は伯爵家の中でも地位が高い。西のヴァッサー家やノード家とは言え、その存在を無視することはできないはずだ。
ヘルムート様はしばらく押し黙るが、エリザベート様に無言で促されると、静かに話し始めた。
「俺の家、ノード家のことは知っているか? 西を代表する伯爵家だったんだが、本来なら俺の父の兄――、ベルント伯父上が後継になるはずだった。伯父上は、水魔法の腕も優れていて人格的にも問題がなかった。俺も小さいころは可愛がってもらったもんだ。きっと立派な貴族になれるって、いつもほめてくれた」
ヘルムート様の顔はいつになく穏やかだった。きっと、小さいころのことを思い出しているのだろうか。ちょっと意外だった。あのヘルムート様が、親戚と仲がいいだなんて。
「あなたの家、以外と親戚間の仲が良かったのね。西の貴族って、仲が悪いイメージがあったんだけど」
「失礼な。確かにそういう貴族もあるけど、仲が良い家族なんてどこにでもいるわ。うちだってかなり仲がいいんだから」
エーファの言葉にエリザベート様が即座に反論した。私は少し以外に思ってしまう。ビューロウみたいに、家族親戚の仲がいい貴族家なんてめったに見られない。うわさでは、南のギオマー様の家ですら、あまりうまくいっていないという話だ。
ヘルムート様はあのエリザベート様の言葉を聞き逃したように、低い言葉で目の前を鋭くにらみつけた。
「順調にいけば、そのまま伯父上が家を継いで、ノードはますます発展するはずだった。だが、そうはならなかった! 西の貴族の婚礼に参加した先で、祖父と伯父一家がフェリシアーノに襲撃されてしまったからな!」
思わず息をのんだ。ノード家の、ヘルムート様のフェリシアーノへの憎悪を感じて思わず身をすくめてしまう。
「奴が狙ったのはその婚礼のあった貴族らしいが、とんだとばっちりだよな。祖父も伯父もその貴族を守ろうと動いたらしいが、あの野郎に返り討ちになっちまった。きっと酒が入ってたんだろう。そうじゃなきゃ、あの強かった祖父や伯父がやられるわけはないんだからな!」
ヘルムート様が目を見開いて私を睨んできた。
「だから! 俺たちはフェリシアーノの野郎を始末しなきゃなんねえ! 奴につながる情報は、どんな小さなことでも手に入れたい! だから、奴のことを話してもらう! どんなことをしてもな!」
私は溜息を吐いた。そういう事情なら、話さないわけにはいかないか。学園長から口止めされているわけではないし、ヘルムート様の怒りもわかる気がする。ヘルムート様にとってフェリシアーノは王国貴族として絶対に倒さなければならない相手なのだろう。
「わかりました。私が知ってることでいいのなら伝えましょう。あれは数日前、ビヴァリー様達を見送ったときの話です」
そう言って、私はフェリシアーノに襲われたときのことについて話し始めたのだった。




