第26話 東の寮にて
「あ! アメリー! 久しぶり! 今戻ったわ」
アーダ様といったん別れ、寮の入り口に行くと、エーファの姿を見た。どうやら彼女は王都に戻ってきたらしく、従者とともに荷物を運んでいるところだった。
「エーファ! おかえりなさい。変わりはないですか?」
「こっちは大丈夫よ。私のところは南寄りだから戦闘に巻き込まれることはなさそうだしね。はいこれ」
そう言ってエーファはお土産を私にくれた。いつものことだけど、友人のその気遣いにほっとしてしまう。
「闇魔との戦いはもう始まっちゃったからどうなることやら。私たちも戦いに巻き込まれるのかな。王都に攻め込まれないとは限らないし・・・」
その言葉に気づかされた。エーファはまだ北の戦況のことを知らないらしい。まあ、ここ王都と東では情報伝達に差があるのは仕方のないことかもしれない。
「これはオフレコですが、実はちょっと、北のほうで動きがあったみたいなんです。学園から王都に向かった部隊が、闇魔たちと戦ったらしく・・・」
そう言って、私は得た情報をエーファに伝えることにしたのだった。
◆◆◆◆
寮の待合室で私はエーファに北の戦果について説明していた。この部屋は、寮にお客様がいらしたときに使うものなんだけど、寮生なら許可を得ればすぐに使えたりする。防音設備もしっかりしていて、こういう話をするのに持って来いなのだ。
「え? アメリーのお姉さん、この前ナターナエルを倒したばっかりよね? もう、2人目の四天王を撃破したの? え? 本当に?」
驚くエーファに神妙な顔で頷いた。
ちょっと信じられないのは分かる気がする。何しろ相手は闇魔の四天王。王国が1世紀にわたって苦戦してきた相手なのだ。それがこの短期間に2体も屠るなんて、我が姉ながらやることがちょっとおかしいと思う。
「まだ箝口令が敷かれているらしく、本当は秘密なんですけどね。でも、カトリンが言ってたから間違いないと思います。お姉さまたちからはあんまり詳しい情報は出てきていないのですけどね」
姉たちとは定期的に連絡を取っているけど、やはりというか、そんな話はなかった。まあ、ラーレお姉様はともかく、ダクマーお姉さまの手紙は支離滅裂で、解読するのに時間がかかってしまうのだけど。
エーファは考え込むように宙を見ていた。
「でもそうなると、アメリーの安全にはちょっと注意しなきゃかもね。お姉さんのこともあって狙われることが多くなるでしょう。この寮は平気だと思うけど、あんまり外出は控えたほうがいいかもしれない。護衛だってちゃんとつけるのよ」
真剣な顔でそう忠告してくるエーファに思わず笑みがこぼれた。彼女はいつもこうやって私を心配してくれるのだ。
「はい。バルバラ様もそう言って護衛を増やしてくれることになったわ。実はついこの前なんだけど、フェリシアーノを名乗る賊の襲撃にあってね。その時は何とか撃退できたけど、やっぱり身の安全は今までのようにいかないと思う」
エーファは目を見開いた。
「フェリシアーノって、あの100人切りのフェリシアーノ!? ヤーコプと並ぶ危険人物じゃない! よく無事だったわね!」
「私の護衛がうまくしのいでくれてね。でも私はあんまり役に立てなかったから、ちょっと情けないんですけどね」
私がため息交じりに言うと、エーファは慰めるように頭をなでてくれた。
「しょうがないわ。相手が悪い。100人切りのフェリシアーノって、西のほうで大暴れした犯罪者よね? 確か、西の貴族の当主すらも打ち取ったと聞いているわ」
そしてエーファは気づかわし気に私を見てきた。
「そっか。フェリシアーノか・・・。これはちょっと、もめちゃうかもね」
珍しく考え込んだエーファに、私は不安になった。
「フェリシアーノの被害にあった貴族はクラスメイトの身内もいるの。確かノード家の前当主が、そうだったはず・・・」
エーファの言葉に私は驚いてしまう。ノード家って、あのヘルムート様の実家よね?
「そう。ヘルムート様の実家のノード家の前当主はフェリシアーノに打ち取られているの。そのあといろいろあって、後継の弟であるヘルムート様の父親が、ノード家を継ぐことになったらしいわ」
そうか。そういうことなのか。ヘルムート様はヴァッサー家の側近で武官なのに討伐任務に就いたことがなかったのはそういうことか。
通常、部門の貴族は討伐任務を担うことが多い。私の家のような武の三大貴族や魔法家の後継候補は実力を示すために討伐任務を請け負うのだ。でも、後継にならない貴族はその限りではない。だから、ヘルムート様の父が討伐任務に就いたことがなく、本人もそうなのはしょうがないことかもしれない。
「これはうわさだけど、ヘルムート様や彼の実家は相当フェリシアーノを恨んでいるそうよ。いまだにフェリシアーノの情報を仕入れているみたいだしね。でも、大丈夫なの? そんなのに狙われたのなら、アメリーも気が休まらないでしょうに」
気づかわし気に言うエーファに、私は努めて明るく言葉を返した。
「大丈夫です。バルバラ様もそのことは心を砕いてくださったようです。アーダ様のことも気にしてくださったみたいで、彼女もこの寮で暮らすことになったんです」
エーファは納得したようにうなずいた。
「まあ、アーダさんの場合は今までがちょっと変だったからね。伯爵家で上位クラスに属していたのに一般寮で過ごしていたのはやっぱりおかしかったわ。むしろ、こっちに越してきてくれて安心かもね」
いつも優しいエーファに、私は安心して笑顔になった。
「じゃあ、アメリーもアーダ様の手伝いに行くんでしょう? 402号室よね? 私も手伝うから、ちゃっちゃと済ませちゃいましょう。でもなら、歓迎会とかしなきゃいけないね。これからちょっと忙しくなるわ!」
エーファの言葉に、私は元気よくうなずくのだった。




