第25話 図書館組とコルネリウス ※ 後半 ハイリ―視点
ワゴンを転がしながら立ち去っていくコルネリウス様を、私は茫然と見送っていた。なぜ、という疑問が頭を過ぎった。コルネリウス・ポリツァイという人物に、図書館という言葉が似合わないような気がしたから。
「またせ・・・。ん? なにかあったのか?」
戻ってきたアーダ様にも気が付かないくらい放心していたようだ。
「え? いや、なんで? コルネリウス様が図書館で仕事をしてたようなのです。え? なんで?」
混乱の際ににいるような私に、アーダ様は納得したような顔になった。
「ああ。驚いただろう。コルネリウス様はハイリー様と一緒にこの図書館で働いてくれているんだ。この図書館には中位クラスや下位クラスの生徒が所属するものだったみたいだが、コルネリウス様の熱意がすごくてな。ルイボルト先生も最初は渋っていたが、最後は押し切られる感じで認めてくれたんだ」
コルネリウス様はかなりの量の本を読んでいるらしく自分には図書館組に入る資格があると強弁したらしい。ルイボルト先生が出した質問にもすらすらと答えたらしく、実際に大量の本を読んでいたことは間違いのないようだった。
「彼の後を追うようにハイリー様も入部してきてな。彼女の場合は知識が本物だし、コルネリウス様のめんど・・・対応もしてくれるからあまりもめることはなくて。まあ2人とも仕事はまじめにしてくれるし、コルネリウス様は力仕事を請け負ってくれるから助かっているんだけどな」
そう言って、アーダ様は頬を掻いた。
「実は、あの2人が入部できたのは私のせいでもあるんだ。図書館組は中位クラスや下位クラスの生徒が所属することが多いのだが、ルイボルト先生は私のことを考えて入部させてくれてな。コルネリウス様は私を例に、上位クラスでも入れることを主張されたのだ」
思い出してちょっと引いてしまった。
コルネリウス様って、かなり押しが強い人だ。例のクラス会議で私も非難されたし、彼に冷笑されたことは今でも覚えている。もっとも、彼は私にだけ厳しいのではなく、誰にでもあんな感じなのだけど・・・。いつも忙しそうにフォローしているハイリー様には頭が下がる思いだ。あんなに迷惑をかけているのに、本人は全然気にしていないようだけど。
「えっと。コルネリウス様がこちらに来られるのは任務か何かなのですか? いえ、彼の家のことを考えると、そうかなと思って」
「私たちも気になって探りを入れたけど、図書館組に入ったのは任務関連ではなく本人の希望らしいんだ。ここに入るのに相当量の本を読みこんだらしいし。意外と楽しそうに仕事しているのをよく見かけるよ」
私は声を潜めながらコルネリウス様の後ろ姿を盗み見た。
ポリツァイ家は北にある侯爵家だが、その特殊な立ち位置から貴族に頼りにされ、恐れられる存在だ。何しろ彼の家は代々王都の治安を守る第3騎士団のトップを務めているのだから。
「彼が討伐任務に就いたことにも驚きましたが、まさか図書館組に所属しているなんて・・・。討伐任務も難なくこなしているみたいですし、かなり優秀なのは知っていましたが」
「そうだな。ポリツァイ家の戦闘技術は魔法使い戦に特化しいている。確か、あのヤーコプを最初に捕らえたのもポリツァイ家の人間だったはず。常に魔法使いとやりあっているから魔物討伐にも見向きもしなかったんだがな。本人は『貴族の義務だ。たまには魔物を相手取るのもいい経験になる』とあっけらかんと答えていたもんだ」
私たちは声を潜めて話し合い、もう一度コルネリウス様の後ろ姿を見た。彼は本の返却作業に戻っていて、どこかしら楽しそうに仕事していた。
「う、うん。じゃあ、私たちも戻ろうか。引っ越しとか手続きとかいろいろやらなければならないこともあるのだから」
アーダ様に引っ張られるように、私たちは図書館を後にしたのだった。
※ ハイリー視点
「あれは、アーダに、アメリー? 星持ちがここに来るなんて珍しいですね」
図書館を去る後ろ姿を見ながら、私は茫然とつぶやいた。
「ああ。なんでもアーダが引っ越すことになって、それの付き合いで来てくれたらしい。引っ越しや手続きでしばらく来られないらしくてな。ちょっと仕事の量は多くなるが、まあ俺とお前なら問題はないだろう」
なんともなしに言うコルネリウスに、私はあきれてしまう。実際に仕事が増えるのは私なのに、コルネリウスはどこ吹く風だ。
彼がこの図書館組に入りたいといったのは、1年以上前のことだった。あれは王都で公開処刑が行われた時だったからよく覚えている。アメリーの姉、ダクマーが世紀の犯罪者であるヤーコプと戦うことになった。その戦いを見てからしばらくして、彼は図書館組に入りたいと言い出したのだ。
最初にヤーコプを捕らえたのは、ポリツァイ家の精鋭たちだった。公開処刑が決定し、次々と挑戦者を死に導くヤーコプに苦々しい思いをしていたのは想像に難くない。ポリツァイ家の戦いは集団戦を得意としていて、1対1の戦いにはあまり向かない。今でこそコルネリウスがいるが、当時はヤーコプに勝てうる人材を用意することができなかった。
「やはりポリツァイの人間として、ビューロウ家が台頭するのは気になりますか。アメリーは”星持ち”ですし、ビューロウの次代を担う重要人物ですからね」
コルネリウスはあきれたような目で私を見た。
「アメリーがビューロウの次代を担うとは笑えんな。むしろ、ビューロウと戦う上であいつを倒せることは最低条件だぞ。今のビューロウで最も与しやすいのはあいつだからな」
私は絶句してしまった。
コルネリウスはその家の特性上、魔法使いを相手取ることが多い。そのため、この学園に集まった学生や教師すべての実力を推し量っているのだけど、彼の目から見るとアメリーはそういう評価なのだろうか。
「まさか、あのアメリーをそのように評価しているとは思いませんでした。星持ちだけあって火力は相当なものですし、剣術も優れています。授業を見ていて、絶対に敵対したいとは思わないのですが」
「おいおい。私が言ったことを聞いていなかったのか? アメリーが弱いのではない。他の奴らがやばすぎるんだよ。お前も聞いただろう。あいつの姉が、2体目の闇魔の四天王を屠ったんだぞ」
私はまたしても言葉を失ってしまう。
闇魔の四天王は我が王国にとって仇敵だ。何人もの貴族が打ち取られているのに、奴らを退けたという話も聞かない。それこそ、ビューロウ家の初代が風の四天王を倒したことがあったそうだが、それ以降100年近くも四天王を倒すことができなかったのだ。
あのダクマー・ビューロウが、王都でナターナエルを倒すまでは。
「恐るべきはビューロウの当主さ。何しろ何の加護も持たない孫娘を、闇魔を倒せる人材にまで育て上げたのだからな。私も見たぞ。闘技場で、我々があれほど苦戦したヤーコプを、まるで子ども扱いでもするようにあしらっていた。あれを早くから取り立てていたロレーヌも、今頃は鼻高々だろうさ」
コルネリウスは作業の手を止めることなく続けた。
「あそこにの当主には5人の孫がいるが、ダクマーだけじゃない。5人が5人とも傑物さ。まずは3年生に属していた男だな。大剣と闇魔法を扱う守り手だ。状況判断も剣の腕も魔法もすさまじい。あいつが部隊にいれば後衛に攻撃が飛んでくることがないらしいぞ」
ホルスト・ビューロウのことをコルネリウスはそう評した。それは分かる。同じ上位クラスに属する先輩だが、かなり優秀らしいことは耳に挟んでいる。以前は後衛の魔法使いだと思われていたこともあったそうだが、それは貴族にとってプラス条件にしかならない。それは隠蔽技術に秀でていることの証しなのだから。
「侮られがちなのが1つ上のデニスだが、それは間違いだろう。奴は4属性すべての資質が高い。剣術の際はないようだがそれもマイナス要因とは言えないだろう。奴は後衛の役割を熟知している。アメリーと違って決して前に出てくることはないだろう。後ろにこもった魔法使いの厄介さは、お前にもわかるだろう?」
私は渋々頷いた。
後衛の魔法使いが前に出ないことは生存戦略として当然のことだと思う。その上でしっかり自分の役割を果たすのは重要なことだ。ビューロウ家の当主は我が家にとって恩人で、優れた後衛の魔法使いらしいが、その薫陶を一番受けたのはデニスかもしれない。
「アメリーは才があるが、まあどれも中途半端だな。剣を持ってはダクマーに勝てず、後衛としてはデニスにかなわない。あいつの得意とする火力においても、あの方の・・・」
「わかりました。ビューロウとは安易に敵対すべきではないということですね。さて、とりあえず仕事を済ませてしまいましょう。私たちだって暇ではないのですから」
長くなりそうだったのを感じ、私は彼の言葉を遮るように強引に話を終わらせた。コルネリウスは納得していないような顔をしたが、溜息を吐くと仕事に戻っていった。
「あのアメリーが一番下だなんて、どんな魔窟ですか。まあ我々北は、東のビューロウとはそれほど敵対していないので一安心ですけどね」
仕事を続けながら、そう言ってため息を吐いたのだった。




