第23話 報告と懸念と ※ 後半 メラニー視点
学園に着くなり、私は学園長室に呼ばれてしまった。部屋に入るとすぐにバルバラ様に抱き着かれた。ひとしきり抱きしめられると、バルバラ様は急に体を離し、私に傷がないことを確認してほっとした表情になった。
「王都の騎士から聞きました。なんでも、キャンベルさんのお見送りに行った帰りに襲撃者に襲われたとか。大丈夫なの? 護衛が必要になったらいつでも言ってね。こう見えて、その方面のつてはあるから」
どうやらバルバラ様にも連絡があったらしく、思わぬ心配をかけてしまったみたいだ。私は一息つくと、今日の出来事を報告した。
「キャンベル様達を見送った帰りに私はフェリシアーノと思われる賊から襲われました。護衛が奮闘してくれたおかげでなんとか撃退することができましたが、結構危うかったかもしれません」
私が神妙な顔で報告すると、バルバラ様はまじめな顔で考え込んだ。
「100人切りのフェリシアーノ、か。西のほうで暴れた有名な犯罪者ね。水魔法と二刀流の使い手で、西の有名貴族すらもその手にかけたとのこと。公開処刑された南の罪人と並ぶ、危険な相手だけど・・・。さすが、ビューロウの護衛。そんな相手からも貴女をしっかり守り切ってくれたのね」
メラニー先生の言葉に、その場の教師たちが頷くのが見えた。
危険な相手だった。私が無事だったのは、グレーテが優秀だった以外にも運がよかったとしか言えない。
「アメリーちゃん。あなたが狙われたのなら王家として放っておくわけにはいかないわ。悪いけど、護衛は増やさせてもらいます。あなたの専任武官とうまく連携がとれそうな護衛を何人か回すわ。あなたも、くれぐれも一人で行動しないように。何かあったらすぐに教師に報告なさい」
バルバラ様がさらに忠告した時だった。学園長室の入り口の扉が、勢いよくあけられたのだ。
「アメリー! 大丈夫か? 襲撃があったと聞いたが!」
息を切らして駆け込んできたのはアーダ様だった。彼女は私がバルバラ様と話しているのに気づくと、急に緊張したように背筋を伸ばした。
「ふふっ。さすが相棒ね。危機を知ってすぐに駆け込んでくるだなんて」
バルバラ様はクスリと笑うと、急にまじめな顔になった。
「でも、そうね。アーダさんも狙われるかもしれない。なにしろあなたはアメリーちゃんと一緒に任務を受けているわけだし。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ともいうわ。アメリーちゃんを襲うためにアーダさんが狙われないとは限らない」
バルバラ様のつぶやきに、アーダ様はぎょっとしたような顔になった。
「でも、カーキ―家はあんなだし、ビューロウ家ほどの守りは期待できない。かといって、さらに護衛を増やすのも考え物ね。あのフェリシアーノは護衛ごとヴァッサー家ゆかりの貴族を仕留めたこともある。数だけそろえても、ねぇ。うーん。どうすべきか・・・」
独り言を言うバルバラ様に、アーダ様はうつむいてしまう。
カーキ―家の事情、か。確かにアーダ様は上位クラスなのに厚遇されている様子はない。学園の一般寮に暮らしているみたいだし、専任武官もついていない。私のクラスで一番冷遇されているのはアーダ様かもしれない。
「東の女子寮にはまだ空き部屋があったはずよね? うん。そうしよう。アーダさんは今日から東の女子寮で暮らししなさい。寮費は学園で持ちます。そもそも、上位クラスのあなたが一般寮で暮らすのが間違ってたのよ」
バルバラ様はいいことを思いついたかのように手を打った。
「い、いえ、でも、私は・・・」
「これは王家からの命令です。アーダさんはなるべくアメリーちゃんと一緒に過ごすこと。アメリーちゃんも、アーダさんの用事には付き合いなさい。図書館の仕事があるみたいだけど、今年は上位クラスの人も所属しているみたいだから大丈夫でしょう。いいわね! 決して護衛から離れて行動しないこと!」
そういうと、バルバラ様はいたずらが成功したように笑ったのだった。
※ メラニー視点
一礼して立ち去っていくアメリーたちを未練がましく見つめながら学園長は溜息を吐いた。
「ああ~。やっぱりアメリーちゃんは癒されるわよね。可愛い上に強いだなんて、あれ反則でしょう? どうしよう。抱き着いちゃった! 娘が小さいころのことを思い出すわ」
うっとりとする学園長を無表情で見つめた。この方、普段はかなり厳しい方なのに生徒を前にすると態度が豹変する。おそらく、子供好きなのだろう。とりわけビューロウ家のアメリーのことを気に入っているようだけど。
「でも、正直今回の件は気になることばかりね。キャンベルさんと一緒にいたのは一応王族だし、これって結構不敬なのよね。あれでもまだ一応王族だし、あれにしかできない仕事もあるんだからね」
一転して冷たい声を出す学園長に、私は背筋が凍るような思いがした。
気さくで無邪気で優しい先生――生徒からそんな声が聞かれる学園長だが、当然のことながらそれは一面でしかない。私たちと少し上の世代にとって、この人は恐るべき魔法使いという印象しかないのだ。結婚して子供を産んで変わったかと思いきや、就任してすぐにその本質はまるで変っていないことを実感させられた。
「100人切りのフェリシアーノ。私の前に来ていたらぶち殺してあげるのに、あいにくとかち合うこともないのよね。うまくいかないものだこと」
冷たい目で物騒なことをつぶやく学園長に、思わず背筋が伸びてしまう。隣にいるトビアスなんて、今にも気絶しそうな白い顔をしていた。
「でも気になるのはフェリシアーノと一緒にいた魔法使いね。濃紺のコートを着ていたというけど、星持ちの魔法を防ぐだなんて、誰かを思い出すわ。私があの時学園にいたのなら決して逃がさなかったのに」
学園長の冷たい目が私に向けられていた。私は何も言えず背筋を伸ばすことしかできなかった。
「私がこの地位についてから面倒なことばかり起きるわよね。お尋ね者による襲撃に、魔物の不自然な増加。あれは原因がまだわかっていないのよね。いくら北での戦いが始まったからといって、学園にこれだけの襲撃が、しかも強力な魔物が何体も現れるなんてね」
私はごくりとつばを飲んだ。
「王国全土で魔物が増えているけど、この王都ほど魔物が増えているところはない。しかも、討伐部隊を増やしたのに魔物の総数が減った気配が一向に見えてこないの。増援を呼べる魔物が出現した可能性もあるし、もしかしたら他国からの干渉で襲撃が増えているのかもしれない。確かに闇魔に襲われている現状は他国からすると喜ばしい出来事かもしれないのよね。特に西の連邦は、この国を淡々と狙っていることだし」
フランメ家の努力もあって、南のグスシャウト共和国とはかなりうまく取り引きしているが、西のビレイル連邦とは油断できない関係が続いている。水の巫女を有するあの国はどこか私たちの国を下に見ていて、虎視眈々とこの国の富をかすめ取ろうとしているのだ。
「うん。そうよね。召喚魔法を扱える魔物がいる可能性もあるけど、あの国がちょっかいを出してきたと考えるほうがいいかもしれない。留学生が来てくれて関係が修復されたと思ったらこれだもの。ほんと面倒よね。つぶそうかしら」
私は思わず押し黙ってしまった。
レオンハルト様がこの学園を去って、この人が招集されたのだけど、正直この人を呼んだ担当者を罵りたい気分になった。確かに、生徒たちを守り、成長させようという気概はあるかもしれない。でも、この人に任せて大丈夫なのかは甚だ疑問だ。この人には生徒たちを自分の子供のように思っているくせに、千尋の谷に突き落とすようなところがあるのだから。
「メラニー。私のやり方に不満? そうよね。あなたは生徒を何が何でも守るという気概がある。そんなところは気に入ってるんだけどね」
冷笑するバルバラ様の視線を感じ、私は挑みかかるように彼女を見返した。
「いいわよ。私のやり方は変わらないけど、あなたはあなたのやり方で生徒たちを守るといい。おそらくそれが、生徒たちをより高みに連れて行ってくれることになるのだから」
バルバラ様と目が合った。彼女は面白がるような顔で私を見ていた。
「でもね。私たちに許された時間はあまりないのかもしれない。召喚魔法が使える魔物が現れたとしたら、時間が勝負ということになる。魔物が大規模なスポットを見つけて召喚門でも作られたら目も当てられないわ。そうなっちゃうと、学園が大量の魔物に襲われてしまうのだから」
誰かがごくりと喉を鳴らした。
一連の襲撃が召喚魔法を使える魔物の仕業としたら、その可能性も確かにあるのだ。地脈から大量の魔力があふれ出すスポット。自然発生的に表れるそれのなかで規模の大きなものが魔物に見つけられたら大変なことになってしまう。スポットの魔力を利用して大量の魔物を召喚できる門なんて作られたら、魔物が軍勢となって学園を襲う可能性があるのだ。過去、そういう事例があり、尽きることのない魔物の大群に、襲われて廃墟と化した都市もいくつもあったのだ。
「とにかく、私たちは一刻も早く魔物が増えた原因を突き止めましょう。あなたたち教師陣にも働いてもらうわ。いいわね」
学園長の言葉に、私たち教師陣は静かに頭を下げたのだった。




