第22話 襲撃者
「ビヴァリーさん!」
竜車に乗ろうとした少女に、私はあわてて声をかけた。その少女――ビヴァリー・キャンベルは振り向くと、驚いたような顔を私に向けた。
「アメリーさん! 来て、くれたのですね。もう会えないのかと思っていました」
まるで今生の別れのようなことを言う彼女に、私は言葉が詰まってしまう。
「そんな顔をしないでください。私にとって、この扱いは悪くないんです。なにしろ、向こうできちんと仕事をすれば、本当の意味で許されることになりますから」
彼女は反乱を起こそうとした第一王子に従ってしまった。本来なら極刑ものの罪なのだが、新たな王太子がその罪を問わなかったことで、その命を許されたのだ。もっとも、彼女の師はその時に命を落としてしまったのだけど。
彼女は私の同い年にして、優秀な召喚魔法の使い手だ。今、北の地にはいくつもの召喚門があり、彼女は召喚魔法の専門家としてそれを除去する役目が与えられたのだ。
召喚門を作ったのは我らの大敵たる闇魔だ。どんな罠があるかわからない。そんな中に、まだ学園で半年しか学んでいない彼女が行くなど、納得できるものではない。
でも彼女は笑っていた。笑って、私を慰めてくれた。
「大丈夫ですよ。向こうまでは頼りになる護衛もいますし、それに、北にはダクマー先輩もロジーネさんもいます。ちゃんと任務を果たして、またこの学園に戻ってきますから」
どこか吹っ切れたような表情で言う彼女を見て、私は何も言えなくなった。
「アメリー様。 差し出がましいようですが、あれを。その、キャンベル様はもう発たねばなりませんゆえ」
専任武官のグレーテの言葉に、私ははっとして服のポケットをまさぐった。この時のために、用意していたものがあるのだ。
「ビヴァリーさん。これを」
私が取り出したのは、姉に向けての手紙だった。
「申し訳ありません。これを、姉に渡してくれますか。それから、困ったことがあれば姉に相談してください。本人は頼りないかもしれませんが、一応あれでもエレオノーラ様達とのつながりがありますから、きっと力になってくれると思います」
ビヴァリーさんは苦笑して頷いた。
「ではそろそろ。あまり他の人を待たせるわけにはいきませんから。失礼しますね」
そう言って、彼女は竜車に乗り込んでいく。
私はまた、彼女の姿が見えなくなるまで見送ることになったのだった。
◆◆◆◆
学園に戻る道すがら、私はグレーテと雑談を交わしていた。
「グレーテ。ありがとうね。声をかけてくれて。おかげで彼女に姉への言付けを頼むことができたわ」
「いえ。アメリー様が彼女にダクマー様への贈り物を託したことには意味があるはずです。何しろ、ダクマー様は向こうでは英雄ですから。その英雄に贈り物ができるほど親しいとわかれば、彼女の扱いも変わってくるはずです。後は、現場での彼女の働き次第だと思いますが」
私はそっとグレーテに頷いた。
彼女に言付けを頼んだのは、姉に伝言を頼むためだけではない。伝言ならリッフェンという魔法でも伝えられるが、あえて手紙を手渡ししてもらうことで、彼女と姉が親しい中であることをアピールできる。その思いを汲んでフォローしてくれたグレーテには、本当に頭が下がる思いがした。
「今回のこともそうだけど、いつもありがとう。あなたのおかげで、私は学園で何とかやっていけているのだと思う」
「いえ。ビューロウ家の皆様には本当に感謝しているんです。流れ者に過ぎない私を専任武官に任じてくださって。おかげさまでこの地で様々なことを学ぶことができます。お館様には、ビューロウの地で私の剣を広げることも許されましたし」
グレーテが照れたようだった。
でも実際のところ、クルーゲ流の達人たるグレーテが私の護衛をしてくれて助かっている。おじいさまも、ビューロウの地にクルーゲ流を根付かせたいという考えがあったようで、彼女が私に仕えてくれることを歓迎しているようなのだ。
「私にはあまりピンと来ていないのだけど、ビューロウの剣技が向かない人もいて、そういった人が活躍できるように、おじいさまは領内にクルーゲ流の技を学べる場を作りたいそうなのよね。グレーテには迷惑をかけるかもしれないけど」
「何をおっしゃいます。道場で弟子を取り、一派を作るのは剣士としての夢です。それをかなえてくださるお館様やアメリー様に、感謝以外のものがあるはずがありません。私は心からあなた方に感謝しているのですよ」
そんなことを話していると、急にグレーテの目が鋭くなった。そして素早く私を押しのけると、私をかばうように躍り出た。
きいいいいいいいいん!
金属音があたりに響いた。おどろいて彼女を見ると、グレーテは襲撃者の攻撃を盾で受け止めていたのだ。いつの間にか、両手に剣を持った30代くらいの男があざけるような目でこちらを見つめていた。
「やるねぇ! 完璧な不意打ちだったのに。でもこれをしのげるか、な!」
振り回された剣を盾で受け止め、続く斬撃を剣で弾く。グレーテの腕前は知っている。普通なら、防御すると同時に相手の態勢を崩すことくらいはしそうなものだが、男は平気で攻撃を続けていた。
相当な、身体強化の魔力。片手では振り回せないはずの重い剣を、水魔法で体を強化することで2本を同時に操っている。グレーテが大勢を崩す隙を与えないほどの力ということ!?
「貴様! ただの賊ではないな!」
「お前もただの護衛じゃねえな! 半端な奴なら、もう仕留められたはずなんだがよ!」
グレーテは悔し気に、あの男は嬉しそうに言葉を発している。
私が手を出せないほどの剣戟が繰り広げられていた。2振りの大きな剣を軽々と振り回す男に、グレーテは盾と剣で攻撃を何とか凌いでいる。反撃こそできないものの、グレーテは男の攻撃を見事に防いで見せているのだ。
「!! 甘い!!」
一瞬のスキをついてグレーテが盾を突き出した。二人の間に距離ができたが、男の表情は変わらない。そればかりか、愉快そうな顔で右手の剣を突き出してきた。剣先から合わられた魔法陣が、大きな水の球体を作り出していく!
「くははははは! これならどうだ!」
あれは、私も知らない水魔法!? 古式魔法で、水魔法を繰り出そうとでもいうの? 双剣の腕だけじゃなく、魔法も使いこなすなんて!
「くっ! これは!」
グレーテが瞬時に大きく下がった。その直後、それまでグレーテがいた場所に大きな水の球体が現れた。
間一髪で躱したグレーテを、襲撃者はニヤついた顔で嘲笑った。
「ほう! やるねぇ!」
「貴様! その魔法は!?」
にらみつけているグレーテだが、距離を縮めるそぶりは見えない。まるで何かを警戒するように、鋭い目で相手を観察している。
でもね! 動けないのはあなたも同じ! この隙を生かさないわけないじゃない!
「食らいなさい! レイ!」
私の右手から放たれた火線は、現れた水球をあっさりと破壊する。そればかりか、男を焼き尽くそうと突き進むが・・・。
どごおおおおおおおおおお!
男を守るように、地面から水が噴き出した。私の火線は狙いがそれて男をかすめることしかできなかった。
「くそっ! なんつう火力だ! 俺の水牢があっさりと壊されやがった! これが星持ちの火力かよ! 旦那がいなければマジでやばかったぜ!」
男が驚愕しながらもどこか余裕のある顔で、こちらをニヤニヤと笑いながら見下していた。
「アメリー様。お気をつけください。他に、誰かいる。相当な使い手でどこにいるのかはまだわかりませんが、おそらく水の魔法使いが、あの男を守っているようです!」
グレーテの言葉に、私はそっとうなずいた。
正直、さっきの一撃で仕留められるはず。私の魔法はあの男を貫くはずだった。でも、私の魔法は簡単に避けられてしまった。水魔法で邪魔されたせいで、本来なら男を焼き尽くすはずの一撃が、相手をかすめることしかできなかったのだ!
「アメリー様。最大限の注意を。相手を捕らえるのではなく、殺すつもりで行きましょう。何しろ相手は、この王国にあだなす大犯罪者なのですから」
目だけを動かしてグレーテを見た。彼女には、あの男の正体が分かったとでもいうのか。
「奴が使ったのは貴族家の秘術にも劣らない特殊な水魔法です。それに、手配書を見たこともあります。おそらく奴はフェリシアーノ。100人の王国騎士を切り捨て、まんまと逃亡して見せたおそるべき犯罪者の!」
私は内心驚いてしまった。グレーテが告げた名は、王国全土に名を知らしめたお尋ね者だったのだから。
西のほうで暴れまわった犯罪者。冒険者として連邦から渡ってきたが、討伐の報酬で貴族ともめごとを起こし、その貴族を護衛ごと斬り殺した。当然お尋ね者になったが、数多くの追っ手を斬りながら逃亡を続けている。逃亡中に西の貴族家をいくつも襲ったというから、その腕前は相当なものだと思う。
あのヤーコプと並ぶ犯罪者が、こんなところに現れるなんて!
「くっくっく。その星持ちの命を欲しがるやつもいてなぁ。ここで会ったのが運の尽き、と思ったが・・・。なかなか優秀な護衛じゃねえか。この俺の攻撃を、防げるほどの護衛がいるとはな」
「くっ! アメリー様! お気を付けください!」
斬りかかってくるフェリシアーノを、グレーテが盾で受け止めた。そして続くフェリシアーノの連撃を、剣で弾いた。グレーテは盾と剣を巧みに使ってフェリシアーノの連撃を防いでいる!
「くっ! 次こそは!」
私は再び右手を突き出した。グレーテが足止めしてくれている今がチャンス! クルーゲが足止めして魔法使いが倒す。王国得意の連携で、たとえ100人切りの犯罪者だって倒せるはず!
「レイ!」
火線が、再びフェリスアーノに伸びていく。さっきよりも強力な一撃で、あの犯罪者を消し去ってみせる!
だけど、私の火線が当たろうかというタイミングだった。
どおおおおおおおおおおん!
再び噴出した水が、私の火魔法を打ち消した。魔法同士のぶつかり合いで2人に距離ができたが、私の火魔法はまたしても相手に届く前に消えてしまった。水は火に強いけど、それでも貫けるだけの威力は込めたはずなのに!
「くっ! やはり恐るべき火力だな! おい! 旦那! しっかりしてくれ」
「すまんな。まさか、私の守りが2度も破られるとは・・・。腐っても星持ちと言うことか」
フェリシアーノの後方10歩くらいの位置。そこに、いつの間にか濃紺のコートを着た男が立っていた。
あの男が、私の魔法からフェリシアーノを守った? 2回目は全力で魔法を放ったのに、それでもフェリシアーノを守り切ったってこと!?
「奇襲は失敗だ。一度引くぞ」
「ああ!? 何言ってやがる! これから楽しくなることだろうが!」
叫ぶフェリシアーノを無視するかのように、男は地面に水弾を叩きつけた!
一瞬にしてあたりに霧が立ち込める。私は炎の結界を張って水が私とグレーテに付着するのを防いだ。
そして霧が晴れると、あたりに2人の姿はどこにもなかった。私は遠ざかる2人の気配を察知し、思わずため息を吐いた。これでは、今から追っても捕まえることはできそうにない。
「仕事が果たせないとなると迷わず逃げる、か。相手は相当な実力者みたいだし、今から追うのは難しそうね」
一人ごちにつぶやく私にグレーテが頭を下げた。
「アメリー様。申し訳ございません。みすみす逃がしたようで」
「いえ。2発目は殺す気で魔法を放ったのに、止められてしまった。これは、私のミスよ。そもそも、最初の攻撃をよく防いでくれました。グレーテが守ってくれなければ怪我を負っていたかもしれない。今回は、私たちの負けです。きっと次があるから、その時は油断せずに返り討ちにしましょう」
私たちがそんな話をしていると、王国の兵士たちが駆け寄ってくるのが見えた。どうやら、通行人のだれかが呼んでくれたらしい。継承権をなくしたとはいえ、ビヴァリーさんと一緒にいたのは王族のライムント様だ。王国側も迅速に動いてくれたみたいだ。
「でもちょっと、面倒ね。これから取り調べとかあるのかしら。相手がお尋ね者とはいえ、こちらにわかることはないんだけどね。襲撃してきた魔法使いの正体も、わからずじまいだったし」
ため息をつく私に、グレーテが真剣な顔で頷いたのが印象的だった。




