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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第1章 星持ち少女と学園生活
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第2話 討伐任務とハンネス先生からの依頼

「はああ!」


 右手から放った火魔法が、魔物の群れを薙ぎ払った。運よく射程の外にいたオークたちがぎょっとしたような顔でその光景を見ていた。だけど肝心のパーティーメンバーはその光景を振り返る余裕がないようで、必死の形相で魔物たちと戦い続けている。


「ちっ! なんて数だよ! 結構倒したはずなのに!」


 思わず吐き捨てたのは、同行者のヘルムート様だった。


「ヘ、ヘルムート様! もっと間合いを取らないと」


 アーダ様がヘルムート様に慌てて助言していた。


 彼女はクラスで目立つ存在ではない。それなのに、クラスの中心人物であるヘルムート様に意見を言うだなんて、普段からは考えられないことだ。いつも一人でいることから想像もできないが、彼女は討伐経験がかなり多い。まだ討伐経験がほとんどないヘルムート様の動きを見て思わず口を出してしまうみたいだ。


 ヘルムート様はあわてて距離を取った。彼は西の貴族でクルーゲ流を学んでいる。討伐を経験していなかったのは偶然のようだが、まだ動きがぎこちなく、的確に動いているとは言えなかった。


「グオオオオオオオオオ!」


 叫び声が聞こえて思わずそちらを見た。待機していたはずのオーガが私めがけて突進してきたのだ。ヘルムート様が距離を取った隙をついての行動だが、彼が未熟な隙をつかれた格好になる。


「ああ! 守り手がそこまで引いちゃったら後衛まで進まれちゃう!」


 アーダ様が叫んだ。


 経験のある守り手なら、魔物の進路を考えながら距離を取る。だが、経験の浅いヘルムート様は間合いを開けることを優先するあまり、オーガと私の進路を開けてしまったのだ。


「え? あ! ビ、ビューロウ! 逃げろ!」


 ヘルムート様の焦ったような声が聞こえてきた。彼も気づいたのだ。オーガと私の間に立ちふさがる人がいなくなってしまったことを!


「ア、アメリー様! 逃げてください!」


 前方から焦ったような声が聞こえてきた。留学生のセブリアン様も色違いの目を輝かせながら必死でオーガを止めようとしてくれた。だが、他の魔物にさえぎられて攻撃を届かせることができない。


「グオオオオオオオオオオオオ!」


 オーガが咆哮を上げながら突進してきた。私は冷静に、刀に手を当てて腰を落とした。


「くそっ! 構えてないで避けろ!」

「アメリー様! 速く!」


 ヘルムート様とセブリアン様の声が聞こえたが、私はそれを無視するようにオーガをにらみつけた。そして黄色い魔力を全身に行き渡らせると、オーガに向かって一歩踏み出した!


「やあああああああああ!」


 オーガの拳を躱しながら素早くそばに飛び上がった。そしてすれ違いざまに一閃――。


 オーガの首が回転しながら宙を舞った。抜き放った魔鉄の刃はオーガの首を狙いたがわず跳ね飛ばしたのだ。


 首をなくしたオーガの体が、滑り込むように倒れこむ。魔物を飛び超えた私は、着地と同時に左手をオークの群れにかざした。


「退きなさい! グローヴ・フレイ!」


 左手の前に赤い魔方陣が出現し、そこから巨大な火の玉が現れた。


「な! こんな巨大な炎を! しかも左手で火を扱ったというのですか!」


 セブリアン様から驚愕の声が漏れたが、私は気にせずにオークたちに標準を定めた。


「行け!」


 命じると同時に、火の玉がすさまじいスピードで突き進む。炎は直撃したオークを一瞬で炎上させるとその周りにいたオークたちをも巻き込み、あっという間に飲み込んでゆく。


 あたりはあっという間に火の海になった。


「ヘルムート様! この隙に態勢を整えないと!」


 呆然としていたヘルムート様は、アーダ様の声で我に返り、すぐに私の前に躍り出た。それを見て、セブリアン様も慌てて私のそばに駆け寄ってきた。


「くっ! 風よ!」


 アーダ様が近づいてきた魔物に風魔法を放った。


「ぐおおおおおおおお!」


 風の弾が的確にオークの胸を貫いていく。


 この辺りは経験豊富な魔法使いといったところか。私の魔法にも動揺せず、生き残りの魔物を着実に倒してみせた。


「やっぱり、アーダ様は魔法の使い方がうまい。下位魔法でもきっちりと敵を仕留めてくれる。彼女と私がいれば、これだけの魔物でもなんとかなりそうね」


 私は鞘にしまった刀を左手で持ちながら、右手で火魔法を放っていく。戦闘経験が少ない2人には申し訳ないが、私と彼女が共闘すれば予想外の数の魔物にも何とか対処できそうだった。


「しかし、オークの数はともかく、オーガまで現れるなんてね。今回の任務は、簡単なもののはずだったのに」


 残りのオークたちを火魔法で仕留めながら、私は今朝の出来事を振り返るのだった。



◆◆◆◆


 作戦室の扉を開けると、中にいた生徒たちの視線が集中した。担任のハンネス先生に呼び出されたが、すでに何人ものクラスメイトが待っているとは思わなかった。


 私に向かって手を上げる生徒がいた。クラスでよく一緒に過ごすエーファだ。隣にはカトリンもいて、面白がるような顔でこちらを見ている。


 私はクラスメイト達に頭を下げると、彼女たちのもとに駆け寄った。


「やはりアメリーも呼ばれたのね」

「君もきっと来ると思ってたよ。座るといい」


 出迎えてくれたエーファたちがそんな言葉をかけてくれた。私は彼女たちに頷きかけると、声を潜めながら質問した。


「えっと、エーファとカトリンもハンネス先生に呼ばれたんです?」

「ええ。今朝教室に入ったらすぐにね。集まったメンバーを見るとどうやら討伐経験がある生徒たちを集めているようだけど」

「なんでも、これからの討伐にかかわる話をするらしいんだけどね」


 私はうなずくと、入口のほうを振り返った。私に続いてロータル様が入ってきた。彼も呼ばれたのだろうか。


 そして彼の後ろからコツコツと床を叩く音が聞こえてきた。そちらを見ると、水色のか長い髪をたなびかせ、深い青の目をかがやかせながら一人の少女が歩いてきた。


「まさか、彼女も呼ばれたというの?」


 エリザベート・ヴァッサー。


 栄えあるヴァッサー家の姫までもが、この場に呼ばれたとは思わなかった。


 今年はヴァッサー家の当たり年といわれている。ロータル様をはじめ、ヴァッサー家のゆかりの生徒が何人か入学してきているのだ。とりわけ高貴なのが、彼女・エリザベート様だ。彼女はヴァッサー侯爵家の後継を父に持ち、まるで女王様のように上位クラスに君臨している。ヴァッサー家らしい顔立ちにあこがれる生徒は少なくない。


「彼女も呼ばれたみたいね。討伐経験があるとはいえ、彼女まで呼び出されることはないと思ったけど」


 そっとささやくエーファに心から同意した。なぜなら、彼女はこのクラスで最も優遇されている生徒なのだから。生徒はもちろん、先生まで彼女に気を使っている様子なのだ。


 彼女の家、ヴァッサー家は光属性を持つへリング家と並ぶ西の重鎮だ。水の魔法家で、王族すらをも気を遣わせる大貴族である。ヴァッサー家は西の海を隔てて隣接する大国・ピレイル連邦との交易を一手に引き受けている。西の標語である「風は西より立ち起こる」という標語は、かの国との交易で数々の流行を発信してきたから言うらしい。


「まあ、彼女は侯爵令嬢なのに数々の討伐任務に参加しているからね。私も見たことがあるけど、強力な水魔法を駆使していたわ」

「僕にとっては主家に当たるからなぁ。強力な魔法を打ち続けても平気な様子で、相当に魔力量があるんだと思う。まるで星持ちみたいだなって思ったよ」


 星持ちとは火水土風と光闇の6属性のどれかの資質がレベル4で、その属性の魔法を自由に使える者のことを言う。魔法の資質は理論上は7段階まであるとされるが、あまりにも資質が高いと暴走しやすくなって使えないとされている。そうした中で、レベル4は、現代の魔法使いの中で最も優れた素質と言われているのだ。


 かくいう私も火属性の資質はレベル4で、今の学園に一人しかいない”星持ち”だ。


 ただ、私は子爵家の出で、爵位の高い人の中には結構つらく当たる人も多いのだけど・・・。


 何気なくエーファたちと話していると、入口の扉が開かれた。入ってきたのは担任のハンネス先生だった。


「みなさん。お待たせしました。少し楽にしてください」


 ハンネス先生は一斉に起立した私たちに手を振ると、さっそく要件を話し出した。


「先日、学園から何人もの生徒が北へ向かったのはご存じですよね。闇魔の侵攻を行を止めるべく、上級生を中心とした部隊が結成されたのです。このクラスからも、北へと旅立った生徒がいます。彼女がいきなり実戦を経験するとはいかないと思いますが、戦地に行くのですからどうなるかはわかりません」


 私はうつむいてしまう。北に行った人たちの顔を思い浮かべてしまったから。


 姉のダクマーは、北へと向かう部隊の主力とされている。兄のデニスも婚約者を守るために出征したし、従姉のラーレも姉について行った。従兄のホルストも、闇の星持ちを守るとかで行ってしまった。


 久しぶりにビューロウの子が勢ぞろいしたかと思ったら、わずか半年足らずで私を残してみんな北に行ってしまったのだ。


「ロジーネの奴、大丈夫かな。どこかぼうっとした娘だから、うまくやれているか心配だよ。まあ、主家に言われたなら仕方ないのかもしれないけどね」


 カトリンのつぶやきに、私は親友の顔を思い出した。ロジーネちゃんとはいつの間にかこの学園で親友といえるような関係になった。不思議と馬が合い、いつも一緒に行動していたものだ。ずっとそばにいてくれるはずの人が何人もいなくなって、私の心には隙間風が吹いたようだった。


 ハンネス先生がぱん! と手をたたいた。


「はい。皆さん集中してください。大変なのは出征した皆さんだけではありません。何しろ今は、ここ王都でもかつてないくらいに魔物の目撃情報が増えているのですから」


 うつむく私に言い聞かせるように、ハンネス先生が言葉を続けた。


「魔物の被害が増えて、この学園にも数多くの討伐依頼が寄せられることになりました。学園に残った上級生やあなたたちだけでは対処できないほどに。これまではそれぞれの当主様から事前に許可を取った生徒に討伐をお願いする方法でしたが、今後は上級クラスの生徒はもれなく討伐任務にあたることになったのです。最近、上級生の討伐隊にあまり見かけなかった人が混じるようになったでしょう?」


 この国の貴族は全員が魔法使いで、魔物被害があったら先頭に立って戦うことが義務とされている。貴族になるなら戦えるのが当たり前なのだから、王都で魔物が増えたという情報があれば、当たり前のように学園にも討伐依頼が持ち込まれる。魔法使いとしての力をつけるために貴族のみで討伐に当たることになり、それは討伐任務と呼ばれている。


 持ち込まれた討伐依頼は生徒が減ったからと言って免除されるものではない。高位貴族が多い上位クラスでも、いや上位クラスだからこそ、義務を率先して果たさなければならない。まあ、上位貴族の中には討伐任務に参加する生徒を小ばかにする人もいるのだけれど、今後はそれもなくなるのかもしれない。


「現在は上級生の戦力化がすすめられていますが、ついにはあなたたち1年生も対象になってきました。これからは今まで討伐に参加しなかった生徒も討伐任務に当たることになったのです。ですが、指導役の手が足りていないのが現状です。そこで、討伐経験のある皆さんにお願いです。しばらくは君たちに一部の生徒たちの指導役になっていただきたい。もちろん、我々教師もバックアップしますし、一人でとは言いません。ここにいるメンバーの中から2人と組んで、2人で2人を指導してほしいのです」


 私たちは顔を見合わせた。これまでのようにただ討伐を行うのではなく、他の生徒の命を預かることになるなんて! ついてくるのは同じ上級クラスの生徒とはいえ、これはまた難しい任務を任されたものだ。


「大変かと思いますが、将来君たちが領地で兵士を指導するときの良い経験になると思います。無論、最初から難しい任務をこなしてもらうわけではありません。少数の魔物から、徐々に強い魔物に移行してもらうつもりですから」


 そういってハンネス先生は頭を下げた。副担任だったエッボ先生が北へと旅立ち、いつも苦労しているハンネス先生の頼みとあらば仕方がないかもしれないが・・・。無茶を言われたものだと思ったが、私たちは先生の顔を立てるためにも不承不承頷いたのだった。


 まさかその数時間後に、こんなにたくさんの魔物と戦う羽目になるとは思わなかったのたけど。

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