第19話 北の戦勝と魔物の調査結果
「セブリアン様! 大丈夫でした!? 討伐部隊にトラブルがあったと聞きましたが!」
学園に帰るなり、一人の女子生徒が駆け寄ってきた。セブリアン様は微笑みながら、その生徒に向けて笑顔を見せていた。
「エリザベート。大丈夫です。メラニー先生もいましたし、星持ちのアメリー様がきちんと指揮を執ってくださいましたから。僕には怪我一つありませんよ」
セブリアン様に怪我がないことを確認し、女子生徒――エリザベート・ヴァッサー様は胸をなでおろした。
「あれ? エリタンお出迎えしてくれたんだ? こっちは大丈夫だよ~。アメリーっちがちゃんと対処してくれたし、メラニー先生も助けてくれたしね」
ニナ様が軽い感じで答えると、セブアン様とエリザベート様を見回した。
「てか、お二人は知り合いなの? 教室ではあんまり会話することもなかったようだけど?」
ニナ様が含み笑いをしながら訪ねると、エリザベート様が焦ったように説明してくれた。
「い、いえ。セブリアン様は小さいころにうちに滞在したこともあったのです。幼いころは毎日3人で野山を駆け回ったものでした。今回、新型の魔物に襲われたと聞いて心配で・・・」
ああ。セブリアン様は中央のつてで学園に留学したそうだけど、その前はヴァッサー家に滞在したこともあったのか。確かにあの家は連邦の一部の都市と近い関係があったから、その話にも納得できるかもしれない。
「へえ。そうなんだね。大きくなって小さいころの幼馴染と疎遠になるって話は聞くけど、エリタンとセブリアン様はそんな感じかな? でもこれを機会に仲直りできるならいいんじゃない? 息を乱すほど、心配してたようだしね」
そう言ってウインクしたニナ様は、振り返って私の手を引いた。
「じゃあ、私たちは先に教室に戻ってるね! 積もる話もあるだろうしさ。じゃあ、フォルカーも行くよ! アーダっちもそれでいいよね?」
ニナ様に押されるように、私たちは2人を残して教室に戻ったのだった。
◆◆◆◆
「それにしてもエリタンとセブリアン様が幼馴染とはね~。世間は広いようで狭いよね。アメリーっちはそういう話はないの?」
「私は近隣領の女子貴族と仲が良かったくらいですね。ニナ様はフォルカー様と仲が良いようですが、やっぱり幼馴染か何かですか?」
私が尋ねると、フォルカー様が狼狽する一方でニナ様はあっけらかんと答えてくれた。
「う~ん。私の家はさ、へリング家の分家だけど、光魔法の素質の持ち主はなかなか現れなくてね。私は30年ぶりに現れた光の素質の持ち主なの。この素質が分かったときは大変だったんだよ? それまで見向きもされなかったのに、急にちやほやされ出したんだから。そんな中でもフォルカーだけは変わらなくて、駄目なことはダメって叱ってくれてさ。だから、今でもあいつのことは信頼しているんだ」
懐かしむように語るニナ様にフォルカー様の顔が赤くなった。
「エリタンにとってのセブリアン様ってそんな感じなのかもね。あのいつも冷静なエリタンが息を切らして駆け込んでくるとはさ。まあ、あたしとしては2人を眺めてニヤニヤしたいんだけど、エリタンの周りはあれだからね」
そう言ってニナ様は、心配そうな顔で後ろを振り返った。
「ほら。ヴァッサー家って順調にいけばエリタンのお父様が当主になるじゃない? エリタンはその跡を引き継ぐって感じでさぁ。だから、エリタンに入り婿したい人って結構多いらしいのよね。ヘルムートみたいに露骨なのもいるけど、それ以外にもいろいろ。セブリアン様も連邦の重鎮の息子みたいな感じだから、結構道は遠いはずなのよね」
ニナ様の言葉に、私は隣国のビレイル連邦について思い出していた。
私たちクローリー王国の西にある大国・ビレイル連邦は確か7つの都市が併合してできた都市国家だ。かの帝国の攻勢に対抗するために設立されたものらしいが、今はリードマの街を首都とし、あの町のトップが連邦首相となって国を治めているらしい。
セブリアン様が連邦の有力者の息子となると、確かにヴァッサー家に婿入りするのは難しいかもしれない。なぜなら、連邦ではこの国のことを『呪われた島』と呼んで見下すことも多いそうだから。
「失礼しちゃうよね。私たちのことを追い出された敗残者の集まりだなんてさ。確かに昔はこの国で作物を育てるなんて難しかったかもだけど、ご先祖さまや王族のおかげで、今では連邦よりも豊かになってる感じなのにさぁ」
ニナ様がぼやいた。
昔のこの国は、作物も育たずに魔物が跋扈する不毛の地だったらしい。それを変えたのが、帝国から渡ってきた王族たちだ。彼らはこの地で作物が育たない理由は地脈の乱れにあると考えた。そして各地に制御装置を置き、地脈からの魔力を土地に行き渡らせるようにしたのだ。
言葉にするほど簡単なことではなかったのかもしれない。でもご先祖様たちの努力のおかげで、この土地は生まれ変わった。今では他国が及ばないほどの収穫量を誇るようになっている。まあ、その影響だろうか。魔物たちの出現率は他国よりも高いそうだけど。
そんな話をしているうちに教室へとたどり着いた。なんだか教室が騒がしい。もしかしたら、私たちの部隊にトラブルがあったことが分かったのかもしれない。
思い切って教室のドアを開けると、中にいた生徒たちが一斉にこちらを見た。みんな、血走ったような目で私を凝視している。
「えっと・・・。討伐が終わったんですけど、何かありましたか?」
私はカトリンに聞いてみることにした。カトリンはごくりと喉を鳴らすと、私に静かに答えてくれた。
「アメリー。その、落ち着いて聞いてくれ。北へと渡った学園生が、闇魔と交戦したらしい。闇魔は空を超えて後方のノルデンの街を急襲したとのことだ。学生が、そこで交戦するに至ったらしいんだ」
ごくりと喉を鳴らしてしまった。クラスメイトは私たちの会話をかたずをのんで見守っている。
「戦闘の指揮を執ったのはエレオノーラ様。言わずと知れた、あのロレーヌ家のご令嬢だ。そして、ゲッフル平原で、彼らの軍は激突した・・・」
カトリンは下を向いている。私は嫌な予感がして、彼女の返答をこぶしを握り締めながら待った。
そして次の瞬間には、カトリンは輝くような笑顔でこちらを見上げた。
「結果は、大勝だ! 魔物たちは君の従姉のラーレ様の魔法によって多くがゲッフル平野に屍をさらした。メレンドルフの騎兵の勝鬨がいたるところで響いたらしい! それまで足手まといと言われた弓兵を、エレオノーラ様は見事に活用され、何度も矢を雨のように浴びせることで、エイホーベグ山脈を越えてきた魔物の多くを仕留めたんだ!」
クラスメイトから歓声が沸いた。どうやらみんな、思わぬ勝利に喜んでいるようだった。
「しかも、しかもだ! この勝利の成果は、たくさんの魔物を打ち破っただけではない!」
カトリン様が話し出すと、周りは水を打ったように静かになった。
「なんと! 君の姉がだよ? あのダクマー・ビューロウが、闇魔の四天王である風のモーリッツを打ち取る快挙を成し遂げたんだ!」
教室が再び沸いた。みんな大喜びで腕を振り上げているし、中には涙を流して喜ぶ生徒もいたくらいだった。
「あのモーリッツは、恐ろしいことに魔物を倒して喜ぶエレオノーラ様達に奇襲をかけたんだ。でも、すかさず前に出た白の剣姫が、魔剣を携えてエレオノーラたちを守り、そして反撃を持ってモーリッツを仕留めたらしいのだ! モーリッツは白の剣姫の一撃で白銀に輝く爪を残して消えてしまった」
さすがお姉さま、なんだけど、ちょっとクラスメイト達のテンションについていけない。
「アメリーっちのお姉さん! すごいじゃない! ナターナエルを倒したときはまぐれだのなんだの言われたけど、それが嘘じゃないって証明したのね! てか、ロレーヌ家のエレオノーラ様もすごくない? たしかあの人って、アメリーっちのお姉さんが有名になる前から側近に取り立ててたんだよね? エリタンが聞いたらすんごい喜ぶと思うんだけど」
「ああ。彼女はこの話を聞く前に君たちを迎えに行ったから知らないと思うよ。この話を聞いたら喜ぶと思うんだけどなぁ」
ニナ様とカトリンが代わる代わるほめてくれるけど、私はお姉さまのことが心配になった。多分あの人はこんなに大ごとになるとは思ってないんだろうなぁ。戸惑うお姉さまの姿を思い浮かべ、思わず苦笑してしまった。
「あなたたち! あんまり騒がないように! 冬休みだからって、他に生徒がいないわけではないんですよ!」
ハンネス先生は教室に入るなり叱責してきた。カトリンは思わず首をすくめていた。
「さすがは情報収集に長けたボートカンプ家のご令嬢、と言いたいところですが、確定していない情報をまき散らすのは感心しません。まだ、王家から正式な発表があったわけではないのですよ」
いつになく厳しい目でハンネス先生は私たち一人ひとりの顔を見回した。
「このことは箝口令とします。発表があるまで無責任なうわさ話はしないように。あなたたちも上位貴族なら、無責任なうわさを振りまく危険性は分かるはずです。いいですね!」
強い口調で話すハンネス先生に、私たちはうつむいて頷いてしまった。
でもカトリンと目が合うと、彼女はいたずらが成功したように笑ったのだった。
※ メラニー視点
「まさか、こんな結果になるとはね。こんなの、生徒たちにはまだ知らせることはできないわ」
ため息交じりにぼやく学園長をそっと盗み見た。学園長の手には報告書があった。私とアメリーが倒した魔物を調べたものだが、こんな結果になるとは思わなかった。
「この魔物は私が倒しました。生徒たちにはそう伝えます。詳しい調査結果は生徒たちにはまだ知らせないようにしたいのですが」
私がそう告げると、学園長は力なく笑った。
「そうね。あなたには悪いけど、それが良いかもしれないわ。まだ成人もしていない生徒たちに、こんなの背負わせるわけにはいかないもの。あなたには申し訳ないんだけど」
「いえ。この程度のこと、学園の教師になると決めた時から覚悟はしています。さすがにこんなこと、生徒たちに背負わせるわけにはいきませんから」
私はそっと報告書に目を落とした。
報告書には、あの魔物の解剖結果が記されていた。固い殻を持った昆虫のような魔物。そう。連邦でイナグーシャと呼ばれている魔物のはずだった。だけど、調査結果は・・・。
「まさか、魔物ではなく人間と近い反応が出てきたとはね。あまり鍛えられていない魔力に鍛えられた体――。この感じは王都の冒険者と同じ構成だけど、まさか行方不明の冒険者が、魔物に帰られたとでもいうの・・・」
ため息を吐くと、そっと学園長に向き直った。
今の私は一貴族ではない。生徒たちを導く教師なのだ。確かに人を殺したかもしれないことは驚くべきことだが、生徒たちに罪を着せるよりはずっといい。
「さて。これからどうするか。幸いなことに少し時間が稼げそう。北へ向かった生徒たちがやってくれたそうだからね。生徒たちが落ち着く前に、此方も方針を定めないとね」
学園長の言葉に、私はうなずいて詳細な話し合いを始めるのだった。




