第18話 王国の魔法使いたち
「フェウェウェーク!」
大学生の一人が魔法を唱えると、火の玉が上空へと打ちあがり、やがて轟音とともに大輪の花を咲かせた。おそらく学園に知らせるのだろう。もう間もなく、回収部隊が到着するはずだけど・・・。
私はメラニー先生にその場で正座させられていた。
「私は言ったな? 身長に行動しろと。身の安全を最優先しろと。それなのになぜ相手を攻撃した。私たちが行くのを待てば、安全に倒せたというのに!」
メラニー先生の言葉にうつむいてしまう。確かに、少し時間を稼げば先生たちが助けてくれたことだろう。魔法を使って牽制できれば、先生たちが来るまで持たせることができたかもしれない。
でも、私がお姉さまから習った剣術に、防御の技はないのよね・・・。
「すみません・・・。私の剣は攻撃だけというか・・・。相手を倒すことは学んだのですが、防御とかはあんまり・・・」
メラニー先生は絶句すると、あきれたように溜息を吐いた。
「それじゃあ、なにか? お前はバルトルド様から剣を学んだのではなく、あのダクマーから剣を学んだということか? 一見まともに見えるが、あの狂人の技を使うということか・・・。バルトルド様の孫なのに、あの方から学ばずに姉から剣を学ぶとは・・・」
狂人の技、とはずいぶんな言われようだけど、ちょっとだけ納得してしまった。
お姉さまの剣は自分の危険を顧みずに相手を倒すように感じることがある。相手を倒すことのみに極まったその技は、狂人の剣と言われてもしょうがないかもしれない。
「い、いえ! 祖父はビューロウの両手剣技を教えてくれました。私は、姉の剣をアレンジした面はあるかもしれませんが・・・」
私は一瞬だけ声を上げ、すぐに声をしぼませてしまった。確かに祖父から両手剣技を学んだけど、大半はお姉さまのまねごとをしてしまったのよね。居合切りなんて、お姉さまの教えそのものだし。
「お前は、バルトルド様がどれだけ偉大な魔法使いであるかわかってるのか! ちゃんとあの方の教えを学びなさい! デニスなんぞ、あの方の教えを律義に学んで優秀な魔法使いになっているではないか!」
私ははっとして、思わずメラニー先生の顔を見つめた。まさかこの人から、デニスお兄さまの名前を聞けるとは思わなかった。それにさっきから祖父の名前がたびたび出ているようだけど・・・。
「すみません。あの、メラニー先生は祖父のことをご存じなんですか?」
「あたりまえでしょう! 魔法を志す者でバルトルド・ビューロウの名を知らない人間なんていない! そんなこと常識でしょう!」
すんごい剣幕で私のことを睨んできてるんだけど!
「お前は偉大なあの方の孫に生まれたというのに、あのダクマー・ビューロウにあこがれるとは、なんということ・・・。あの方の理論は、現代にも通じる立派なものなのに! それをわかろうともしない者が、あの方の血を引くだなんて! いいか! あの方はなぁ!」
そして私は、メラニー先生の祖父論を延々と聞かされる羽目になるのだった。
◆◆◆◆
1時間が過ぎたころだろうか。回収部隊と増援の人が到着して、私はやっとメラニー先生から解放された。増援に来たのはあのひげを生やした山賊みたいな先生で、メラニー先生はあからさまにほっとしたような顔になった。
「アメリーっち、お疲れ様。ずいぶん長いこと、やられてたよね?」
ニナ様が笑いながら声をかけてきた。
「ええ。まあ、私がやらかしたのは間違いないんですけどね」
私がうつむきながら返事をすると、ニナ様は手を差し伸べながら説明してくれた。
「メラニー先生の中でバルトルド・ビューロウって人はヨルン・ロレーヌに並ぶすんごい偉人なんだよ。だからその孫のアメリーっちたちには特別な思いがあるってわけ。今回の出征だって、北に行っちゃったルイーゼ先生のこと、本当にうらやましがってたんだから。『バルトルド様に会えるなんて』ってね」
ニナ様の手を借りて何とか立ち上がった。メラニー先生を見ると、増援に来た先生と何か親しげに話していた。
「メラニー先生、自分の秘術が闇魔には通じないだろうって残念がってた。まあ、相性問題だよね。強固な魔力障壁を持つ闇魔には、さっきの秘術だって通じない。何代か前の当主が返り討ちになりそうになったらしいよ。魔力障壁が薄ければあの通りだけど」
ニナ様の言葉につられるように、あの魔物の死骸を見た。固い殻を持つはずのあの魔物はメラニー先生の魔法でバラバラになっていた。あの魔法が人間に放たれたらひとたまりもないだろう。まあ、上位の魔法にはみんなそんな感じのことはあるのだけど。
「あの魔物、一体何なんでしたかね。虫のような外見をして、固い殻を持つ魔物なんて聞いたこともありません」
「うん。あたしも聞いたことがない。なんかセブリアン様は知ってるみたいなこと言ってたけど・・・」
「イナグーシャです。あれは、私の国で多くの人を殺めている魔物にそっくりなんです」
驚いて振り返ると、セブリアン様がゆっくりと近づいてきていた。
「かの帝国が、私たちの国を侵略するために放ったといわれる魔物です。まるでバッタのような外見をしていて、我が国の主食である小麦を食らいつくしてしまいます。黒い殻に覆われた体は剣も矢も通さず、あれを討伐するには相当の人員が必要になるはずですが・・・。王国の魔法使いの前には、あっさりと倒されちゃうみたいですね」
感嘆の言葉を漏らすセブリアン様に、ニナ様が全力で同意した。
「ね! あれすごかった! あの魔法は簡単には発現できないんだよ! 水を操る親和性に相当量の魔力、さらには細い糸のように水を操る詳細な魔力制御がなければ、相手に届く前に消えちゃうんだから! ベーヴェルンの本家の人だって全然使えないそうだから相当だよね!」
笑顔で語りだすニナ様は私を見て慌てて言いつくろった。
「アメリーっちの剣術もすごかったよ! なにあれ? 鞘に収まってたはずの刀で一瞬にしてあいつの手を斬り飛ばしたんだから! やっぱあれ? ビューロウの秘術ってやつ? 他のクラスの人もビューロウの魔力強化は使ってたみたいだけど、やっぱり本家は違うね! あれ、メラニー先生の魔法より威力があったんじゃない?」
「あ、ニナ! 駄目だよ! 他家の秘術のことを気軽に聞くのは。アメリーさんだって困るだろう?」
そう言って抑えてくれたのはフォルカー様だった。彼の後ろにはアーダ様もいて、こちらの様子をうかがっている。
「いえ。大丈夫ですよ。ニナさんもおっしゃっていた通り、我が家の秘術のことはある程度なら伝えていいと祖父の許可がありますから。あれは内部強化と言って、体の内側に魔力を浸透させて強化する技なんです。浸透の力を強めるために色の薄い魔力を使う必要はあるんですけど、外部からの強化よりも度合いが強く、あの通り、固い殻を持つ魔物でも切り裂くことができます」
内部強化はお姉さまが復活させたものだが、本人の意思もあっておじい様から学園の生徒にはある程度なら伝えていいと許可を得ている。学園では剣術の授業を受けた生徒に教えているらしく、この技を使う人も少なくなくなってきている。前にご一緒したパウラ様なんかはこの技を使いこなしているみたいだし。
「う~ん。内部強化ねぇ。確かにすんごい技術だけど、それだけであの魔物を仕留められたとは思えないけど」
「ニナ!」
疑問を口にするニナ様にフォルカー様が素早く叱責した。
やっぱりニナ様は鋭いな。確かに私が使った技は内部強化だけではない。ビューロウにはさらにもう一段階、力を鋭くするための技が伝わっているのだ。それを使った居合切りであの魔物に傷を負わせたのだから、ニナ様の疑問ももっともなのだ。まあ、この技はビューロウの秘儀と言えるものなんだけど。
「いや、やっぱりこの国は魔法に関しては他の国より一歩も二歩も進んでいますね。まさかあのイナグーシャを仕留める魔法が、いくつも存在するなんて・・・」
セブリアン様が力なく笑った。
「でも、故郷のイナグーシャはあんな姿ではありませんでした。固い殻を持ち、昆虫のような顔をしているのは共通するのですが、あんなふうに人間みたいに二足歩行をしていたり、武器を使ったりはしていなかったはずです。新種の魔物でしょうか」
「それもすぐに明らかになると思う。死骸を学園にもっていくようだからな。多分、これからあの死体を調査して弱点や倒し方などを調べるんだと思う。私たちも、いち早く帰還しよう」
セブリアン様の疑問にアーダ様が答え、私たちは帰還の途に就くのだった。




