第17話 イナグーシャ
私たちがハンドサインでメラニー様に知らせると、後方から緑の魔力が飛んできた。そして魔力が戻ると先生たちが素早くこっちに向かってきた。
「こちらでも確認した。倒れているのはおそらく冒険者だろう。私たちが来る前に魔物を討伐して鼻を明かそうとしたようだが、こんな結果になるとはな。おそらく生きてはいまいが・・・。うむ・・・」
メラニー先生は眉間にしわを寄せながら考え込んでいる。
「王都の冒険者はかなり優秀なはず。未熟な部隊が先走って返り討ちにあった? でも、コボルトたちに交戦の跡なんてなかった。コボルトごときの不意打ちで全滅したというの? 貴族から成果をかすめ取ろうとしたほどの冒険者が?」
メラニー先生は状況を分析しながら引くか進むかを検討しているようだった。
「君たち! 見てたよ! さすがだよね! コボルトをあんなに簡単に倒しちゃうなんて! やっぱ星持ちってのはすごいんだな」
「ふふふ。すごいでしょう! アメリーっちは自分で戦うだけじゃなくて指揮もすごいんだから! あんなコボルトなんて瞬殺よ!」
大学生の問いかけに、なぜかニナ様が自慢げに答えていた。
ちなみに大学生たちは私たちより5~6歳ほど上だろうか。確か、彼らの周りの世代やそのまわり星持ちはいなかったはず。結局のところ、星持ちが何人もいるお姉さまの世代がちょっと異常なだけで星持ちが必ずいるとは限らない。だから、彼らが星持ちに接していないのはしょうがないのかもしれない。
「この任務が決まったときは久々の討伐だってんで緊張してたんだけどね。まさかあんなに早くかたをつけるとは思わなかった。星持ちの力ってのを改めて実感したな。まあ今回は、ちょっとおかしなことになっているみたいだけど」
そう言って大学生は前を睨んだ。彼らにつられるように、私たちも前方を眺めた。前方は森林が広がっている。あの静かな森で、何か異常なことが起こっているというのだろうか。
メラニー先生は私を一瞥すると、森を睨みながら決断した。
「行ってみましょう。星持ちの部隊は使えるようだし、異常があるなら学園に報告しなければならない。ただし慎重に。あなたたちは学園生の安全を最優先すること。いいわね!」
メラニー先生が命じると、大学生を含めた全員が緊張で体を固くしたのだった。
◆◆◆◆
「リッフェン」
大学生の一人が緑の魔法を放つと、紙飛行機が学園に向かって飛んでいく。それを見送ったあと、私たちはゆっくりと森の中に入っていったんだけど・・・。
木陰に冒険者らしき人が倒れているのが目に入った。重装備の人のようだが私たちが近づいてもピクリとも動かない。そして地面には大量の血が流れているようだった。
「な、なにこれ? し、死んでる?」
フォルカー様が目を見開いている。対するニナ様はメラニー先生に許可を取ると、すばやく死体に駆け寄った。そんな彼女を守るように、大学生が彼女の四方を守っている。
「だめです。もう息はありません。でも、ちょっとおかしいと思います。致命傷になったと思われる傷があるだけで、捕食の跡はありません。魔物が、せっかく倒した獲物を取らずに去ったってこと?」
「フィーデン!」
ニナ様の報告を聞いて素早く探索魔法を放つアーダ様。そして戻ってきた魔力を読み取ると、すぐに北の茂みを指さした。
「あの方向から何かが近づいてきます! 皆さん! 警戒を!」
素早く隊列を組みなおした。私たちはニナ様の周りでさっきの態勢になり、それを守るようにメラニー先生たちが前に出て身構えている。
そして全員が警戒態勢になったときだった。アーダ様が指し示した茂みから黒い影が飛び出してきたのだ!
「!!!!!」
影は声にならない叫び声を上げながら突進してくる! 重装備の大学生たちを容易く吹き飛ばし、こちらに向かって駆け込んできたのだ!
狙いは、セブリアン様!?
「はあああああ!」
私はセブリアン様を襲う影に駆け込んで居合切りを浴びせた。だけど人影は直前で立ち止まり、そのまま素早く下がってしまう。
私の居合切りは人影の胸を浅く斬っただけだったが、人影は傷を押さえながら私を睨んできた。
「ば、馬鹿な! イナグーシャだと!?」
セブリアン様の言葉は気になるけど、私は再び刀を鞘に納めて敵をにらみつけた。
「に、人間!? いやでも、顔が違う?」
フォルカー様の言葉に、私も人影を観察した。
まるで人間のように2本の足で立ち、武術を収めた人のように半身になって構え、武器を握りしめている。鎧こそ装備していないようだが、まるで服を着ていたかのように、体に布が巻き付いているのが印象的だった。
特徴的なのは顔だ。まるでまるで黒い鉄仮面をかぶっているように殻のようなものが頭全体を覆い、目の部分に赤い丸が輝いている、口の周りには一本の線――。あれは、捕食の際に開くとでもいうのだろうか。
でもそんな異形の姿よりも私の目の引くものがあった。否応なしに、魔物が持った武器に引き付けられる。
あれは刀だ。前に、ブラスさんが見せてくれた刀と同じものだ!
「はあああああああああああああ」
私は睨みながらセブリアン様の前に立った。その動きに呼応するかのように、怪物が何か叫びながら突進してきた!
「やめなさい! アメリー・ビューロウ! 避けなさい!」
メラニー先生の警告に足を止めることなく、私は怪物に近づくと、一瞬にして刀を抜き放った!
腕が、宙を舞っていた。刀を握った手が、回転しながら斬り飛ばされていったのだ。私の居合切りは、怪物の右手を肘から断ち切っていた。
「!!!!!!」
怪物が何かを叫びながら一歩、2歩と下がっていく。
「くっ! 下がれと言ったのに! 後で説教だ!」
メラニー先生が言うと、素早く右手を怪物にかざした。
「ヴァル・ファレン」
メラニー先生の手のひらから飛び出したのは、細い、糸のように細い、水の線。それは怪物の体に巻き付き、素早く拘束してしまう。どれだけの力がこもっているのだろうか、怪物は水の糸に締め付けられて身をよじりだす。
「消えろ」
メラニー先生が低くつぶやくと同時に腕を振ると、締め付けが強くなった。そして次の瞬間には魔物の体が輪切りにされる。巻き付いた水の線が刃のようになり、怪物の体を切断したというの!?
「すごい・・・。これが、王国の魔法使いの、教師の力・・・」
セブリアン様の言葉に、全員が頷かされた。
とんでもない威力だった。しかもこれって、相当な魔力制御がないと実現できないはず!
メラニー先生は水を細い線のように扱っただけでなく、それを一瞬にして刃に変えて怪物を切り裂いたのだ。これが、ベーヴェルン家の、先生の実家の秘術がここまでの威力があるだなんて!
すさまじい魔法を見れて興奮気味の私に、メラニー先生が冷や水をかけたような冷たい目を向けてきた。
「さて。アメリービューロウ。わかっているな? どうして私の警告を無視して交戦したのか、ちょっと説明してもらおうか」
メラニー先生の冷たい声に、私は全身から冷や汗が流れたのを感じたのだった。




