第16話 アメリーの魔物討伐
討伐地へと向かう馬車の中で、ニナ様が騒いでいる。
「ああ! アメリーっちだけでなくメラニー先生まで来てくれるなんて! 何この楽園! こっちに残ってよかった!」
祈るように空を見上げるニナ様に、セブリアン様が苦笑している。一方で、フォルカー様は緊張した面持ちでぶつぶつと何やらつぶやいている。
「討伐任務を任されたら残念がる人もいるんですけどね。こっちは私とアーダ様だけでフルメンバーというわけでもありませんし」
「何言ってんの! アメリーっちとエリタンは下のクラスに結構人気なんだよ! 2人とも討伐任務を簡単にしてくれるって! 成功率自体はロータルもいいけど、あいつは何かと口うるさいからね」
私の問いにニナ様は元気に答えてくれた。
一方で顔を青くしているのがフォルカー様だった。確か、ついこの間までは後衛の魔法使いをしていたはずなのに、今はなぜか前衛に挑戦しているらしく、鎧と大きな盾を持ち、短杖を握りしめながら震えている。
「えっと。フォルカー様は前衛もされるんですね。てっきり魔法を使った戦いをされていたから後衛だと思っていました。授業でも、水の魔法を使っていたようですし」
同じ子爵家の出だからフォルカー様には親近感を持っていたんだけど、彼は充血した目で私を見返してきた。
「い、いえ、その・・・。えっと、うちのクラスは後衛で優秀な人が多いでしょう? アメリー様やエリザベート様、ロータル様なんかも優秀ですし。でも前衛の数が足りていないと感じていて、討伐任務が増えてきたのに前衛が足りていないのは問題だなって先生に相談したんですよ」
フォルカー様は悲壮感が漂った顔で言葉を続けてくれた。
「先生は、中位クラスの人たちや上級生がいるから心配ないって言ってくれたんですけど、僕が前衛もできると必死に説明すると、クルーゲ流を教えている先生を紹介してくれることになって、思い切って守り手に転向しようかと思ったんです。その、ロジーネ様みたいに、短杖を使えば剣が使えない僕でも戦えるかなって」
私は納得したようにうなずいた。
授業を見る限り、確かにフォルカー様は短杖の使い方がうまい。かなり短い時間で魔法を展開しているのだ。古式魔法を使う私やエリザベート様とは違い、短杖のメリットを理解した上で戦っている気がする。ロジーネちゃんのおかげで近接戦闘にも使える短杖が販売されたらしく、それを使えば剣を使ったことがない人でも魔法と近接戦闘を両立できるようになったのだ。
「あー。確かにフォルカーは短杖の使い方が上手だよね。ロジロジみたいに、短杖をメイスみたいに使えば、何とか戦えるんじゃない? よくわかんないけど」
「ロジーネさんと比べられるとつらいんですけど。彼女、水で身体強化しているはずなのに火の短杖とか平気で使ったりしてたし。近接攻撃も僕とは違ってすごかった。彼女と一緒にされると、ちょっと・・・」
苦笑するフォルカー様の言葉に、今は北に行ってしまった親友のことを思い出した。彼女のことだから大丈夫だろうが、ちょっとだけ心配だ。
「しかし、まさか本当に5人もの人員で組まされるとは思いませんでした。いつもは4人だからちょっと気になってたんですよね。それに、今回はメラニー先生を援護する大学生の人たちもついてきたようですし」
セブリアン様が窓から後ろの馬車を見ながらつぶやいた。
今回は5人一組のパーティになったり、引率の教師に助手が着いたりと異例尽くしの討伐任務となる。討伐対象はコボルト5匹程度とそれほど多いわけではないが、トラブル続きの討伐に対処するために慣れている私たちでいろいろ実践してみようというものらしい。
「私たちは2人組ですが、検証に付き合わされるだけの信頼はあるということですかね?」
「まあ、アメリーっちの組は評判もいいからね。万が一のことが起こっても何とかしてくれそうだし。爵位的にも頼みやすいってのはあるんじゃないかなぁ」
そういうことなのだろう。私たちが2人になってからは討伐に失敗したことはない。不測の事態が起こっていてもすぐに対処して見せている。私は子爵家だし、うちの実家から苦言が呈されたということもない。アーダ様の実家からも苦情が出た話も聞かないから何かと頼みやすいのかもしれない。
「休みの間に残ったのはこの機会に討伐経験を積みたいっていう人ばかりですからね。僕は留学生ですぐに戻れないし、実家とはその、あんまり折り合いが良くないから。そういう人が集まっているうちにいろいろ試し足り準備しておきたいということかもしれない」
セブリアン様の言葉に、私はちょっとだけ不安を感じたのだった。
◆◆◆◆
「さて。今回も私が探索を行おう。みんな、準備はいいか?」
アーダ様の言葉に、私たちは全員が頷いた。
先頭に立つのは今回初の前衛となるフォルカー様で、それを援護するようにセブリアン様が刺突剣を構えている。それと並ぶように配置したのが私で、後衛にアーダ様とニナ様が続いている。
この隊列になる時にひと悶着あった。私が中衛に入ることを拒む声が多かったのだ。一応、私は王国が誇る星持ちなのだから、中衛とはいえ前に出ることにアーダ様とセブリアン様が難色を示したのだ。だけど、万が一不測の事態が起こったときはフォルカー様とセブリアン様だけでは不安がある。そう言って、私が中衛に入るのを何とか納得してもらったのだけど・・・。
「いやでもなんかさすがだよね。メラニー先生が後ろから守ってくれるのが分かると安心するわ。一応、先生と他のメンバーは初めて組むはずだよね? なのにしっかり手綱を握ってるんだから」
「う、うん。確か、今回メラニー先生と一緒に行動するのは大学に通う生徒らしいけど、完全にメラニー先生の指揮下に入っているように見えるね。あれを抜くのは相当に難しいと思う」
どこかうっとりというニナ様にフォルカー様が同意した。
基本的に、討伐任務には教師は加わらないことになっているんだけど、後ろで見守ってくれるとちょっと安心感がある。大学生のほうも先生が選抜したメンバーらしく、みんな頼りになりそうな印象があった。
だが探索魔法を展開しようとしたアーダ様が、何かに気づいたように前の茂みを確認した。
「ん? 人が通った跡? 冒険者か?」
「えっと。この森は別に進入禁止とかはなかったよね? まあ、コボルトの群れがいるって情報はあったはずだから通知されてるはずだけど、独自に討伐に来たのかな? 出会っちゃうとちょっと面倒なことになりそう」
まあ、こういうときのために教師が引率するものだ。特に、今回はニナ様やセブリアン様という重要人物が同行しているんだから、メラニー先生もきっとうまく立ち回ってくれるはずだ。
「!! いるぞ! ここまで接近しているとは!」
アーダ様の警告に、全員に緊張感が走った。アーダ様は探索魔法を使ったわけではないのに、全員がしっかりと警戒している。ニナ様達もセブリアン様も順調に成長しているのが分かりうれしくなった。
さて、敵の位置は大体察しが付くし、先制攻撃を仕掛ければ比較的簡単に討伐できると思うけど・・・。
私はちらりとフォルカー様を見た。今回、私に期待されているのは単純に魔物を倒すことではないはずだ。だったら・・・。
「フォルカー様は敵を引き付けてください。私とアーダ様で援護しますので、落ち着いて対処すれば大丈夫です。セブリアン様はフォルカー様が止めた相手にとどめを! ニナ様は、アーダ様の指示に従って攻撃してください」
「わ、わかりました!」
「は、はい! 私だって前回よりは成長しています! きっとご期待に応えて見せます!」
「うおおおおお! 燃えてきた!」
私の命令に、フォルカー様とセブリアン様、そしてニナ様が答えた。2人は緊張しているのに、なぜかニナ様だけは興奮しているようだった。
構えたまま、時間だけが過ぎていく。
5秒・・・・10秒・・・1分。
「来る!」
アーダ様が叫ぶのと同時だった。
「ぎゅおおおおおおおおおおおん!」
前の茂みから、5体のコボルトが飛び出してきたのだ!
「フラ・ベスチ!」
「アースバインド!」
私とアーダ様が同時に魔法を展開する。炎の鞭が2体のコボルトの走りを止め、土の鎖が1匹をその場で拘束した。
残り2体のコボルトが叫びながら走り寄ってくる。でも前衛なら、2体の魔物ごとき足止めしなければ役割を果たしているとは言えない!
「あ、あああああああああああああ!」
フォルカー様は叫ぶと、体に青い魔力をまとったのが分かった。そして1体に素早く接近すると、その盾でコボルトの鼻面を殴りつけた。
「ぐおおおおおおおおおおおお!」
残りの一匹が後衛に殺到しようとするけど、フォルカー様は盾を持っていない手で短杖を素早く構え、コボルトに突き付けた!
「行かせるか! ウォーター!」
短杖から発言した水弾は狙いたがわず直進し、残りのコボルトを吹き飛ばす!
「セブリアン様!」
私の叫びに、セブリアン様が慌ててコボルトに接近する。そして!
「わ、わああああああああああ!」
白い光を体に展開し、刺突剣でコボルトの胸を刺し貫いた!
セブリアン様に光の素質があるのは知っていたけど、やっぱりすごいな。踏み込みのスピードも突きを放つ速さも尋常なものではない。4属性の魔法で強化してもこうはいかないだろう。
「ニナ様!」
「う、うん!」
アーダ様の言葉に、ニナ様が光魔法を展開した。そして放たれたライトボールの光は、アーダ様が拘束したコボルトの頭を粉砕した。
「でああああああああああああ!」
シールドで吹き飛ばされたコボルトに短杖を叩き込むフォルカー様を横目に、私は残り2匹のコボルトを睨んだ。
もう、十分だろう。経験の浅い3人は見事にコボルトを討伐した。ならば、残りの2匹は私が倒してもいいはずだ。
「たまには刀を振るわないとなまってしまいますからね」
私はつぶやくと、全身に黄色の魔力を循環させた。
私の土魔法の素質は1。素質はほとんどない。でも、ビューロウの内部強化は水か土の素質がないことが条件なのだ。これを使えば、コボルトを倒すことなど造作もない!
「はあああああああああああ!」
お姉さまのようには刀を振るえないかもだけど、この程度の相手なら!
私は刀を素早く抜き放つと、前のコボルトに狙いをつけた。そして足に魔力を展開し、その距離を一気に縮めていく!
「秘剣! 鴨流れ!」
お姉さまは走・攻一体の一撃といったか、私の横薙ぎの一撃はコボルトの首をあっという間に斬り飛ばす! そしてその勢いのまま残り一匹のコボルトに接近し、その頭に剣劇を放った。
首を切り裂かれたコボルトも、頭を割られたコボルトも、静かに崩れ落ちていく。2匹を確実に仕留めたことを確認すると、私は息を吐いて血糊を振り払い、刀を鞘に納めた。
「やば・・・。アメリーっち、格好良すぎ・・・」
ニナ様が何かをつぶやいていたが、その間も私たちに油断はない。
「行け。フィーデン」
探索魔法を周りに展開したアーダ様を、残りお3人がぎょっとした目で見つめていた。
「あ・・・。そ、そうか・・・。追加の敵がいないとは限らないのか」
やっとといった顔でセブリアン様がつぶやいた。アーダ様はそんな彼を気にすることなく、戻ってきた魔力を読み取ると、真剣な表情で手のひらを見つめた。
「なんだ、これ? 冒険者が、倒れている? コボルト無勢に、王都の冒険者が敗れたってことか? それに、この先にある反応、こんなの知らない」
珍しく動揺するアーダ様に、私は声をかけた。
「このまま帰るわけにはいきません。まずはメラニー先生に指示を仰ぎましょう。皆さん警戒は解いてはなりません。最大限に準備して、異常があった現場に備えておきましょう」




