第154話 死体安置所にて ※ 後半 ガスパー視点
アーダと2人、学園の地下に向かっていた。
「アメリー。すまないな。疲れているところ悪いけど」
「いえ。アーダが気にしているならどこだって付いていきますよ。私たちは同じ隊の仲間ですからね」
そう答えると、アーダは苦笑したようだった。
公開処刑が終わり、陛下を狙った賊どもをほとんど捕らえることができた。犠牲になった人もいるが、おおむねこの作戦は成功だったと言えるだろう。私が戦ったヴァレンティナもその一味も、全員捕まって陛下の沙汰を待っているらしい。
「陛下が襲われたけど、みんなのおかげでケルンの変みたいな被害は出なかったようだな。アダルハード様のことと、カロライナを逃がしちゃったのは悔しいけど」
「ええ。アルセラ様のほうはおとなしくしているそうですけどね」
この襲撃を企んだのはワイマール帝国の諜報員のようだけど、ビレイル連邦の水の巫女がかの国に協力していたことはは明らかになった。カロライナが陛下の暗殺を目論んだのは確実だけど、向こうは連邦の要人で、簡単にさばくことはできない。外交部を通じて連邦に抗議するそうだが、向こうは断然否定するだろう。
「本来なら『冤罪だ』とか言ってやり込められると思うけど、こっちにはアルセラ様がいるからなぁ。あいつはこっちに協力的で、カロライナが暗殺しようとしてきたことを証言してくれるらしいし。ま、司法取引というヤツかもしれないが」
「話を聞く限りだとアルセラ様は今回の件では被害者みたいですけどね。この争いで亡くなった人も多いことだし、平民や冒険者に犠牲者が多い。無罪放免ってわけにはいかなそうですけど」
私はため息交じりにアーダに返事をした。
そんな会話をしながら進んでいると、誰かが警備員と言い合っているのを見つけた。
「だから! 私は専門家としてアイツの顔を確かめなきゃいけないの! もう! 何度同じことを言わせんのよ!」
「たとえ何人たりともこの先は通せない! 今日はおとなしく帰るんだ! 学園の許可を取ってから出直してこい!」
えっと、あの子は確か、1年生のファビアン様の隊にいた女子生徒よね? うん。テレサ・ボアルネさん。あの子がなんで、ここにいるのだろうか。
「あの子までこっちに来るなんて、これはひょっとしたらひょっとするかもですね」
ぎょっとして、振り向いた。そこにいたのは私のクラスメイトのハイリーだった。
「えっと、ハイリーはなんで?」
「うちの子がここに来いとしつこかったんですよ。なぜかここに、あの人を護衛にして来てもらったほうがいいって」
うちの子、と聞いて首をかしげると、足元から「ふぉおおん」と言う何かの鳴き声が聞こえてきた。あの小狸がつぶらな瞳で私を見上げていたのだ。
思わずその場に屈みこみ、その頭をなでてしまった。
「うふふ。お前。どうしたの? こんな死体安置所なんかに来たがるなんて」
そう。私たちが来たのは学園の地下に安置された、死体が眠っている場所だった。アーダが頼んできたから来たのだけど、私ひとりでは怖くて絶対に来られないと思う。
その時,アーダがやけに真剣な目で警備員を見ていることに気づいた。私がそのことを尋ねる前に。あの子が目ざとく私たちを見つけて叫び声を上げていた。
「ああ! ニナ様の隊の先輩! それにハイリー先輩じゃないですか! もう! 先輩たちからも言ってくださいよ!」
「えっと、テレサさん? その方も、お仕事をしているのですから、あんまりわがまま言ってはいけませんよ」
私は慌ててたしなめるけど、テレサさんは憤懣やるかたないと言った表情を崩さない。
「でも! この人、専門家の私の話を全然聞いてくれないんですよ!」
「きちんと仕事をしているこの方が私たち学生を通してくれるわけがないじゃないですか。怪しいのはむしろ私たちですよ。たとえあなたが、死霊やグール退治を専門とするボアルネ家の人間だとしてもね」
地団太を踏みながら言い募るテレサさんに、ハイリーがあきれたように息を吐いた。
ちなみにハイリーとテレサさんは闘技場にいた死霊使いを追いつめるのに共闘したらしい。まあ、それでもここでいきなり話しかけられるのは想定外だろうけど。
「でも! と言うか、先輩たちも一緒じゃないですか! 気になるんですよね? あの死霊使いのこと! でも、先輩たちだって通さない気ですよ、この人!」
テレサさんは私たちにまで噛みつくけど、こっちはしっかり準備しているのよね。
「お待たせ。ちょっと準備があったから手間取っちゃったわ」
そう言って登場した人をテレサさんは胡散臭げに見て、固まった。たぶん彼女にとっては雲の上の人が来ていて驚いたってことだと思うけど。
この場に登場したのは、王妹で学園長のバルバラ様だったから。
「学園長・・・。な、なんで!」
「ん? ああ、ボアルネの子ね。アーダさんが気になると言ってたから確認することにしたのよ。私はうまく処置したと思ったけど、この子がひょっとしたらひょっとするかもってね。あとは、デトキウ家のハイリーさんも来ているのか。と言うことは、残念ながら嫌な予感が当たりそうということね」
学園長の顔が引き締まった。テレサさんはそれを見て緊張感を強くしたようだけど、私は別の意味で緊張してしまう。
つまり、おそらくアーダの懸念は当たってしまうということだ。
「ハイリー。待たせたな。ん? 学園長もこちらにおられたのですか?」
声を掛けてきたのは槍を持ったガスパー先生だった。お姉様の担任で、経験豊富な槍使い。メレンドルフ侯爵の三男とあって、彼に逆らう人はいないだろう。
そうか、ハイリーは彼に護衛を依頼したということか。確かにメレンドルフ家出身の先生なら、警備員に話をつけることも難しくはないだろう。
「え・・・。えっと・・・」
テレサさんが呆然としている。学園長に加え、3年生の担任をしている優秀なガスパー先生の登場に唖然としているのかもしれない。
「死体安置所は私たち学生がおいそれと入れる場所じゃないからな。教師に同行を頼むのは当然のことだろう? それよりも」
アーダはそう言って警備員に手を当てると、警備員は一瞬だけ大きく震えた。そして呆然としたようにアーダを見つめ返した。
「え、えっと・・・。あれ? 今、何かが?」
「お仕事ご苦労様です。何か変わったことはありませんでしたか?」
アーダが丁寧に話しかけると、警備員は茫然としたまま答えた。
「え、ええ。今、精霊教の聖職者の方が入っていかれましたよ。死者を清めるとおっしゃっていました。よ、予定も・・・。あれ? 今日、聖職者の人が来られる予定なんてあんたっけ?」
私たちは顔を見合わせると、頷きを交わし合うのだった。
◆◆◆◆
「ふう。すまぬな。まさかバルバラに待ち伏せされるとは思わんかったわい」
「思わぬ難敵でしたね。師がこうなったと聞いた時は心臓が止まるかと思いましたよ」
私の耳は、そんなやり取りを拾っていた。
アーダのおかげで死体安置所に何者かが潜んでいるのと予測したけど、死体になったはずの死霊使いと誰かが話しているとは思わなかった。
そして、男の声にもどこかで聞いたような声がした。
知っている人ならすぐに思い出せるけど、そうではないということは一言二言話しただけの人だと思う。多分、そんなに昔のことではない。あんまり特徴的な話し方ではないけど・・・。
「さて。ここからおさらばしましょう。偽装工作は得意ですので」
「くくくく。まさか近衛騎士まで操るほどの魔法使いがいるとは気づかんかったようだな。愚王は殺せなんだが、あの厄介なアダルハードを始末できただけでも上出来だろうて」
2人は笑い合い、起き上がって駆け出そうとした時だった。
「そこまで、なのよねぇ」
バルバラ学園長がメイスを2人に突き付けた。急な登場に、2人は真顔で敵対者を睨んだ。
「ここまで忍び込んだ隠蔽術は見事と言っていいでしょう。警備兵の記憶を改ざんした腕も、まあさすがと言ってもいい。でも、ここは学園なの。私の庭で好き勝手出来るとは思わないことね」
「バルバラ! 貴様! なぜ!」
死霊使いが驚きの声を上げた。
「貴様の目を、掻い潜ったはずだ! それなのになぜ!」
「オポッサムの闇魔法だろう? お前はあらかじめ自分に魔法を掛けて、光魔法を掛けられたら魂を眠らせるように偽装したんだ。外から見たらあたかも死んだように見えたんだろうがな」
冷静に語りだすアーダを、死霊使いは目を血走らせながら睨んだ。
「魂は肉体の状態に影響される。肉体が粉々に粉砕されれば、普通は魂も傷つくもんだ。でも、最初から魂が肉体から切り離されているのならその限りではない。そう。死霊になってしまえばどれだけ肉体が傷つこうとも関係はない」
「貴様! 小娘のくせに!」
バイロンが唾を飛ばすが、アーダの顔は変わらない。
「その体、依り代みたいなもんなんだろ? どれだけ傷ついても死霊となった魂には影響がない。でも、魂を癒すには依り代の中で眠る必要がある。だから、その体がお前には必要と言うわけなんだな」
「き、貴様! 我が秘術をしたり顔で言い募るとは!」
怒りで顔を赤くするバイロンと違い、もう一人の男は歓喜しているようだった。
「ふふふふ。素晴らしい! いや素晴らしい分析力ですよ! あなたは! あなたなら良い死霊使いになれる! どうです? 私たちと一緒に」
「ごめんだな。私はビューロウ隊のアーダだ。腐りはてた死霊使いなどにはならんよ。連邦と帝国をまたにかけるお前のようにはな」
男の提案を即座に切り捨ててアーダは私に笑いかけた。私は笑みを返すと、死霊使いの隣の男に指を突き付けた。
「ここまでなのはあなたたちです。死霊使いのバイロン・ドラモント! そしてサルバトーレ! あなたの野望は、ここで私たちが打ち砕く!」
※ ガスパー視点
アメリーの宣言を聞きながら、私の視線は潜入した闇魔法使い、サルバトーレに固定されていた。
バイロン・ドラモンとは難敵だ。学園長と対峙したのに、自らの師を偽装し、生き残るための算段をつけてしまった。
だが、私はそれ以上に、このサルバトーレと言う男に警戒心を持っていた。連邦が育てた偽装を得意とする闇魔法使い。先ほど警備員の記憶を改ざんした腕もあって、確実に仕留めておかねばならない相手だと思ったのだ。
「ふっ。あなたは私ばかりを見ていますね。いいんですか? 師匠はかなりの使い手ですよ? あなたたちも協力して倒したほうがいいのでは?」
「うちの学園長と生徒たちを甘く見ないことだ。お前の師がいかに厄介でも必ず屠ってくれるだろう。お前の相手は私だ。逃げられると思うなよ」
死霊使いのバイロンには学園長が相対している。一度は計られた学園長だが、今回は逃がすつもりはないようだ。そしてそれを補助するのはダクマーの妹で星持ちのアメリーだ。彼女にはうちのハイリーもついている。一年生は少し心もとないが、彼女たちならきっと死霊使いを仕留めてくれることだろう。
だからこそ私は、この男を確実に仕留めねばならないのだ。
「くふふ。教師がどれほどのものと言うのか。現に今回は自由に動くこともできなかったではないですか」
「人にはそれぞれに与えられた役割というものがある。今回の私の役割は学園を守ることにあっただけだ。警戒していたからこそ、貴様を止めることができるのだからな」
言い終えると同時に、一歩踏み込んだ。サルバトーレは大きく後ろに飛ぶが、逃がさない! 飛びのくその前に、この槍を叩きつけてやる!
まずは腹を狙った一撃! そして右肩と、左肩を狙い、最後に頭を狙って槍を突き出す! 基本に忠実かつ、迅速な槍捌きをサルバトーレに繰り出していく。
一撃目は、体ごと横に避けられて躱された。しかし2撃目は、右肩をかすめ、3撃目はかなり深く左肩を引き裂いた。そして頭を狙った4撃目は、頬を深く切り裂くことに成功した!
一瞬にして血まみれになったサルバトーレだが、しかしその顔には笑みが浮かんでいた。危なげなく後ろに着地すると、そのまま右手を私に向けてきた!
「くふふふ! さすがはメレンドルフの槍! まさに一瞬のうちに槍を繰り出すなんて! ですが、これで仕舞です!」
サルバトーレの右手から発言した、黒と青の文字が描かれた魔法陣! 悔しいがさすがだな! あの一瞬で、水と闇の複合魔法を繰り出すとは!
「ネグロ・カランバーノ!」
魔法陣から飛び出したのは黒い氷の塊だった。一つあたりの大きさはそれほどではない、せいぜいで手の日落雷のサイズだった。だが数が異様だった。数十本出されたそれは、一斉に私めがけて突き進んできたのだ!
「くっ! やるな! だが!」
私は先方に槍を回転させて盾を作り出す。そしてあの黒い氷を前面で弾き飛ばすと。隙を見てサルバトーレに踏み込んでいく。
サルバトーレと目が合った。踏み込み、一気に距離を地締められるのに、奴の顔には喜色が浮かんでいた。
「そう来ると、思いましたよ! 私の魔法はあれだけではない!」
四方から気配がした。あいつは黒い氷で私を攻撃すると同時に、接近攻撃にも対抗する術を、唱えていたということか!
四方から襲われる魔法を避ける術などない。闇魔法が私に直撃するが、しかし、サルバトーレの胸は、もう私の射程内だ!
「これで終わりだ! 雷神槍!」
放ったのは、メレンドルフ流の最も基本かつ最速の突き技だった。雷鳴のごとく素早く相手を射抜く技は、狙いたがわずサルバトーレの心臓を刺し貫いた!
驚愕の顔のまま、私を見つめるサルバトーレ。胸を貫かれ、口から血を吐きながら、それでも私に手を伸ばしてきた。
「さすがは連邦の闇魔法使い。一撃の魔法陣で、2種類の魔法を構築するとはな。だが、それでは私を止めることはできない」
「な、なぜ・・・」
そう。彼の闇魔法は私に直撃したはずだった。私の精神を破壊しようとしたのか、操ろうとしたのかは分からないが、彼の魔法はこの戦いの結果を左右するものだったはずだ。だが、そうはならなかった。彼の闇魔法は、私に何の影響も与えなかったのだから。
私は胸からネックレスを取り出した。
「闇魔法と言うのは本当に恐ろしい。気づかぬうちに操られてしまう可能性があるからな。だから我々教師は、常に闇魔法に対する備えをしているのさ」
最後に、ネックレスをサルバトーレに見える位置で振ってやる。
「これはバル家の秘術で作られた、闇魔法への抗体を作るネックレスだ。常時発動と言うわけにはいかんが、一瞬だけならどの魔道具にも負けないくらいの障壁を張ることができる。雷神槍を放つと同時にこれを発動させてお前の魔法を防いだわけだ」
サルバトーレは何かを言おうとして、再びごぽりと血を吐き出した。そして吐いた血を左手で受け止めると、それを眺めながら最後の言葉をつぶやいた。
「バル家・・・。もう何年も前に、つぶしたはずなのにいまだに我らに立ちふさがるか」
「没落したとはいえ、バル家の血脈はこの地に生き続けている。その技術は、様々な形で王国に利しているのさ。お前らがどれだけ闇魔法を練ろうとも、我らはそれを簡単に超えて見せる」
そう言葉を発すると同時に、サルバトーレの腕が力なく降ろされた。
命の気配はない。
死霊使いでもないこの男の命は、失われたと言っていいだろう。
「念のため、こいつの死骸は焼いておくことにしようか。さて、学園長やアメリーたちはどうなったかな」
私が他の場所に目を移すと、それぞれがそれぞれの戦いを繰り広げているところだった。




