第152話 逃げ出すものと追撃戦 ※ バイロン視点
※ バイロン視点
計画は、失敗だった。
水の巫女どもの協力を取り付けた。公開処刑を引き起こし、闘技場にグールまで呼んで国王を暗殺しようとしたのに、すべてが失敗に終わった。この国を混乱の極みに落とし込み、闇魔に滅ぼさせようとする戦略が、水泡に帰してしまったのだ。
「導師。アーロンとチェスターは」
「うむ。惜しいやつらを亡くしたものよな」
駆けながら、弟子のヴァージルに頷いた。
苦い思いがよぎった。死んだ2人の弟子は、かなりの腕に育っていたはずなのに、あの戦乱のどさくさで打ち取られてしまった。地脈変動を引き起こすことには成功した。会場は大混乱になり、あの愚王がいる観戦室までも乱すことができたのに。
なのに!
「口惜しゅうございましたな。あのまま転移していれば愚王の命を奪えたやもしれませんに」
「避難場所に逃げ込もうとする愚王も仕留められず・・・。サルバトーレ様のあの技すらも利用したのに、まさか殺し損ねるとは!」
よほど口惜しかったのだろう。弟子たちは口々に今回の件を惜しむが、ワシは慰めるように語り掛けた。
「逃したなら次の機会を狙うのみだ。生きている限りはいくらでもチャンスはある。あと、どれくらい術者は残っておる?」
「本国より来る同志はすべて打ち取られてございます。惜しむらくは、闘技場での出来事です。まさか、我らの同志が狙い撃ちにされるとは思いませなんだ。相手のほどんどが未成年なのに、こんなに早く特定されるとは信じられませぬ」
あの混乱の最中、敵は確実に我らの首を狙ってきた。ポリツァイやベールはまだ分かる。我らの天敵たるボアルネの小娘も、敵として申し分ない相手だろう。誤算は、デトキウとリューネブルクの娘たちだった。護衛獣と風魔法。2つの異なる手段で我ら死霊使いを特定して見せたのだ。
正体を看破されれば不利は否めない。弟子たちは次々と打ち取られ、ワシらは撤退せざるを得なかった。教師の動きを封じたのに、学生だけで見事に対応してみせた。こちらの動きを素早く察知して攻撃する様は、今思い出しても本当に腹立たしい。
「グールどもに付いた痕跡を残らずとられたのか。はてさて我らのにおいを辿られたのか。我らを特定するものなどほとんどなかったはずなのにの。風魔法の専門家がいない隙をついたはずなのに、とんだ誤算だったわい」
「は・・・。教師どもの動きには目を配っておったのですがね。それ以外に、我らと敵対する戦力があれほど育っているとは」
ヴァージルも悔恨の表情を隠さない。
分かっていたのだ。この国の教師連中には侮れない戦力があるのだと。だから、魔物をけしかけて教師どもを学園に留まらせ、公開処刑のために闘技場に赴く愚王たちを殺す計画を立てたというのに!
結果は、散々だった。連邦の戦力はほとんどが始末され、我が弟子の死霊使いが何人も犠牲になった。これでは本国から増援を呼ばねば、この国で事を起こすのもままならない。
この国と連邦の間にくさびを打ったのが唯一の成果と言うことか。今回の件で2国は互いに恨み合い、きっと醜い争いを繰り広げてくれることだろう。
「導師。お急ぎください。奴らに見つかってしまいます」
「うむ。急ぐぞ。ポリツァイや教師どもが来る前に、この国を離れるのだ」
暗闇の中、裏路地を進みながら港町を目指した。
あえて竜車は使わなかった。確かに疲れ知らずで動けるが、竜車はどうしても目立つ。港に着く前に囚われてしまうのが関の山だろう。生身の、研鑽を積んだ魔法使いが身体強化を駆使したほうが、竜車を超えるスピードで目的地にたどり着けるはずだ。
幸いなことに我が弟子たちには有能な魔法使いが揃っている。騎獣以上のスピードを出すことも不可能ではないのだ。
だが、そんな時だった。我らに迫りくる、魔法の気配を感じたのは!
「導師!」
「うむ! 分かっておる!」
どどどどどどどどど!
素早く飛びのいた我らだが、3人もの弟子たちが魔法を受けてしまう。あれは、光魔法! まさか希少な属性を持つ敵が、我らを襲撃してきたとでもいうのか!
光弾の一つが消えずにその場に留まった。それはまばゆいばかりの光を放ち、その場を照らしていく。先ほどの光魔法に貫かれた弟子たちを目にして、舌打ちしてしまう。
一人はその場で死亡。情けないことに残る2名は苦痛にのたうち回っている。その姿に失望を感じながらも、ワシは周りに視線を巡らせた。
「つれないわね。この国を逃げ出そうだなんて。結構見どころは多いはずなんだけど」
女の澄んだ声が聞こえてきた。その声を聞いて、弟子たちに動揺が走った。なぜなら、その女はこの場にいるはずのない人物だったから。
「ば、ばかな! お前がなぜここに! この場にいるはずがないだろう!」
驚愕の言葉を漏らしたヴァージルが、次の瞬間には光の弾に打ち抜かれた。崩れ落ちる弟子を横目に、ワシは歯をかみしめながら女を睨んだ。
「狂乱の、バルバラ!!」
我らの行く手を阻んだのは、学園を統べる王妹のバルバラだった。王国の、最も恐るる魔法使いの一人が、我らの前に立ちふさがったのだ!
◆◆◆◆
「そ、そんな! お前は学園にいるはずだ! こんなところにいるわけ」
弟子は最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。直後に放たれた光弾に、その胸を貫かれてしまった。
光の素質が低く、秘術が使えない出来損ないの王族。バルバラにはそういううわさもあるそうだがとんでもない! 地脈制御や回復は使えなくても、バルバラは恐るべき魔法使いだ。敵対者に容赦なく光弾を浴びせ、近づく者を瞬時に仕留める恐るべき魔法使いなのだ。
「学園が誰かに見張られていることにはすぐに気づいたわ。あんなにたくさんの魔物を読んでくれたおかげで教師たちは迂闊に動かせないし、闘技場にも最小限の人員しか行かせられなかった。さすがに苦しかったのよね。だから網を張ったの。あなたたち帝国の魔法使いを、捕らえられるようにね」
バルバラは上目遣いでにやりと笑った。
この女に、何人の同志が殺されてきたことか! いくつの計略を、つぶされてきたことか!
「ナイジェル!」
「は、はい!」
言葉とともに、黄色と緑の魔法陣が辺りに広がっていく。そこから光が広がって、何かが出現した気配がした。
弟子のナイジェルが使ったのは召喚魔法だ。こいつは大物を呼び出す技量はないが、小物なら一瞬にして呼び出せる。魔物をけしかけることで逃げるための時間さえ稼げれば!
ナイジェルが放った魔法陣が輝きだした。そして、その影から何体もの魔物が呼び出されていく。
「ぎょしゃああああ!」
「キウキウ!」
現れたのは三体のデスモールと三体のビッグバッド。バルバラが阻めないほどのスピードだった。ナイジェルのあまりに速い召喚魔法に、ワシはにやりとほくそ笑んだ。
この2種はこの国ではあまり出現しない種だ。さすがのバルバラでもこれらとの戦闘経験は少ないないだろう。こいつらには多少は苦戦するに違いない。
そしてさらに!
ワシは素早く右手を掲げると、大きく魔法陣を展開した。黒い文字に囲まれ、真ん中に黄色の文様が描かれた魔法陣を!
「ど、導師! まさか!」
「お、おやめください!」
バルバラに打ち抜かれた弟子たちが口々に言うが、当然のことながらワシはそのまま魔法陣を発動させた。
「ははははは! 逝くがよい! ブラック ストーク!」
ワシの言葉とともに、魔法陣が地面へと沈んでいく。
そして次の瞬間! 地面のいたるところから黒いとげが隆起した!
バルバラとその随行は、残念ながら飛んでとげを避けたようだった。だが、弟子の何人かはとげに貫かれて絶命していた。バルバラに倒された弟子も、とげに止めを刺されていた。
「あ、あなた! 仲間を、フレンドリーファイアしてるのよ!? なんで!」
「くふふふ! 材料がそろっていいではないか! お前たちにとっても都合がよかろう?」
バルバラのおつきはまだ学生だろうか。緑の髪をした女生徒が、あろうことかワシに噛みついてきた。
青いのぉ。敵が減って喜ぶどころか、ワシに文句を言いよるとは。その隣の男児のような女生徒も厳しい目でワシを睨んでいる。
「仲間を気にせず巻き込むような魔法を打つ。相変わらず外道ね」
「くははは! 狂乱のバルバラに言われるとは光栄だな!」
そう言って飛びずさると、倒れたヴァージルの前に着地した。虫の息のヴァージルは右手をかざすワシの姿に目を見開いた。
「ど、導師?」
「しゃべらんでもよい。すぐに処置してやるからの」
ワシの言葉を聞いて、ヴァージルの顔は絶望に染まっていた。
「ど、導師! お許しください! あの術だけは!」
「痛いことをするわけではない。お前は選ばれたのだ。バルバラに撃たれてもうめき声一つ漏らさないその姿に、先へと進む資格があるとな。なあに、すぐに済ませてやろう」
横目でさきほど止めを刺した2人を確認した。3人の死体はかすかに動き続けているが、顔色は、やはりそれか。
やはり、こいつらではグールにしかなれなんだか。
ワシは再びヴァージルの目を見つめた。
「他はまだまだ未熟よな。痛みなどに影響されるとは。だが、お前は期待できる。お前なら、ワシと同じ高みへと来ることもできるだろう」
優しい言葉を掛けたのに、ヴァージルは必死で暴れ出した。だが、ワシの右手が頭を掴んでいるせいで、逃げることなどできない。
「お許しください! いやだ! あんな死に方は? せめて、人の姿をしたまま!」
「さあ、ワシにすべてをゆだねるのだ」
そして掴んだ右手から放たれた、黒い魔法陣。それは一瞬で砕け散ると、ヴァージルの体中に黒い霧をまとわりつかせた。
「ポゼッシオン」
言葉とともに、黒い魔力が弟子の体に入っていく。最初は暴れていたヴァージルは、びくり、びくりと痙攣すると、すぐに動かなくなった。ワシはにやりと笑いながら魔力を細かく動かしていく。
ヴァージルの皮膚が灰色に変色していく。さっきの2人とは違う、その色に、ワシは秘術が成功したことを確信した。
「いやなもの、見せてくれるわね。弟子の魂を砕くなんて」
「魂を砕いた? 違うな。ヴァージルは選ばれたのだ。だから、少しだけ手を加えたのだ。ここから次に行けるかは奴次第よ。愚かな貴様には、我らの夢は分かるまいがなぁ」
3体のグールとヴァージルがゆっくりと起き上がった。それは生者とは少し違った動きかもしれない。その不自然な動きに、さすがのバルバラも顔をしかめている。
「あ・・・ああ・・・。あああああ」
「うう・・・。うあああああ」
「あああー。ああー」
3体のグールとヴァージルが出すうめき声。バルバラはそれを一瞥すると、ワシを鋭い目で睨んだ。
「仲間を魔物に変えるなんてね。その右手、少し厄介かもね。まだ助かったかもしれないのに」
「ほれ。散!」
ワシの合図と同時だった。
起き上がった4体は急に震えたかと思うと、激しく首を振り、痛くてたまらないと言った風に、激しく全身を揺らした。
「ああああああ! ああ! ああああ!」
「うわ、うわあああああああああああ!」
死人のような顔に、焦点の合わない目。よだれを垂らしながら歩いてくる姿は、もう生前の面影を見ることはできない。まさに、グールそのものと言った姿だが。
ヴァージルは違う。あいつは他の3人と違って叫ぶことはなかった。ただ静かに、こちらの命令を待っているようだった。
「クックック! 成功だ! グールとは似ても似つかぬ! ほれ! 喜ばんかい!」
操られたようにゆっくりと歩き出すヴァージルに、バルバラは頬をゆがめた。
「ちっ! この外道が! 仲間までをグールに変えるとは!」
「ふん! これがグールとはお前も見る目がないの! 会場のグールとは一味も二味も違うというに! ここからよ! ここからヴァージルの進化は始まるのだ! 力のある魔法使いのヴァージルなら、ワシと同じ土俵に上がれるというものよ! くくくくく! ほれ! 追加だ!」
そう言って右手を天高く掲げると、
「行け! ダークネス!」
上空に黒い魔法陣を作り出した!
魔法陣から黒い玉が浮かんでいく。そして4歩ほどの高さに浮かぶと、
ぱあああああああああん!
大きな音を立ててはじけとんた!
破裂した弾のかけらは四方に飛ぶと、黒い波動となって辺りに降り注いでいった。それれが広がるにつれ、あたりは闇に染まっていく。バルバルが放った光の魔力も、かけらに当たってすぐに消えてしまう。
この一帯が一瞬にして暗闇に包まれたのを感じ、思わずほくそ笑む。これは、術者のワシ以外を闇に落とす魔法だ。ワシ以外の目はつぶされたと言っても過言ではあるまい!
「くっ! 暗闇を呼ぶ魔法か!」
「はっはっは! 闇だけではないぞ! そらっ!」
ワシがけしかけると、魔物たちとグールになった弟子たちがうめき声を上げながら奴らに襲い掛かった。モグラの亜人であるデスモールも大型の蝙蝠であるビッグパッドも叫び声を上げながら突進していく。
6体の魔物はこの暗闇でも自由に動ける。つまり、奴らは見えない中で万全の魔物に襲われるということだ!
「こいつらにとって闇は心地よいゆりかごに過ぎぬ。光の中でしか生きられぬお前らが、こいつら相手にどこまで戦えるかな?」




