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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第7章 星持ち少女と夢の終わり
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第151話 炎の星持ちと決着

 ヴァレンティナだけを睨んでいた。


 遠くで響く剣戟の音も、全く気にならない。エリザやセブリアン様が戦う音も、あまり頭に入ってこない。私は、ヴァレンティナを斬ることだけに集中していた。


 対するヴァレンティナも、私の一挙手一投足に注意を払っている。きれいな女性に生えた、蛇のような下半身。まるで物語のラミアのような姿は、見る者に恐怖を与えるかもしれない。


「姉さま・・・」


 つぶやくペドロ君の肩を、フロリアン様が優しく叩いていた。


 ペドロ君には申し訳ないが、私はヴァレンティナを壊す。後輩の、まだ若いファビアン様の命を奪ったんだ。悪いが、死を持って償ってもらう。


 私は、ヴァレンティナを睨みつけると、


「いやあああああああああああああ!」


 腹の底から叫び声を上げた。


 ビューロウの示巌流の作法だ。こうやって心から叫び声をあげることで、私の中にわずかに残った怯えを追い出してやる!


「ふっ。面白い。お前に付き合ってやろう」

「アメリー・ビューロウ! 参る!」


 私はヴァレンティナに向かって駆け出した!


 居合切りはどちらかと言うと後の先――待ちに特化した技だ。間合いに入ってきた瞬間に、相手を斬る技。でも、私の居合は違う。待ちに入ることなく、あくまで攻めの姿勢のまま、相手を沈めてみせる!


「くくくく! お前から来るのなら都合がいい! それなら!」


 ヴァレンティナが体の力を抜いたのが分かった。


 蛇の柔軟性を生かして私の攻撃を避ける。そして、無防備になった私に、必殺の魔法を打つつもりなのだろう。万一攻撃が当たっても核さえ無事なら瞬時に回復できる。ヴァレンティナの盗った戦法は、自身の回復力を考慮したものかもしれないが。


 だけど、私のやろうとしていることは違う。私の頭に浮かんだのは、ヴァレンティナを攻撃したときの、あの状況だ。


 核がむき出しになった姿は、私にとって希望だった。


「私は星持ちだ! 誰よりも、どんな態勢でも炎を操ってみせる!」

「いいだろう! 連邦の水の巫女――その力の一端を担う者として、相手をしてやろうではないか!」


 ヴァレンティナの答えを聞くや否や、私はその懐に飛び込んでいく。


 間合いまで、あと5歩、4歩 、3歩―――。


 そこで、私は手をかざすことなく構築していた魔法陣を展開した。


 突如として現れた赤く複雑な魔法陣に、さすがのヴァレンティナも驚きを隠せない。


「な、なんだと!? 手のひらを介さず、これだけ複雑な魔法陣を」

「ラヴァ・エンスチレッジ」


 突如として現れた炎は、ヴァレンティナの全身を焼き付きした。手を介さずにこれほど複雑な魔法を発動したことに、さすがのヴァレンティナも反応することができない!


「!! まさかお前は!」


 全身を燃やされたヴァレンティナが驚愕の声が漏れた。そして、次の瞬間には瞬く間に炎上する。人形の核がむき出しになったのを確認し、私は踏み込んでいく。


 2歩、1歩、そして、ゼロ。


 私の間合いに入ると、


「秘剣! 鴨扇ぎ!」


 言葉とともに、刀を抜き放った!


 音は、わずか。


 回復する暇なんて与えない。私の居合なら、回復するまでのわずかな時間で十分だ。核を守る魔力障壁が戻る前に、私の秘剣はヴァレンティナの核を一瞬のうちに両断していた。


「ば、馬鹿な! 馬鹿な!」

「星持ちの強さは、レベル4の魔力を自在に操れることだけではない。むしろその過程にこそ意味がある。両手を介さずとも複雑な魔法でも発動できる。その魔力制御こそが、星持ちの本当の強さなのよ」


 背中越しにヴァレンティナの声を聞きながら、私は刀をひと振りして静かに鞘に納めた。


 何かが崩壊する様子が見えた。核が破壊され、あのラミアのような人形が原型をとどめらずに崩れていった。



◆◆◆◆


 崩れるヴァレンティナの体を見ることなく、私は涙をこらえていた。


 勝負には、勝った。私の赤の秘剣はヴァレンティナを倒すことに成功した。


 でも・・・。


 犠牲は大きかった。私が未熟なせいで、ファビアン様を守ることができなかったのだ。


「い、いやぁ。さすがですね。あのヴァレンティナを、あっさりと下しちゃうなんて」


 驚いて、思わず振り返った。だってその声は、ヴァレンティナの魔法で倒されたはずの声だったのだから。


「え? な、なんで?」


 私は信じられない思いでファビアン様を見つめてしまう。ファビアン様は苦笑しながら、照れたように頭を掻いた。


「いやだなぁ。先輩ともあろう者が死体を確認し忘れるなんて。いや、ロレーヌから持ち出した魔道具の一つにあったんですよ。死に至るダメージを肩代わりしてくれるものが。なんても、かつてあった東の遺跡から発掘されたものだとか」


 そう言って、胸からネックレスを取り出した。


 ネックレスの先端に付けられているのは、藁でできたような人形だった。不気味なそれは今、何かで溶けたように原型をとどめていない。


「それは」

「サンデンボックス、と言うそうですよ。このネックレス。まあ、身代わりをしてくれるのは魔法だけっていう制約もあるんですけどね。壊れちゃったけど、これのおかげで助かりました」


 私はファビアン様の無事を知って、溜息を吐いた。


 力が抜けていく。ファビアン様の無事を知って、安心したのかもしれない。


「私、てっきり」

「ははは。死んだかと思いましたか? うれしいことに、ロレーヌの子はみんなしぶといんですよ。ヨルン・ロレーヌの血を引いている私が、そう簡単には倒されませんって」


 そう言うと、ファビアン様は後ろに向かって歩いていく。そこには崩壊した人形と、壊れた核があった。


「しぶといな。まさか、私の魔法が直撃して生き残るとは」


 声が聞こえてきた。ヴァレンティナだ。あいつが、人形の口を借りて話しかけてきたのだ。


「おまえもな。先輩の攻撃を受けて生き残るなんて、結構しぶといじゃないか」


 崩壊していく様を見ながら、ファビアン様が話しかけた。


 あの秘剣を受けて生きながらえるとは。炎の秘剣では魂までは砕けなかったということらしい。魂を消し損ねたのなら、復活する可能性はある。私は警戒心を奮い起こしながらヴァレンティナに近づいていく。


「そう警戒するな。お前たちの勝ちさ。私はもうすぐ消える」

「魂だけを抜き出したのなら、ここから逃げれば生きながらえるんじゃないのか」


 ファビアン様が疑問を漏らしていた。どうやら彼にはヴァレンティナがどうやってこの人形に取り付いたのか、心当たりがあるらしい。


「ファビアン様?」

「前に、姉上が調べていたんですよ。姉上は領地にある桜の木の前で、幽霊に会ったと言っていた。それが気になって、屋敷の本を片っ端から読んでいたんです。それに僕も手伝って、未公表の資料を探してたら見つけたんです。魂を分離し、霊体だけを出現させる魔法があるってね。相当な適性がないと使えない魔法みたいですが、かなり離れた場所まで移動することができるらしいです。しかも霊体になれば魔力の波長が合うか、その属性の資質が高い人しか見えなくなるとか」


 なるほど。さすがはヨルン・ロレーヌの生家。魔法関連の資料はかなりあるようだ。まあうちのおじい様も書籍になっていない情報をいくつも持っているようだし、確証が取れていない情報を公表しないのは当然のことなのだけど。


「この国にはこんな術にまで情報があるようだな。そうだ。私は水の魔力を使って霊体をそこに閉じ込める魔法を開発したのさ。霊体になれば、属性のない者は見ることはできぬ。こちらも人間に干渉できなくなるかわりにな」

「人形などかりそめの体に、憑依しない限りは?」


 私がヴァレンティナの言葉を引き継ぐと、彼女は苦笑した顔のまま説明してくれた。


「そうだな。霊体になれば、血筋がつながっている者か近しい者で、水の資質の高い者にしか姿を見ることができぬ。現世に干渉するには依り代となるものが必要だ。私の場合は、このバルタザールの人形が依り代になった。これに取り付くことでお前たちに攻撃できるようになったんだ。まあ、それでもお前たちには敵わなかったがな」


 苦笑しつつ、説明してくれるヴァレンティナ。まるで遺言のように貴重な話を聞かせてくれる。


「ずいぶんと口が軽いじゃないか。お前はもっと慎重な性格だと思っていたのに」

「どうやら私にも最後に研究の成果を伝えたいという気持ちがあったらしい。お前たちが、私の魔法を有効活用してくれることをどこかで望んでいるのかもしれない」


 最後? この人は何を言っているの?


「お前。霊体に戻ればここから逃げ出せるんじゃないのか。復活したお前とどう戦うか、考えていたのに」

「ふっ。何事にもデメリットというものがあるということさ。バルタザールの人形は強力だが、代償も大きい。稼働するにも多くの魔力を消耗するし、抜け出す時はかなり多くの魔力を消耗する。霊体を維持す力も残らないくらいにな。今の私には回復できる場所まで移動することは不可能。つまり、私の生はここまでと言うことだ」


 私は絶句してしまう。ヴァレンティナが、そんなリスクを背負って戦っていたなんて。


「お前! 死ぬかもしれないのに人形に憑依していたのか!」

「なあに。もとより私の命はわずかなものだったのさ。本体が、ほとんど動けない状態だったからな」


 ヴァレンティナはあっけらかんと説明してくれた。


「この魔術は魂をつなぐ本体があってこそなんだ。本体が死ねば、霊体を維持できなくなる。魔物にでもとらわれない限りは、私の命は本体が死ぬまでだったのさ」

「本体は、まずいのか?」


 上目づかいで尋ねるファビアン様に対し、ヴァレンティナの声はどこまでも朗らかだった。


 まるで、自分がやるべきことをすべてこなしたときのように。


「私の体はボロボロだよ。水魔法で癒すことができないくらい傷ついている。動くこともままならない。あのヴァッサーの塔で、指一本動かせず、死を待つのみなのさ」

「ね、ねえさまは、死ぬの?」


 とっさに振り向くと、そこにはフロリアン様に守られたペドロ君が目を見開いていた。


「い、嫌だよ! 死ぬなんて、そんなの、駄目だ! 僕を一人にしないでよ!」

「お前には、もう守ってくれる人がいるのだろう? 立派な魔法使いになりたいのなら泣くんじゃない。お前の人生を勝手に決める姉のことなど忘れろ。魔力過多者が生きていく道は容易じゃない。これからは、自分が生きることだけを考えろ」


 ペドロ君を突き放すヴァレンティナ。でもその言葉にはどこか、優しさがあふれているように見えた。


「いやだよ! ねえさまが、僕のことを考えていてくれたのは知っているんだ。なのに! こんなの、あんまりじゃないか!」


 激しく叫び出すペドロ君にもヴァレンティナは応じない。自分の役目が終わったかのように、静かに目を閉じていた。


「逃げるのか、ヴァレンティナ」


 静かで厳しい声が掛けられたのは、そんな時だった。冷たい言葉を発したファビアン様は、落ち着いた口調でヴァレンティナを見下ろしていた。


「逃げる、だと?」

「そうだ。ここで死んだらお前の部下はどうなる? この騒動の責任を、すべてかぶせていなくなるのか。それが、お前のやり方なのか。そうだな。確かにお前たちはそういうやつだったな。逃げて隠れて、うらやんで。この国を攻撃することしかしなかったからな」


 ヴァレンティナの目に闘志が宿った。


「お前に! お前ごときに何が分かる! 私たちの苦しみが! 顧みられなかった者たちの恨みが!」

「その恨みが何をした? お前がやったのはその苦しみをぶつける相手を用意しただけで、何にも与えていないじゃないか。お前はお前を慕う者たちに、何も与えることができなかった」


 冷たく言うファビアン様を、ヴァレンティナは呪い殺さんばかりに睨みつけている。後ろのフロリアン様が、何か言おうとしてやめたように見えた。


「黙れ! みんなわかっていたのだ! 私たちがやろうとしていたことが蜘蛛の糸を掴むようなものだと! それでもみんなやってくれた! わずかな可能性に賭けて、この国で戦うことを選んだんだ!」

「お前たちのせいで苦しむ人が大勢出るかもしれないのに? お前たちはどうしようもないな。原因に直接当たらず、他国の、私たちの国の民を苦しめようとするとは」


 ヴァレンティナの言葉にファビアン様は動揺する様子も見られない。


「お前たちのやろうとしたことはこの国の民を苦しめようとするのに他ならない。本当に赦し難いな。謝る気持ちもないとは」

「これしかないのだからしょうがないだろう! ああそうだ! 私たちはこの国を滅ぼそうとした! この国の民の安寧も考えずに、自分たちの栄達のみを考えてな! そして敗れた! 敗軍の将に、言い訳など許されないだろう。謝罪できるなら謝罪しよう! 罪だって償ってみせる! だが!」


 馬連ティナのその言葉を聞いた瞬間、ファビアン様がにやりと笑った。


「言ったな! 謝罪できるならすると! 罪を償うと! なら!」


 ファビアン様はすさまじい笑顔で懐から出した紙を突き付けた。


「お前らは知らないかもしれないが、ベール家が作った契約書さ。あの、ヘッセン家の秘術の元になったというな。ま、これには敵わないんだけど。これに書いたことを破ることはできない。強制的に従わせるというものさ! たとえ魂になっても逆らうことはできない! お前の言うことが本当なら、これに署名することができるな!」

「なっ! なぜこんなものが!」


 驚愕するヴァレンティナに私も心から同意していた。


 そう言えばファビアン様は家にあったいくつもの魔道具を持たされたと言っていた。その中に、ベールの契約書があったということか。


「ば、馬鹿を言うな! 私はもう消えると言っただろう! それなのに!」

「この杖は木星の杖と言って、魔法を維持する力がある。魔法だけじゃなく、魂だって維持できる。近くにあるなら、これに乗り移ることだってできるだろう? これに取りつけば、お前の魂を維持できるんじゃないか?」


 杖を差し出すファビアン様の表情はなぜか得意げだった。ヴァレンティナはその顔を憎々し気に睨みながら、それでもファビアン様に反論していく。


「聞いていなかったのか! 私の本体は、もう死にかけていると! 水魔法でも癒せないくらい傷ついていると!」

「お前は本当に連邦の常識にとらわれているな。光魔法は水魔法以上の癒しが使えるんだよ。それに、僕の姿を見ろ」


 ヴァレンティナは怪訝な顔でファビアン様を見ると、すぐに何かに気づいてはっとした。


「お前! なぜぴんぴんしている! 私の腕で吹き飛ばされたはずだ! 血も、随分と流れていたはずなのに!」

「そうさ。確かに僕はお前の攻撃で痛めつけられた。かなり、痛かったよ。今まで感じたことがないくらいさ。でも、ほら」


 そう。ヴァレンティナの攻撃を受けたはずのファビアン様は、服はところどころ裂けているけど、傷は一つも見られない。あれだけ強い攻撃を受けたのなら、普通はどこかに切り傷があったり、骨くらい折れてしまうと思うのに。


「霊薬を使ったんだよ。東が誇るあれを使えばこのとおり。傷一つ残っていないだろう? これと光魔法を組み合わせればもっとすごい癒しを行えるんだ」


 自慢げに鼻をすするファビアン様は、そのまま言葉を続けた。


「お前の本体は、ヴァッサー領にある塔にあるんだろう? 今、そこにはこの国の精鋭たちが向かっている。霊薬を持った魔法使いに、光を使った魔法使い。念のため、ヴァッサーの元嫡男やマルク家の令嬢までいる豪華なメンバーさ。あの人たちがトリビオの記憶をもとに、塔を再調査するらしい。もしかしたら、お前の体ももう見つめて癒しちゃってるかもしれないよ」


 そういうと、ファビアン様は杖と契約書を突き付けた。ヴァレンティナは追い詰められた顔で、憎々し気にファビアン様を睨んだ。


「この悪党が! 逃げられないようにするために、契約書や杖まで持ち出すとは!」

「悪党とは光栄だね。ヨルン・ロレーヌの血を引く僕らにしたらその言葉は何よりの誉め言葉さ。さあ。どうする? 仲間たちを助けるために罪を償うか、それともこのまま消えてしまうか。僕は、どっちでもいいんだけどな」


 ひらひらと契約書を振るファビアン様は、どこまでもうれしそうに輝いていたのだった。

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