第150話 星持ちと巫女崩れ
「グローグ・フレイ!」
私が作った赤い魔法陣から巨大な火の玉が現れた。火の玉は一直線にヴァレンティナに向かうと、直前で弾けて周りに炎をまき散らしていく。
あっという間に、火だるまになるヴァレンティナ。でも彼女が右手を上げると水が雨となって降り注ぎ、炎を瞬く間に消してしまう。
黒焦げになったはずのヴァレンティナだが、次の瞬間には元通りになっていく。髪も皮膚も、一瞬で癒されてしまう様は何度見ても驚愕してしまう。
「大した火力だな。星持ちというヤツは。生身なら敵わなかったかもしれん。だが、今の私を狙うには力不足だな。どんなに炎に晒されても、この体ならすぐに回復してしまうぞ。お前の攻撃はすべて無駄になってしまったと言うことだ」
にやりと笑うヴァレンティナが、口を大きく開けてきた。そして顔の前に現れた、青い魔法陣。その中心から、私の頭くらいの水弾が勢いよく発射された!
「くっ! お前!」
あれだけ圧縮した水弾は、私の魔力障壁では防げない。慌ててステップバックして何とか水弾を躱していく。
私は警戒心を高めて次の攻撃に備えた。
必殺の魔法を防いだと思ったらすぐに効果的な魔法に切り替えられてしまう。かつての私とは違い、ヴァレンティナは必殺の魔法に囚われずに次の魔法を使ってきたのだ。
その素早い機転に、背筋が凍るような思いがした。
「ふっ。私の魔法がお前との相性が悪いと言っていたが、お前も私とは相性が悪いようだな。お前の魔法では私を倒すことはできん。一撃で倒せないのなら、お前など恐るるに足りぬ!」
「くっ! 厄介な!」
ヴァレンティナはさらに2発の水弾を吐き出すと、蛇の尾をくねらせて私に突進してきた!
一撃目の水弾を避け、2発目のそれを刀で切り払う! そして地を這うように進んで放たれたヴァレンティナの右手!
右手の指は、気持ち悪いくらいの伸びていた。青い魔力を纏った指は、一本一本が刃のように斬れるようになっている。抜き放った刀でなんとか受け止めなければ、私の体は斬りつけられていたかもしれない。
私の刀とヴァレンティナの右手。まるでつばぜり合いの様に押し合うが、ヴァレンティナが左の拳を突き出してきたことで膠着状態は終わってしまう。顔を殴られるのは防いだものの、左肩を打たれて吹き飛んでしまった。
吹き飛ばされながら、私は見た。ヴァレンティナの口から青い魔法陣が展開されているのを!
「くっ! まずい!」
ヴァレンティナの笑いとともに発射された、青く大きな水弾!私の顔めがけて突き進んでいくそれを、私は魔力障壁を展開させて何とか防ごうとする!
ヴァレンティナの、勝利を確信したような笑い顔! だけど想定に反するように、水の砲弾は私をかすめて後ろに飛んでいった。
私の魔力障壁は、ヴァレンティナの水弾を反らすことに成功したのだ。
「ほう。今のを避けるか」
「今の一撃は、さすがにこらえられそうになかったですからね」
私は冷や汗と荒い息を吐きながらヴァレンティナを睨みつけた。
おそらく、水弾を受け止めようとしたら魔力障壁ごとつぶされていたに違いない。ヴァレンティナの水は、私の火に強い。でも、障壁を斜めにして反らせば、直撃を防ぐことは難しくないはずだ。
「意外と器用だな。星持ちというヤツは」
「今度はこちらの番です!」
私は足に黄色の魔力を流し込み、ヴァレンティナに向かっていく。相手の想定以上のスピードだ。内部強化した私の脚力は、レベル3の水の外部強化よりも優れているはずだから!
一瞬にしてヴァレンティナの懐に入った私は、驚愕するあいつを尻目に、刀を鞘から抜き放つ!
「秘剣! 鴨扇ぎ!」
私の、必殺の秘剣だった。彼女の魔力障壁をかき消し、胴を両断するはずだった秘剣は、しかしその用を満たさない。ヴァレンティナを吹き飛ばすだけで、刃があいつを切り裂くことはなかった。
数歩下がったヴァレンティナはすぐに態勢を立て直し、私を嘲笑った。
「それがお前のお得意の剣か! だが、私の水の魔力障壁を打ち破れないようではたかが知れている! 威力不足なんだよ! 水のレベル5の障壁は、お前ごときには破れないんだ!」
ヴァレンティナの嘲笑を私は否定することができず、再び居合の構えをとることしかできなかった。
私の刀の技量では、ヴァレンティナを両断することができなかった。傷は、少しはつけられた。でも、すぐに回復できる程度の傷だ。これではヴァレンティナを倒すことはおろか、ダメージを蓄積することもできない。
「火力が、足りないということ!」
「くくくくく! 剣技は、まあ大したものなのだろうな。だが、私には及ばない! 火は水に弱い! これは常識だ! お前の炎の魔法では、私に傷一つ負わせられないということさ!」
お返しとばかりに振るわれる右腕を、後ろに飛んで躱していく。だけど次の瞬間に、ヴァレンティナは口を開いて青い魔法陣を展開させた!
「! その魔法陣は!」
「頭を下げろ。ここにいるのはお前ごときが無礼を働いていい相手ではないのだ」
言葉とともに、青い魔法陣が輝きだす。その中心からにじみ出たのは、あの沸騰したような熱く黄色く濁った水だ。
「パンタノ・アシェード」
あの黄色く濁った水は、さっきのように私めがけて扇状に伸びてくるんじゃない! 私の足元を狙って発射されたのだ!
黄色い水は私の前に着弾すると、あっという間に周囲に広がっていく。私は瞬時に飛びのくが、地面はまるで沼のようにぬかるんでいて、どこまでも沈んでいきそうな気配を感じていた。
「まさか! お前は!」
「はっ! これならば無効化できまい!」
ヴァレンティナの狙いは私に魔法を直撃させることじゃない。私の移動範囲を縮めることだ! 地面を黄色い水で満たすことで、下半身をあの水に浸らせていくつもりなんだ!
「くっ! これでは!」
私はいつもより遠く後ろに飛んで、あの黄色い水を避けていく。だけど黄色い水が広がるのが早い! ヴァレンティナが手から魔力を発射すると、あっという間にその範囲を広げていった。
「お前は!」
思わず叫んだ私は、信じられないものを見た。ヴァレンティナが長い尾をくねらせて、私に近づいてきているのだ!
軌道上にはあの黄色い水たまりがある。それを全く気にせず近寄ってくる姿に、私は恐怖を隠せない。あの水はヴァレンティナをも溶かしているのに、それをまったく気にしていないのだ!
「回復力を生かした戦法と言うこと!」
黄色い水をものともせずに突っ込んでくるヴァレンティナ。あまりの素早い動きに、私は避けることも忘れてその動きを見つめてしまう。
私の至近で目が合った。
右手を振りかぶったヴァレンティナは、歪んだ笑顔を私に向けてきた!
「この!」
「おおおおおおおおおおおぁ!」
力いっぱい横薙ぎに振るわれた腕が、わずかに私にかすった。スウェーバックで逃れようとしたのに、わずかにかすめただけなのに、私は血を流しながら枯れ木のように吹き飛ばされていく。
2度ほどバウンドし、壁に激突して止まる。
「くっ!」
なんとか立とうとする私だったが、思うように力が入らない。そんな私をあざ笑うかのように、再び突進してくるヴァレンティナ。私は刀を杖代わりにして何とか立ち上がるが、ヴァレンティナは目の前に迫っていた。
思わず目の前を両手で交差させて顔を守ろうとしてしまう。間に合わないのが分かっていながら、反射的にそうしてしまった。
どごおおおおおおお!
目をぎょっとつぬるが、ヴァレンティナの爪が下りてくることはなかった。突如として現れた岩の塊が、私とヴァレンティナを遮ってくれたのだ。
「な、何とか間に合った」
荒い息を吐きながら額の汗をぬぐったのはファビアン様だった。ファビアン様が魔法で土壁を作り出し、ヴァレンティナの攻撃を遮ってくれたのだ!
これほど大きな土壁を瞬時に作り出すなんて、さすがは公爵令息と言ったところか。私にとっては助かったが、その行動はヴァレンティナの狙いを集めてしまうという最悪の結果を作ってしまう。
「小僧。邪魔をするか」
言うや否や、ヴァレンティナは蛇の尾をくねらせながらファビアン様に向かっていく。あまりに急な方向転換に私もとっさに反応できない!
「ま、待ちなさい!」
「く、来るか!」
私が止める暇も、ファビアン様が迎撃する隙も無かった。瞬時に移動したヴァレンティナは、ファビアン様めがけて右腕を振り下ろした。杖で身を守ったものの、ファビアン様はそのまま吹き飛ばされていく。血を流しながら吹き飛ばされるファビアン様を、私は見ていることしかできなかった。
次の瞬間、ヴァレンティナが再び大きく息を吸い込んだ。あいつの顔の前に発現した青い魔法陣に私は顔を青くしてしまう。
「だ、駄目! 駄目です!」
必死で踏み出そうとする私に、ヴァレンティナの静かな声が聞こえてきた。
「まさか、ロレーヌの男児ともあろうものが、星持ちとは言え子爵令嬢無勢を守ろうとするなんてな」
「知らないのか? ロレーヌとビューロウは、お互いに守りあう関係にある。先輩がピンチなら、僕が助けに入るのは当然のことさ」
倒れた姿勢のまま、震えながら強気に笑うファビアン様。私は何とか彼にかけよろうとするが、圧倒的に時間が足りない。
ヴァレンティナは彼を一瞥すると、気合とともにあの水弾を吐き出した!
「セイル・アシェード」
ヴァレンティナの魔法陣から飛び出した大量の水は、ファビアン様をあっという間に水浸しにしてしまう。
大量の白い煙がファビアン様のいた場所から立ち上っていく。私はその光景を、絶望感とともに見つめることしかできない。
「あ、ああああああああ!」
間に合わなかった! 今度は、私は間に合わなかったのだ!
私はヴァレンティナを睨みつけると、その懐に飛び掛かっていく。そして間合いに入ると、
「鴨扇ぎ!!」
素早く刀を抜き放った。
だけどあいつは、私の秘剣を体を反らして躱してしまう。そしてお返しとばかりに放たれた衝撃に、私はまたしても吹き飛ばされてしまう。
「ははははは! 王国の公爵子息と言え、こんなものだ! 戦場に弱者のいる場所などない! 無謀にも私の邪魔をするからこうなるんだ!」
哄笑するあいつを、震える体を起こしながら睨んだ。何とか立ち上がったもののふらふらで、私に反撃する余力がないのはばれているかもしれない。
そんな私をあざ笑うかのように、ヴァレンティナが再び息を吸い込んだ。
だけど次の瞬間、まだ幼い少年の声が辺りに響いた。
「姉さま! もうやめてよ!」
叫んだのはペドロ少年だった。制御装置の前でフロリアン様にかばわれながらも、気丈にもヴァレンティナを睨みつけている。
「私に逆らうからだ! お前も早くこちらに来い! 私の言うとおりにすればうまくやってみせる! 生きたいのだろう? 天災と言われるのが嫌なんだろう? ならば大人しく私の言葉に従え! お前は何もしなくてもいい! お前の道は私が作ってやる!」
「ふざけないで!」
私は頭がぐしゃぐしゃになりながら、ヴァレンティナに叫び返していた。
「置いていく側だって、そんなことを命じる権利があるわけがないでしょう! 言うとおりにしろなんて、そんな命令に従うわけがないでしょう! 私たちにだって意思はあるんですから!」
「黙れ星持ち! お前ごときが、私の家族の話に首を突っ込んでくるな!」
ヴァレンティナがすさまじい剣幕で私を睨んでくるが、私は負けじと睨み返した。
「置いて行かれる側だって、やりたいことがある! たとえ力不足だと言われても、挑戦したいことがあるんです! 自分が無価値だなんて決めつけられたくはない! そんなふうに、誰にも否定できない! 否定されたくない! たとえお前が私たちを力不足と決めつけても、私たちにだって意思はあるんです!」
叫び返すと、再び刀を鞘に納めて体をひねった。
「何をふざけたこと」
「お姉さまは言ってくれた! この王都のことは私に任せると! あの人は私を落ち着かせたかっただけかもしれない! でも、私はその言葉で救われた! 私は役立たずだから置いて行かれたわけじゃないって、すがることができたんです!」
私の剣幕に、ヴァレンティナは口ごもった。だけどすぐに調子を取り戻して私を睨んだ。
「お前に何が分かる! 家族で静かに暮らすことだけが私の望みだ! その夢を、お前なんかに!」
「たとえそれがあなたの夢でも! 本人の希望を全く考えない希望なんて、私は認めない!」
刀の柄に手を添えた。
私の刀は黒塗りの鞘に納められている。ギオマー様が作ってくれた、私専用の鞘だ。そこに炎の魔力を流し込んでいく。これと、メリッサがくれたネックレスを合わせれば、私だけの秘剣が完成する。
「ヴァレンティナ。最後の勝負です。私は次の攻撃で、あなたを打ち破ってみせる。私の赤の秘剣で、あなたの夢を断ち切ってみせますから」
「やってみるがいい! 私も次で決めさせてもらう。お前の言葉が戯言に過ぎないことを、私の手で証明してみせてやる!」
そして、私とヴァレンティナは再びにらみ合ったのだった。




