第15話 身体強化の魔道具と討伐任務
「アーダ君のうわさ? あれ、どう考えてもがセだろう。あんな信ぴょう性のない話、僕が伝えるわけないじゃないか。このクラスの人間で信じてる人なんていないと思うよ」
次の日、学園でカトリンにあのうわさについて聞いてみたら、案の定というか、カトリンはまるで信じていないようだった。
「でも、中位クラスの件は詳しく聞きたいな。もしかしたら中位クラスでも全員の討伐任務参加が始まっちゃうって話。正直、もっと後の話になるかと思ったんだよね。この王都の冒険者の数が減ってるのは確からしいんだよ。しかも、優秀な冒険者ほど疾走するケースが多いらしい」
いつもより人の少ない教室にカトリンの声が響いた。何人かは彼女の話に耳をそばだてているけど、本人は気にした様子もない。
冬休みに入って学生の数は減った。エーファは領地に戻ったようだが、生徒の中には私のようにこっちで冬休みを過ごす生徒もいる。西の貴族にも居残り組はいて、カトリンは王都に残ったようなのだ。
「まじで? 中位クラスでも慣れてない人が討伐に来るってこと? それやばくない? あたしらですら、慣れないうちは苦労することが多いのに!」
急に話に乱入してきたのはニナ様だった。彼女も冬休みはこっちで過ごすようだけど、西のへリング家の分家の出身なのに残るなんて正直意外だった。本人は討伐経験を積みたいから残ったそうだけど、幸か不幸かその機会は多くなると思う。
「大丈夫だと思うよ。もしそうなっても指導を担当するのは上級生だろうし、引率の教師も人員を増やすという話もある。当面は、僕たちに影響はないと思う。一緒に任務にあたるのは、彼らが一人前になった後だと思うしね」
あからさまにほっとしたニナ様だった。
でもいつかは私も中位クラスの他の人と組むことになるかもしれない。エルナ様のように物分かりが良い人ばかりならいいけど、ヘルムート様やドミニク様のようだったら・・・。今からちょっと憂鬱な気分になる。
その時、教室に新たな生徒が入ってきた。アーダ様がいつもと同じ静かな表情で登校してきたのだ。
冬休みが始まってからも学生たちは学園に登校している。学園の教室は解放されているので、みんな思い思いに過ごしているんだけど、登校しているとこの場で討伐任務を依頼されることが多いのだ。
「お! アーダ君! いいところに! ちょっと聞きたいことがあるんだ」
カトリンが入ってきたアーダ様を呼び止めた。アーダ様は驚いた顔をしたが周りをきょろきょろしながらおずおずと近づいてきた。
「あ、あの。カトリン様。どのような御用でしょうか」
カトリンはヴァッサー家の分家だがアーダ様と同じ伯爵家のはずなのに、アーダ様はまるで小動物のように震えている。そんな彼女を気にすることもなく、カトリンが質問した。
「いやさ。ちょっと気になってたんだ。君も聞いているかもだけど、中位クラスから討伐任務に参加する人が増えるかもって話。王都の冒険者が減ったって話だけど、何か聞いていないかな」
自分のことを聞かれたわけではないせいか、アーダ様はほっとしながら答えてくれた。
「私は中位クラスの事情には詳しくないけど、失踪した冒険者を見なかったかって聞かれたことがあります。何でも、ある程度優秀な冒険者ほど姿を消すことが多いみたいですし・・・」
そしてアーダ様はなぜか私を不安そうに見つめた。
「あ、あの・・・。知ってるかはわかりませんが、ビッグバイパーを回収してくれた冒険者も姿が見えなくなったそうですよ。ブラスさんとカミロさんたち『虹色の風』の人たちです。彼らの行方を知らないか聞かれました。何でも任務から帰還しなかったらしく。あのクラスの人たちが苦戦するような任務ではなかったそうですが」
「ちょっと待って。学園の、魔物回収を依頼されるほどの冒険者が失踪したってこと!」
急に話に割って入ったのはエリザベート様だった。彼女はヴァッサー家の令嬢なのに残って粛々と討伐任務に備えている。教室でも私より早く着いていたくらいなんだけど、彼女まで会話に加わるとは思わなかった。
彼女はこちらの視線に気づくと、取り繕うように説明してくれた。
「学園の依頼を受けてくれる冒険者は、腕も人品も一級品の人ばかりよ。当然よね。私たち貴族を相手するのに、礼儀知らずを向かわせるわけにはいかないもの。でも、そんな冒険者が取るに足らない任務で失踪したとは考えられない。となると、何かの事件に巻き込まれたってことかもしれない・・・」
顔色を青くしたエリザベート様に、私は何か追加情報がないか思い出してみた。
「えっと・・・。確かブラスさんって、刀を装備した冒険者でしたわね。うん。他には後輩さんも身体強化用のアンダーウェアを装備しているみたいで、あれを全員に与えられるなんて羽振りがいいんだなって思ったんですけど」
エリザベート様は一瞬驚いたような顔でこっちを見たけど、すぐにまじめな顔で水色の髪をいじりだした。
「さすが身体強化のビューロウ。服の下に着るもののはずなのに使っているのがすぐわかるのね。あれは王国で開発されたものだけど、最近は連邦で作られた廉価品が出回ってるのよ。貴族は使う人が少ないようだけど、平民の冒険者にはかなり重宝されているそうだわ」
「え? 便利そうな魔道具なのに貴族には出回っていないの? なんで?」
ニナ様がすかさず聞くと、エリザベート様は私を見つめた。どうやら身体強化の専門家の私からきちんと説明したほうがいいということらしい。
「えっと。あれは強化しやすくするために出力をかなり落としているんです。だから、確かに身体強化はできるんですが、私たちが使う身体強化ほどの効果はないというか・・・。あれは魔力の色を黄色か青に固定してを強制的に収集するから、2属性を同時に扱える人ではないと他の属性の魔法を使えなくなるというデメリットもありますし」
よかった。実家でおじいさまに話を聞いておいて。エリザベート様の質問にも何とか答えられたようだ。
「貴族用のも開発されたけど、あれを使ったクルーゲの先輩がビューロウの狼に大敗してしまって、それ以降は見向きもされなくなったのよね。私たちのように魔力量が高く、制御ができる人間にはかえって逆効果になってしまう。自前で身体強化をしたほうがはるかに強いからね」
「じゃあうちらが使うには不適格ってことか。回復も使えなくなるならあんまり意味はなさそうね。残念」
ニナ様は興味をなくしたように背伸びをした。その様子をフォルカー様がはらはらした様子で見ている。そんな彼らの様子を気にすることもなく、エリザベート様は何かを考えこむように顎に手を当てている。
でもそのタイミングで教室の扉があけられた。書類を抱えたハンネス先生が入ってきたのだ。いつもなら生徒たちは起立したりお辞儀したりするんだけど、今は冬休みだ。みんな一瞥しただけでそれぞれの作業に戻ってしまった。
ハンネス先生はあたりを見渡そうとして、私に気づいて笑顔を向けた。
「ああ! アメリーさん! アーダさんも! よかった! あなたたちなら任せられそう!」
ハンネス先生のこの反応は、そういうことか。
「ニナ様とフォルカー様、そしてセブリアン様もいますね。守り手が慣れていないのはちょっと気になるところですが、あなたたちの相性はそれほど悪くないからいいか。エリザベート様達には頼みたいことがあるし・・・」
ぶつぶつとつぶやくハンネス先生を、ニナ様が期待に満ちた目で見つめていた。
「では、アメリー様とニナ様達にお願いします。南の森でコボルトの群れが出現したと報告がありました。討伐をお願いしてもいいでしょうか?」
「討伐任務キターーーー――! アメリーっちも行くよね? 私は準備万端です! さあさあ、サッサっと案内して!」
なぜかテンションの高いニナ様に押されるように、私たちの討伐任務が決まったのだった。




