第149話 戦いの行方 ※ 前半 セブリアン視点 後半 エリザベート視点
※ セブリアン視点
「ふはっ! やはりお前程度ではゴーレムに手も足も出ないんだな! 最近自信を喪失しそうだったけど、おかげで少し取り戻せたよ」
「くっ! だまれ!」
トリビオの挑発に、私は言葉を返すことしかできない。必死になって刺突剣を振るうが、ゴーレムの体は貫けない。渾身の一撃も、魔鉄の全身鎧によって簡単に防がれてしまうのだ。
「そんな破れかぶれの攻撃が通じるわけがないだろう? お前の腕では魔鉄は貫けない! おとなしく降参しちまえよ!」
ノリノリで言いだすトリビオにイラつきながらも、私はゴーレムたちを観察していた。
私の腕では、魔鉄の鎧は壊せない。たとえ必殺のルス・オレアーダを放っても簡単に弾かれてしまう未来しか描けない。それ以前に、技を放つ隙を見つけられるかも微妙だろう。
「もうあきらめちまえよ。一応、お前らには俺の命まで取らなかった恩がある。悪いようにはしないからよ」
まるで勝利を確信したようなトリビオを無視しながらも、私は考え続けていた。
「鎧の中身は水のゴーレムだ。外側をいくら攻撃しても無駄で、核を壊さなければダメージを与えられない。でも、水ならではの弱点もあるはずだ。例えば伝導率。全身が水なら、一部からダメージを与えればそれを全身に伝えることも難しくないはず。光魔法を、うまく使いこなせば!」
白の魔力を使った身体強化は一部だけだが内部も強化できる。つまり、無属性魔法ほどじゃないにしろ浸透の力は他の属性より強いのだ。光魔法をうまく使えば、傷口から核を攻撃することも可能なはずだ!
「何ぶつぶつ言ってんだ? やっぱりシクスト様とは違うな。まあいい! 行け! ゴーレム! あいつを倒せ!」
トリビオの号令とともにゴーレムの猛攻が始まった。独り言をやめて戦いに集中する。大剣の一撃を掻い潜り、続くシミターの一撃をバックステップで躱していく。
「ちっ! もう慣れやがったのか!」
「はあ!」
トリビオの声を遮って放った一撃は、鎧の騎士の目のあたりを難なく貫いた。人間相手なら、これで終わりだ。頭を貫かれれば生きている者はいないだろうが・・・。
「・・・・」
鎧の騎士は無言で大剣を振るってくる。私は何とかそれを避けながら、安堵の息を吐いた。ダメージにこそつながらなかったが、攻撃を与えらえたことにほっとしてしまう。
「はっ! 無駄な足掻きを! お前じゃあ俺のゴーレムは倒せねえよ!」
嘲笑するトリビオだが何かを思い出したのか、急に真顔になった。
「・・・。あのねーちゃんが来たら分かんねえけど。むしろ、簡単に倒されて唖然とする姿しか思い浮かばないんだけど!」
「くっ! 一応は、あのアロイジアの甥と言うことか! ここまでできるとは!」
顔を青くしていたトリビオだが、私の言葉を聞いて睨んできた。
「まさか、連邦出身のお前まで伯母さんのことを言うなんてな! てか、お前は連邦出身者だろう? いいのかよ! こんな、水の巫女の意向に逆らうような真似をして!」
「お前は分かっていないな。連邦の出身者のすべてが水の巫女を支持しているわけではない。表では従っているふりをしていても逆らう者もいるということさ。まして、戦争をしようと言う彼女たちに従わない勢力も当然のようにある」
トリビオがはっとしたように私の顔を見た。
「そ、そうか! なんか引っかかると思ったら! お前が2度目の留学を許可されたのは、もしかしたら!」
「おっと。そこまでさ。お前の勝手な想像を垂れ流すなよ。僕はそうかもしれないっていう可能性を示しただけさ」
トリビオも頭を掻き見だしながら、私は体の中の白の魔力を練り込んでいく。
理屈は、たぶん身体強化と同じだ。アメリーの言った通り、内部まで強化してくれる白の魔法。その特性があれば、わずかな隙間から全身にダメージを響かせるのも不可能ではないはずだ。
「イメージは、雷光か。雷のように、刺突剣に光をまとわりつかせられれば!」
私は刺突剣に纏わりつかせた白の魔力を一度解除する。襲い掛かってくる鎧の騎士たちの攻撃をかわすように大きくバックステプする。
そして、刺突剣を縦に構えると、
「ラーリョ」
イメージとともに、白の魔力を刺突剣に流し込んだ。
刺突剣に魔力は伝わった。時折走る、稲妻のような影に、私は魔法が成功したことを確信した。
「何を、無駄なことを!」
トリビオの嘲笑に構わず、私は刺突剣を振るう。
たとえ改良したとしても、連携がうまくとも、ゴーレムの動きは単調だ。距離を開けた今なら、鎧の隙間を攻撃することも難しくない!
大剣の一撃を躱しながら鎧の目に刺突剣を流し込む。そして続くシミターの一撃を左に避けながらもう一体の首を切り裂いた。
私の反撃は、鎧の騎士たちに確かな斬撃を与えることに成功したのだ!
「はっ! 無駄なこと・・・を?」
トリビオが疑問に思った瞬間だった。
鎧の騎士が一瞬だけ激しく痙攣した。そして崩れるように2体が倒れ込んでいく。
後には、呆然とするトリビオだけが残った。
「え? な、なんだ? なんで俺のゴーレムが?」
「トリビオ。ありがとう。お前のおかげで私は一歩踏み出せた。白の魔力の特性を、また一つ理解できた気がするよ」
そう言って近づくと、トリビオの首めがけて刺突剣を振るった。刺突剣に撃たれたトリビオは、白目をむいて倒れ込んでいく。
あまりにもあっさりとした幕切れに、思わず目を丸くしていた。
「あ、あれ? トリビオ?」
驚いて、思わずトリビオを覗き込んだ。
私の一撃は刺突剣の峰を使ったもので、命まで奪う気はなかった。それなのに、トリビオはまるで死んだように動かなくなったのだ。
刺突剣の先でついてみる。でもトリビオは白目をむいたまま何の反応も示さない。わずかに呼吸はしているようで、ぴくぴくと動いているようだけど。
「あ、そうか。ラーリョの効果がまだ残っていて、それでトリビオの意識を奪ったんだな」
ここまでするつもりがなかったので、思わず頭を掻いてしまう。
そして、すぐに頭を振って、あたりを見回した。まだエリとシグが戦っているはずだ。大きく飛んだせいで少し離れたけど、戦況は・・・。
馴染同士の戦いは佳境に入ったようだった。
※ エリザベート視点
「この!」
シグが放った水弾を土魔法で作った障壁で反らした。
正直、シグの水魔法はかなり重い。アメリーほどではないけど、レベル4と言っても差し支えのない強さだった。でも、魔法技術は私にすらもおよばない。ビューロウで鍛え、ギオマーの魔道具で修行した私の魔力制御は、属性の違う土の障壁の制御も飛躍的に高めてくれた。
その上、我が家の家宝である氷夢の杖は、より一層の細かい魔力制御を可能としたのだ。
「無駄よ。あなたの腕では私の土は破れない。レベル4相当の水の魔力でも、細かく操作すればレベルが低い土の障壁で簡単に反らせるからね」
「くそっ! ふざけるなよ!」
むきになって魔法を放ち続けるシグを、私の土の障壁はすべて反らし続けていく。
私は魔力制御を鍛えた効果を実感していた。
確かに、威力と言う意味ではシグの魔法は強い。もし正面から受け止めていれば、私の土の障壁なんて簡単に貫かれてしまうだろう。でも、障壁を工夫して反らすことに集中すればこの通り。レベル4の水弾を、レベル2の土の魔力障壁で反らせてしまうのだ。
「ほら! 資質のレベルを上げたんでしょう? 私の魔力障壁くらい、簡単に貫けるんじゃないの?」
「ふざけるな! 少しばかりいい杖を持っているからって調子に乗りやがって! こんなはずはない! こんな・・・! 私はレベル4の魔力を手に入れたはずなのに!」
むきになって放たれたシグの水弾を、反らし続けることで躱していく。シグは、最初のころは私を傷つけないようにしていたようだけど、今は全力で魔法を放っている。
まあ、どれだけ威力を高めても当たらなければ何の意味もないのだけど。
やはり、シグにはアメリーほどの魔力制御の腕はない。私程度でも反らせるほどの魔法しか放てないのだ。これが曲げたりスピードを変えたりできるなら厄介だけど、それをする技術もないのだ。
氷夢の杖と、それを操る技術さえあれば、シグの攻撃など恐るるに足りない!
「うちの国で星持ちが尊ばれる理由がわかった? 彼らはレベル4の濃い魔力を持っているだけじゃない。それを自在に操れるだけの魔力制御技術を持っているのよ。資質だけ高めても、星持ちには敵わないの」
「黙れ! 黙れえ!」
むきになって放たれた水弾はますます単調になり、簡単に反らすことができた。
「ねえシグ。その、魔力のレベルを上げる方法って、簡単なものじゃないんでしょう? 代償があるのよね? たとえば、他の属性が一切使えなくなるくらいの」
「!! お、お前! どうして!?」
図星、か。やはりシグは他の属性を犠牲にして資質のレベルを上げているらしい。
「バルトルド・ビューロウの本に書いてあったわ。属性の資質が他の色で塗りつぶされている場合は、塗りつぶした色のレベルが一つ上がると。あなたたちはそれを利用して、水のレベルを上げているのね?」
だってシグは、水以外の属性を全く使おうとしていないもの。
私の土の障壁だって風の魔法を使えば何とでもできるはずだ。風は流動性が強い分動きも読みにくくなる。さっきやったように、土の障壁で反らすことは困難だ。簡単に打開できるはずなのにそれをしないのは、それが不可能になったに違いないのだ。
「でも、そうやって上げたレベルも生来のものには程遠いようね。すへてを水にささげたにしては、能力が弱すぎるもの。3属性つぶしてやっとレベルを1つ上げらえるとか、そういう感じじゃない?」
「だ、黙れ!」
これも図星、のようね。
やっぱりシグやウェンデル、そして水の巫女は他の属性を閉ざして水のレベルを上げているんだ。でも、そうやってつぶしても生来から属性が閉ざされている人には及ばない。炎の巫女や、ウィント家のギルベルト先輩のように、生来から一部の資質がつぶされ、それによってレベルが上がっている人には届かないのだ。
「ねえ。そんなことしてなんになるの? 確かにレベル4やそれ以上の魔力は強力よ? でも、アーダを見ればわかるでしょう? たとえレベル1でも他の属性があったほうが、魔法使いとしては優れているのではなくて? 資質は低くても属性が多いほうが、できることは各段に増える。こうやって、相手の弱点を突くこともできるし」
「これでいいんだよ! これで! これのおかげで、俺は水の巫女のような力を手に入れられたんだから!」
まるで自分に言い聞かせているようだった。
「属性レベルが強力なほうがいいのは、お前にだってわかるだろう! 昔はお前だって言ってたじゃないか! 自分がルイさんに敵わないのはレベルが低いからかもだって! 水が得意な魔法家の生まれなら、星持ちみたいになれたほうが良かったって!」
「それは子供のころの戯言よ。確かにうちは水の魔法家だけど、他の属性を学ばないわけじゃない。他の属性にも敬意をもって接しているわ。水以外を疎んじるあなたたちと違ってね。必要とあらば水以外の属性だって使うのだから」
確かに水の魔法は「攻め」「守り」「癒し」を効率良く使える万能な属性かもしれない。でも、すべてをまかなえるわけじゃない。攻撃性に関しては火に、守りに関しては土に、そして、癒しにおいては光にとってかわられてしまう。
水だけで戦うなんて、魔法使いとしては未熟と言っても過言じゃないのだ。
「そういえば、トリビオは他の属性も使っているわね。彼は臆病だけど賢いわ。この国出身の彼は、他の属性の強みを理解しているのだから」
「なんでだ? なんであたらない! 素質のレベルは明らかにこっちが上なのに! 3つの属性を捨ててまで、水の力を強化したのに!」
セブが地団駄を踏みそうな顔で悔しがっている。
彼の言い分んは分からないでもない。私も小さいころはお兄さまに勝てなかった。資質のレベルさえ高ければお兄さまにも勝てると思ったこともあった。けど、決して資質のせいではなかったと、今なら理解できる。
今ならはっきりと言える。あの頃のお兄様と私には、魔力制御の技術に大きな差があったのだ。
「ねえ。その星持ちのような魔力、自力で使っているわけじゃないんでしょう? 魔道具か何かでレベル4の魔力を操れるようにしているんだ。そうよね。自力ならこんな拙い攻撃をするわけがないもの」
「う、うわああああああ! お前! お前ぇ!」
血走った目をしながら駆け込んでくるシグに土礫を飛ばしていく。それはあっさりとシグに直撃し、シグは傷だらけになってこちらを睨んでいる。
いくら睨もうが、私に触れられないのではね。そう思うと同時にアメリーの言動の正しさをかみしめた。
討伐任務のさなか、フェリシアーノに襲われたアメリーは彼を煽ることで攻撃を避けやすくしたと言っていた。それと同じことが、今私にも起こっているのだ。
「実際にシグの動きが単調になって避けやすくなったからなぁ。もしかしたらコルネリウスの奴がこっちをイラつかせるのも・・・。あいつのあれは、たぶん素ね。これとは関係ないか」
「くそ! 戦闘中に考え込むなんて嫌味かよ! ふざけやがって」
思わずクラスメイトのことが頭に浮かぶが、シグが放った水弾により現実に引き戻される。土魔法で何とか反らしたけど、本来ならこんなに簡単に避けられるものではないのよね。アメリーの火魔法だと得意の水を使っても避けられないだろうし、アーダならどの属性でも当ててくるイメージしかない。
「いるのよね。レベルに関係なく、どんなタイミングで当てられるって人は。でも、あなたも私にもそんな才能はない。その人たちよりもっと訓練しないと、何もできずに終わっちゃうのよ」
「うるさい! うるさいうるさい!」
私は溜息を吐くと、右手に握った杖を前に出し、それに左手を載せてシグに突き付けた。
「答えは、とっくにあったのよ。威力が足りないなら、他の属性を足せばいい。私たちがすべきことは、魔力制御の腕を磨くことだった。技術さえあれば、他の属性を上乗せすることもできるもの」
「なっ! それは!?」
私は魔力を練り込んでいく。右手の杖に込めた青い魔力と、左手に作り出した黄色の魔力を!
この魔法はうちと土のラント家が共同開発したものだ。数十年前のころ、当時はうちとラント家の当主が非常に仲が良かった。そして複合魔法について一緒に研究し、一つの属性を生み出した。
それは魔力のレベルとか相性とかいろいろ必要みたいだけど、一応は私も対象になっているらしく、低い物なら私でも発動できた。でも攻撃には向かなすぎて、戦闘で使えないと思っていたのよね。
「今ならわかる。使い方を工夫すればあの魔法でも十分に戦えると。魔力制御の腕を上げたことで、使える魔法は飛躍的に増えた。あなたも知っているでしょう? 複合魔法よ」
青と黄色がまじりあっていく。緑に近いけど、決して同じではない。これは、2つの属性を合わせたものだから!
魔法陣が出現していく。青い文字と、黄色い文字が交互に混じり合ったそれは、ラント家とともに開発した、ヴァッサー家に伝わる秘術の一つだ。
「ヴァッサー ワルド」
魔法陣に魔力を込めた、次の瞬間だった。
シグの足元が揺れ、そこから何本もの芽がすさまじいスピードで天へと伸びていく。水の魔力制御ができないころは発動すらもできなかったけど、今の私ならこの魔法だって思った通りに発動できるのだ!
水と土を合わせた草の属性なんて、あの頃は使えても役に立たないと思っていたのだけど。
「う、うおおおおおおおおおお!」
足元から伸びていく水草に、シグは飲まれていく。そして気づいた時には、顔と左手以外が水草に覆われていた。草に絡みつかれたシグは、動くことができなくなっていく。
「く、くそっ! なんだよ、これ」
「私の、魔法よ。水と土の、合成魔法は、ロレーヌ家のが有名だけど、私たちヴァッサーにだって、あるの。発動するには、それ相応の資質と、魔力制御の技術が、必要だけどね」
私は肩で息をしながら何とか答えた。
やはり、合成魔法は消費魔力がとんでもないわね。一応は侯爵家の後継の私が、ほとんどの魔力を持っていかれている。
でも、シグを仕留めるにはもうひと頑張り、必要よね。
「くそっ! くそくそっ! こんな草なんか! すぐに千切って脱出してやる!」
「そうね。そのままだとそうかもね。でも」
私は氷夢の杖をシグに向けた。
「お前! なにを!」
「なにって、この戦いに決着をつけるのよ」
そう言って、杖に魔力を込めていく。そして現れた青の魔法陣にシグの顔が青くなった。
「ま、まさか! お前! やめろ!」
「ゲフィーレン」
杖からほとばしったのは冷気の風だった。風はシグに纏わりついた草に当たるとあっという間に凍り付かせていく。凍って固くなった草のせいで、シグはますます身動きが取れないようだった。
「く、くそ! お前! お前!」
「火傷覚悟で火魔法を使えば抜け出せるんでしょうけど、水だけではねえ。悪いけど、あなたはここまでよ」
私は大きく息を吐いた。シグは悔し気にもがくが、凍り付いた草はびくともしない。シグがわめきながら身をよじるが、力はだんだんと弱くなっているように感じた。
「残念だけどこれで終わり。確かにレベル4相当の青の魔力は脅威だけど、使い手が未熟ではお恐るるに足りない。まあ、これだけの力をつけられたのは最近だけどね」
私はほっと息を吐くと、
どおおおおおおおん!
そのタイミングで大きな音が鳴った。
私はそちらを振り返ると、アメリーがヴァレンティナに火魔法を仕掛けているところだった。
私は走り出そうとして、思い直して足を止めた。
「援護に行きたいけど、今の私が行っても足手まといになるか。何しろ、これのせいで魔力がすっからかんだし」
「おい! ここを出せ! 俺はあの人を助けなきゃいけないんだ!」
左手と顔だけ出したシグがわめいている。
でも、出すわけないじゃない。あなたにヴァレンティナを援護させるわけにはいかない。アメリーの足を引っ張るなんて、そんなの私のプライドが許すはずがない。
「魔法だって使えないでしょう? その水草、魔力を吸い取る効果もあるから。あなたはここで、私とおとなしくアメリーの決着を見届けるのよ」
そう言いながら、私はアメリーたちの戦いに目を向けるのだった。




