第147話 乱入者と星持ちの魔力
泣きだしたペドロ君を、フロリアン様が慰めている。そうしてゆっくりと歩いてくる2人に、まだ戦闘している人がいるにもかかわらず私は笑顔になってしまう。
ペドロ君の魔力放出が止まった瞬間から、この部屋の魔力は明らかに変わった。今にも暴れ出しそうな危険な状態が、次の瞬間には収まってしまったのだ。
「赤の魔力放出が収まったから、地脈が正常に戻っていくのね。制御装置が正常に作動さえすれば地脈変動は起こらないということ」
「そうですね。うちの国はこれで力をつけたわけですから」
感心したようなエリザに、私は笑顔で答えた。
あんまり見る機会がないのかもしれない。制御装置が作動して地脈が安定していく様は。まあ、細かい調整とかは必要だけど、そこはフロリアン様たちが何とかするのだろう。
「これが、クローリー王国が誇る地脈制御ですか。ちょっと前までは爆発しそうな危うい感じだったのに、もう平穏を取り戻しつつある」
「そうですね。あれはこの国の王族の皆様のみに許された技です。このおかげで我が国は発展し続けている。あれを作り出す王族も、適切に運用する貴族も、尊敬を集めるのが分かる気がしますよね」
留学生のセブリアン様にとって、この光景は信じられないものかもしれない。でも、うちの国はこうやって発展してきたのだ。地脈の制御装置を作る王族と、それを適切に運用する貴族によって。
戦い続けるグレーテやメラニー先生を気にしながらも、私が制御装置が働く光景を見守っていた。
だけど次の瞬間だった。
「先輩! あれは!?」
唐突にファビアン様が叫び声を上げた。
ファビアン様が何かを指さしている。私たちが侵入してきた扉の反対側。制御装置に向かって右側の空間が音を立てて歪んでいるのだ!
「みんな! 警戒を!」
「くっ! 私たち以外に、この場に転移してくる人がいるってこと!?」
そうだ! エリザの言う通り、誰かがこの部屋に転移しようとしているのだ。
「空間を、操る魔道具!? そうか! ウェンデルたちはそれを使ってこの部屋に侵入したのね!」
「地脈変動が収まりつつあるのを察したということか!? なんて素早い! くっ! 制御装置を守らないと!」
雷鳴が起こり、何かが空間をゆがめているのが分かった。そして現れる、不思議な文様の扉。そうか、あそこから敵の増援が来るということか!
私はエリザやセブリアン様とともに臨戦態勢を取った。ファビアン様も杖を握り締めている。
「アメリー様!」
「フロリアン様は、制御装置とペドロ君を! 敵の増援には私たちが対処します!」
私は扉を睨みながらフロリアン様を制した。
私たちの味方が空間を操る魔道具を持っているはずがない。フロリアン様のように、管理者の権限かなにかで私たちに増援が来るとしたら私たちと同じところから来るはずだ。
つまり、あそこから敵側の増援が来るということだ。
扉がゆっくりと開かれた。そして飛び出してきたのはシミターを持った戦士たち。それに、私もみたことがある顔が入ってきた。
青い髪に、金と銀の瞳。顔だけ見れば、セブリアン様にそっくりだった。だけど髪の色が明確に違い、目の色が鏡合わせのように逆になっている。
「シクスト・・・」
セブリアン様のつぶやく言葉を聞きながら、私は警戒心を高めていった。やはり、ビューロウを襲った一味が、敵の増援として現れたのだ!
「やはり、お前は!」
「セブ! 待ちなさい! まだ何か来ている!」
エリザの言葉通りだった。扉から出てきたのは彼だけではない。豊富な魔力を持つ何かが、扉の奥にいるのを感じたのだ。
扉に細い手が添えられた。おそらく女性のものではないだろうか。それは扉を掴むと、押し出すように体を引き上げていく。
何かが這い出てくるのが見えた。その姿が露わになるにつれ、警戒心が高まっていく。後ろのエリザから息をのむ音が聞こえた。
上半身は、きれいな女性だった。青い髪に、水色の瞳をした20代半ばくらいの細身な女性。彼女が扉から這い出して来るのは、違和感がある。体にうろこのような鎧をまとっているのもそれに拍車をかけている。
違和感の正体は、彼女の下半身が見えるにつれ明らかになった。人間の足があるはずの場所に、それがなかったのだ。二本の足があるはずの場所が、蛇のように一本の長い尾の姿をしていた。
「な、なんだ、あれ! 人間と蛇が合わさりあうなんて、まるで物語のラミアじゃないか! あんなの、存在しないはずだろう!? イナグーシャ以外にもこんなものを作ったのか?」
「待って! あれ、人間じゃない! 人形よ! ラミアの形を模した人形が、こっちに近づいてきているのよ!」
動揺するファビアン様に、エリザが敵の正体を看破した。
そうだ。人と何かが合わさったような合成獣なんて、そうそういるはずがない。あれがいるのは物語のだけのはずだ。だから、あのラミアのような魔物は、幻術か、もしくは人形かでしかない。
悪趣味な人形だった。人に言っても幻覚だと笑われてしまうだろう。でも、立ち上ってくる魔力が現実感を強めている。星持ち以上の巨大な青の魔力は、その場を支配すると言っても過言ではなかった。
「ね、ねえさま・・・」
私の耳が小さな言葉を拾った。ペドロ君が、目を見開いてそうつぶやいたのだ。そして、あれの出現とともに地脈が、ペドロ君の魔力が再び揺らめいた気がした。
「な、なぜヴァレンティナ様が!」
動揺したように叫んだのはウェンデルだった。
敵が増えたのを実感した私は、臍を噛んでしまう。メラニー先生は終始有利にウェンデルと戦っていたけど、あのラミアが加勢してしまったら? あのメラニー先生とはいえ、かなり不利になってしまうかもしれない。
ウェンデルの声に反応したラミアが先生たちの戦いを見た。メラニー先生が素早く位置を変えた。増援が来たのを察知して、ウェンデルをラミアの盾にするようにしたのだ。
「さすが、メラニー先生。あのウェンデルをラミアの盾に使うのね。あれなら、ラミアも迂闊な行動はとれない」
でも、ラミアが動揺する気配はなかった。ウェンデルを盾にしたのに、それに構わずメラニー先生たちの方向に向かって大口を開いたのだ!
「セイル・アシェード」
ラミアの口の前に出現したのは青い魔法陣。そこから発射されたのは、扇状に広がる黄色く濁った水だった。一瞬だけ動揺したメラニー先生だが、鋭いステップで大きく後ろに飛んだ。
「ぐ、ぐおっ!」
射程外に逃れたメラニー先生とは違い、ウェンデルは魔法を避けることができない。何とか右手で身を守るが、一瞬にして水びたしになると、
「あ、あつっ! があああああああああああああああ!」
悲鳴のような声を上げた。
水の魔力が直撃した、ウェンデルの体の右半身。そこから何かが溶け出すようなシュウシュウという音と白い煙が漂いだした。
「な、なにあれ・・・。水が、人を溶かしているの?」
「き、聞いたことがあります。かつて水の巫女候補と目されていたヴァレンティナは、人を溶かすような水を作り出したと。でも、仲間ごと倒そうとするなんて!」
エリザが絶句して、セブリアン様が厳しい目であのラミアを睨んでいる。
「つまり、あの人形にヴァレンティナが憑依しているってこと!?」
正直、ラミアが吐き出した魔法の魔力量はそれほどではない。けど、触れたものを溶かす水ならかなり厄介かもしれない。一滴たりとも浴びてはならないのなら、避けるのは難しいかもしれないから。
ウェンデルの右腕は完全に溶けて肘から下が溶けてなくなってしまっている。そればかりか、直撃しなかった上腕部も、熱さのせいか、赤くなってしまっていいる。
「な、なぜ」
「なぜ、とはこちらのセリフだな。なぜお前がここにいる? 私が命じたのは学園を襲うことだったはずだ。それが、なにをしている。こんなところに、弟のペドロを連れてきてまで」
右半身を溶かされたウェンデルが、ヴァレンティナから必死で距離を取っている。
「こ、これは! 私もカロライナ様から命じられて」
「お前は知っていたはずだな。ペドロが、私の弟だということを。教師を目指していたなら知識もあるだろう。魔力過多者が、地脈のあるこの部屋に来ればどうなるかも分かったはずだ」
ウェンデルは必死で言い訳しようとするが、右半身に激痛を感じたようで涙目になってしまう。それでも、何とか言葉を出そうと必死で口を動かしている。
「わ、私だってこんなことをしたくなかった! でも」
「そういえば、お前たちのルールだったな。戦場で役に立たなくなった者や裏切り者を殺すのは」
ウェンデルが目を見開いた。
ヴァレンティナが再び口から出した魔法陣をウェンデルに伸ばすと。
「お前の、お望みのものだ」
「や、やめ!!」
逃げようとするウェンデルに再び汚れた水をはなった。ウェンデルが逃げようとするが、間に合わない!
しかし水は、突如として現れた土の障壁によってすべて防がれてしまう。メラニー先生だ。メラニー先生がとっさに張った土の魔力障壁で、ウェンデルを守ったのだ。
「ほう。お前が守るか」
「メ、メラニー!!」
喜色に染まるウェンデルだが、メラニー先生が放った炎弾で枯葉のように吹き飛ばされていく。驚いて顔を上げようとするウェンデルがつんのめる。ウェンデルの手足が、水でできた紐で拘束されたのだ。
メラニー先生は炎でウェンデルを吹き飛ばし、得意の水で拘束することに成功したのだ。あの黄色い水で濡れたはずのウェンデルはメラニー先生の炎であっという間に乾いている。2つの魔法の効果を、私は冷静に見つめていた。
「その男を、消させるわけにはいかない。その男には今回の一件を残らずしゃべってもらわねばならないのでな」
そしてメラニー先生はウェンデルをかばうように立ってヴァレンティナを睨みつけた。攻撃と拘束を同時にやるとは、さすがは教師と言うことか。初めて見たはずのヴァレンティナの攻撃を完璧に防いでいるし、その後の対処もしっかりとしている。
私も見た。ヴァレンティナの水魔法と、その威力を。そしてメラニー先生が使った魔法の効果も。あれなら、私程度でも十分に・・・。
ヴァレンティナは、無感動に言葉を吐き出していく。
「お前も、私の邪魔をするのか!」
「当然だ。学園を襲う命令をした相手に従うわけがないだろう。お前も捕縛対象だ。生死にかかわらず捕らえるように伝えられている。覚悟するんだな」
ヴァレンティナは舌打ちすると、こちらのほうに・・・。ペドロ君に向きなおった。
彼女はペドロ君に手を差し伸べると、冷たい声で命令してきた。
「ペドロ。こちらに来い。お前がここにいるならちょうどいい。フラウボベもないなら、ここから去ることも難しくないはずだ」
「い、いやだ!」
ペドロ君は、フロリアン様の陰に隠れてしまう。
「おじさんは、僕に言ってくれたんだ! 僕を、魔法使いにしてくれるって! 役立たずだと言われた僕だけど、それでも修行すればちゃんと魔法使いになれるって! だから!」
「ふざけるな! 天災と言われるほどのお前が、魔法使いなどになれるわけがない! 夢みたいなことを言うのもいい加減にしろ!」
びくりとするペドロ君に、ヴァレンティナはさらに追い打ちをかける。ヴァレンティナが話すたびに地脈が乱れている気がして、私は警戒心を強めていく。
「お前に魔法使いになんてなれるわけがない! 水に嫌われたお前に何ができるというのだ! 都合のいいことばかり言われて簡単に騙されて! お前のような奴は、私の言うことさえ聞いていればいいんだ!」
「でも!」
涙目になりながらも、ペドロ君は必死で伝えている。だけどヴァレンティナはまるで耳を貸さない。
「魔法使いになれるなど甘言を言われているに過ぎない! 害にしかならない赤の魔力を、活用できるわけがない! 私がどれだけ苦労したと思っている! 精々で爆弾扱いされるのが落ちさ! お前は私の言うことを聞くのが唯一の道なんだ! 私に従ってさえすれば、天災と言われたお前だって生きていけるのだから」
「それは違う! 彼には無限の才能がある! きちんと技術を習得すれば、巨大な赤の魔力だって制せられる可能性があるんだ!」
フロリアン様がペドロ君をかばうように叫び返した。ヴァレンティナは憎々し気な目でフロリアン様を睨んだ。
「お前が、適当なことを言ってペドロの心を乱したのか! お前が! お前ごときが天災をたぶらかすか!」
「気づかないのか! この少年の赤の魔力が完全に封じられていることに! この国にはあるんだ! 彼の、赤の魔力を制する術が! このまま鍛え続れば、炎の巫女のように火を操るのも不可能じゃない!」
必死で言い募るフロリアン様だが、それはヴァレンティナの怒りに火を注いだだけだった。
「だまれ! 天災を制することなどできるはずがない! レベル4を制したからってそんなことは不可能だ! 魔道具もないこの国で、そんなことが!」
「いえ、できますよ。現に私よりも、ペドロ君よりも色が濃いお姉様は、自在に魔力を操れるようになっているのですから」
思わず私は口を出してしまう。
でも、ペドロ君の可能性を信じずに否定ばかりをするヴァレンティナに、黙っていることなどできなかった。
「あなたは、水のレベル4・・・。今は、5か。相応の魔力の高さがあるようです。だから実感として、魔力過多の人間が魔力を扱う難しさを知っているのかもしれない。魔道具のおかげで魔力が安定したのならそう思うのも仕方のないかもしれない。でも、人の可能性はそれだけにとどまらない! やり方次第では魔力過多でも十分な魔法使いになるんです!」
「黙れ! まだいうか! お前ごときが!」
怒りに血が上ったのか、ヴァレンティナは口を私に向けてきた。再び青い魔法陣が展開される。ウェンデルを破壊した、あの水弾を私に放つつもりかもしれない。
「ねえさま! やめて!」
「お前ごときが、私を止められると思うな!」
青い魔法陣から発射された濁った水の塊は、私に向かって伸びてくる。
さっきと同じ魔法なら、私を溶かすつもりかもしれない。ウェンデルに掛けたあの水なら、私を排除できると思ったかもしれないが。
でも、私はあの魔法を見切ってしまった。私はこれでも炎の星持ちだ。一度見た魔法くらいなら、対処することだって難しくなない!
「はああああああ!」
私は赤の魔力を展開する。その身を守るように、赤の魔力が私の体にまとわりついていく。
衝撃音。それとともに、ヴァレンティナの水魔法と私の魔力障壁が激突した。じゅわあ、という音とともに、2つの魔力がぶつかり合うのが分かった。
「おねえさん!」
ペドロ君が思わず叫び声をあげた。彼には私がヴァレンティナの攻撃で倒されてしまうと思ったことだろう。
「あなたは確かに水のレベル5の魔力があるのかもしれない。普通に考えたら水の属性攻撃は火では防げない。でも、あなたの魔法と私との相性は最悪よ。あの魔法では、私を傷つけることはできない」
ヴァレンティナの水は、私の魔力障壁に触れると音を立てて蒸発していく。火に強いはずの水が、私の魔力障壁に負けて消えていったのだ。
私は気づいたのだ。ウェンデルに使った水の温度がかなり高いことを。そしてメラニー先生が教えてくれた。あの水は、高い温度で簡単に蒸発してしまうと。先生は炎弾でウェンデルについていた水をすべて蒸発させていた。水は確かに火に強いが、高い火力で障壁を張れば、あの魔法を防げてしまうのだと!
火の障壁で水魔法を完璧に防いでしまう。その結果に、ヴァレンティナが目を見開いで驚いている。
「ば、ばかな! 火に強い水だぞ!? しかも、レベルだって私のほうが高いはずだ! それなのに、なぜおまえは!」
「魔法はレベルと属性だけですべてが決まるわけではないのですよ。一見して水に弱いと言われる火魔法でも、場合によっては強い武器となる。あなたの魔法は、星持ちが持つ熱さには無力なのよ。私のように鍛えれば、ペドロ君だってきっと魔法使いにもなれるんです」
自信を持って言う私に、ヴァレンティナは完全に言葉を失ったのだった。




