第145話 闘技場の制御装置 ※ 後半 メラニー視点
浮遊感を感じた次の瞬間、私たちは見知らぬ部屋に立っていた。フロリアン様の魔法で、闘技場の地下に転移したのだ。
「ここが、制御装置がある場所の近くなのですね」
「ええ。あの扉を開けば制御装置の裏側に着きます。そこから回り込めば、制御装置の前にたどり着けるんです」
私の言葉に、フロリアン様が声を潜めて答えてくれた。
フロリアン様の護衛が足音を忍ばせながら扉の横に移動した。そして恐る恐るノブを握ると、そっとこちらを見て頷きかけた。それに応えるようにフロリアン様が頷き返すと、護衛は少しだけ扉を開けた。
隙間から流れてくる、空気の流れと赤い魔力。魔力は驚くほど濃い色をしていた。星持ちと呼ばれる私よりも濃いその色に、否応なく緊張感が高まっていく。
「やはり、そうか。この部屋に、火の魔力過多者が送り込まれているのだな」
「火の、魔力過多者ですか?」
悔やむように言うメラニー先生に、エリザが疑問をぶつけた。メラニー先生は溜息を吐くと、声を潜めながら説明してくれた。
「30年前のケルンの変の以降、制御装置に新たな防衛機構が追加された。外から地脈を操れないように結界が施されたんだ。だが、その結界を突破する手段がないわけではない。地脈に直接濃い魔力を注ぎ込めば、今回のように地脈変動を引き起こすことができる」
「つまりは、地脈変動を起こせるほどの濃い色の魔法使いが、こちらに送り込まれているということですね」
セブリアン様がごくりと喉を鳴らした。
地脈変動を止めるには、この場で待ち構えている色の濃い魔法使いを何とかしなければならないということか。
「おそらく、対象がいるのは制御装置の前でしょう。あそこなら、地脈に直接魔力を注ぎ込める可能性がありますから。私たちは制御装置のそばまで行ってその魔法使いを止めなければならないのですが」
「足音からすると、扉の先には相当数の巡回者がいるようです。彼らを押さえて制御装置まで行くのは、かなり難しいと思います」
そう言うと、護衛は決意を込めた眼差しでフロリアン様を見つめた。
「フロリアン様。私が、巡回者と戦います。フロリアン様たちはその隙に」
「お前だけでは何ともならんだろう。外に何人の敵がいるのか正確には分からんのだぞ、アドラー」
その護衛――アドラーを止めたのは私の護衛にグレーテだった。アドラーはなぜか嬉しそうな顔をしながらも、すぐさま反論した。
「しかし、地脈変動を止めるには、地脈を安定させなければなりません。それができるのは、正式な管理者のフロリアン様だけではないですか」
「お前の案に反対なわけじゃない。ただ、お前だけでは巡回者を止められないのではと言っているんだ」
そう言うと、グレーテは私に深々と頭を下げた。
「アメリー様。申し訳ありません。私はここで巡回者たちを足止めしようと思います。最後まで護衛できずに情けない限りですが」
「ええ。分かっています。こちらに来たからには守られるだけの立場ではいられないことは。こちらは貴女に任せます。私は何としても、フロリアン様を制御装置のところまでたどり着かせて見せますから」
私が答えると、グレーテは心配そうな、けれどどこかほっとしたように頷いてくれた。前のアドラーはなぜか嬉しそうな顔をしている。
ファビアン様の護衛が、彼らを代表するように頷いた。
「決まり、ですね。私たち専任武官が巡回者を足止めし、その間にフロリアン様たちが地脈を取り戻して安定させる。貴族の皆様には申し訳ないが、戦力が限られている。一人一人が役割を果たすことで、この騒動を止めることにしょうや」
「ああ。護衛のお前たちは不本意だろうが、任せてくれ。なに、生徒たちを必ずお前たちのところに返して見せるさ」
メラニー先生の言葉で締めくくり、部屋を出てからの方針が定まったのだった。
◆◆◆◆
ドアのノブを握るアドラーが緊張したように深呼吸を繰り返している。そして彼はグレーテに頷きかけると、扉を素早く開け放った。
「うおおおおおおおおお!」
叫び声とともに、アドラーは部屋の外へと踊りだす。急に扉が出現し、巡回者たちはぎょっとしたのだろう。驚いた顔になるが、アドラーは構わずに戦闘の一人に斬りかかった。その後ろをグレーテたちが追い抜いていくのが見えた。
「うわっ! お前ら! どこから!」
「侵入者が! おとなしくしろ!」
動揺する巡回者たちをアドラーたち護衛が剣を抜いて斬りつけた。
そして、部屋のいたるところで剣戟の音が響いた。私たちの専任武官が、巡回する敵と戦っているのだ。私はその音を聞きながら、フロリアン様たちを振り返った。
「フロリアン様! 今です!」
「ええ! 行きましょう!」
敵がいなくなったのを確認して、私たちも飛び出していく。先頭を走るのは私で、その隣にセブリアン様が続いてくれた。そして私たちを見守るようにフロリアン様がついてきて、エリザとファビアン様をはさんで最後尾をメラニー先生が走っていた。
闘技場の地下室は広い。まるで、学園の体育館のような広々としたスペースだ。そして、中心部には階段があり、それを上った先に魔力が地下から吹き上がる地脈があって、その地脈を囲むように制御装置が置かれている。
地脈を目指して走り込む私たちを、巡回者が遮るように飛び出してくる。
「くそっ! どこから!?」
「邪魔を! させるか!!」
襲い掛かろうとする純化者たちを、エリザの護衛が素早く足止めしてくれた。それ以外の巡回者も護衛たちがしっかりと止めてくれている。
「グレーテ!」
「お嬢様! お急ぎください!」
敵と戦うグレーテに一礼し、私たちは制御装置に向かって走り込んでいく。グレーテたち護衛は、しっかりと役目を果たしてくれている。だから! 私たちもきちんと自分の役割を果たさなければならないんだ!
◆◆◆◆
グレーテたちの援護のおかげで、私たちの前に階段が見えてきた。
「ついた! ここを上れば!」
「ええ! 急ぎましょう!」
私たちは素早く回り込んで階段に踏み出していく。階下から見上げると、制御装置の前に小さな人影が佇んでいるのが見えた。背は、そんなに高くない。その人影は両手で大きな杖を持ち、祈りをささげるように掲げている。
「魔力を、制御装置にささげている? あの、小さな、子供のような影が!?」
「アメリー!」
警告が飛んだ。そして私めがけて突き進んでくる水弾が3つ!
最初の一撃を、屈んで躱す。
2発目は、刀を抜いて撃ち落とす。
しかし3撃目は、刀を振りぬいた状態では避けることができない!
当たると思った水弾は、直前でかき消えていく。突如として現れた黄色い障壁が、私を守ってくれたのだ。何とか態勢を戻して周りを見渡すと、杖を構えるメラニー先生の姿を見つけた。
「この愚か者が! 後で説教だ!」
間一髪で私を救ってくれたのはメラニー先生の障壁だった。メラニー先生が、私の頭に当たるはずだった水弾をかき消してくれたのだ。
「先生!」
「油断するな!」
メラニー先生は、水弾が放たれた方向に何発もの青い線を撃ち込んでいく。あれは、ハイドロプレッシャーの魔法をさらに細くしたものか。速く、連続して放たれているそれに、人影が慌てて逃げていくのが見えた。
「く、くそっ! がっ!」
人影を追うように、メラニー先生は水の線を打ち込んでいく。人影は防戦一方となり、近くの柱の陰に慌てて逃げ込んでいった。
「こちらは、私がやる。お前たちは、早く制御装置を」
「すみません。お願いします!」
戦い続けるメラニー先生を尻目に、私たちは制御装置へと急ぐのだった。
※ メラニー視点
ハイドロレシールの魔法を次々と打ち込んでいく。あの人影は、この魔法に全く対応できていないようだ。かのアロイジア・ザインが使ったとされる魔法を模したものだが、あの人にも十分に通用するくらいの威力と速さを備えていたらしい。
「くそっ! お前ごとき」
「ごときとは失礼ですね。あなたにそう言われるほど落ちてはいないと思いますが」
私が言うと、舌打ちの音が聞こえてきた。
おそらく、あの人は私のことを下に見ていたのだろう。だけど、私もあのころとは違う。教師として時を過ごす中で、私も成長しているのだ。
「満足か!? あの時は叶わなかった私を超えられて! 学園とやらにしっぽを振ってつけた力で私を圧倒できて満足か! メラニー!!」
「あなたは、まだそんなことを言っているのですか? ウェンデル先輩」
私が答えると、ウェンデル先輩がさらに舌打ちしたような音が聞こえてきた。
「まだそんなことを言っているか、だと? 忘れられるわけがないだろう! 優秀な私が認められずに、あのコネだけしかない下級貴族が選ばれたなど! 認められるわけがない! こんな現実、許せるか!」
「魔法使いとしての優秀さと教師としての優秀さは違います。どんなに戦闘能力があろうとも、教師としての適性がない者が学園に勤めることができない。それが、あなたにはわからないのですか」
私は厳しい目でウェンデル先輩を睨んだ。先輩も私を睨み返すが、その目は私を拒絶しているように見えた。
「黙れ! 私があの下級貴族に劣っているとでもいうのか!」
「あなたは確かにゲラルトよりも高い資質があるのかもしれない。色の濃さも、魔力量もあいつより上でしょう。しかし、教師として比べると全然だ。何しろあいつは多くの生徒を鍛え上げ、優秀な貴族へと仕立て上げていますからね」
なおも吐き捨てるウェンデル先輩を、私は冷めた目で見つめていたと思う。
「教師としての優秀さは自分の能力を示すことで決まるわけはない。生徒たちを、優秀な魔法使いへと育てられるかで計るのではないですか? あいつが育てた生徒たちは、優秀な実績を残せるまでに成長している。たとえ下級貴族ばかりとはいえ、何人もの生徒を立派な貴族にしているアイツは、教師として優秀だと言えるのではないですか?」
「だ、黙れ!」
頭を振り、顔を赤くして叫び続けるウェンデル先輩に、私は杖を突き付けた。
「もう、言葉はいらないでしょう。あなたはあなたのやり方で自分の優秀さを証明すればいい。ですが、教師として、あなたは私にすら敵わない。たとえ私に勝ったとしても、あなたが優秀だと認める人は学園にはいないでしょう。なぜなら、教師としての有能さは、自分自身よりも育てた生徒によって決まるのですから」
「黙れ! だまれぇぇぇ!」
なおも叫び続けるウェンデル先輩に、私は再度、ハイドロレシールの魔法を浴びせていく。
私の魔法は面白いほどウェンデル先輩を貫いていくが、喜びはまるで湧き起らなかった。ずっと越えたいと思っていた先輩だが、ダメージを与えても喜びはない。
私は彼を冷めた目で見つめることしかできない。
いつからだろうか。いつから、この人と私が追い求める教師の姿が違うことに気づいたのは。
学園の教師として働き始めたときか。
それともへリング家の当主に褒められたときか。
はてさて、担当した生徒が涙を流して喜んでくれたときか。
私にはわからないが、それでもよかった。
こうして魔法を浴びせている時間だけ、生徒たちが役割をこなす時間が稼げる。そのことを実感し、私は魔法を撃ち続けるのだった。




