第141話 アロイジアの人形 ※ アーダ視点
※ アーダ視点
立ち去っていくギオマーたちを何ともなしに見送っていると、後ろから声が掛けられた。
「もう終わった? あのがらくたをぶち壊そうってんだから、結構な作戦があるんでしょうね」
フィオナ様があくび交じりに言った。
私はそっと彼女を見返してしまう。彼女は次期侯爵の夫人で私とは身分に差がある。それなのに私のためにここに残ってくれるなんて、かなり大胆な行動ではないだろうか。
「アーダ殿」
心配そうに声を掛けてくれたのはシンザンだ。私は無理に微笑みながらシンザンに笑顔を返した。
「大丈夫だ。シンザン。うん。もう大丈夫。ちゃんと考えはあるんだ」
こんな時まで気遣ってくれるなんて、いかつい顔に似合わずできた護衛だった。つられて笑みを浮かべる私は、さっきまでよりは少しはまともな顔をしていたと思う。
ギオマーの言葉で、少しだけ落ち着きを取り戻せた。自分のことは相変わらず信じられないけど、ギオマーやアメリーの言うことなら信じられる。だから、あいつに勝てるという言葉を信じていいと思ったんだ。
「うん。確かにそうなんだよな。あの人形はアロイジアの劣悪なコピーに過ぎない。たとえレベル4相当の魔法を放てたとしても、本人の意思に反して攻撃しているという事実は変わらないんだ」
私はアロイジアの人形に目を向けた。
相変わらず、人形たちと近衛騎士たちの戦いは続いている。戦況に変化はない。魔法は人形に届く前にゴーレムに叩き潰されているし、近距離攻撃も、ゴーレムを倒すまでには至らない。そして、人形が放つ水の光線に、近衛騎士たちはなすすべなく倒されてしまう。
「本で見たアロイジアの肖像画にそっくりだけど、関節の節々が分かれてるのがまるわかりだ。人間じゃないのはすぐに分かるんだけどな」
私の目を曇らせたのはその魔力だった。人形がまとっている魔力は人と比べてもそん色はない。赤も黄色も緑もかなりの濃さがあるし、とりわけ青の魔力はすさまじいものがあった。
「見れば見るほどアメリーの色を思い出される。魔力も波動も、生粋のレベル4だ。あれが、最初の星持ちの魔力・・・」
ごくりと喉を鳴らしてしまった。
立ち上る魔力も、魔力障壁も相当なものだ。近衛騎士が打つ魔法を完全に防いでいる。あれは相当に強力な魔法でないと、ダメージを与えることはできないだろう。
「なに? やっぱりビビった? はっ! 人形ごときの魔力にビビるなんて、あんたもまだまだね」
「いや、うん。あれが人形に過ぎないことを思い出しただけだよ」
フィオナ様の嘲笑に、私は苦笑しながら答えた。
うん。あれは人形だ。人間のように、厄介な小細工はしてこない。どんなに強固な魔力障壁でも、あれの色は読みやすいのだ。
「うし。じゃあ、さっさとかたずけちゃおうか。見ていて気分が悪いしね。まったく! 魂さえ奪えば本人の意思に関係なく戦わされるって最悪じゃない! これだから闇魔法は! やっぱりちゃんと対策してくれる先輩がいないと!」
フィオナ様は本当にイラついたように地面を蹴り、唾を吐き捨てていた。
「えっと。確かアメリーの叔母は」
「そう! バル家は闇の魔法家でありながら闇魔法に対する数々の対処法を作った名家なの! それを、一部の貴族は闇魔法使いと同一視するなんて! 先輩の心を傷つけるなんて本当に許せない!」
ああ。フィオナ様が闇魔法嫌いなのにアメリーの叔母に執着しているのはそういう理由があるのか。ビューロウの図書室で見たけど、確かにバル家の術には対闇魔法に使えるものが多かった。近衛騎士の闇魔法対策にもその技術が使われているらしいし。
「してアーダ様。いかがしますか? このままでは近衛騎士や護衛に多大な犠牲が出てしまいそうですが」
「う、うん。2人はゴーレムを引き付けてくれるか? その間に、私があの人形を破壊するから」
シンザンがにやりと、フィオナ様が楽しそうに笑いだした。
「なあに? さっきまで震えていたくせに、あの人形を壊すだなんて息巻くなんて」
「あ・・・。その節は失礼しました。人形がまとっている魔力を見て、てっきりアロイジアと敵対すると思ってしまったんです。でも確かに、そんなことはありえない。ギオマーの話とも一致にないところがあるし、ジョアンナ先生の話とも食い違いがあるから」
私は、静かに人形を見下ろした。
「確かにそうなんですよね。あのアロイジアが私たちに、陛下に敵対するはずなんてない。逸話を見てもそうだし、ここに現れた人形はアロイジアが絶対にしなかっただろう行動をしている。うん。あれなら、私でも十分に戦える」
そう言って2人を振り返った。
「やりましょう。私たちで、あの醜悪な人形の動きを止めるんです。私たちならできる。私たちは、この国が認めた、現代の星持ちすらも驚嘆させるほどの、実力者のはずですからね」
私が言うと、2人は楽しそうな笑い声を上げたのだった。
◆◆◆◆
「くそっ! 強い!」
「へ、陛下は! よ、よし! 下がったな! このまま足止めするぞ! 陛下に、絶対に近づかせるな! 命を惜しむなよ!」
近衛騎士たちのそんな声が聞こえてきた。彼らの足元には何人もの戦士たちが倒れ込んでいる。息をしていない人もいるのかもしれない。命がけで人形を止めようとした人たちに頭が下がる思いがしたのだけど。
「はああああああ!」
「ひょうぅぅぅぃゃぁぁぁああああ!」
彼らを追い抜くような影が2つ。フィオナ様とシンザンだ。
2人は叫び声を上げながらアロイジアのゴーレムに取り付いた。そして流れるような動作でゴーレムに攻撃を繰り返していく。
ゴーレムたちはいきなり現れた2人に思わぬ苦戦を強いられた。当然だ。2人とも、この国を代表するような近接先頭者。たとえ3体がかりでも、簡単に止められるものではない。
奮闘する2人を見て人形がすかさず動き出そうとする。その様子を見るや否や、私は人形とシンザンたちの間に、何とか割って入った。
「おっと。お前の相手は私だ」
人形に向かって左手をかざした。そして青い魔力弾を放つと、それを追うように黄色い魔法陣を展開した。
そして――。
ざざざぁーー!
砂嵐を人形に浴びせかけた。
人形は一瞬にして砂まみれになてしまう。本来なら人形を守るはずの魔力障壁は、一撃目で消させてもらった。所詮は人形。魔力障壁の色も波動も簡単に読むことができた。動きを鈍くしながら、震えながら私を睨んできた。
人形に怒りの感情というものがあったのだろうか。杖を私に向け、あの青の光線を何発も放ってきた。でも、その攻撃は私にはかすりもしない。私は余裕をもって人形の水弾を回避し続けることができた。
むきになったように魔法を打ち続ける人形に、私は冷たい視線を送っていた。
「無駄だよ。当たらない。そんな鈍った杖さばきでは、私を捕らえることはできない」
避けながら、人形に語り掛けた。
そう。先ほどの一撃は、あの人形にダメージを与えるためじゃなかった。すべては、あいつの攻撃を避けやすくするための攻撃に過ぎないのだ。
「動きにくいだろう? 砂が間接に詰まって、動かしにくいんじゃないか? レベルの低い魔法でも、使い方次第ではやりようがある」
さっきの砂が、人形の関節に詰まっている。動きを抑えられた人形の魔法など、私でも簡単に避けられるのだ!
「所詮は、人形! 砂で簡単に動きを鈍らせることができる。悪いがこのまま!?」
違和感があった。
さっき破壊した人形の魔力障壁が、あっという間に修復されていく。それ自体はおかしいことじゃない。一度破壊した魔力障壁が時間とともに戻るのは魔物でもよく見られる光景だ。
でも、問題は戻った魔力障壁の性質だ。先ほどまでの単調な波動ではなく、今はこまめに動いている。
まるで、人間のように!
「な、なんだ? 魔力の性質が変わった? これでは、私の魔力じゃあ!」
思わず動きを止めてしまった。
人形が、学習している? まるで熟練の魔法使いのように、魔力障壁をこまめに変化させているとでもいうの!?
人形が杖を私に向けた。そして放たれた青い光線を、私は何とか躱していく。連続して放たれる水の光線を、避け続けるにも神経を使う。まして、このまま避けるだけでは、勝負に打ち勝つことはできない!
「あれを、やるか。あれなら、人間相手でも魔力障壁を打ち消せる」
私は全身の筋肉をたわめると、人形を睨みつけた。
魔法使いである私に、耐久力はそれほどない。万が一、相手の攻撃を受けたら私はただでは済まないだろう。回復の専門家がいない今、もしかしたら命を落としてしまうかもしれない。
「でも! この程度の苦境は今までも経験してきた! 才能のない私は、その身を削って戦うしかないのだから!」
もう一度、深呼吸をする。同時に、体の外側に魔力を巡回させていく。
そして、その魔力を、体内へ!
「くっ!」
痛みが全身を駆け巡った。薄いとはいえ、魔力を体内に落とし込むんだ。痛くないわけがない。
でも、ビューロウに行って実感したんだ。この内部強化は、色の濃い魔力を使った身体強化に匹敵する! 才能がない私でも、一瞬だけならだれにも負けない身体強化を実現できるんだ!
「今!」
叫ぶと同時に、思いっきり地面を蹴った。目指すは、人形の頭! 私は黄色の魔法陣を展開すると、人形の魔力障壁へと勢いよくぶつけた!
私の魔法陣と人形の魔力障壁がぶつかった。そして一瞬だけ、人形の魔力障壁が消失する。私は左手をかざして魔方陣を展開する。黄色の魔法陣から飛び出した石礫は、人形の顔めがけて突き進んでいく!
「!!!」
人形の表情は変わらないが、驚いたような気配がした。でも、それだけだった。魔法が直撃したのに、人形の顔には傷一つついていないのだ!
「そ、そんな! ばかな!?」
私の魔法ではダメージを与えられなかった? 色が薄くて、威力が足りなかったというのか! 100年以上存在したバルタザールの人形は、それ相応の硬度があるということか!
人形が足を天高く上げて一回転していく。伸ばした足が、私の顔へと浴びせられてくる! 私はとっさに腕で顔を守るが、人形の足は容赦なく私の腕に叩きつけた!
そし感じる、人形の足の固い感触ーー。
人形の蹴りは、何とかガードした私を吹き飛ばしてしまったのだった。




