第140話 鬼才と星持ちと ※ アーダ視点
※ アーダ視点
アロイジア・ザインの名はこの国ではよく知られたものだった。
レベル4の、魔力過多と呼ばれた人たちに新たな道を開き、この国最大の戦力と変えた天才の中の天才。彼女がいなければ、あのアメリーも迫害される立場になっていたかもしれない。彼女のおかげでレベル4の魔法使いは星持ちとなり、この国の発展に大きく寄与することができたのだ。
彼女自身も水のレベル4の資質があり、帝国の襲撃事件や連邦との小競り合いに大きく寄与した。まさに、近代の魔法史には欠かせないほどの偉人なのだが。
今、その偉人は私たちの前に立ちふさがっている。彼女が作り出したゴーレムを率いて、彼女しか打ちえなかった水の弾で近衛騎士や護衛たちを討ち果たしたのだ。
「に、人形? アロイジア様を模した人形を我らの前に配置したというのか! なんと罰当たりな!」
「わめいてないで構えなさい! 私たちは陛下をお守りしなきゃなんないんでしょう!」
攻撃をためらう近衛騎士を、フィオナ様が厳しい言葉で怒鳴りつけた。
古参の近衛騎士は30代以上の人が多い。アロイジアの功績を直接目にした人も多いはずだ。あの人たちにとってアロイジアはまさに英雄だ。その英雄が敵対したと聞いて正気ではいられないのかもしれない。
うちの義姉のようにまったく気にしていない人もいるんだけど。
「くそっ! だが、この場に現れたのが運の尽きだ! ここで一気に葬ってやるぞ!」
おそらくは、大臣たちの護衛をしていた人員が、アロイジアと彼女を守るゴーレムに襲い掛かった。だけどゴーレムには傷一つつかない。お返しと言ったばかりの剛腕の一振りに、護衛たちは次々と吹き飛ばされていく。ゴーレムの弱点のはずの土魔法も、まるで通じていないのだ。
「厄介ね。アロイジアのゴーレムは水でできているから通常攻撃が聞きにくいのよね。そのくせ動きは素早いし。攻撃するときだけ高質化するから攻撃力も高い。あの手の魔物は魔法を使うのがセオリーなんだけど、さっきの魔法は全然聞いてないみたいなのよね。数が少ないのが、せめてもの救いだけど。しかも――」
フィオナ様がつぶやくと同時だった。アロイジアのゴーレムから放たれた水の一撃が護衛の一人を貫いた。あの護衛はゴーレムの死角から攻撃しようとしていたのに、それを防ぐように打ち抜かれてしまった。
「伝説通りね。あのゴーレムはアロイジアの水魔法を透過してしまう。そればかりか、軌道まで変えることもできる。つまり、あのアロイジアもどきはゴーレムの密集地帯に魔法を撃ち出せるということよ。フレンドリーファイアのおそれもなしに、ね」
フィオナ様の分析に、私は静かに頷いた。
大きな体と随一の腕力を持つゴーレムに、その勢いを殺さずに援護できるアロイジアの魔法。この連携で、最初の星持ちは多くの敵を倒してきたのだ。
「ふざけるな! アロイジアはこんなことをしない! こんなこと、できるような娘じゃなかった! あの子は、誰よりもこの国が好きだった! それなのに、陛下のお命を危うくするのに彼女の力を使うなど!」
叫び声を上げたのは、ジョアンナ・フィッシュラーだった。冷静なイメージのあった彼女が、目を吊り上げてアロイジアの人形を睨んでいる。
ジョアンナ先生は短杖を取り出すと、アロイジアの人形に駆け出そうとした。でも、すぐに何かに行く手を防がれてしまう。
あのアダルハード・ユーリヒが素早く彼女の腕をつかんで動きを止めていたのだ。
「アダルハード先生! 離して! あんなまがい物の存在を許すわけには!」
「落ち着け! お前に彼女が止めらえるわけはないだろう!」
怒鳴り声を上げたアダルハード様を、ジョアンナ先生は悔し気な顔で睨んだ。
「しかしあいつは! あのまがい物は!」
「魔法技師のお前が、劣悪なコピーとは言えアロイジアに敵うわけはないだろう! アロイジアは有能な戦闘者だった。魔法技師のお前があれと戦うのは、カマキリが人間を襲うようなものだ」
もがくジョアンナ先生に、アダルハード様は厳しい口調で言い聞かせた。あの冷静なジョアンナ先生が激高したのは意外だったが、アダルハード様が彼女を止めに入ったのも想定外だった。
そういえば、ジョアンナ先生はアダルハード様に師事していたと言っていた。だから、アダルハード様が彼女を諭すのも当然かもしれない。
「先生は、あれの存在を許すというわけですか! 誰よりもこの国を愛していたアロイジアが、この国を乱すために利用されるのを許すと!」
「腹立たしいのは私も同じだ! だが、魔法技師のお前があれを止められんことは理解できる。見よ! 鍛え上たはずの近衛騎士もこの国の魔法使いも、あれを制することはできんではないか!」
アダルハード様の言うとおりだった。
近衛騎士や護衛たちが何人もアロイジアの人形に襲い掛かっているが、あっという間に返り討ちになってしまっている。ゴーレムの剛腕や人形の魔法であえなく撃退されているのだ。
「ア、アロイジア! やめろ! 陛下の御前なんだぞ! お前が攻撃して良い方ではないではいか!」
「無駄だ! あれにはワシらの声は届かぬ! おそらくアロイジアの魂は、死霊使いのオプセッションによって囚われておるのだろう。あれを使われたからには我らの言葉は通じぬ。口惜しいが、我らの道に立ちふさがるということだ!」
アダルハード様が人形を睨みつけながら吐き捨てた。
アロイジアと戦っているのはベテランの近衛騎士と歴戦の護衛のはずだった。なのに、あの人形に傷一つ付けられていない。短杖による魔法も剣戟も、人形の魔力障壁を突破できずにいる。
「口惜しいことに、あれは強い! 相当に強力な死霊使いの手で蘇らされたのだろう。そしてあの人形は、おそらくバルタザールの遺品。過去の偉人の道具まで持ち出してくるとは、連中も本気と言うことよ」
「しかし!」
反論するジョアンナ先生に対し、アダルハード様はどこまでも冷静だった。
そして彼の双眸は、あろうことか私を映した。
「星持ちを模したあれを止められるのは、色の濃淡に関係なく強さを示した鬼才のみよ。そこにいる、アーダ・ベールのようにな」
「なっ! アダルハード様! お待ちくだされ!」
義父が慌てて止めるが、アダルハード様は止まらない。
「アーダ・ベールよ。おそらくあのアロイジアの人形を止められるのはお前だけだろう。決闘で我が家の秘術をコピーし、レベル3の近接者を難なく倒したお前なら、あのアロイジアもどきを屠る術はあるはずだ」
アダルハード様の言葉を、否定できる者は誰もいなかったのだった。
◆◆◆◆
「陛下。こちらへ」
「うむ。しかし・・・」
近衛騎士が陛下を誘導する声を他人事のように聞いていた。私がアロイジアの人形を引き付けている隙に陛下を安全地帯に逃がそうという試みだ。これなら、ある程度時間を稼げば陛下の安全は守れるのだけど・・・。
おいていかれる私の目は、恨みがましくなっていたかもしれない。
「ほら! ぼさっとしない! あのポンコツを仕留めるんでしょう? 私の義妹ともあろう者が、こんなところで躊躇するな!」
思わず背筋が伸びてしまう。
義姉のフィオナ様だった。
私が残ることが決まると彼女が私を守ることを表明してくれたのだ。彼女の力はさっきアロイジアの一撃を防いだことで証明してみせた。ありがたいけど身分の高いこの人を守らなければならないと、否が応にも緊張感は高まってしまった。
「アーダ様。ギオマー様が話があるようです」
そう言って頭を下げたのは私の護衛のシンザンだ。私の護衛の彼は当然のごとくここに残ることを選択してしまった。
とんだ貧乏くじだ。あのアロイジアに、私なんかが勝てるわけもないのに。
「おお! アーダ! 大変なことになったな」
手を上げるギオマーの顔を、私は微妙な表情で見上げた。おそらく私は不安な顔になっていただろう。でも私には余裕がなくて、顔色を取り繕うことができなかった。
ギオマーは私を見て一瞬だけ戸惑ったようだが、すぐにいつものように明るく話しかけてきた。
「今朝は忙しそうで全然話をする時間がなかったからなあ。そうだ! アメリーから伝言があったんだ」
「・・・うん」
何とか返事を絞り出した私を、ギオマーは心配そうに見つめてきた。
「なにか、体調が悪いのか? まいったな。こんなときに」
「相手はあのアロイジアなんだぞ! 最初の星持ちの! 彼女に、私が勝てるわけがないだろう!」
思わずだった。何の関係もないはずなのに、私は不安をギオマーにぶつけてしまった。
それなのに、ギオマーは苦笑するだけだった。
「すまんな。戦闘の専門家にしか分からんこともあるな。無神経だった。俺から見れば、あのアロイジアの人形も、お前にかかれば簡単に解体されると思ったのだが」
「無理だよ。私なんて、ちょっと制御がうまい凡人に過ぎないんだ。あのアロイジアに、勝てるわけはない。だって、相手はあの星持ちなんだ。未熟なドミニクとは、訳が違う」
泣き言をいう私に、ギオマーは困ったような顔になった。
「俺は魔法技師だ。戦闘者のお前たちとは違うが、数多くの戦士を見てきたつもりだ。その俺から見ても、お前は特段に優れているよ。あのアメリーよりも上だと思ったことも一度ではないんだ」
そう言ってギオマーは諭すが、私は首を激しく振るだけだった。
「無理なんだ。私なんかがアロイジアに、星持ちに敵うわけがない」
「でも、相手はアロイジアじゃない。あれは人形さ。たとえアロイジアの姿を模していて、魂がこもっていたとしてもアロイジア本人じゃないんだ」
そう諭したギオマーを、私はあっけにとられた顔で見つめていた。
「アロイジアの名前に囚われすぎだな。いつものお前ならもっと早くに気づいたんじゃないか? あれは人形だ。たとえアロイジアの魂が宿っていたとしても、ただの人形に過ぎないんだ。確かに人形ならではの強みはあるが、弱点だってある」
私と目が合うとギオマーはにやりと笑った。
「なあ、アーダ。アロイジア本人と戦うというわけじゃない。アロイジアの魂を利用している許せん奴らを、止めるだけなんだ。おそらくアロイジアの魂は、死霊使いの“オプセッション”の魔法で操られている。それを開放するのは、後輩である俺たちの役目なんじゃないか?」
そう言って、ギオマーは私に背を向けた。おそらく王に合流するつもりだろう。彼は、そのためにここにいるのだから。
そのまま立ち去るはずのギオマーは、唐突に足を止めて振り返った。
「ああ。すまんな。アメリーから伝言があったんだ。自分は自分らしく、頑張ってみるとさ。アーダもアーダらしく頑張ってくれると信じてると。あのいつもの真剣な目で行ってきたぞ。おまえの魔法もあるから、きっと無事に使命を果たしてみせるとさ」
ギオマーは笑顔を見せると私にうなずきかけた。
「まったく。あいつはいつも真剣な目で恥ずかしいことを言うんだからな。あれが重荷になることもあったが、あいつに信じられると言われるのは嫌じゃなかった。自分に自信がないときはあの言葉に助けられたものさ。俺も信じているぞ。お前なら必ず自分の仕事をやり遂げられるとな」
そう言うと、ギオマーは私に背を向けて陛下たちのところに歩いていったのだった。




