第138話 死霊使いとの激闘 ※ コルネリウス視点
※ コルネリウス視点
「!!」
周りを見張る魔物を不意打ち気味の槍で仕留めた。気配察知に強いはずのコボルトが声を上げる間もなく倒れている。その隣のコボルトも首を裂かれて崩れ落ちた。俺は音がたたないように魔物を抱き留めて、静かに地面に倒れ込ませていく。
おそらく見張りに置いていたのだろうが、不意打ちに近い攻撃で仕留めることができた。この静けさなら、中の相手には気づかれていないと思うが。
「すみません。音を立てずに倒したつもりでしたが。倒れた時の音にも気をつけねばならないんですね」
「何を言う。お前の魔法、悪くなかったぞ。これくらいならば問題ないだろう。とにかく、音を立てるなよ」
声を潜めながらデメトリオと会話した。デメトリオは一応は俺の邪魔をしないくらいの実力者だ。この程度で意気消沈させるのはかえって危険だろう。
大方の予想通り、公開処刑は波乱が起こった。ノード伯爵が勝てないという前評判を覆し、フェリシアーノを見事に打ち取ったようだ。
「しかし、さすがですね。私には闇魔法の気配なんて感じませんでしたよ。ついて来てみたら、本当に見張りの魔物がいるのですから」
「それが俺たちが猟犬を仲間にする最大の理由さ。こいつらは俺たちでも感じられないくらいの微細な魔法の気配を見つけることができる。鼻を使った捜査も見事だしな。ここまで鍛え上げるのは相当に苦労するがな」
俺は足元の2人の猟犬を見ながら笑った。
俺の猟犬のヴィノスとユピターは第2に師団でも指折りの優れた猟犬だった。微細な魔力も見逃すことはない。今回も、俺たち人間には感じ取れないくらいのわずかな闇魔法の気配を感じ取り、俺たちをここまで案内してくれたのだ。
正直、観戦席が心配ではあった。俺たちが闇魔法の気配を感じたということは、つまり観客席で何かが起こったということだ。しかし、あそこにはロータルやクラスメイトがいる。どんな変事が起こったにしろ、あいつらならそれを収めてくれるだろう。
「あれに気づくのは俺とハイリーの従魔くらいだろうな。あいつはまだ来ていないようだが、あいつの安全を守るためにも、今放置に敵の数を減らしておこう」
「ああ! ハイリーさん! 無事だといいのですが!」
大声を出しそうになるデメトリオを慌てて黙らせた。
こいつは、俺たちにも匹敵するくらいの隠蔽術を持った魔法使いなのに、ハイリーが関わるとこうなのが玉に瑕だ。俺についてこられるのはクラスメイトでもごくわずかなのに、ここだけはどうにもならない。
「落ち着け! ハイリーにはあいつもいるし、ナデナもついている。それに、学園からあの人も参戦してくれたんだ! あいつが怪我をするようなことにはならん!」
「あの人が付いているから心配なんです! 教師だからって! メレンドルフの直系だからって何をするかなんてわかったもんじゃない!」
デメトリオを黙らせようとするが、即座に言い返されてしまう。大声こそ出さないようだが、妹分のハイリーに、教師のガスパーが護衛しているのが不満なのだろう。
本当は直接ハイリーと組みたかっただろうに、残念ながらあいつの護衛にはナデナが立候補した。ナデナだけでは不安だというこいつに、それならばと護衛に回ったのがガスパーだった。数少ない教師からの参戦表明に、さすがのデメトリオもそれ以上口出しできなかったようだ。
「それよりもそろそろ行くぞ。奴らを逃がすわけにはいかんだろう。相手の場所を特定したことだしな」
「それは! いえ、この広い倉庫の中で敵を特定したのは見事ですけど!」
そしてドアノブに手を掛けた時だった。こちらに足音を立てずに駆け寄ってくる数名を確認した。
うわさをすれば何とやら。現れたのはハイリ―たちだった。
「すみません。遅れました」
「ヤッホー! みんな無事? コルネリウスはあれだけど、まだ戦いは始まっていないよね」
慌てて謝罪するハイリーとは違い、ナデナはどこまでものんきだった。
「い、いえ! 遅かったわけでは決してないですよ!」
大声を出しそうになったデメトリオを、全員が口に手を当ててたしなめた。ナデナなんかはにやにや笑いながらデメトリオをからかっている。
「まったく! ハイリーに会えてうれしいのは分かるけど、今は任務中だよ。音を立てないのは基本だからね」
「い、いえ! 決してうれしくて声を出そうとしたわけでは!」
取り繕おうとするデメトリオを無視しながら、俺はハイリーの足元を見つめていた。そこには例の狸がいて、こちらに興味なさそうにあくびをしていた。
やはり、こいつも感じ取ったんだな。人間にはかぎ取れないくらい微細な闇魔法の気配を。
「コルネリウス。こちらの準備は万全だ」
「ええ。分かっていますよ。では、行きます」
俺に話しかけてきたのは、2人を率いるガスパーだった。
ガスパーに指摘されたのは気に入らないが、確かにここでまごまごしているのは時間の無駄だ。俺はハイリーに頷くと、勢い良く扉を開けたのだった。
◆◆◆◆
「食らえ! ファイアランス!」
「ファイア・アロー!」
入ったと同時に浴びせられたのは魔法の雨あられだった。
どうやって察知したのかは分からない。音もなく、魔法の気配もほとんどしなかったはずだ。でも、察知されていた。俺たちが突入すると同時に、死霊使いたちは魔法を浴びせてきたのだ!
「あはは! 無駄無駄!」
「下がれ!」
俺たちの前に躍り出たのはナデナとガスパーだった。ナデナは得意の秘術で敵の魔法を反らし、ガスパーは槍を高速で回転させて盾を作る。2人の連携で死霊使いの魔法をすべて打ち消してしまう。
「ポリツァイの者だ! いきなり魔法を浴びせてくるとはご挨拶じゃないか。こんな真似をしてただで済むとは思っていないだろうな」
「くそっ! なぜここが分かった? 気配など、全くなかったはずだ!」
死霊使いの一人がそんなことを漏らすが、俺は余裕たっぷりにあいつらを見下した。
「あの程度で気配を消したなどとは笑わせる。この闘技場で闇魔法を使って気づかないわけはないだろう。辿らせてもらったぞ」
「くそっ! 敗残者ごときが!」
死霊使いどもが負け惜しみのように罵るが、俺は余裕を崩さない。
正直、この瞬間がたまらない。自分が有利だと信じていたこいつらに絶望を叩き込むのが、この仕事の何よりの楽しみだった。
さらに煽るような言葉を発しようとした時、気づいた。ガスパーがこの部屋に入ってから押し黙っていることを!
厳しい目で一点を睨みながら、ガスパーはその名前を口にした。
「バイロン・ドラモンド」
「なっ! バイロンだと!? あいつはもう死んだはずだ!」
思わず叫び返すが、ガスパーはその男を睨んだままだった。
その男――顔に刺青の入った老人は心底おかしそうに笑った。
「メレンドルフの三男坊に名前を憶えられておるとはな! いや愉快愉快! 笑いが止まらんわい! くくくく! やはり貴様ら教師は、我が国の魔法使いを覚えているのだな!」
「すべての魔法使いの名を覚えているというほどではないさ。だが貴様の顔と名は覚えている。我が国を、あれほどこの国をコケにしてくれたのだからな」
老人は顔を歪ませた。
「この国に来たのは初めてのはずだがな。まあいい。アーロン! チェスター!」
「はっ!」
アーロンとチェスター?
あのワイマール帝国の!? まずい!
「誰か、あいつらを!」
「遅い! 我らを甘く見たこと、後悔させてやる!」
バイロンに呼ばれた2人の魔法使いが同時に地面を叩きつけた。そして地面が振動する。あいつらの間に現れたのは、黄色と青の魔法陣だった。
「ま、まさかあれは!」
「「出でよ! アヌメントゲート!」」
魔方陣が振動し、その中心から何かがにょきにょきと伸びてきた。青と黄色に彩られたそれは、大きな門だ。3歩以上の大きな門が、地面から生えてきたのだ!
「くそ! まさか! この場であれを呼び出すなど!」
「くくくく! ここは敵地の真っただ中! いつ攻められてもいいように備えておくなど当たり前ではないか!」
バイロンが高笑いするのと同時だった。
2人の魔法使いが作り出した門が開かれた。そして現れた、オークやコボルトなどの魔物の列。あいつらは魔物を召喚できる召喚門を呼び出したのだ!
「ははっ! 驚いたようだな! 我が国の召喚魔法は伊達ではないんだよ! このままお前らの息の根を止めてくれる!」
「お前のな」
いつの間に動いたのだろうか。ガスパーが青い魔力を持った魔法使いの前に移動していた。ぎょっとして見上げた魔法使いが唖然としてガスパーを見上げていた。
「イザベラ・シーゲン。この国の伯爵家の女史で、私とともにメレンドルフの槍を学んでいた。交換留学で中央大陸に向かったが、その場で事故にあい命を落とした。帰ってきた彼女の友人は言ったよ。顔に刺青のある老人に襲われたと。そして調査の結果、知った。彼女はバイロン・ドラモントと言う死霊使いの一派に襲われたと」
淡々と語るガスパー。穏やかな口調だが、無機質な目でバイロンを見つめるその姿から、ガスパーの静かな怒りを感じさせられた。
「よくも、私の友人を襲ったな? お前ら、生きて帰れると思うなよ」
「くっ! 導師! 速くお逃げ」
もう一人の魔法使いは最後まで言えなかった。目にもとまらぬ槍さばきで魔法使いの胸を貫いたのだ!
ガスパーは返り血にしまった槍をバイロンに向け、無表情に睨みつけた。
「まさかこの国で会えるとはな。かたきを討てるタイミングが得られてうれしいよ」
「くそが! メタ―ステイシス!」
バイロンが杖のようなものを構えた。ガスパーが素早く移動して槍を放つが、同時にバイロンが消えてしまう。
槍に新たな血のりはない。つまり、ガスパーはバイロンを逃がしてしまったということだ。
「くっ! 逃がしたのか! 魔道具か!」
「ガスパー先生!」
ハイリーの焦ったような声に、ガスパーは勝機を取り戻した。そしてやっと気づく。周りが魔物に囲まれていることを!
「術者を倒しても召喚門は稼働しているのか! くっ! こんなところで負けるわけには!」
「陣を敷きなさい! 生き残るだけを考えて! これだけ大量の魔物がいるんだから、私たちだけでは対処できない!」
叫び出すハイリーの言葉にじりじりと下がっていく。
彼女が警告した通りだった。
あいつらが作り出した召喚門から次々と魔物が飛び出してくる。オークやコボルトがメインだが、ツイーロスなど隠ぺいに優れた魔物もいる。
あっという間に魔物に囲まれた俺たちに、ナデナの吐き捨てるような声が聞こえてきた。
「なにさ! 雑魚魔物のくせに! 数だけそろえてくれちゃって!」
「ハイリーさん! 今行きます!」
叫び出すナデナとデメトリオ。
叫びたいのは俺も同じだった。召喚門から出てきた魔物たちに俺もうんざりしていたのだから。
「強い魔物はいないのに、これだけの数を呼び出すとは!」
「落ち着いて。陣を敷けば戦い続けられる! 援軍が来るまで耐えるのよ!」
ハイリーの言うとおりだった。
数は多いが、魔物一体一体を倒すのにそれほど労力は必要なかった。何しろオークとコボルトは俺たちですらも何度も戦った相手だったから。
イモリの魔物であるツイーロスと戦った経験はないが、相手はそれほど強い魔物ではない。陣を敷けば、俺たちでも倒せない敵ではないのだが。
「くそっ! キリがないな! 雑魚ばかりのくせに!」
「コルネリウス! 弱音を吐かない! 援軍が来るまで耐えましょう! 誰かが来てくれたならきっと何とか出来るから!」
「疲労がたまったら下がれ! 俺が必ず守ってやる! だから、お前らは自分の命を最優先に行動しろ!」
ハイリーもデメトリオもナデナも。あのガスパーですらも目の前の敵を倒すのに集中している。俺もそうだった。くじけそうになりながらも、何とかやりをふるまわして魔物と戦い続けた。
こうして、俺たちは一年生の援護が来るまで戦い続ける羽目になったのだった。




