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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第6章 星持ち少女と公開処刑
135/157

第135話 破壊と再生の炎 ※ 後半 ヴァレンティナ視点

「ごああああああああああ!」

「くっ! 貴様! どういうつもりだ!」


 イナグーシャの叫び声におぞけが走る思いがした。


 さっきまでのこの人はちゃんと言葉を話していた。ノード家に起きた悲劇を切実に語っていたのだ。


 なのに今は、その姿は見る影もない。まるで討伐任務で出会ったイナグーシャのように、審判のノルマンさんに襲い掛かったのだ。


 とっさに剣を抜くノルマンさん。一撃目は防いだようだが、2発目で態勢を崩されて下がってしまう。そしてイナグーシャが3発目の手刀振りかぶってノルマンさんに踏み込むが――。


 きいいいいん!


 2人の間に割って入った私がイナグーシャの手刀を受け止めた。


 なんとか、何とか間に合った。ヘルマンさんが貫かれる前に、イナグーシャの間に割り込むことができたのだ!


「くっ! 副審殿! 助かりました!」

「いえ! でも!」


 思わず叫び返したが、続く言葉が見つからない。


 あの魔物はイナグーシャだった。でも、少し前までノード伯爵だった。いくらイナグーシャに変わったとはいえ、彼を斬ることなどできない。


「ごあああああああ!」

「くっ!」


 イナグーシャの攻撃を避け、反射的にその胴を薙いだ。


 思わず顔色を変えるが、イナグーシャの胴は斬れてなどいない。ためらいがあったとはいえ、私の刀は相手の胴を切り裂くはずだった。でも、イナグーシャに傷一つつけることができなかったのだ。


「動きは、読める。元になった人に武術の心得がほとんどないせいか、動きにキレはない。でも、刃を通さないくらい固いなんて! これまで戦ったイナグーシャとは比べ物にならない!」


 私は睨みながら思いついた。


 私がこれまで戦ったイナグーシャのはほとんどが元は平民だったはず。カミロさんですらも有力とはいえ平民に過ぎない。


 対して、ノード伯爵は貴族家の当主だ。


 貴族と平民の一番の差は魔力量にある。魔力量という意味では、平民の冒険者と貴族とでは明確な差がある。まして、伯爵位と比べればその差は膨大なものとなる。


 つまり――。


「イナグーシャは元になった人の魔力量で強度が変わる!? 貴族の! それも伯爵ほどの高位貴族が元になったら、私の刀すらも通用しないってこと?」


 動揺する私の耳に、いつも冷静なあの人の声が聞こえてきた。


「食らいなさい。エイス・フェッシェレン」


 言葉と同時にイナグーシャの足元から冷たい風が吹き起った。そして竜巻が巻き起こるとイナグーシャの足が下から順々に凍りついていく。


 エリザはあの杖を使って見事に足止めしてくれたんだ! 私が振り向くと、エリザは輝くような笑顔で笑ってくれた。


「ぼ、僕だって! フロアチェーン!」


 エリザに続いたのはファビアン様だった。イナグーシャは凍りついていながらも、体をよじって絡みついた鎖を吹き飛ばす。だけど、その上からさらに鎖が巻き付いて、ついにはイナグーシャをつなぎとめた。


 一度の構築で2発の魔法を発動させた? あれが、ロレーヌ家秘伝の木星の杖の力!


「先輩! 今です!」


 ファビアン様の言葉に反射的に右腕をかざした。


 クラスメイトの父親に魔法を放つのにためらいがないわけじゃない。イナグーシャになってしまったとはいえ、生身のノード伯爵に破壊力のある火魔法を掛けるのに抵抗がないわけじゃなかった。


「でも! この魔法を授けてくれたのはアーダだ! 私の友人で、誇るべき魔法使いの! 彼女は言った! この魔法には再生の力が宿るのだと! 彼女のことを誰よりも信じているなら、私が答えなくていいはずがない!」


 私はノード伯爵を睨んだ。


 魔物に変じたノード伯爵の目に理性はない。私を見つめ返すことはなくファビアン様の鎖から逃れようと必死にもがいていた。


「ビ、ビューロウ! やめろ! やめてくれ! それは父上なんだ! 魔物に変わっても父上なんだよぉぉぉお!」


 ヘルムート様の懇願が耳に入ったが、私は構わずに魔法陣を解き放った!


「ラヴァ・エンスチレッジ!」


 ボワウ!


 一瞬だった。手のひらから現れた炎の塊は、あっという間にイナグーシャの全身を包み込んだ。


 炎が顔や手を焼き尽くしていく。氷が解けたと思ったら炎の熱さに包まれて混乱するのではないだろうか。私の炎はあの固かった装甲すらも簡単に炭に変えると、次の瞬間には何事もなかったように消えてしまう。


 ノード伯爵が、ゆっくりと倒れ込んでいく。左手でヘルムート様たちからもらったネックレスを握り締めているのが見えた。私も思わず膝をついてしまうが、倒れる彼の腕を見て自分の魔法が成功したことを確信した。


「あ、ああああ。ち、父上が」

「ヘルムート。落ち着きなさい。アメリーは、あなたの父上を殺したわけではない」


 セブリアン様がヘルムート様に穏やかな声で語り掛けていた。ヘルムート様たちを押さえてくれた彼も気が付いたのだ。ノード伯爵の傷が、すさまじいスピードで癒されていることに。


 彼はヘルムート様を案内するかのように、ノード伯爵のほうを指さした。


 呆然と倒れたノード伯爵を見ていたヘルムート様は、よろよろとこちらに歩み寄ってくる。そしてノード伯爵の呼吸を確かめると、無表情に私を見上げてきた。


「い、生きてる! 生きてるぞ! ビューロウ! ありが」

「どきなさい!」


 何か言おうとしたヘルムート様を、いつの間にか現れたニナが突き飛ばした。彼女はノード伯爵を見下ろしてごくりと喉を鳴らすと、まじめな顔で腕まくりをした。


「ここからは、あたしの仕事! あたしはこのためにお師匠様の厳しいしごきにも耐えてきたんだから!」


 そう言って胸を叩くと、両手を広げて跪いた。そして、ノード伯爵の胸めがけて手のひらを押し当てた。ノード伯爵の体を激しく揺らすニナ。ヘルムート様は何か言おうと手を伸ばすが、傍らに来た彼のお兄様に抑さえられてそのまま黙り込んだ。


 苦しそうにしていたノード伯爵の顔が徐々に穏やかになっていく。そして、私たちの耳に静かな呼吸音が聞こえてきた。ニナの光魔法が成功したのだ。


「ち、父上!」

「ひ、光魔法で癒されているのか。すごいスピードで傷が癒えていく・・・」


 兄弟2人は茫然としながらもどこかほっとした様子だった。目が優し気に細められる様子を見て、私まで胸が熱くなってしまう。


 私がしんみりしていると、静かな声が掛けられた。


「アメリー様。お疲れ様です」


 そう言って私に手を伸ばしたのはフロリアン様だった。


 そうか。この闘技場の責任者は彼だったはず。彼が試合会場の結界を解いてくれたから、ヘルムート様やニナ様たちがこっちに来られたのね。


 私は彼の手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。


「公開処刑は何とか成功を収めました。フェリシアーノは処刑人の手にかかり、この国に正義があることが証明された。まあ、その過程には相当な問題がありましたが」

「でも、ノード伯爵をヘルムート様たちのところに返せてほっとしました。ニナのことだから多分きっちりとやってくれたでしょし。どうなるかと思ったこのイベントも」


 私がフロリアン様に言った、その時だった。


ごごごごごごごご!


「え! な、なに?」

「くっ! これは!」


 地面が大きく躍動した。とっさにフロリアン様が私を支えてくれたが、危うく無様に倒れてしまうところだった。


 大地はしばらくグラグラと揺れていた。観客席から悲鳴のような声が聞こえた。あの観戦室ですらも、戸惑うような大声が響いている。


「な、なんで!? 何が、起こったというの?」

「ば、馬鹿な! これは、地脈がうごめいているとでもいうのか! いつもより厳重に警備しているはずなのに!」


 はっとしてフロリアン様の視線を追うと、彼は地下へと続く階段を厳しい目で睨んでいた。


 確か、あの先には闘技場の地脈を制御する装置が設置されているのよね? よくわからないけど、試合会場を守る結界はあそこから伸びているはずだ。


「せ、先輩・・・。地下から誰かが来ている!」

「地下室は確か、大勢の騎士で守られているはずよね? 何か地下であったということ?」


 いつの間にか、ファビアン様とエリザが私のそばに集まっていた。3歩ほど離れた場所にはセブリアン様もいて、地下室のほうを鋭い目で睨んでいる。グレーテたち専任武官やメラニー先生も来ていて、さりげなく私を守る位置取りをしてくれていた。


 地下室から現れた影の姿がはっきりと見えてきた。それを見てはっとしたようにフロリアン様の部下が近寄っていく。私たちはその様子を驚愕の目で見つめていた。


 現れたのは、この国の騎士の一人だ。第2騎士団の鎧を着こなしているが、手に持った剣は折れ、体中から血を流している。それでも彼は、助けを呼ぶように必死でこちらに歩み寄ってきているのだ。


「そ、そんな! 彼は制御装置を守っていたはず! なぜ血まみれなんだ! 侵入など、したわけはないのに!」

「どういうこと? 試合中に地下に入った人間なんていなかったわよね? なのに、なんであの人は血まみれなの? 怪我をする要素なんてないじゃない!」


 驚愕の声を漏らすフロリアン様とエリザ。その言葉を終えるより早く、地面が再び大きく揺れ出した。


 今度はフロリアン様も立っていられいほどの揺れだった。無事なのはセブリアン様くらいか。私もエリザも地面に手をついて倒れないようにするのでやっとだった。


 どごおおおおおおおおおおおおお!


 すさまじい破砕音が耳を打った。誰かが何かを叫んでいる気がしたが、何も聞こえない。あまりの爆音に、かえって何も聞こえなくなってしまったのだ。


 ファビアン様が何か叫びながら必死で観客席を指さしていた。つられて私も観客席に目を向けた。


 そして見た。


 観客席のいたるところから火の手が上がっていることを! 私は逃げ惑う観客たちを呆然と眺めることしかできなかった。


「あ・・りー! ど・し・う! か・じょ・内の、いたるところから火が! これは、地脈に火の魔力が注がれたってこと? 星持ちの、貴女以上の火の魔力が!」


 やっと聞こえるようになった。今も耳鳴りが続いている気がするけど、とりあえずエリザの声は聞こえるようになったようだ。


「地脈、変動ですか? 地脈のそばに火の魔力が注がれると、反発してすさまじい勢いで地脈が乱れるっていう! それであらゆる場所から火が噴き出したってこと!」

「この地脈は制御装置の制御下にある! あの事件のせいで、防衛力はかなり強化されたはずなのに! 現に、あれからこの地が乱れたことなどなかった! これは30年ぶりの失態じゃないか! あのナターナエルに襲われた時ですら、地脈を奪い取られたわけではなかった!」


 悔しそうに叫んだフロリアン様を思わず見つめてしまった。彼は暗い目をしたまま頭を押さえた。


「地脈が奪われたのに、責任者の私は何も気づけなかった。失態です。あの人の言うように、私にはこの程度の仕事も満足にできない」

「まだだ! まだやれることはあるはずだ!」


 燃え盛り続ける試合会場で、ファビアン様が叫び返していた。フロリアン様の胸倉をつかむと、睨みつけるように言葉を続けた。


「この地の責任者はあなただ! 地脈の乱れを治められるのはあなただけだ! この騒ぎを僕らで止めるんだ! 落ち込むのは後でもできる! 今は、行動すべき時だ!」


 フロリアン様は茫然とファビアン様を見上げると、静かに下を向いた。そして顔を上げた時、その目に闘志が宿っている気がした。


「皆様。もう少しだけお手伝いいただけないでしょうか。この地を治める私にしかできないことがある。だけど、私一人では力不足なんです。戦闘に長けた皆様の力を、今一度お貸しいただけないでしょうか」


 そう言って、フロリアン様は深々と頭を下げた。


「もちろんです! 僕だってロレーヌ家の一員なんだ! こんな、地脈の暴走の一つや二つ、すぐにでも沈めて見せるさ!」


 腕を組んで強がりを言うファビアン様に、こんな時なのに笑みがこぼれたのだった。



※ ヴァレンティナ視点


 側近たちが静かに魔法陣を展開するのを見つめていた。


 久しぶりに、霊体以外の体を手にしたのに何の感慨もない。準備が終わるのを黙って待つしかなかった。


「ヴァレンティナ様。その・・・」

「急げ。ことはもう起こされているのだぞ」


 おずおずと尋ねるシクストに私は厳しい言葉を投げかけた。彼の後ろではトリビオが鎧を調整しながら心配そうな顔をしていた。


 トリビオが持ち帰った情報は劇的だった。彼が持ち帰った魔紋と弟のペドロのそれが一致したのだ。


 つまり、連邦は秘密裏に弟をこの国に連れてきたことになる。


「やられましたな。まさか水の巫女ともあろうお方が、ペドロ様を利用しようなどとは」

「アルセラは、おそらく関係はないだろう。あれは腹芸ができるタイプではない。首謀者は、やはりカロライナか」


 シクストの言葉に、私は厳しい目で答えた。


 魔力過多者と地脈の組み合わせに、あまりいい予感はしない。地脈に過剰な魔力を放出することでこの地を大きく乱すことができる。例の制御装置があるとはいえ、魔力過多者がいれば短時間で災害を起こすことができるはずだ。


 もちろん、そんなことをすれば魔力過多者もただでは済まない。おそらく地脈はペドロの魔力をすべからく吸い上げてしまうだろう。そうなれば、弟が生きていられるはずがない。魔力欠乏症にかかり、命を落とすことになってしまう。


「奴らはペドロ様を連れて闘技場の制御装置に向かったようです。学園を襲うように言ったヴァレンティナ様の命令を無視して。おそらく、カロライナさ・・・の命令に従ったようですが・・・」

「ウェンデルめ! あの男は魔法に対する知識が深い。地脈に魔力過多者が行くとどうなるか、十分に分かるくせに!」


 ウェンデルには相当数の手下が従ったようだった。対してこちらにはシクストとトリビオがいるとはいえ、ごく少数に過ぎない。それでも、行かねばならない。入って、ウェンデルを止めなければならないのだ!


 こちらの人数は少ない。しかも、成功しても繁栄の目がないだけあって、ウェンデル止められるとは思えない。それでも私に協力してくれるのは、盲目的に水の巫女候補に従う連邦の民の習性か、シクストのように使命感に燃えているからだろうか。


「ヴァレンティナ様。準備が済みました。これで、闘技場の地脈の場まで飛ぶことができます」

「くっ! ウェンデルの愚か者が! カロライナなど信じられる相手ではないだろうに! アルセラのほうがまだ安心できる相手だろうに!」


 私は吐き捨てると、側近が待つ扉に向けて身をくねらせた。


「これからの作戦は、未来のないものだ。成功しても未来は保証できない。だから」

「ヴァレンティナ様。そんなことはどうでもいい。私たちは、あなたたちの壮健だけを祈っているのです」


 まじましとシクストを見返してしまう。


 シクストも、トリビオも側近たちも、まじめな顔で私を見つめている。私はうなずくと、巨体をくねらせて扉を勢いよく開けた。


「行くぞ! ウェンデルを止め、我が弟のペドロを救出するのだ! 抵抗する者は切り捨てよ! 我らが意地、見せつけてやるのだ!」


 私の言葉に、全員が大声で返事をするのだった。 

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