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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第6章 星持ち少女と公開処刑
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第134話 ノード伯爵家の怒りと貴賓室 ※ 後半 アーダ視点

 水牢に囚われたノード伯爵と、高笑いしているフェリシアーノ。その光景を見て、私は焦りを隠せなかった。


 私なら、できる。さっきやったように、あの魔法で水牢を壊せば簡単にノード伯爵を助けられるだろう。


 でも、それは越権行為でしかない。審判に任命されたからにはどちらかに肩入れすることは許されないのだ。


 たとえ、どちらかの命が危ぶまれたとしても。


「ビ、ビューロウ!」


 ヘルムート様の声が聞こえた。セコンドにいる彼はすがるような目で私を見つめている。


「はっ! あのおっさんが殺されそうになりゃ介入すんのかよ! いいぜ! それがお前らのやり方だ。平民の命なぞ、お前らにとっては取るに足らない存在なんだろうよ!」

「くっ!」


 右手をかざした私を、フェリシアーノが嘲笑した。でも、何と言われようともこのまま見ているだけなんて、できない!


 ごぽり。


 息を吐く音がして、私は焦りを隠せず水牢に目を向けた。


 水牢の中の青い目が目に入った。ノード伯爵は私と目が合うと静かに首を振った。そして、鎧の中をまさぐった。ネックレスがこぼれていく。あれは、ヘルムート様が渡したものだろうか。それに構わず何かを探しているようだった。


「く、くっ! このっ!」

「アメリー先輩! 駄目だ!」


 ファビアン様の声に、魔法を展開する手が止まる。そしてのぞき見える、フェリシアーノのうれしそうな顔。悔しいけど、私は魔法を撃つ手をためらってしまった。


「あはははははは! やっぱりお前はお行儀の良いいい子ちゃんだな! ルールを逸脱することなどできんのだ! くははは! お前がためらったせいで、この男は死ぬんだよ!」


 フェリシアーノの叫び声が聞こえた時だった。水牢のノード伯爵から黒い魔力が立ち上っていた。


 あれは! あの黒い光は!


「な、なんだ! 急に、光りやがって! 連邦の魔道具かなんかか?」


 フェリシアーノの戸惑う声を聞きながら、私の胸は絶望で染まっていた。


 あの時と、同じだ。カミロさんがイナグーシャに変異した、あの時と!


 黒い光が水牢を壊していく。同時に、ノード伯爵の背中から何かが彼の全身を包んでいった。


「ごあああああああああああああ!」


 壊れていく水牢から何かが叫び声を上げていた。私は涙ながらにその光景を見ていた。


 そこには黒い甲殻に覆われた一匹のイナグーシャが、すさまじい目でフェリシアーノを睨んでいたのだから。



◆◆◆◆


『私たちは連邦とユーリヒ公爵の狙いが同じだと思ってた。2人とも、連邦のあの魔道具を売りつけて影響力を高めようとしているかと思ったんだ。何しろ、魔力量で悩む貴族は多いのだから、この公開処刑を見てあれを欲しがる貴族は多いんじゃないかな』


 私の頭に、アーダの言葉が過っていた。あの時、アーダはそういう言葉から彼女の考えを話してくれたのだ。


『あの黒い魔石が広まったら正直、私たちは厳しい。魔力量の少ない下級貴族と上位貴族で争いが起こるかもしれないからな。中毒性の高いあの魔石のことだ。あとで人を魔物に変えてしまう危険なものだと分かっても手放せないやつは多いんじゃないか? あの魔石の流通を止めようとする貴族と、それでも使い続ける貴族。もしかしたら、私たちは割れてしまうかもしれない」


 メリッサが不機嫌そうにそっぽを向いた。


『本当に性格が悪いのよね。あの水の巫女ってのは。私たちを分断させるかもしれないものを売りつけようとしているんだから。でも、あの魔石が人を魔物に変えるメカニズムはまだわかっていない。中毒性が高いのは分かるけど、人を魔物に変えるとまでは断定できないのよ。忌々しいことにね』

『でも、その術をユーリヒ公爵は見つけていたとしたら?』


 全員がはっとなってアーダを見つめた。


『疑問だったんだ。フロリアン様があんなに必死になってまで私たちに何を伝えようとしただろうって。公爵の過去の話を調べてあの人は帝国に強い恨みを持っていると思い込んでしまった。ケルンの変の犯人を強く恨んでいるんじゃないだろうかって』

『そうだな。もう30年も昔のことなのにここまでこだわるのはこの国の貴族らしいと思ったもんだ。その気持ちは分からんでもないがな』


 コルネリウス様の皮肉気な言葉に、アーダは静かに目を閉じた。


『でもね。30年以上も前のことで、犯人は帝国とされていたけど、そうとは限らないと思ったんだ。当時、地脈の暴走を引き起こしたインゴ・プルタレス。彼を操ったのは帝国の闇魔法使いとされていたが、本当にそうかなって。闇魔法と空間を操る術に長けているのは帝国だけじゃない。連邦だって、同じくらい長けているはずなんだ』

『!! そうか! ユーリヒ公爵の狙いが連邦だとしたらすべてがひっくり返ってしまう!』


 思わずと言った具合に叫んだハイリーにアーダはうなずきかけた。


『連邦の計画には穴がある。ノード伯爵が負けてしまうことじゃない。仮に彼が負けても彼があの魔石で魔道具を連続で使えたのならそれだけでも効果がある。あの魔石が有効だと示せれば、あれが広まる可能性は高くなるからな。だけど』

『あれが人を魔物に変えると判明したなら、連邦の野望は打ち砕かれるというわけですね。正直、ちょっと複雑ですが、人を魔物に変えるかもしれない魔道具が流通するよりもいいかもしれません。ま、あいつらはこの国の民を魔物に変えていみたいですし、自業自得というヤツでしょう。本国で僕たちの知らない場所で実験していたなら、連中のたくらみに誰も気づけなかったかもしれませんし』


 セブリアン様の言葉を最後に、談話室の誰もが口をつぐんだのだった。



◆◆◆◆

 

「な、なんだと! あのおっさん、魔物に変異したというのか! くっ! まさか! そんな真似が!」


 フェリシアーノは素早く踏み込んで斬りつけるが、イナグーシャは簡単に受け止めた。右手の剣で斬りつけたのに、刃は腕に簡単に弾かれたのだ。


 相当な力を込めたはずなのに、腕に傷一つ付けられない。あの甲殻にはフェリシアーノ剣がまるで通じていないのだ。


「ふざけんな! 俺の剣だぞ! 水で強化した、俺の剣が、こんなに簡単に!」

「があああああああ!」


 吐き捨てるフェリシアーノの頬に、イナグーシャの拳が刺さった。あまりの威力に、フェリシアーノはきりもみしながら吹き飛んでいく。


「母は、あれからすぐに亡くなってしまった」


 イナグーシャから発せられる言葉におぞけが走った。やけに明瞭で、声だけを聞けばノード伯爵が話しているように聞こえたからだ。


 でも、彼の姿はイナグーシャだった。ノード伯爵は優美な貴族だったのに、イナグーシャの姿になってしまったのだ。


 倒れ込んだフェリシアーノは素早く態勢を立て直そうとしている。だが、ノード伯爵がイナグーシャに変異したことに驚きを隠せないようだ。


「私に爵位を譲ろうと奮闘したのだろうな。ショックを受けただろうに、各方面に働きかけてくれた。ある時倒れてそのまま動かなくなった。医者からは過労だと言われたよ」


 倒れ込んだフェリシアーノを容赦なく追撃するイナグーシャ。フェリシアーノは転がりながら身を守り、なんとか態勢を立て直そうとしている。


「くそ! ふざけんな! さっきまで人間だったはずだ! それが、魔物に変異しただと!」

「お前が兄上と甥を殺したことで、義姉上は病んでしまった」


 姿勢を正して歩いてくるイナグーシャに、フェリシアーノは恐怖を隠せない。四つん這いになって逃げようとするが、すぐにイナグーシャに捕まって殴りつけられる。


「義姉上はきれいな人だったのに、次第に寝たきりになってしまった。日に日に弱っていく姿を、見ていることしかできなかった。やがては涙ながらに兄上と甥を求め、ベッドの上で静かに息を引き取った」


 フェリシアーノはそれでも逃げようとするが、すぐに襟首をイナグーシャにつかまれた。そしてその腹を蹴り上げられて、反対方向に吹き飛んでいく。


「や、やめ!」

「すべてお前のせいだ! お前がろくに調べもせずに父上と兄上を殺したから! そればかりか、就学前の甥まで手に掛けた!」


 情念がこもった拳から、何とか逃げようとするフェリシアーノ。だけどイナグーシャは素早くフェリシアーノの肩を掴むと、首を絞め上げながら持ち上げた。


「許さぬ! お前だけは! お前のせいで!」

「ぐっ! 貴様! 放せ!」


 双剣を取り落としたフェリシアーノはじたばたともがいている。なんとかイナグーシャを振りほどくと、後ろに向かって駆け出した。


 だけど、逃げようとしたフェリシアーノがいきなり足を止められてしまう。イナグーシャの背中から伸びた1対の足のような触手が、フェリシアーノの脇を貫いたのだ。


「ぐほ! や、やめ」

「終わりだ! フェリシアーノ! 貴様の顔など見るにも値せん!」


 フェリシアーノの背中に、イナグーシャの手刀が突き付けられた。手刀はフェリシアーノの背中をあっさりと貫いてしまう。


 ごぽり、と口から血がこぼれた。フェリシアーノは自分のおなかから生えた手刀を信じられないものを見るように見つめ、目を見開いて手刀を抜こうともがく。


 イナグーシャは抵抗するそぶりも見せない。なんとか逃れようとするフェリシアーノを冷たい目で見つめていた。


「ぐ、ああ! 俺は、こんなところで」


 そう叫んだのが最後だった。フェリシアーノは最後に両手を上げて何かを掴もうとするが、やがては力尽き、そのままだらりと力尽きてしまう。


 イナグーシャな手刀を抜き取ると、フェリシアーノの亡骸を乱暴に投げ捨てた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 両手を握り締めて叫び出すイナグーシャを、私たちは見ていることしかできなかった。



※ アーダ視点


 闘技場の貴賓室は混乱の様相を示していた。


「ば、ばかな! 人が魔物に変わるなど! そんなことがあり得るわけがない!」

「何が原因だ! なぜ処刑人のノード伯爵が魔物に変わったのだ!」


 首脳陣からの叫び声が絶えない。比較的冷静なのは陛下とうちの義父くらいだろうか。陛下は静かに口ひげを撫でているし、うちの義父は冷静に大臣たちを宥めていた。


「あの左手の魔石、か? あれから黒い魔力が漏れているように見えた。あれが、人を魔物に変えたということか。連邦の魔道具が、魔力量を底上げする魔道具は、相応のリスクがあるということか」

「ば、馬鹿な! そんなのありえねえだろうが!」


 つぶやいたのは、あのアダルハード・ユーリヒだった。


 当事者の発言に、視線が集まった。アルセラ様が必死で否定したが、注目されるのを防ぐことはできない。


「何でそうなるんだよ! うちのドーパーが原因とは限らねえじゃねえか!」

「私は見たことを言ったまでだ。ノード伯爵が変異する前に黒い魔力が左手の魔石に集中している気がした。あれは、魔物化の前兆を差すのではないか? となると、あの魔道具は人を魔物に変える可能性のある、危険な代物と言うことになる」


 アルセラ様はすごい剣幕でユーリヒ公爵に反論するが、あの老人は冷たい目でアルセラ様を見下していた。うちの国の誰もがアダルハード様にうなずくばかりで彼女を相手にしていない。


 カロライナの顔色は読めない。表情がそぎ落とされたように無表情に事態の推移を見守っている。


「うちのドーパーは! 画期的なもんなんだ! お前らも見ただろう? あのエル・マチェターを散々動かしたのに全く魔力切れを起こさなかった! 魔力のないやつでもあれさえあれば戦い続けられるんだ!」

「しかしその代償が魔物になってしまうというのではな。魔物になるリスクを負ってまであれを利用する者はおるまい。残念だが私は手を引く。敵が増える可能性があるのなら怖くて使えないからね」


 アルセラ様の叫びを否定したのは、この国の首脳陣の一人だろうか。彼の言葉に同意するかのように何人ものお偉いさんが頷いていた。


「ふは! まあ、孤児上がりの巫女候補にはわからんかもしれぬが、魔物に変わるリスクを押してまであれを使おうという者はおるまいて。我々はそこまで飢えているわけではないからな」

「何であたしの出自を・・・! いや、そんなの関係ないだろうが! うちのドーパーが魔物化の原因と決まったわけじゃねえ! 他に要因があるかもしれねえだろ!?」


 アルセラ様は必死だが、その場にいる全員が結論を出していた。


 あの魔道具は使えない。魔物化するリスクを負ってまで、買おうという者はいない。アルセラ様は必死で言いつくろっているが、あの魔石が魔物化の起点になっているのは明らかだった。


 何しろこの国の貴族は全員が魔法使い。学園で魔法の基礎をしっかり学んだ者ばかりだ。魔物へと変異する過程を見れば、ドーパーが起点になっていることを全員が理解していた。


「ドーパーは! あの魔道具は!」

「皆様。申し訳ございません」


 アルセラ様の言葉を遮って、カロライナ様は深々と頭を下げた。見る者すべてを魅了するかのような丁寧なお辞儀に、アルセラ様が絶句していた。


「我々の提供した魔道具に不備が合ったようでございます。すべて、回収させていただきます。まさか、このような不備があるとは思わず・・・。至急、私の手で原因を探らせていただきますわ」

「お、おい! カロライナ!」


 あせりだすアルセラ様とは対照的に、カロライナ様は殊勝な態度で頭を下げている。


「追及の結果は私が必ずご報告いたします。ノード伯爵になんて言ったらいいか・・・。私からも、改めて謝罪させていただきますわ」

「そうだな。カロライナ殿はあの魔石開発の責任者であったはず。気の毒だがしっかり対応していただこう。ノード伯爵には立派な息子が二人もいる。彼らが納得できるよう礼を尽くすべきだ。無論、我が家にも責任がある。補償の力添えをさせていただこう」


 一瞬だけ、カロライナ様が動きを止めた気がした。だけど何事もなかったかのように頭を下げ続けている。アルセラ様はどうしていいのかわからないようにおろおろしている。


 三者三様の動きに違和感を感じた、その時だった。


「お、おい! あれを見ろ! あの魔物! まさかまだ暴れ続けるとでもいうのか!」


 反射的にモニターを見ると、あのイナグーシャが審判に襲い掛かるところだった。しかし、審判の前に動いた影が一つ――。


 我が隊を率いるアメリー・ビューロウが、審判をかばうように飛び出したのだった。


「ば、馬鹿な! 何をやっている! 星持ちだぞ!?」

「くっ! 逃げろ! この上星持ちまで失うわけには!」


 お偉いさんたちが叫ぶ姿を他人事のように聞いていた。


 ここで何を言っていても無駄だ。アメリーは逃げない。逃げずに戦って、必ず結果を出すだろう。


「そうだな。うん。お前はそこで逃げるような奴じゃない。うん。私だけは信じるよ。どんな苦境に立たされてもお前は必ず勝つと。だから、頑張れ。お前の勝利をずっと信じているから」


 気が付けば私は微笑みながら戦いの推移を見守るのだった。

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