表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第6章 星持ち少女と公開処刑
133/157

第133話 フェリシアーノとノード伯爵と

 試合会場に対戦者たちが入場してきた。


 左手にいるのはフェリシアーノ。双剣を腰に差し、まるで興味がなさそうに耳の穴をほじっている。自分の進退がかかっているとは思えないほどの、やる気のない態度だった。


 右手にいるのはベルンハルト・ノード伯爵。私のクラスメイトのヘルムート様の父で、公開処刑の処刑人に立候補された。魔鉄の頑丈そうな鎧に、腰に差した連邦製の魔剣。さらには背中に鉈のような大剣を背負い、すさまじい形相でフェリシアーノを睨んでいる。


 主審のヘルマンさんは緊張した面持ちで2人を見回し、ルールを説明している。ノード伯爵が何度も頷く一方で、フェリシアーノは退屈そうにそっぽを向いていた。対面から見ている私のほうが申し訳なくなるくらい、ヘルマンさんの説明に興味はなさそうだった。


「フェリシアーノ! 聞いているのか! 貴様!」

「ルールなんて知るかよ! 敵を前に気をぬいてんじゃねえ!」


 ヘルマンさんが怒鳴りつけたその時、フェリシアーノが一瞬にして体を沈めた。そしてにやりと笑うと、足をばねのように伸ばしてノード伯爵に襲い掛かっていく!


 ヘルマンさんも私も、止める暇もない。会場内の誰もが反応できない、完璧な奇襲。


 ノード伯爵は武器も抜けず、体を反らして鎧で一撃を鎧でなんとか受け止めた。でもフェリシアーノは一歩下がって右手の剣を突き付けた。


「ほらよ!」

「があ! 貴様!」


 ノード伯爵がい瞬にして水牢に囚われる。ヘルマンさんが慌てて剣をフェリシアーノに突き付けるが、彼は楽しそうに笑ったままだった。


 水牢に囚われたら脱出不可能とされている。内からの攻撃はすべて吸収され、その硬度で外からの攻撃を防いでしまう。


「ち、父上!」


 ヘルムート様の声が聞こえた気がしたが、私はそれを見ることなく水牢に右手を突き付けた。


「ラヴァ・エンスチレッジ!」


 右手から現れた炎が一瞬にして水牢を包み込んだ!


 炎は一瞬にして水牢を破壊すると、瞬時に消えてしまう。あとに残ったのは水浸しになったノード伯爵。彼は、何が起こったのかわからず呆然としていた。


「貴様! まだ合図をしていないのに攻撃するとは何事だ!」

「俺の水牢を、一瞬にして破壊したのか! これが星持ちの力!」


 フェリシアーノはヘルマンさんに剣を突き付けられても、それを無視するような態度だ。水牢を打ち破った私を睨んできた。


 私は平然とフェリシアーノを睨み返した。


 水牢を見たのはこれで3度目だ。それだけ見れば対処法も思いつく。私なら内からも外からでもあの水牢を打ち破ることができるだろう。


「貴様! 奇襲とは卑怯な! 恥を知れ!」

「はっ! 卑怯者はどっちだ! 腐ったノードの血を今日は絶やしてやるよ!」


 試合などまるで気にしないフェリシアーノの態度に、ノード伯爵は激高した。


「我がノードの血が腐っているだと! 貴様! あれだけ父に目を掛けられておきながら!」

「はっ! 気づかねえと思ったのか? あのくそじじいが、この俺に何をしようとしたのか!」


 ヘルマンさんが必死で止めるのを気にも止めず、2人は言い争っている。


「我が父はお前を護衛に取り立てようとしたのだぞ! それをくそじじいだと!? 貴様はどこまで腐っておるのだ!」

「何を言っていやがる! 俺は聞いたんだよ! あの貴族の婚礼の日、あのじしいと料理人が話しているのをな!」


 フェリシアーノは憎々し気に吐き捨てた。


「あの野郎! 俺の処分について話していやがった! 半殺しにして手打ちにしようってな! 俺が仕留めた魔物の前でそんな話をしていたんだ! すぐにピンと来たぜ! 俺を呼び出して殺すつもりだってな! 貴族には何度も殺されそうになったことがある! だから!」

「それで父上や兄上を殺したというのか! 愚かな」


 ノード伯爵は下を向いた。悔しそうに歯を食いしばったのがちらりと見えた。そして顔を上げると鋭い目でフェリシアーノを睨みつけた。


「半殺しとは牡丹餅の料理法の一つだ。父上が好きだった。そして手打ちとは、東より伝わった料理の調理法だな。蕎麦粉を使った面料理にそういうものがあったはずだ。あの頃、父上は東の料理を好んでいたからな。きっと平民にはまだ伝わっていない見知らぬ料理でお前をもてなすとこだったのだろう。それを!」


 ノード伯爵は背中の大剣を抜き放ち、そのままフェリシアーノに斬りかかった。フェリシアーノも双剣でその一撃を受け止める。まだ始まりの合図もないのに攻防が始まってしまう。しかし心なしか、怒り狂うノード伯爵に対してフェリシアーノの顔色は晴れない。何かに気づいたように口に手を当てている。

 

「ストップだ! 攻防をやめろ! 所定の位置に!」


 ヘルマンさんが叫んだ。ノード伯爵もフェリシアーノもすさまじい目でヘルマンさんを睨むが、一応は攻撃をやめたようだった。しぶしぶといった感じで開始位置に戻っていく。


「まだ始まりの合図は出していないぞ! これ以上の違反は厳しく罰する! いいな!」


 ヘルマンさんが両者を見渡すが、2人は聞いているのかいないのか・・・。ヘルマンさんは苦々しそうに口を歪ませるが、あきらめたように手を上げた。


「では改めて・・・。はじめ!」


 ヘルマンさんが腕を振り下ろすと同時に、フェリシアーノが駆け出していく。そして双剣を使った斬撃を繰り出すが、ノード伯爵はそれをなんとか躱しながら言葉を紡ぐ。


「貴様は不勉強な自分の罪を父上のせいにしたのだ! まだ学園に行く前の、甥を手に掛けてまで!」

「はっ! あいつが俺を殺そうとしただけだろう! それを返り討ちにしてやったまでさ! 俺は悪くない! あいつが、俺を貶めようとしたのが悪いのさ! 俺を平民だと馬鹿にするから一族郎党消される羽目になるのさ!」


 やはりというか、フェリシアーノが嘲笑しながら叫んだ。そしてあいつの連撃が鋭さを増すが、ノード伯爵は何とか捌き続けている。そして前蹴りを放ってフェリシアーノと距離を取った。


 自分の間合いから外されたのに、フェリシアーノは余裕の表情だ。


「くくくくく! まあ好きにやるといいさ。お前なんぞいつでも殺せる」

「ふざけるなぁ! 私とて、無策でこの場に来たわけではない!」


 不意に、ノード伯爵が大剣を天高く掲げた。その瞬間、鉈のような大剣がぐんぐんと伸びていく。肉厚の刃にいくつかの切れ目が入っていて、刃と刃をつなぐように紐のようなものが現れていた。


「なっ!? 貴様!」

「くらええええい!」


 ノード伯爵が力の限り伸びた大剣を振り下ろす。波打つように揺れる刃は、フェリシアーノを射程に収めている。フェリシアーノは横に飛んで斬撃を躱すが、その顔は驚愕に染まっていた。


 会場の床が壊され、破片が飛び散って土煙が巻き起こった。それを気にすることもなく、フェリシアーノが叫び出した。


「貴様! その大剣! 魔道具か!」

「貴様を殺すために連邦から取り寄せたものだ! 感謝するとよい!」


 ノード伯爵が剣を戻すと、刃が波打つように戻っていき、元のサイズの大剣の形に収まった。


「ちぃ! 魔道具を持って調子に乗りやがって! さすがに俺を魔物食いにしようとした男の血筋だけはある」

「魔物食い? ああ、そうか。お前の出身はムルシア地方の出だったな。バレンシアではなく」


 フェリシアーノは一瞬だけぎょっとした。


「な、なにを・・・」

「ふん。魔物を食らうのを禁忌とするのは貴様の出身地くらいよ。あの地域では罪人に魔物を食らわせるという習慣があったな。地方の因習のようなものよな。それ以外の地では普通に食されておるのに」


 気分を落ち着けたのか、ノード伯爵は静かな口調で問いかけた。


「ボールスとウィンチェスター公の説話を知っているか? かの帝国での騎士物語だ。ある日、ウィンチェスター公は巨大な魔物に襲われた。その魔物はあまりに精強だった。だが護衛をしていたのは戦士として名を上げていたボールスだ。彼は手傷を負いながらも公を守り切り、見事に魔物を倒した」


 ウィンチェスター公とボールスの逸話か。私も知っているし、昔お姉さまが楽しそうに話してたっけ。


 でもこの話、貴族なら知っているかもしれないけど・・・。


 フェリシアーノもぴんと来ていない様子だが、ノード伯爵は構わず言葉を続けた。


「ウィンチェスター公はボールスの献身を讃え、ともに魔物の肉を食らうことで感謝の意を示したという。それ以降、護衛の忠誠を認めるたために、護衛が倒した魔物の肉をともに食らうという習性が生まれた。優れた護衛だということを、主人が護衛の倒した魔物を食らうことで讃えようというのだ」


 フェリシアーノははっとした顔になる。あいつも気づいたのだ。前ノード伯爵が、本当は何をしようとしていたかを。


「父上は、お前に礼を尽くすためにともに魔物を食らおうとまでしていたのだ。冒険者の平民に過ぎない貴様の功を讃えるためにな。それをお前は!」


 ノード伯爵が大剣を横薙ぎに振るう。刃が再び伸びていく。どうやらあの刃はノード伯爵の魔力で伸縮自在になっているようだ。フェリシアーノは何とか防御するが、その勢いに押されて吹き飛んでいく。


 何とか倒れるのをこらえたフェリシアーノは、言い訳するように剣を突き付けた。


「だ、だまれ! 今さらそんなことを言われても信じられるか! 仮にそうだとしても、そんなの知るかよ! こっちは平民だぞ! そんな野蛮な儀式のことなど!」

「この儀式は連邦で今でも行われているものだぞ! 水の巫女とその護衛もやっている! 貴様の故郷でも行われている神聖な儀式を、お前は野蛮と言うのか!」


 フェリシアーノの反論を、ノード伯爵は直ちに叩き潰した。


「貴様が仕える予定だった相手は平民か? 違うだろう! 貴様はノード伯爵家の護衛となろうとしていたのではなかったのか! それならば、父上が大切にしている儀式のことを事前に確認するのは当たり前のことだ! それをお前は!」


 大剣がフェリシアーノを何度も打ち据えた。まるで鞭のように伸びていく刃に、さすがのフェリシアーノも防御するのでやっとのようだった。


「貴様は、貴様を取り立てようとした父上を侮辱した! そればかりか、まだ幼かった甥を人質に取り、兄上をも始末するという冷酷非情なことまでやってのけた! この蛮行! 天が許しても我が許さぬ! 許せるはずはない! おとなしく、その命をささげるがいい!」

「くそっ! くそくそくそ! そんなの知るかよ! 俺の知らないことをやろうとするあのじじいが悪いんだ!」


 伸縮自在の刃を、フェリシアーノは双剣を振り回すことで何とかしのいでいく。ノード伯爵と、あの魔石の魔力がこもった斬撃は、フェリシアーノに確実にダメージを与えているように見えた。回避しきれなかったのか、フェリシアーノの体が確実に傷を負っていた。


 しかし――。


「このままではまずい。今のうちに、フェリシアーノを仕留めないと」


 気づけばそうつぶやいていた。


 先ほどからの会話で、フェリシアーノとノード家の事情は察せられた。それなら、ノード家がフェリシアーノを許せないという気持ちは痛いほど分かる。


 分かるけど、このままではノード伯爵はフェリシアーノに勝てないだろう。その証拠に、フェリシアーノに傷が増える様子はない。無軌道に思われたノード伯爵の攻撃に慣れ始めているのだ。


「これがこう来て、次はこうだ! ははっ! 分かるようになってきたぜ!」

「くっ! おのれ! まぐれで避けれたからと言って、調子に乗りおって!」


 伸縮自在の横薙ぎの斬撃を、体を反らして回避してしまう。見慣れない武器に最初は驚いていたフェリシアーノだが、すぐにその特性を見切ってしまったのだ。


「最初は戸惑ったが、慣れればこんなもんよ! もう見切った! 俺を倒したいなら最初にけりをつけるんだったな!」

「くっ! ふざけるな!」


 ノード伯爵はむきになって攻撃を繰り出すが、その一撃は空を切ってしまう。フェリシアーノは余裕の表情だ。


 こうなるのは読めていた。


 見慣れぬ武器、見慣れぬ軌道に最初は有利に立てるかもしれない。水の巫女たちも、このまま押し切れると思ったのではないだろうか。でも、私にはこの結果が想像できていた。確かに、最初のうちはあの魔道具は有利に働くかもしれないが、慣れてしまえば攻撃をかわすのは難しくない。


「フェリシアーノは性格はあれだけど、一流の近接戦闘者。しかも軽装だから、避けながら戦うのはうまいと踏んでいた。だから、相手が攻撃に慣れる前に倒す必要があると思ったんだけど」


 こうなってはノード伯爵に勝ち目はない。フェリシアーノはあの大剣を完全に攻略したようだ。あの剣をのばそうが軌道をいじろうが、ノード伯爵の攻撃がフェリシアーノに当たるそぶりは見えなくなていた。


 ノード伯爵の顔色が変わった。攻撃がかすりもしないことに気づき、焦りを感じたのだ。


「避け続けるのにも飽きたな。そろそろ行かせてもらおうか!」


 結果は劇的だった。


 フェリシアーノが攻撃に転じると、ノード伯爵は次第にさばききれなくなってしまう。双剣による連続攻撃に、ノード伯爵は反撃もできずに追い詰められていく。


 そして、フェリシアーノの右手の剣戟をなんとか受け止めた、その時だった。フェリシアーノが左手の剣を突き付けると、青い魔法陣が展開された。


「ほら。捕まえた」


 言うのと同時だった。ノード伯爵は、再びフェリシアーノの水牢に囚われてしまったのだ。水牢の中でもがき苦しむノード伯爵に、フェリシアーノは歪んだ笑みで話しかけた。


「残念だったなぁ! でもお前らが悪いんだぜ? 俺が分からないことをするから。俺を怒らせるのが悪いんだ! 結果、お前はここでくたばる羽目になるとはな。くくくく! お前の息子たちもすぐにお前のところに送ってやるよ!」


 哄笑するフェリシアーノ。水牢の中のノード伯爵はもがきだすが、水牢から脱出することも壊すこともできない。魔道具の一撃も、水牢を破壊できずに弾かれてしまう。


 私はその光景を、見ていることしかできないのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ