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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第6章 星持ち少女と公開処刑
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第131話 2本の杖

 審判の待機部屋に入ると、思わぬ人物と再会した。一つ下の学生で、私たちビューロウの主筋にあたるファビアン・ロレーヌ様だ。


「ファビアン様?」

「ああ。先輩たちも来たんですね」


 どうしてこの場にファビアン様が? てっきり貴人用の観戦室で陛下とともに戦いを見守るのかと思っていたけど。


 彼の後ろにはメラニー先生もいて、あきれたように溜息を吐いている。


「お前たちも来たのか。まだ時間でもないのに早いな」

「え、ええ。メラニー先生。おはようございます。えっと、なんでファビアン様が?」


 メラニー先生は分かる。


 教師のほどんどが学園の地脈を警護している中、この先生だけは私たちの付き添いをしてくれるそうだったから。でも、この場にファビアン様までがいるとは思わなかった。


「僕もここの審判のお手伝いをすることにしたんですよ。陛下の護衛にはアーダ先輩もいますし,フォンゾの家族もいる。魔法技師の皆さんもついている。ちょっとあれだけど新しい近衛騎士もいますから」


 私は驚き戸惑ってしまう。


 ロレーヌ家はこの国に2つしかない公爵家で、王家に次ぐ高貴な家系とされている。その次男のファビアン様が審判のまねごとをさせられるとは思わなかった。


「えっと、学園長に命じられたりしたんですか? それともご当主様のご命令とか? 見分を広げるとかで」

「自分で立候補したんですよ」


 ファビアン様が明るい笑顔で答えてくれた。


「ご自分で、ですか?」

「ええ。何しろ今回の公開処刑は王国の命運がかかる重要なイベントですからね。僕は、兄や姉と比べると欠けているところが多い。その差を埋めるためにも、審判のお手伝いをさせていただくことにしたんです。それに」


 そう言うと、ファビアン様は私の顔を見て控え目に笑った。


「先輩の力にもなりたいですからね。これでもロレーヌの一族ですから、ビューロウに力を貸せるだけの地位はあると思います」


 照れたように言うファビアン様に、何も言えなくなった。


 確かに、子爵に過ぎないビューロウにはできることは少ない。侯爵家のエリザや公爵家のファビアン様がいないと思わぬ圧力を掛けられてしまうかもしれない。


 でも、公爵家の次男のファビアン様が、審判まで引き受けてくださるとは思わなかった。エリザと違って直接学園長から依頼されたわけじゃないファビアン様が、ここまでしてくださるなんて。もしかしたら想像以上に負担をかけてしまっているのかもしれない。


 何も言えなくなった私に焦ったのか、ファビアン様が必死で言い訳してきた。


「だ、大丈夫ですよ! 父上からこの杖を借り受けましたし、他にも貴重な魔道具をいくつも渡されました。霊薬だってもらったんですよ。過保護なんで、あんまり大きな声では言えないですけど」


 必死で言い訳するファビアン様。そんな彼を見て、エリザが納得したように頷いた。


「ファビアン様までおられるのは心強いかもしれませんわね。ヴァッサーとロレーヌが後援するなら、ビューロウも安心でしょう。ふふ。氷夢と木星、王国を代表するような杖もそろったことですし」


 ファビアン様は杖を上げてはにかむように笑った。


「そうですね。古の魔法使いが作った杖と遺跡から発掘された杖。違いはありますが、ともにこの国を代表するような杖です。2つが揃うと感慨深いかもしれません」


 あれは確か、ロレーヌ家の家宝の木星の杖で、エレオノーラ様の土星の杖と対になっているのよね。扱いは難しいけど魔法を維持できるという特徴があったはずだ。そんなものを持ち出すなんて、ロレーヌ家の本気を感じられる。


 2つの杖に感銘を受けたのはわが国の貴族だけではなかった。連邦出身のセブリアン様も感嘆の声を漏らしていた。


「ああ。どちらも素晴らしいですね。この国を代表するような杖を間近で見られるなんて光栄です。僕から見ても相当な逸品だと思います。故郷でもこれほどの杖は見られないですよ」

「魔道具の本場である連邦の人に言われると照れますね。これの出番がないほうがいいのですが、そういうわけにもいかないでしょうし」


 照れたように言うファビアン様に意外な思いを隠せなかった。


 ファビアン様、大人になったかもしれないなぁ。セブリアン様の出身国のビレイル連邦がいろいろ画策しているのは周知の事実だ。私の国の敵国ともいえる存在で、直情型の彼ならセブリアン様に噛みつくのかと思ったのに、今は和やかに会話できるようになっている。


 私も何か言おうとしたけど、こちらに歩み寄ってくる人に気づいた。この闘技場の責任者たるフロリアン・ユーリヒ様だ。彼の後ろにはどこかで見た騎士がいて、緊張した面持ちでこちらを見ている。


 私たちが慌ててお辞儀をすると、フロリアン様たちも会釈を返してきた。


「学生の皆様。ご足労いただいてありがとうございます。今日はよろしくお願いします。特にロレーヌ家のファビアン様にまでお手伝いいただけるとは思いませんでした」

「いえ。こちらこそ。この国を代表するようなイベントを手伝わせていただいて光栄です」


 ファビアン様が私たちを代表して言葉を返した。フロリアン様はうなずくと、後ろの騎士を紹介してくれた。


「本日の試合で主審を務めるヘルマンです。第2騎士団に所属し、あのアーダ様の決闘でも主審を務めた優秀な騎士です。今日は、彼に従っていただくことになります。ロレーヌ家のご令息やヴァッサー家のご令嬢には申し訳ないのですが」

「あの決闘で主審を務められた方なのですね。これは心強いですわ。今日はよろしくお願いします。まだ学生の身ですので、ご指導いただけると助かります」


 エリザが優雅に頭を下げると、ヘルマンさんは恐縮するように頭を下げた。その様子を微笑みながら見ていたフロリアン様だが、不意に表情を引き締めた。


「皆様にはお伝えしておきましょう。今日の公開処刑は、おそらく無事に進行することはないと思われます。近隣諸国にとって、陛下が確実におわすこの場は、襲撃の絶好の機会となる。いつもより厳重に警備していますが、それが破られる可能性だってあるでしょう」


 その言葉につられるように私はあたりを見回した。


 今日は、闘技場にたくさんの騎士が巡回しているみたいなのよね。特に地下にある地脈の制御装置は厳戒な警備体制がしかれているようだ。それだけ厳重な警備態勢を敷いても安心することはできない。


 陛下がキマイラに狙われたのは、ついこの間の出来事なのだ。


「この場を作り出してしまったユーリヒ家の一員としては申し訳ないのですが、警戒してもしすぎることはないでしょう。こちらにも秘策があるとはいえ、ね。皆様も、くれぐれも油断なされぬよう」

「ええ。覚悟は、しているつもりです」


 ファビアン様がフロリアン様を睨みながら答えた。エリザの目も怖い。ファビアン様もエリザも、このイベントがただで済むとは思っていないようだ。ヘルマン様が胃の痛そうな顔でお腹をさすっていた。


 でもちょっと気になった。みんな、ちょっと気合を入れすぎよね? 心配になった私は、ここにいる面子を改めて見回した。


「不安は分かりますが、でも緊張してもできることは変わりませんよ。できることは限られています。このイベントを成功させられれば、王都の人々や戦地にいるみんなを鼓舞することができるんでしょう?」

「え? ええ。多分きっと、そうでしょうね」


 戸惑ったようなフロリアン様に、私は努めて笑顔で振るまった。


「では、私たちがすべきことは一つです。それは、緊張して警戒しすぎることじゃない。いつもどおり、きちんと仕事をこなしましょう。大丈夫。私たちならできます。そう信じて、今日一日を乗り切りましょう。私たちならば、きっと勝てると思います」


 私たちができることには限界がある。でも、警戒しすぎて普段の力も発揮できないようでは本末担当だ。今やるべきことは、自分たちの至らなさを嘆くことじゃない。私たちが全力を出せるようにすることだけなんだ。


 私の意図を感じたのか、みんな、ぎこちないながらも少しだけ笑ってくれた。


「アメリー様の言う通りですね。そうですね。今からできることは限られている。ならば、今の材料で最高のパフォーマンスができるようにすべきでしょう。何かあったら私もすぐに会場に向かいます。皆様も、できることを全力でしてください。私も皆さんを信じていますから」


 そう言ってフロリアン様は私たちに微笑みかけてくれたのだった。

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