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星持ちの少女は赤の秘剣で夢を断つ  作者: 小谷草
第6章 星持ち少女と公開処刑
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第130話 公開処刑と誓い

 ついに、この日の朝を迎えてしまった。


「あっという間に公開処刑の日になったわね。体調は問題なく回復してくれたけど」

「ええ。でも無理はしないでくださいね。体力が回復したとはいえ、まだ実戦で慣らしたわけではないのですから。クラスメイトの皆さんも心配している様子でしたし」


 あの後、クラスメイト達がかわるがわる来てくれたのよね。エーファなんて、私が部屋に戻るまでずっと付き添ってくれたほどだ。あのコルネリウス様が「俺のせいですまん」と申し訳なさそうに頭を下げたのが意外だったけど。


「試合会場に入れるのは私とエリザ、セブリアン様の3人ね。グレーテたちは会場のそばで待機する形になると」

「そうですね。会場の審判役には主審とアメリー様たちのほかにあと1人待機するはずですが、誰かまでは分かりませんでした。私の周辺にはメラニー先生とニナ様たちと待機する予定です。ノード伯爵のセコンドとしてヘルムート様が向こうで待機する予定となっています」


 そう。今回のイベントでは学園からメラニー先生が来るのみとなっている。よくは分からないけど、学園から公開処刑に派遣されるのはあまり推奨されていないらしく、メラニー先生のほかは貴賓室にジョアンナ先生がいるだけらしい。他の教師は万が一に備えて学園に待機するとか。過去に、公開処刑の際に学園が襲われたことがあったらしく、今回はこういう布陣になったのだ。


 とはいえ、審判やセコンドに来てくれるのは知っている人ばかりだ。見知った顔が並ぶのは安心だけど、試合はどうなるかわからない。フェリシアーノがノード伯爵を倒す可能性は決して低くはないのだ。そうした事態になっても、私は助けに入ることができない。


「ままならないものよね。知り合いが危機になっても手伝うことができないなんて」

「それがユーリヒ公爵の狙いかもしれません。星持ちのアメリー様に無力感を感じさせることになりますし。まあ、アーダ様の言うように本当の狙いは違うのかもしれませんが。どちらにしろノード伯爵のことを考えるとやり切れませんね」


 そうなのよね。


 仮に、ユーリヒ公爵の狙いがアーダ様の言う通りだとしたら、ノード伯爵は捨て石ということになる。敵の狙いを明らかにするために利用されてしまうのだから。


「本人は本望かもしれません。たとえ自分に何が起こってもかたきを討てるのでしょうから。残された者はたまったものではありませんが」

「そうなるとは限らないけどね。連邦の魔道具次第ではノード伯爵がフェリシアーノを倒してしまうことだってあり得るんだから」


 私たちは話しながら準備を進めていく。


 着替えは、終わった。刀も佩いた。化粧も、準備万端だ。いろんな人に見られても、笑われることはないだろう。


「じゃあグレーテ。行きましょうか。闘技場で、みんなが待ってくれているはずですし」

「はい。お嬢様」


 グレーテはそう言うと、私に笑顔を見せてきた。


「ご武運を。必ず無事に戻ってこられると信じています」


 私は笑顔でグレーテにうなずきかけると、連れ立って闘技場へと向かったのだった。



◆◆◆◆


「おお! アメリー! ここだ!」


 闘技場に着くと、さっそくギオマー様が手を振ってくれた。セブリアン様とデメトリオ様もすでに来ていていた。私たちは駆け足気味になって彼らのそばに寄っていった。


「すみません! お待たせしたみたいで」

「いや俺たちも今来たところだ。他の奴らはまだ来ていない。エーファは来ないらしいから俺たちが先に集まるのはしょうがないかもしれないがな」


 エーファとカトリンは学園長から何か言いつけられたらしく、一緒に来られなかったのよね。なんでも予定が変わって私とは別に行動するらしい。本人はぷんすか怒っていたけど、こればっかりはしょうがないと思う。


「セブリアン様とデメトリオ様もおはようございます」

「ええ、アメリー様。おはようございます。今日は何かと大変になると思いますが、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」


 セブリアン様は久しぶりのイベントに緊張しているようだった。彼以上に固くなっているのはデメトリオ様で、私まで緊張してしまう気がする。


「ふあああああ。ギオマー。おはよう。あっ! アメリーも来てたのね!」


 いつも通りの笑顔で登場したのはメリッサだ。眠たそうな目をしたままこちらに駆け寄ってきた。


「ぎりぎりまでいろいろやらされるとは思わなかったわ。ジョアンナ先生も人使いが荒いんだから。エリザも大変だったし。もうすぐ来ると思うけど、昨日は夜遅くまで道具を調整してたみたいだから」

「それは・・・。申し訳なく思いますね。私だけ、ゆっくり休ませてもらったみたいですし」


 私が軽く頭を下げると、メリッサは何でもないといった具合に手を振った。


「いいのよ。アメリーは病み上がりなんだから手伝えないのは仕方ないわ。それにエリザが遅くまで残っていたのはあの娘の事情のほうが大きいし。なんだかね。晴れの舞台だから、彼女のお父上から『家宝の杖』を預かったそうなのよ。で、その調整に時間がかかったってわけ」


 そうなのか。私が静養している間にそんなことになっていたのね。


 私たちがそんな会話をしていると、当のエリザがこちらを見つけたようだった。


「アメリー! そしてメリッサも! 今日はよろしくね! セブリアン様も。デメトリオがいないからってあんまり羽目を外しちゃだめよ」

「い、いや僕は! デメトリオは友人で、決して僕のお目付け役ってわけじゃないんですよ」


 反射的に言い返したセブリアン様だが、エリザの笑い顔から冗談だと気づいたのか、ふと肩の力を抜いた。デメトリオ様は最初から冗談だと気づいていたようで苦笑したままだった。


「ギオマーも、おはよう。ギオマーは特に大変だと思うけど、あなたなら安心よ。ちゃんと任務を果たしてね」

「まあ俺がやることなんて何にもないと思うがな。ジョアンナ先生がいるから出番はないだろうし」


 エリザはなんだか上機嫌で、クラスメイトと明るく挨拶を続けていた。こんなに機嫌がいいのは、やはりあの杖があるからか。


 その杖は先端がまるで槍のようにとがっていて、いくつもの宝石が埋め込まれている。すごく豪華そうな杖まんだけど、あれ、いくらするのか考えたくもないのだけど。


 私の視線に気づいたエリザは、とびっきりの笑顔で話し出した。


「ああ。やっぱりこれが気になるのね。これは『氷夢の杖』といって、我がヴァッサー家に伝わる家宝なの。昨日、お父様から直々に譲り受けたものなんだけど、見ての通り豪華でね。無駄にいろんな魔石が使われているのよ。まあ、その分だけ効果もすごいんだけどね。なんでも、持ち主の水魔法を氷に強化してくれるようだし」

「すごいですね。持ち主の水魔法を氷魔法に変えてくれる長杖だなんて」


 持ち主の魔法を強化してくれる杖なんて、それこそ帝国や連邦で発掘された魔道具くらいしかありえないと思う。


 私の考えを察したのか、エリザが得意気な顔で説明してくれた。


「あなたの予想通りよ。これはもともと、連邦の遺跡の深部で発掘されたものらしいの。使い手が限定される魔道具らしいけど、何とか私は認められたみたいなのよ。昨日試したけど、私にも扱えたわ」

「面白い魔道具よね。それを使えば複合魔法を使うことができるんだから。その分扱いは難しいけど、今のエリザなら使いこなせそうだし」


 メリッサが興味深そうに補足してくれた。それを受けて、エリザが私に深々と頭を下げた。


「アメリー。本当にありがとう。全部、ビューロウに行けたおかげよ。あれがあったから私は魔力制御の力を磨くことができた。この杖を使いこなせたのもあれがあったからよ」

「い、いえ! そんな! 頭を上げてください! エリザなら魔力制御の腕を上げるのも時間の問題だったと思います。ビューロウに来なくても何らかの方法で実現してたと思いますし!」


 私は慌てて取り繕うが、エリザは微笑んだままだった。私はなんだか照れ臭くて、思わず顔を反らしてしまう。


 そんなエリザだったが、思い出したように手を叩いた。


「あ、そうだ。ギオマーとメリッサに渡すものがあるんだった。エーファからも、ね。これ、貸してあげる。これ、アーダと3人で分けて使ってね」

「む。なんだ?」


 エリザが取り出したのは短刀が入るような包みだった。それをギオマー様に渡すと、メリッサにはバッグのようなものを手渡した。


 いぶかし気に包みを開けたギオマー様は目を向いた。隣のメリッサも口に手を当てて驚いている。


「お、おい! これは! 回復魔法が籠った短杖じゃないか! これはヴァッサー家にしかないものだろう!」

「これって霊薬じゃない! お金を積んでももらえない貴重なものなのに!」


 二人は目を大きく見開いてエリザを見た。エリザは微笑みながら説明してくれた。


「あなたたち、今日は陛下を守るんでしょう? だから万一のことを考えてこれを渡そうってエーファと話してたのよ。これがあれば、誰かが怪我をしてもすぐに癒せるでしょう? まあ、もしもの時の保険ってことで」

「回復魔法の短杖と霊薬って、西と東の最高傑作じゃないか! こんな貴重なものを、南の俺たちに!」

「そ、そうよ! い、いいの? 私だって、これはおいそれと貸し出せない貴重なものだってわかるんだから!」


 詰め寄る2人に、エリザは微笑みを絶やさない。


「いいのよ。エーファと話し合って決めたの。今日は、本当に何が起こるかわからない。何が起こったとしても、みんなが笑顔で再会できるように備えておこうって。貴重なものだけど、あんまり悩まないで使ってね。これは、あなたたちが無事に任務を遂行するために渡すんだから」


 メリッサは無言でエリザに抱き着いた。最初は驚いた顔のエリザだったが、そのまま優しく抱きしめ返していた。


「いい? 何が起こっても必ず帰ってくるのよ。約束だからね」

「うん。うん! 絶対に、無事で帰ってくるから!」


 涙声になりながら何度もうなずくメリッサを微笑ましく見つめてしまった。ギオマー様も考え深げに短杖を見つめている。


「入学したときは思わなかったな。西や東のお前たちからこんな貴重なものを借りられる関係を作れるとは」

「そうですね。まさかこんなに仲良くなれるなんて、あの頃は思いませんでした」


 私が感慨深げに口にすると、エリザが笑いかけてきた。


「あら。終わりのように言うけど、まだ学生生活は途中よ。卒業まであと1年以上もあるんだから。私はこのメンバーでこれからも楽しく過ごしたいと思っている。今日は通過点に過ぎない。必ずみんなと一緒にいられるって信じてるんだから」

「そうですよ! まだまだしたいことがいっぱいあるんですから! こんなことで私たちの学生生活が邪魔されるなんてありえないです!」


 メリッサの言葉に自然と笑みが浮かんだ。


 そうよね。分かり合えなかった人もいるけど、少なくともエリザやメリッサとは何でも相談できる関係が作られている。いつからだろうか、私はみんなと過ごすのを楽しんでる。このままずっと一緒にいたいと思っているんだ。


 大声ではしゃぎまわる私たちに呆れたのか、ため息交じりの声が聞こえてきた。


「お前ら。目立っているぞ。少しは静かにしろ」

「えー。いつもうるさいアンタが言うことじゃないんじゃない? ねえ、ハイリー」

「まあ、今日はまだ何もやっていないですから。あんまり責めるようなことばかり言っては申し訳ないですよ」


 現れたのは北の3人組だった。


 いつものように皮肉を言うコルネリウス様に、それに文句を言うナデナ。さらにはみんなの輪を保とうとするハイリーと、騒がしく現れたのだ。


「今日は俺たちが会場内を見て回る。怪しいやつがいたらすぐにしょっ引くつもりだが、お前らも油断するなよ。狙いは帝国の奴らだが、他の奴らも気になる。あいつら、簡単に尻尾を出すとは限らんからな」

「私たちの従魔に死霊使いらしき匂いを覚えさせていますが、だからと言って見つけられるとは限りません。地脈の結界があるとはいえ、あなたたちも十分に気を付けるんですよ」

「コルネリウスはともかく、ハイリーの安全は任せてよ。傷一つ付けさせる気はないからさ」


 相変わらずの3人に、思わず笑ってしまう。本人たちもどこかおかしかったのか、声を上げて笑ってしまった。つられるように、私たちは笑い声を上げたのだった。


「おーい。なんだよ。なんか盛り上がってるじゃん。ま、いいか。今日はよろしくな」


 声をかけてきたのはロータル様だった。そしてその後ろには――。


 あのヘルムート様が緊張した顔で佇んでいた。


「ヘルムート様」

「あ、ああ。なんだ。どうした?」


 私は深呼吸して、ヘルムート様に向きなおった。


「私は今日の公開処刑で審判の一人を仰せつかっています。審判は公平に動かなければならなりません。だから、ノード伯爵の助けになることはできないかもしれません」

「あ、ああ。それは、わかっている」


 ヘルムート様は視線を反らして答えた。


「でも、伯爵の命を守るために全力を尽くすつもりです。だから、ヘルムート様も信じてあげてください。ノード伯爵が、必ずあなたの元に帰ってくることを」

「・・・。そうだな。俺が信じなきゃ誰が信じるんだって話だな。分かった。俺も最後まで父上のことを信じる。ああ。うん。父上が俺たちの元に帰ってくるって、信じてやるさ」


 ヘルムート様は微笑むと、こぶしをこちらに向けてきた。私はこぶしを作って彼の手につきだした。


 これは誓いだ。ノード伯爵をヘルムート様に返すことを、みんなの前で誓ったのだ。


「みんなごめん! 遅れちゃった! えっと、まだ時間じゃないよね?」


 慌てて合流してきたニナに、私たちは再び笑みを漏らしたのだった。



◆◆◆◆


「アーダはベール家の皆さんと一緒に直接貴賓室に向かっているんでしたよね?」

「ああ。今日は義姉と一緒に働くことになっているそうだ。王の側近のハドゥマー様はやることが目白押しだからな。その手伝いに忙しいらしい。伝言があるなら聞き受けるぞ。俺たちは、あいつと合流するからな」


 今日、アーダは国王陛下の護衛をすることになっている。


 いつもそばにいてくれるアーダがいないのはさみしいし、なんだか心細い。でも私もアーダも課せられた使命がある。それぞれの使命を果たすために別の行動をしなければならないのは当たり前だ。


 まだ学生だからって、いつまでも甘えているのは許されない。


「そうですね。私は私らしく、頑張ってみようと思います。アーダもアーダらしく頑張ってくれると信じてるって、伝えてください。誰よりも信じているって。あなたの魔法もあるから、きっと無事に使命を果たしてみせる。アーダも、必ず自分の仕事をやり遂げられると信じているからと」


 ギオマー様は笑い声を上げた。


「いいな。お前たちらしいな。いいぞ。必ず伝えよう。だが、俺とも約束してくれ。必ず帰って、またクラスで騒ごう。もう、クラスメイトが欠けるのはごめんだからな。いいな?」

「ええ。私だって、この後もみんなと一緒に過ごしたいですからね。みんなと、アーダと一緒にクラスに戻るために、必ず無事で帰ってきますから」


 そうだ。みんなと一緒に、アーダと再びクラスで過ごすために、私は無事に戻ってくることを心に誓ったのだった。

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